epis28 : story of deflowered consanguinity
※前書き
当episには、非常に残酷な表現が含まれます。
具体的には流血描写、人体の一部が欠損してしまう描写、殺人描写です。
また、ラナがひたすらスルーしてきたレオの闇の部分が、ここにおいて少し描写されます。
そういった描写が苦手な場合、もしくはレオを女装の似合う、ただのおかしな少年と思っていたい場合、途中、ラナ視点でなくったところで後書きまで飛ばしてください。後書きに、そうした描写を省いた、当該部分の出来事、ことの動向等を短く記しておきます。
油断した。
襲われる、襲撃される、攻撃を仕掛けられる……そういうことばかりを想定し、動いていた。
だけど違う。
私達は、私達が分断されることをこそ、怖れなければならなかったんだ。
何が起きたのか?
こんな都市伝説をご存知だろうか?
繁華街の一画にある洒落たブティック。そこで女の子が試着室へと入っていく。暫くはガサゴソと着替えの音がしているが一瞬、ガタンという音がした後、試着室からは何の音も聞こえなくなってしまう。
曰く、そのブティックは人身売買組織が運営していたのだという。
曰く、試着室には落とし穴が仕掛けられていたのだという。
あわれ、女の子はそのまま外国へ売り飛ばされてしまうのだ……云々。
莫迦らしいよね。うん、私もあたしも莫迦莫迦しいと思う。
ただまぁ、それに近いことは現実でも起こり得る。それを私は知っている。あたしはそれを知っていたはずだった。数ヶ月前に似たことは起きたし、夢の世界のあたしもまた、街中で白昼堂々車に連れ込まれ、攫われてしまって……日本であるとも、現実であるとも思えない、思いたくないような地獄に堕ちてしまったのだから。
それだって、自分のことでなければ莫迦莫迦しい話と思ったはずだ。人伝に聞いたのだとしたら、おまいらまだハ●エースさんに粘着しよるのかと、冗談めかしてしまったかもしれない。あるいはそう……そんなことは、自分とは関係のない世界でしか起きないことだと思いたい一心で、被害者へ「そんなのどうせ、そういう被害に遭い易い女性だったんでしょ」と、あまりにも無慈悲で残酷なレッテルを貼ってしまっていたのかもしれない。現実には、悪を憎むよりも弱者を切り捨てる方が簡単だから。
世間は、世界はそういうモノだ。だからそんなもんはぶっ壊れてしまえと、心の底の方でナニカがブツブツと呟いているけれども、今はそんな怨嗟に縋っていても何も変わらない、何の意味もない。
ああっ……もうっ……。
だからアレだよ。
天丼だよ、ワンパターンだよ、二度あることは三度あるだよ。
また……攫われてしまいました。
そんなわけで、また袋の中です。
今度は馬車へ連れ込まれたようです。あまり上等のそれではないようで、ガコンガコンと揺れて、乗り心地は控えめに言って最悪です。まぁ袋の中に入ってる時点でどちらにせよ心地は最悪なのですけど。
お互いの服を取り替えっこした時、私とレオは当然ながら別々のところで着替えました。別々とは言っても、複数ある試着室の、隣同士の部屋に籠もり、脱いだ服をカーテン越しに手渡して着替えたのです。
誘拐犯は、おそらくはその様子をどこかで見ていたのでしょう。もしくは店員さんに金でも握らせて情報を得たか……まぁそれはどちらでもいいです。後者だったとしても、そういう店に入った私が悪いのです。それが金イズパワーである王都の常識です。無慈悲で残酷なレッテル風に言えば「安っぽい店に入る被害者の方が悪い」ってヤツです。世界って醜い。
ともあれ、誘拐犯は知ってしまったわけです。私達が、着替えの際は別々の空間に分かれるのだということを。
