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epis30 : A Cruel Angel's Thesis


<レオ視点>


「いい加減にしろ!」

「きゃう!?」


 マイラを、その頭をパシンと(はた)く。


「僕はラナを助けに行く。なんのつもりかは知らないけど、それを邪魔するというならお前だって……」

「わんっ!」


 なぜだ、お前はラナを護りたいんじゃなかったのか……その苛立ちが、僕の心を荒くしていくのがわかる。僕は、どうしてかマイラは、ずっとラナの味方だと思っていた。それはただの直感で、理由なんかなかったけど……でもわかった。


 マイラはラナを、見守っていた。


 気にかけ、家族のように(そば)にいて、ラナが窮地に陥ってしまったのなら何を置いてでも駆けつけてくれる……そんな存在であると勝手に思っていた。


 それに、シンパシーのようなものを感じていたのも確かだ。


 だからこそ、裏切られたと思う。


 僕はラナを護るため、ゲリヴェルガの屋敷へ乗り込む。


 そうしようとする僕を止めるのなら……マイラはここに、置いていくしかない。


 あるいは……。


「わうっ! ばぅ!!」


 メイド服のスカートが引っ張り、僕の邪魔をする裏切り者を……。


「だから……」

「ぅう?」


 片手で……スカートをたくし上げる。剣を取り出せるような穴を開けていないのでこうするしかない。下半身の前面が完全に露になってしまったが、路地裏だから見ているのはどうせマイラしかいない。そうしてから、太ももに()いていた剣の柄を握った。


 これ以上邪魔をするなら斬る……その意思をこめて、マイラを睨む。


 すると。


「きゅうううん……」

「よし、賢いぞ」


 マイラはわかってくれたのか、すごすごと僕から後ずさってくれた。


 よかった……マイラを斬らなくて済む……そのことに、自分でも驚くくらいホッとしているのがわかる。僕はマイラを、そんなにも好きだったのだろうか?


「どうしてお前がここにきたのか、僕にはわからない。だけど僕は今やらなくちゃいけないことがあるんだ。もう……頼むから邪魔しないでよ……」

「くぅん……」


 しょんぼりとうなだれるマイラ。本当に、こちらの言葉がわかっているのかと思ってしまうような仕草だ。


 だけどコイツはわかっていない。ラナが危ない。今は一分一秒を争う。こんなこと、してる場合じゃないのに。こんなところでぐずぐずしていたら、それこそ不審に思った警邏兵(けいらへい)から職質されてしまう。


「わぅぅぅん!!」

「あっ!?……わっ!?」


 一瞬、気が緩んでいたところに、飛び掛られる。


「ん!?」


 そのまま、押し倒される。僕の倍くらいの体重をもった巨体が、僕の上に圧し掛かっていた。


「いつつ……」

「ばぅ!! わぅ!! ばぅぅぅん!!」


 受身を取れたか、取れなかったか……よくわからないまま、背中が痛いことを認識する。だけどそれよりは、今は身体の側面の方に、より強い違和感がある。


「お前、何をして……ぇ?」

「わんっ!!」


 気が付けばマイラは、なにかを咥えていた。それは……。


「……ラナの化粧道具一式?」


 メイド服の、スカートにはポケットがあった。ラナのメイク道具一式、そのポーチはそこに入れておいた。マイラはそれを咥えている。


「うー……わんっ!!」


 だが吠えたことで、マイラの口からそれがボトリと落ちた。そうしてからマイラは、それをくんくんと嗅ぎ、ある一定の方向へと視線を向ける。……それは先ほどからずっと、マイラが僕を、引っ張って行こうとしていた方向でもあった。


「ラナの……匂いがする? そう言いたいのか?」

「わんっ!!」


 わからない、マイラは犬だ。言葉が通じていると思うのは僕の願望、希望的観測、思い込みに過ぎないのであって、それがそうであると確信して……大事な判断を……していいとは思えない。


「……」

「わぅぅぅ!」


 マイラは……必死だ。


 その様子は、僕へ、なにかを必死に訴えかけているようにも思える。


 マイラだってラナを助けたい……僕は先ほどまで、それを確信していたはずだ。


 けど……。


「なぁ……お前もラナを救いたい、そうなのか?」

「わんっ!!」


 落ちていたポーチを拾い、それを鼻に当てる。


 ……わかる。大部分はネロリのそれだが……その中にほんのりと……ラナの匂いがする。


「お前に、ラナの居場所がわかるのか?」


 そしてそれは、ゲリヴェルガの屋敷ではないのか?


