epis31 : ONE PUN ONDO
『おかしくないですか?』
『なにがだ?』
『警邏兵が……警官がそれを知っていたのなら、どうして私は、一度もその事情聴取をされていないのですか?』
『む……』
『つまりそれを知り、今ここで私に問い質そうとするあなたは……』
簡単にシミュレーションできる、その会話。
妄想のそれを脳内に聞きながら、私は確信した。
「どうした、あの事件は君の仕業か? 君はロレーヌ商会の一人娘、そうなのか?」
この男、このブルーグレーの、警邏兵の制服を着た男。
コレは……偽者だ。
あの事件……私が誘拐されかけ、レオがその実行犯である七人を殺したあの事件……のその後、後日談は、つまりこういうことになるのだろう。
レオはあの七人の死体を、「質の良くない」穴の中へと放り込んだ。穴というか、ほとんどただの岩の割れ目に近かったけど……スラム街だ、死体が無造作に転がっていたところで気にする者は少ない。レオも『そういう意図で死体を捨てていく下界の人間も、たまにいるんだ』と言っていた。どちらにせよ、ただの少年と少女に過ぎない私達にはそれ以上、どうすることも出来なかったことだし。
死体がそこにあるのは「穴」を上から見れば一目瞭然だった。ある程度の期間、見つからなかったとしても、腐敗が進めば臭いで絶対にバレてしまっただろう。
けど、それはそれでいいと私達は判断した。
七人はどう見てもカタギではない風貌をしていた。その死体が仮に警官、国家公務員の類に発見されたところで、最終的には真っ当でない連中が真っ当でない理由で死んだのだろうと、そう判断されるはずと思ったから。
だがその死体を発見したのは、警官ではない。
警官であったなら、広がるだろう噂話のそれと照らし合わせ、ロレーヌ商会の一人娘を疑わないはずがないのだ。
その取り調べが、もしかすればあることは想定の上で、織り込み済みの上で、私はその処理を簡単でいいと判断したのだから。
けど、その可能性は少ないと、そうも思っていた。
レオは最初の七人に対し、死体漁りをした。その行為は、彼らの着ていた服にまで及ぼうとした。スラム街では襤褸切れでない布ですら貴重なのだから、それは(その頃の)レオにとって、普通の行為だった。
でも、その場には私がいた。目の前で男性(の死体)が剥かれる様子など見たくもない、だけど目の前にはいついなくなってしまうかもわからないレオがいて、そこから目を離すわけにもいかなかった私がいた。
それで、私はレオにこう提案したのだ。『服はお礼に私がもっといいものをあげるから、それはそのままにしておこうよ』と。レオは案外あっさりとそれへ首肯した。レオだって、死体漁りなんか、したくてしていたわけでもなかったのだろう。
そうして七人の死体は、服には手付かずのままで捨てられることになった。襤褸切れでない布が貴重で、死体を漁ってでもそれを欲しがる住人だらけのスラム街に捨てられることになった。
それはもう、アリの巣の側に、砂糖を置いておくようなものだ。
あっという間に集られ、運び去られてしまうだろう。
そうなれば死体は、彼らによってより丁寧な形で処分される。それはそのままでは彼らの「犯罪」の「証拠」となってしまうからだ。死体漁りという、それはそれで重い「犯罪」の。
事件から数週間後、それでも警官からの取り調べがされることも無かった私は、あの事件はその後、おそらくはそういう風に推移したのだろうと判断していた。希望的観測としては……だけど。
だけど、もうひとつの可能性についても……勿論理解していた。