不覚でした。
……ところで。
ロレーヌ商会のチョコバナナですが、チョコの部分がゆるゆるだということは先に述べた通りです。
そしてそれは、子供にも人気の商品だったようです。ええ、今日一日だけでも、チョコバナナをぶんぶん振り回したまま走る子供なんてのを、三回くらいは見ましたからね。
その、三回目。どう見積もっても小学生の低学年程度、下手したらそれ以下か? と思えるくらいの小さな女の子でした。チョコレート色の長い髪の毛がふわふわしていて、まぁまぁ可愛かったような気がします。
彼女に、やられてしまったのです……レオが。
はい、チョコバナナを持ったまま私(の胸元)にぶつかりそうになったその子の手を、レオがキャッチしたのです……が……それで女の子はビックリしてしまったのか、チョコバナナをひょいと、レオの方へと投げてしまう形になったのですね。
アレが敵の仕込みだったのか偶然だったのか、それはわかりませんが、とにかくレオは、その真っ白な服(の胸元)をチョコバナナで焦げ茶色に染めてしまいました。女の子は、私がすっとんきょうな大声をあげた(らしい……レオ談)からか、すぐに逃げてしまいました。
そして、ここは完全に敵の仕込みでしょうが、それは周辺にブティックというかアパレルショップというかファッションセンターというか、まぁ服屋さんといえるようなものがひとつしかない区画でした。
レオの真っ白な服が汚れてしまった……そのことに自分でもよくわからないほど動揺した私は、何も考えることなくその……あまり質がいいとは思えない服屋さんへ、入ってしまったのです。
そうしたら……これがまぁ……都市伝説もビックリな展開になりましたよ。
お水な方面向けのお店だったのか、胸元の大きく開いた服がほとんどで、その中からやっと見つけた「少しマシ」な着替えを持って、レオは試着室へと消えていきました。その時の私は……自分の中の大切なナニカが汚されてしまったような心地で、ガックリと、ションボリと、ドンヨリと過ごしていました。ええ、周辺を魔法で探るどころか、普通に警戒することすらも忘れていました。
そこを……やられまったのです。
唐突に塞がる視界。麻布の匂い。
何が起きたのか理解する前に担ぎ上げられ、運ばれて……今ではこの有様です。つまりは厚い袋の中で芋虫ムーヴをするしかできない状態です。というか、袋の上から節々で縛られています。その状態で更にもう一枚、袋を被せているっぽいですね。過剰梱包です、資源の無駄遣いです。袋はご入用ですか? いらねーですよハイ。エコバック? 学生カバンで十分だいっ。……そういえばこの世界、ボストンバッグっぽいのって無いんですよね。作ったら売れるでしょうか? ナイロン素材が無いから本革の高級品になるけど、高級品が買える層は自分では重い物を持ち歩かないけど……。
いや黙れ商魂っ、今はそれどころではないんだってばっ。
馬車は、ガッタンガッタン大きく揺れながら、どこかへと移動しているようです。ということは、私の魔法は使えません。黒幕がゲリヴェルガの糞伯父野郎ならば、目的地は彼のお屋敷でしょうか。
前回、攫われた私は一旦スラム街へと運ばれました。
その意味はわかります。私は白昼堂々攫われました。お貴族様のお屋敷というのは、周辺に警備兵が常駐しているものです。いくつかの例外(ひと区画まるごと自分のモノとしてるお大尽様のお屋敷とか)を除いて、人通りもそれなりにあるものです。そこへ、最初の七人のように、明らかに見た目でそれとわかるカタギじゃない連中が、ただごとじゃない感じのする大きな袋を抱え、入っていったとしたら……どうでしょう? これは良からぬ噂になるのではないでしょうか?