「わぅんっ!!」


「……もしそうなら、三遍(さんべん)(まわ)ってワンと言ってみせて」

「……、……、……わんっ」

「……マジか」


 マイラは、僕の言葉通りに、その巨体をくるくると三回(まわ)してから吠えた。


 そんな芸を仕込んだ覚えはない。マイラがこんなことをしてみせたのは、これが初めてのことだ。なにかの偶然でこうなったというなら、それはどれほどの確率なのだろうか?


「……信じていいのか?」

「わんっ!」

「……もし、違っていたら……僕はお前を許さない、その首、叩き落してから僕も死ぬ……そうされる覚悟が、お前にあるのか?」

「……ゎぅ!」


 最後の返事は、気圧されたのか少し弱気だったけど、それでも僕には、それがマイラの疑いようのない肯定の(いら)えであると理解できた。できてしまった。


『ラナは、どうしていいかわからないことを運否天賦(うんぷてんぷ)で、賭けで決めようとするところがあるよね。僕が戻ってくるかどうかも賭けだった?』


 どうしていいか、わからない。


 なら……賭けなければならない。


 マイラは僕を、ラナの居場所へ(いざな)おうとしている……それを、信じるかどうかへ。


 心に問う。


 僕は、マイラを信じることができるか。


「マイラ……信じるよ?」


 (いら)えは、根拠のない確信だった。


 自分でもわからない。何が自分にそう確信させたのか。


 もしかしたらそれは狂的な僕の、本当に犬が好きだったあの僕の、祈りだったのかもしれない。


 だけど僕は賭けた。自分自身とマイラの命、それと……ラナの色々大切なモノを……それに。


「わんっ!!」











<ラナ視点>


「だから教えてほしい、君はどのような魔法を使えるのかな?」


 マズイ。


 相手が悪意ある人間だったとしても、そうでなかったとしても、何をどう考えても、これはマズイ。


 後者であるなら、私の魔法が公に知られてしまうことになる。


『空間支配系魔法か、無詠唱タイプで支配領域も広い。こりゃあ、“天才剣士君”とは別口でやべぇなぁ……』


 私の魔法は、コンラディン叔父さんも危険視していた。


『まぁ、魔法使いの宿命だね、目立ちすぎると国に徴用され、軍に編成される。君の()()も、国に知られたら間違いなく徴用の対象だ。君の場合、貴族の血が混じっているから、そこまで扱いが悪くなることもないが……逆に面倒なことになるかもしれない』

『魔法使いの血は神様の贈り物(ギフテッド)……そう考えるお偉いさん方もいてね、そうした思想の持ち主からしてみたら、君や先述のユーフォミーちゃんは是非嫁に迎い入れたいと願う逸材扱いなんだよ』


 それは、コンラディン叔父さんが言ったことでしかないが、私が見聞(みき)きして知っている王都の「空気感」、それから本などで「自習した知識」……そういったモノとも、特に矛盾はしていない。強力な魔法使いが国に徴用され、軍に編成、配属されるというのは、年齢ヒトケタの頃の私ですら理解していたことだ。もっとも、攻撃に向いていない魔法しか使えない場合は、どこかの貴族のお抱え(それに婚姻関係が伴うかはまた別の話として)となることも多いようだが、残念ながら私の魔法は破壊特化といってもいい。だからこそ私は、罅割れ世界の統括者(フィヨルクンニヴ)が「強力な」魔法かどうかも判断しきれない内から、それを親にも秘密にしていたのだから。


 幸い、この国は平和な時代が長く続いている。


 軍に入ったからといって、戦争に駆り出される可能性は薄いだろう。けど……私はどうしても想像し、嫌悪してしまう……軍隊の、男臭さというモノを。


 多分、私にとってそこは地獄だ。


 別に軍人を、マッチョな男性を差別するつもりはない。私の知らないところで、私に関わらずいてくれるのであれば、どうか幸せになってくださいとも思う。だけど……怖いものは怖いのだ。慣れろ、治せ、甘えだと言われても困る。たぶん、それは私の狂った感覚だけれども、でももう私の魂の一部だ。それは理外の理屈だけれども、だからこそ()()()()()でなければどうにもならない気がしている。