希望的観測ではない、ここに至ってはもうそちらの方が真相であると完全に判断できるそれは……「誘拐犯の仲間に発見された」……だ。
私達が死体を放り込んだ「穴」は、レオが七人を殺害した地点から百メートルも離れていない場所にあった。私の魔法の有効射程距離よりは離れているが、一般的な意味でそれは遠いと表現できる距離ではない。
そしてレオが七人を殺した地点とは、彼らが「誰か」を待っていた地点でもある。ならばその「誰か」は、その後、その場を訪れたはずなのだ。今、ここで私を……厳しい眼で睨んでいるこの目の前の男性がその「誰か」であったのかもしれないし、あの耳の欠けた赤毛の女性がそうだったのかもしれない。
いずれにせよ、「ロレーヌ商会の一人娘が誘拐されかけた」という噂話を知り、更にその同日に「七人のごろつきが殺された」ことを知り、その上で何のアクションを起こさない「死体の発見者」が警官であるはずがない。それは後ろ暗い理由のある「誰か」だ。
その「誰か」とはつまり「誘拐犯の仲間」だ。
だからこそ「誰か」、「誘拐犯の仲間」は「それを成したと思しき」私(達?)を警戒していたのかもしれない。すぐには襲ってこなかったのかもしれない。実行犯もまた、命は惜しかったはずだから。
つまり、目の前の男性はその「誘拐犯の仲間」のひとり、ここにおいてはその尖兵なのだ。
「先刻、君は言ったな? 魔法で人を傷付けたことはないと。それは偽りだったのか? 君は小官に嘘をついたのか」
だからこそ、この偽者は私の魔法にこだわっている。その詳細を知りたがっている。自分達の命を脅かすモノの正体を知りたがっている。
レオの方にも、だから同じような人員がついているのかもしれない。分断させ、ピンチにさせたら、いったいコイツラはどのように行動するのか……それを観察するための、これはその計画だったのだ。レオの方には……もしかしたら、あの耳の欠けた赤毛の女性が行っているのかもしれない。どちらかが魔法使いであったとして、その可能性がより高いのは、「敵の目から見れば」レオだっただろうから。
だけどこの男は知ってしまった。魔法使いは、私の方だったということに。
この男は今、自分達の仲間を殺したのが、私だと思っている。
だから……これは本当にマズイ。
「どうなんだ!?」「ひっ」
怒鳴られ、身体が萎縮する。その中にあって理性もまた、押し潰されていく。
マズイマズイマズイ……コレが、悪意ある人間であるという確信は得られた。それはいい……けど、それはつまり、言葉で言いくるめどうにかするというのが、なおのこと困難になってしまったということだ。
完全に警戒されている。憎悪すらも感じるような気がする。
「仕方無い、本当はやりたくなかったが、魔法使いを連行する際の手段、執らせてもらう」
「そん……な……」
それはそうだろう。
だって……この人にとって私は、「追い詰められれば、むくつけき男を七人も殺す邪悪な魔法使い」なのだから。
そんなモノを相手に、穏便に済ませろという方が無理だ。無理筋だ。客観的に見ればそういうことになる。
だからこの先が、言語でなく全身にいまだ残る痛み、恐怖によって理解できてしまう。
もはや問答は不要ということだ。
私は……ここで殴られ、意識を奪われ、袋詰めにされて運ばれる。
これが、伯父と関係ない連中であるのならば……私はそのまま殺されるのかもしれない。
けど……黒幕が想定通り伯父であったとしたら……私が魔法使いであると知った伯父は……ならばどうするというのだろうか?