なんだかんだ言って、王都は治安のいい都です。そしてそれは、監視の目が多いからこそのモノです。特定の位置に常駐する警備兵、特定の区画を巡回する警邏兵、特定人物、もしくは特定集団を護る警護兵……これらは全て、国が雇用して各地へと派遣してる国家公務員です。個人が自身らの警護目的で傭兵なりを雇うことはありますが、それらは警護兵とは呼ばれません。また、警備兵、警邏兵、警護兵はみな共通の制服を着ています。警備兵は紺、警邏兵はブルーグレー、警護兵は黒と、色こそ違いますが形は同じです。なお、この制服を国家公務員以外が着るのは重罪だったりもします。
そんな感じなので、王都において人目につく悪事は、なかなかにやり難くなっています。レオも窃盗とか、どうやってしていたのでしょうね。あまり知りたくは無いですが。
ですが、監視カメラなどは無いこの世界、マンパワーに頼るだけでは難しいこともあります。その最たる例が夜です。
勿論、夜になったからといって警備兵、警邏兵、警護兵が、完全に街から消え失せるなんてことはありません。ですが、数はどうしても減ってしまいます。
それに、夜はどうしたって暗いです。不夜城などは違うのかもしれませんが、夜になれば灯りは減り、視界は狭くなってしまいます。
人目によって治安が維持されているということは、その目が弱まる夜間においては、治安も若干低下するということです。
ですから、最初に攫われた時は、これは、おそらく夜になってからどこかへ運ばれるのだろうなと思っていました。
……思っていましたけど。
今にして思えば、それも違っていたのかもしれません。
あれは馬車待ちだったのかもしれません。
お貴族様のでも、お大臣様のでも、お屋敷というのはそれなりに大きな敷地を持っています。そういうモノです。ええ。
私のお家もそうです。
上流階級となると馬車そのものを所持していますが、家の場合は、商会の所有となるので、私が生まれ育った家にはありません。何台かあるっぽいのですが、本店に三台あることしか知りません。あとはボユの港との定期便であるとか、市場や直営店との行き来であるとか、そういうので使っていると思います。商売繁盛真に結構。
そんな私の生まれ育った家であっても、馬車への昇降は敷地外の誰にも悟られることなく行えます。というか、パパが家に帰ってくるなら、そこに馬車を留めていたんだろうなぁ……と思えるスペースがあります。まぁ無いんですが、馬車。オヤジが帰ってこないから……ふふふ。
ともあれ、あのスペースは、多分、王都でそれなりのお家の家であれば標準装備なんだと思います。「多分」で「思います」なのは、私がお友達の家に遊びに行くなどの機会が無かったからですね~……あははははは。
黒幕がゲリヴェルガ伯父さんであれば、間違いなくその家には、誰にも見られることなく、人目を気にすることなく、馬車で昇降できるスペースがあるでしょう。お貴族様ですものね、平民と同じ地面を歩くなんて、汚らわしくてやっていられませんよねぇ~……うふふふふふふふふふふふふ。
……って、ふざっけんなぁっ、クソがぁ!
いい加減、肩と腰が痛いんじゃ! 変な縛り方しやがって! 変な置き方しやがって! 私はなんだ!? 粽か!? もち米を笹などの草の葉でくるんで縛って蒸した美味しい食べ物なのか!? まだ残暑が残っているし、こんな過剰包装をされたら蒸し暑いんじゃ!
あと最初、芋虫ムーヴで暴れた時、何発か蹴られたんだけど、その一発がわき腹に入ったんだよね。だからか少し、気持ち悪いのです。蒸し暑いのと馬車の揺れとそれで、微妙にリバースしたい気分なのです。こんな袋詰めの状態でリバースしたらどうなっちゃうんですかね? その答えは知りたくないです、まったく知りたくないです。なので頑張ってこらえていますが……この状態が長く続いたら、いつまでもは耐えられませんよクソッタレ。
……もういいかな? これ。
黒幕と相対したら、隙を見て魔法を発動して~からのバラバラ殺人、しちゃってもいいかな?