 軍隊には、だから入りたくない。


 それと全く同じ理由で、おかしな思想を持った貴族の嫁になるのもゴメンだった。


「あのような状況で使おうとした魔法だ、攻撃性のある魔法なのだろう?」

「……ぅ」


 (すが)ろうとしていた道をひとつ、先回りされて潰される。


 もし、これが正真正銘、本物の国家公務員であれば……ここで嘘をつくのは後々まずいことになる。この世界には、夢の世界にはあった人権という概念も、少年法や黙秘権といった概念もないのだ。その祈りを社会通念(しゃかいつうねん)の一部とするには、あるいはその基盤たる共同幻想(きょうどうげんそう)へ取り込むには、転換点となる歴史的事象が足りてない。


 勿論、人権という幻想(ファンタズム)が本当に、人類を幸せにするかどうかについては意見の分かれるところだろう。夢の世界においてそれは手垢に(まみ)れすぎていた。詐欺師も独裁者も戦争屋もこぞってそれを兵器として扱った。だから(けが)れきっていた。


 でも……今の私は、それが生み出されていないこの世界に絶望している。強力な幻想(ファンタズム)を生み出すだけの歴史的事象、あるいは神話(ミソロジー)がいまだ存在していないこの世界に、絶望している。


「いえ……その……」

小官(しょうかん)無辜(むこ)(たみ)を守る警邏兵(けいらへい)であるが、それよりは国を守ることが使命として優先される……君が魔法使いであり、危険な魔法を使えるというのであれば、小官はそれを見過ごすわけにはいかない」

「それ、は……」


 人は生まれながらに人間らしく生きる権利を持つ……そんなわけ、あるものか。そんなものは虚構、神話(ミソロジー)へ託した小さな祈りに過ぎない。神性、あるいは神への憧れに過ぎない。


 だけど。


 私はどうしたって弱肉強食の、前者(弱い方)だ。


「どうした? 答えられないのか」

「ぅ……」


 それはもう、どれほど強い魔法が使えたところで、他人を食ってやろうと思えるほどの覇気がない時点で、自己肯定感がない時点でそうだ。戦って、自分の居場所を勝ち取るよりも、逃げて逃げて逃げまくって、穏やかに暮らせる世界の片隅を探す方が私らしい。


 だからこそ私は、人の獣性が正しく機能する原始的社会よりも、偽りの神性が幅を利かせる欺瞞だらけの社会の方が過ごしやすい、暮らしやすい。生き物として間違っていると言われようが、夏はクーラーの効いた部屋で過ごしたい、生理痛が酷い時には薬も飲みたい。……幸いこの身体はあまり重い方じゃないみたいで、そこは助かっているけれど、やっぱりあの人を堕落させる、幸せな欺瞞が充満してた世界を懐かしいと思う時もある。それはもう、まったくもって今がその時だ。


「答えられないのであれば、容疑者としてしょっ引くしかなくなるのだが……いいのだな?」

「ぁ……ぅ……」


 異世界転生が流行っていた頃のなろう系主人公は、その多くが地球(元の世界)を懐かしんでなにかしらその……というか日本のモノを異世界に生み出そうとした。わかり易くはジャポニカ米とか醤油とか……私もやったチョコレートとか……そういうの。


「魔法使いの拘束となると手足を縛り、視界を奪い、袋詰めにしてから殴打するなどして意識を奪う必要が出てくるのだが……君は……それで構わないのだな?」

「ううっ」


 だけど、ならば人権という概念は、どうすれば異世界に現出(げんしゅつ)させることができるというのか。


「それ……は……」

「答えるんだ」


 そんなのは無理だ。それは沢山の悲劇、歴史的事象が神話(ミソロジー)となって初めて創出(そうしゅつ)される幻想(ファンタズム)だからだ。沢山の血と悲劇が(いしずえ)となって、それは初めて「積極的に共有しようと思える」幻想(ファンタズム)となるからだ。歴史に学ばない者が、そんなのは嘘っぱちであるとドヤ顔で指摘する、その空しさを横目で見ながらも、時にそれこそが害悪であるという事実を知りながらも、だけど……対案が出せない以上は手垢に塗れたそれへ頼るしかなくて……何十億という人間が暮らす星ですら、いつまでも石器のようなそれを振り回すしかなくて。