妾にするつもりだったのか、妻にするつもりだったのか、それとも奴隷かなにかにするつもりだったのか、それは知らない……けど、危険な魔法使いを相手に、その扱いは難しいだろう。それでも私をどうにかしたいのであれば、私を「折る」必要がある。
反抗心を折り、抵抗する意思を折り、自我を折り、操り人形にする必要がある。
使われるのは暴力か、危ない薬か……なんにせよ、それが地獄であることには変わりがない。
逆に、「ならいらない」となった場合……これはもう、色々考えても、もはやどう考えても……私は処分される。それがなぜかとか、どうしてかとか、そんなことはもう説明したくもない。わからないなら考えてみてほしい。私の(おそらくは)前世、その最期にヒントがあるから。
「む」「え?」
私が、すぐ近くへと迫っている地獄に、早くも心折られそうになっていると、まるでその崩壊を予告するかのような爆発音(?)が、遠くの方で響いた。だけどそれは、少なくともレオがここへ助けに来てくれて何か……という類の音ではない。レオに爆発音を立てるような攻撃手段は無い。期待はずれだ。
男は一瞬、それへなにかを考えるかのようなそぶりを見せていたが。
「……まぁいい、悪く思うな」
すぐに私へ向き直った。
「ひっ!?」
レオ……レオはおそらく、ゲリヴェルガ伯父さんのお屋敷を襲撃するのだろう。今はもうそちらの方へ向かっているのかもしれない。けど私が、そこへ運び込まれる前にそれをしてしまっては、レオはただの襲撃犯でしかない。いや、私が運び込まれた後であっても、お貴族様のお屋敷を襲撃したとあっては大罪人となってしまうのだが。
伯父さんも、目撃者も、全員を殺す……そんなのは……レオには不可能ではないけれど、現実的ではない。伯父さんのお屋敷周辺にも警備兵はいる。彼らが笛、呼子笛を鳴らせば周辺の警邏兵も寄ってくる。それが王都の治安維持システムだからだ。そうして「目撃者」は王都全体に広がっていってしまう。
王都全てを殺しつくす?
鏖?
ああ……それはそれで、愉快なことかもしれない。
私を嘲笑った世界、私が溶け込めなかった世界、私が壊したい世界。
あはっ。
レオがそれを、殺しつくしてくれるというなら、願ったりじゃないか。
でも……。
「さあ立て! そのまましゃがみこんでいるつもりなら、腹でなくまずは顔を殴打する!」
「……」
「聞こえなかったか! 鼻の骨が折れても知らんぞ!!」
でも……だめだ。
レオをそんな風には……してはいけない。
これは私の狂気。とびっきり醜い……汚れた私の狂気。
レオならばそれが可能だからといって、押し付けてはいけない。
「聞こえないようだな……なら」
男が、大股で私へ近付く。その拳は固められている。鼻の骨か……折られたら、変な顔になるんだろうな。レオに会わせる顔がなくなるかもしてない。それは悲しい、哀しいけど……私は……。
その時。
「なっ!?」
今度は直近で。
「なんだ!?」
世界が割れたような音がした。
来た!
私の勝機、魔法を実演してみせるという方向に誘導する逃げ道……ではない方のもうひとつ、シンプルなもう一方。
時間を稼ぎ、稼ぎに稼いで待っていた。
ほんの極僅かだけあった、魔法を行使する隙を作るという、原始的な石器を振り回すかのような逃げ道。
先程の音には失望し、その期待はずれに絶望しかけたけれど。
「今のはなんだっ!?」
機を逃さず、私はその凶器を握る。
「っ!?」
お願い、私の狂気。
世界を壊したいのは私だから。
世界を壊すのは……あたしだ。
「ぐっ……貴様……」
ぐらりと……男がよろめく。
その腹には……ナイフが生えている。
刺した。
ああそうだ。
私が今、それを、刺した。
そんなもの、どこにあったって?