 だけど、それでも。


「我々は、法を守らない相手には容赦しない。それが犯罪被害者となったばかりの、年若い少女が相手であっても、だ」


 それはでも……そうであっても……ありがとう先輩……だ。


「小官は悪を見逃さない。それを正すことこそ、我らの職務であると(わきま)えているからだ」

「悪……私が?」


 石器を生み出してくれてありがとう先輩、人類に火を与えてくれてありがとうプロメテウス……だ。少なくともそれで(ようや)く、人は獣であることから少しだけ自由になれたのだから。


「法に従わぬ者は悪だ」

「……そんな」


 だけど私は先輩にはなれない。なれるはずもない。神話になれと言われても私は少年ではない。魔法少女だけど、自らの存在を概念と化してしまえるほどの魔力は蓄積されてない。


「私は……認めます……魔法使い……です……けど、魔法で人を傷付けたことも……面白半分に使ったことも……ありません。ないんです、それだけは信じてください」

「そんなことは関係ない。今ここで君が黙秘するというのは、それだけで法に違反している行為と看做(みな)される」

「そん……な」


 人権なんて所詮は欺瞞、絵空事。それはシリアスに、ドヤ顔で言ってしまうほどに、空しさしか生まれない……あまりにも圧倒的な事実。


 だけど、夢の世界では歴史が証明していた。美しき理想論は、悪魔の手に渡れば数万、数億の人間を撲殺する棍棒(メイス)とも成り得るのだということを。欺瞞には、絵空事には、幻想(ファンタズム)には、世界を塗り替える力があるのだということを。


 それもまた、まぎれもない悲劇なのだけど……悪いのは……(いと)うべきなのは、悪魔であって兵器ではない。


 兵器であるのならば……そのスペックとポテンシャルをこそ、誇るべきだ。


 だからこそ夢の世界における人権は、憲法という「法」の最上位において保証されていたのだから。


 それはつまり、下位にある法が理不尽に働くのであれば、それを制限できるということでもある。言い換えれば人権とは、「法」の正当性、「法」が強制してくる「正義」に対応できる、し得る、それは数少ない手段であるということだ。だから人権とは正義ではない。血と悲劇への嫌悪から生み出された「正義」に対抗しうる幻想(ファンタズム)、悪魔が曲解すれば血塗れの棍棒ともなり、誰もそれを信じなくなれば力を失って朽ち果てる……脆い石器のようなものだ。


「あの……どうしても言わなければいけませんか?」

「君は今、小官に助けられたばかりだろう? 王都の民は王都の法によって守られている。その恩を返す気がないというのであれば、君はもはや善良な市民とは呼べない。忘恩(ぼうおん)()には、それなりの扱いでもって応えよう」


 あまりにも血に、悲劇に塗れすぎた世界が生み出した幻想(ファンタズム)


 それ自体がまた血を、悲劇を生み出して、世界を血で染め上げて……ならばその先にはどのような幻想(ファンタズム)が生まれ出てくるというのだろうか?……地球(あの世界)は未来、どのような幻想(ファンタズム)をまた産むのだろうか?……私はそれを知る前に、夢の世界からは切り離されてしまった。今度こそは悪魔に振り回されることのない理想となるのか、それとも歴史は繰り返すのか……おそらくは後者であるのだろうけど、私が今いるこの世界は現在、その入り口にすらも立っていない。


 石器でもゲバ棒でもポリコレ棒でもなんでもいい、私を守ってくれる幻想(ファンタズム)はどこにあるというのか。


「そんなのって……」

「それが世間の法というものだ」


 何もない。


 ここには神話(ミソロジー)が圧倒的に足りてない。


 だからこの世界はいまだそれを求めている。


 残酷な天使が、だから囁く、お前の血を流せと、犠牲を払えと、後進の先達として、その礎になれと……真顔で、シリアスに。


 そんなモノ、私なんかじゃ、なれっこないのに。


「あの……私はあなたを、疑っています」

「……なんだって?」


 嗚呼……あの欺瞞だらけの荒廃した世界で、芸術という名の幻想(ファンタズム)に、娯楽という名の幻想(ファンタズム)に……私はただただ(ひた)っていたかった。現実というのは、共同幻想に騙されてくれない厄介な獣が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するおぞましい世界だから。彼らは生き物として正しく振舞い、弱き者を肉として捕食する、搾取するだけ搾取する。そんなものと戦う力が、私のどこにあるというのだろうか。


「あなたは本当に王都の警邏兵なのですか? 本来二人組であるはずの警邏兵が、今に至ってもあなたひとりです。それに……私の魔法に、こだわりすぎじゃないですか? 私はもう魔法使いであることを認めました。なら……その詳細については……とりあえずは連行してから、詰め所なりなんなりでじっくり取調べればいいじゃないですか」


 必死に訴える声は。


「小官は君を袋詰めにして運ぶことなどしたくないのだよ。そこに転がっている、こいつらとは違う……いや、必要ならそれも、やむを得ないと考えるがね」


 呆気無く論破される。


「今、この時点で……私が魔法を使ってない時点で、私に反抗する意思がないことも、そのための手段も持っていないことも、明白でしょう?」


 (すが)る、脆い希望は。


「開いたと思ったら一転、随分と達者な口のようだが……小官がこれを君へ問うたタイミング、それを忘れたのかね? 君は今、街中を歩けるような格好ではない。着替える必要がある。君は着替えてる間、その一挙手(いっきょしゅ)一投足(いっとうそく)を小官に観察されていたいのかね? それとも……君は嫁入り前の身だろう? その年若い身で、もはや服とは呼べないようなその格好で、街中を歩き回りたいとでもいうのかね?」


 簡単に叩き壊される。


「ぐ……」


 レオ……私ひとりじゃ、戦えないよ。


 私は……もう立っていられなくなって、腰砕けにしゃがみこんでしまった。(そば)には私へ覆い被さっていた男……の死体があるが、もうそんなのはどうでもいい。お腹が痛い、苦しい。


「これでも、配慮しているつもりだよ?」


 ダメだ、この男は弁も立つ。それに……それならば……これは本物の警邏兵でない可能性の方が高い。法を盾に無茶を押し付けてくるその手練手管(てれんてくだ)は、実に警官らしい。だけど……ただの警邏兵が、ここまで言葉で、理屈で人を追い込んでくるだろうか?


 もっと文明の進歩した……それこそ人権という幻想(ファンタズム)とも真剣に向き合わなければいけない世界のお巡りさんであれば……そういうこともあるだろう。


 だけど、王都の警邏兵はそこまで抑制(よくせい)されてない。貴族でない市民……ただの都民に対しては公務執行妨害などというレトリックを使う必要すらない。問答無用で「ちょっと(我々の詰め所)まで来い」……これで済むのだから。


 となるとこれが……本物の警邏兵ではない可能性が高くなるのだが……その場合、完全に退路を断つ方向では言い負かすことができない。逆上されたら終わりだからだ。


 上手く言いくるめ隙を作る……逃げるでも、魔法を行使するでも、隙は絶対に必要だからだ……それが私の、勝ち筋のひとつなのだけど……でも……それは色々な意味で八方塞(はっぽうふさが)りのように思える。


 ならば残る、もうひとつの勝ち筋は……。


「あの……でもどうすればいいのですか?」

「……何がだ?」

「私の魔法は、言葉で説明するのは……難しいと思います」

「む」


 たったひとつ残る、私の勝ち筋は……魔法を実演してみせる……そういう方向へ話を持っていくことだ……でも……これには問題点が複数あって、そのどれもが重い。


「それは、比較的多い、炎や風を起こすような魔法ではない、という話かね?」

「……はい」


 まず、第一の問題点は……ここに至っても、相手が本物の警邏兵であるかどうかの判断が、私にはつかないということ。


 本物の警邏兵であった場合……それを殺すというのは……色々な意味で重い決断となる。


 魔法で人を傷付けたことがないというのは、まぎれもない真実だ。だからこれが悪意を持った人間であっても、それを殺すというのは重い。でも……それならまだ、決断しきれないということはない。私もそこまで、綺麗に生きてきた人間ではないのだから。


 問題は、悪意なき人間を完全なる己の都合で殺したとして……自分がどうなるかだ。

 それは怖い。少なくとも今ここにいる私は、それを怖いと思っている。


「殺傷能力は? 危険なのか?」

「……人を殺せるかどうかは、状況次第だと思います」

「では、その魔法で人を殺してしまった場合、死因は何になる?」

「……え?」


 そして、第二の問題点は、私の魔法が、ピーキーすぎるということ。


 世界を割り、(ひび)を入れるという、色々な意味での禍々(まがまが)しさもそうだが、発動してしまった後の殺傷能力が高すぎる。だから自分自身、恐ろしすぎて、対人……対生物(植物以外)の使用法についてはあまり研究していない、実験も実証もしていない、知見が得られていない。