あるに決まってるじゃない。これは、私に覆い被さっていた男が持っていたナイフだ。
そう、その男は途中、ナイフで私の服を破っていた男だ。だがその行為は、仲間達から止められてしまった。だから男はナイフを腰へ戻した。自分自身の……身体の前面にある鞘に。
男が事切れた時、私は下腹部に硬い物が当たるのを感じた。
それがつまり……そのナイフだったのだ。
だから私は知っていた。うつ伏せで横たわる……その男の死体には……ナイフが隠されているのだということを。
だから我慢していた。
臭くて臭くて臭くて仕方無い、私を傷付けようとした男の、その死体の側にしゃがみこみ、その機が訪れるのを我慢して待っていた。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!……ぐぶっ……」
「……」
男が口から吐血する。
ナイフが生えている場所は……お腹の、へその、ほんの少し上の辺り。狙いはもう少し上だったけど、アバラに当たって浅くなるよりはいい。上出来だ。おそらくは肺か横隔膜に傷が入った。
「罅割れ世界の統括者」
そうして世界は罅割れる。
七色の光が煌き、音もなく死体だらけの部屋一面が「割れ」……空間は黒い線で満たされる。
私の魔法が、今ここに顕現した。
「な、なんだ!? 何が起きたん……ぐっ、うっ……」
「ああ、丁度いい、心臓の周辺、それ/と首の部分が綺麗に割れている」
そうして私は、そこの、血流と酸素の通過を改変する。
肺がもう上手く機能していない男に、その代わりを私がしてあげる。
「な……」
私の操作によって、男の脳に、心臓に酸素が供給される。ついでに傷付いた部分の血流等もそこでストップさせた。
初めてやったことだが、上手くいった。出来ることは知っていた。理論上は可能なことだから。実験動物が、私が良心の呵責を感じなくていいモノだったというのは、幸運なことだった。
この男は、魔法を使うまでもなく死ぬ。
治療院へ連れて行けば、王都のそれは優秀だからまだ助かるかもしれない。もしくはここへ治癒魔法の使い手を連れてくるかだ。だけど、そんなの、どちらだって、できるはずがない。
この男は、もう助からない。
私は人殺しになった。それはいい、それは仕方無い。ある意味ではレオと同じになれたとも思う。心の、喜びを感じる部分がそれを想っている。
それを……レオがどう感じるのか……それだけは不安だけど、ここに至ってはもう何も誤魔化せない。
私は殺意をもって人を刺した。それはもう何も疑いようのない事実。
だけど、私は人を……殺したいから殺したわけではない。
必要だったから……必要なことを為しただけ。
「ぐ……動けない……これが貴様の魔法か」
どぉぉぉん……と。
再び、世界が割れたような音がする。だが今度は、最初の音と同じで少し遠い。
今日は神楽舞、祭の月の、第一の晴日。
おそらくは近くを、どこかの商会か貴族のパレードが通っているのだ。
祭に、鳴り物は付き物でしょう?
この大音量の爆発音、爆裂音は、多分なにかの魔法だ。どこかのお抱えの魔法使いが、人目を引くために何かしらの、派手な魔法を行使しているのだ。おそらくは二組のパレードが接近したため、張り合うように音を鳴らし合っているのだ。
録音機器などないこの世界、第一の晴日であれば、王都民であってもいきなりのそれに驚く。一年ぶりに聞いたそれに、そうとは知っていても、久しぶりに驚くのだ。第二、第三、有終の日ではこうはいかない。祭とはそういう音がするものであると、王都民が思い出してしまうからだ。
この男も、まだ思い出してないクチだったのだろう。最初の音を聞いてもまだ思い出していなかったというのは、僥倖だったけれど。
幸運だった。色々が、諸々が。
いや……男は、最初の爆発音にはどこか納得した様子だった。何か、私が想像していることとは別の事情があるのかもしれない。けど、それを含めても、これは幸運と言ってしまっていいだろう。
「答えて……あなた/達は何者!?」
ならば、幸運に助けられた私は、ここで必要なことを為すべきだ。
「あなた達はなん/なの!?」
男の声が混じる、割れた声で問い質す。
私は人を……だから殺したいから殺したわけではないのだ。
「あなた達は何!? どうし/て私を狙っていたの!?」
必要だったから……必要なことを成すために刺した。
それだけ。
「あー……」
「答えてよ!!」
それだけだから……せめてその命、果てる前に「私が刺した意味」「私が人を殺した意味」を残せと、どこか呆然とした表情の男へ問い詰めた。