 考えたことはある。殺す以外の攻撃方法を。


 例えば空気……というか酸素……の透過を制限して、標的を酸欠に追いこむやり方。血流の透過を制限することでも似たような結果が得られるだろう。


 だけどそんなのは恐ろしすぎる。どれくらいそれらを制限すれば、後遺症が残らない範囲で意識を奪えるというのだろうか。実験なんて、怖くてしたことがない。


「強力な風魔法と同じ……だと思います」

「……そうか……つまり、()()、なのだな?」

「そういうことに……なるのでしょうか?」


 第三の問題点は、相手が、こちらの望む状況を許してくれるかどうかだ。


 今、斬撃という言葉を用いた後、不自然なほど黙り込んでしまったこの男性。


 この男性は、今はひとりだが、本物の警邏兵であれば当然、悪意ある相手であっても……仲間が、いないはずがない。


 この場の、今のこの状況も、他の誰かが監視しているのかもしれない。


 この男がただの捨て駒で、本命が他にいるだとしたら、この男ひとりをどうにかしたところで意味がない。()()するなら全員まとめて……そうでなければ何の意味もない。


 最悪は、魔法を実演してみせますと言って、「ならば天下の公道において、観衆に取り囲まれた中で見せてもらおうか」と返されたパターンだ。そんな風になったらもう、そこから何をどうするにしても取り返しがつかなくなる。


「あの……どうしましたか?」

「……」


 となると、私はまず、今、自分が置かれている状況、その全容を正確に知らなければならない。魔法を発動することができれば、それは簡単に判明するのだろうけど……その隙を相手が塞いでいる以上、これはそれ以前の問題だ。


 となると……もうひとつの逃げ道と同じように、言葉巧みに情報を引き出していくしかなくて……だけど弁の立つ相手に、追い込みすぎてはいけないという枷を着けられた状態で、はたしてそれは私に可能なのだろうか?


 そこが、第四の問題点でもある。


「最近起きた、未解決事件がある」

「……え?」


 結局の所、この男性が本物の警邏兵でなかった場合、では何を目的として、ここにこうしているのだろうか? それを、私は知ることが出来るのだろうか?


 私に、この男を言い負かす、言い包めるだけの話術があるのかという問題だ。


「スラム街の、比較的浅いエリアで……ならずもの七人が殺された」

「……」

「斬殺だった。それは一見すると鋭利な刃物による犯行……のようにも見えたが、不自然な点もあった。ひとつの刃物で斬ったにしては、切り口の形状……というか“斬り方”に統一感が無かったからだ」

「……それは……どういうことですか?」


 意外な言葉に、時間を稼ぎながら現状を打破するため重ねていた思考が……止まる。


「それが刃物による犯行ならば、ひとりの人間がやったとは、とても思えないような状態だったということだ」

「……ぇ」


 ()()をやったのはレオひとり……それは間違いない。この目で見た。レオが使っていた得物(えもの)は薄い、ナタのような物。市場(いちば)で、大型の果物を割るのに使うような段平(だんびら)。あれはまだ、その時鹵獲(ろかく)した武器類と共に、私の(うち)にある。私の部屋の、収納の底にしまってある。


 あの時、レオはたったひとりで、たった一本のそれで全てを()した。


 それは間違いない、間違いないのだが……。


「現場に凶器は残されていなかった。岩場であったため足跡もない、浅いとはいえ現場がスラム街であったことから聞き込みもままならない……だが」

「……だが?」


 私が混乱する中、男性の詰問口調はどんどんと厳しくなる。私の男性恐怖症以前に、普通に怖い。


「たったひとりが、魔法でそれを成したというなら、現場の状況とは一致する。もうひとつ、その後に出回った奇妙な噂話ともだ」

「……あ」


「曰く、ロレーヌ商会の一人娘が誘拐されかけた……その日は、(くだん)の七人殺しがあった日と重なる……()()()()()()()? 魔法で、七人を、その手で」


 これは……本当にマズイ。




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