あのさ、だからさ、私こそさ……私の魔法はね? 手加減とか峰打ちの類は出来ないんだよ。というか……どこをどう分割するかを指定しての発動もできないんだよ。窓ガラスを割る時、罅割れの形を指定できますかって話だ。
だからこそレオに、峰打ち可能になってもらったわけで、そのレオがいてくれるなら(今は)手加減しての生け捕りも可能だったけれど、そうじゃなくなってしまった。
だから私はまず、自分の身の安全の方を優先させなければいけない。向こうに殺す気が無かったとしても、危害を加えられる可能性があるなら……そうしたいと思う。
正直……この十日あまりは……幸せだった。自分を嘲笑ってこない誰かと行きたいところに行き、喋りたいことを喋り、楽しみたいだけ楽しむ……それがどんなに幸せなことだったかを、二十年ぶりくらいに知った気分だ。もっとかもしれない。
だからこそ油断したんだろと言われたら……全く言い返せないけれど。
でも、さ……一緒にいると胸がほわんと温かくなる人と十日以上も過ごしてさ、そのまま別の緊張感を維持しろって……難しいよ。誘拐と暗殺なんて、地下茎で増える雑草みたいなものでしょ? スギナとかドクダミとかああいうの。根っこを叩かない限りは何度でも生えてくるし、リトライされてしまう。そうしていつかは本懐を遂げられてしまうんだ。それがわかっていたから、だからこその誘い受け作戦だったんだ。黒幕を引きずり出さなければ、終わらないと思ったから。
けれど……黒幕の方が私を……地面の下へ落としこみ、その根っこの元へと案内してくれるというのならば……私はもう、そこへ除草剤でもなんでも、ぶちまけたいと思う。
この世界には、ないんだけど……除草剤。
お湯をまくという、原始的手法くらいしかないんだけど……除草剤。
でも……私は持っている。人間を即死させる魔法を、それだけを持っている。
なら……私は……。
<レオ視点>
「んぎぃゃぁぁぁ!!」
煩い。
髭面の、汚らしい顔をした男が、豚みたいな声で喚いている。
「ホントだ! 本当に俺は知らないんだ!!……俺は赤毛の男に脅されてやっただけでっ……ぎぃぃぃ!?」
剣で、折ってやった足を捻る。
とても綺麗に折れたのか、とても綺麗に曲がる。本来、人体の構造上ありえない形に。
「だから煩いんだよ……言ったろ? 表の兵が変事に気付き、この店の中へと踏み込んできたら……僕はお前を殺してから逃げる。それは絶対だ。少しでも早く逃げたいからといって、お前を放っておくなんてことはしない。……なぜだかわかるか?」
お前を殺すのに、一秒もかからないからだよ。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!?」
殺気を込め、睨みつけると男はかすれた声で悲鳴をあげる。一応は、声を抑えようと努力しているようだ。もっとも、それも、もうどうにもならないところまできているようだが。
コイツも、最初はふざけたことばかりを言っていた。
お嬢ちゃんも売り飛ばしたらもっと稼げるかもしんねぇなとか、やっぱ胸がねぇとメイド服は似合わねぇなとか、だが顔はいい、こっちへ来い、可愛がってやる……とかなんとか。……微妙によくわからないが、まぁおそらくはかなり下衆いことを色々と宣ってくれた。……今、僕が着ている服は、メイド服というらしい。メイドとは貴族が雇う使用人の一種だったと思うが、使用人向けの服がどうしてこんな店で売っているのだろうか……不夜城のお姉さんにも、売れっ子になればメイドさんが付くのだろうか?……まぁ……そんなことは……今はどうでもいい。
「ぅぎぃぃぃぃぃぃぃ!?」
豚の口を押さえ、その太ももを剣で刺す。太ももには大きな血管がある。だから下手に傷付けると出血多量で死んでしまう……僕はそれを経験で知っている……が、まぁそれも……どうでもいいことだ。別に、その血管を狙って刺したわけじゃない。だから死んだら……まぁ……それは全部、お前の運の問題だ。僕の知ったことじゃない。お前の生死に、僕は何も関係ない。死ぬなら勝手に死ね。お前自身の問題で。おまえ自身の罪で。
「もう一度聞くぞ? お前は赤毛の、片耳が一部欠けている男に金を握らされ、誘拐現場としてこの店のスペースを提供した」
「ひ、違う! 脅されたんだ! 脅されたんだよ!」
「だけど金は、貰ったんだろ?」「ぅぎぃぃぃぃぃぃぃ」
豚の口を押さえ、その太ももに開けた穴へ、中指をつっこんでやる。女装を始めてから、爪を少しだけ伸ばしていたので、それで肉の内部をガリッとやってやる。
「ぅぅぅ!! むぅぅぅ!!」
じたばたと豚が暴れる。手足はもう、全部折ってやったというのに……こういう時は体重差が恨めしい。
「それに、なんだこの地下室は?」
「んんんぅぅぅ!! ぐぅぅぅ!!」
「ラナが囚われているかもしれないと思った。だから気持ち悪いお前の、気持ち悪い提案にも乗ってやったんだ。暴れだしたいところを、激情を抑えて、乗ったフリをしてやったんだ。ここで、僕に何をするつもりだったんだ?」
「男には何もしねぇよぉ!」
ここは、変な匂いがする。よくわからないけれども、それはなんだか僕をとても不快にさせる臭いだ。スラム街のそれとは全く違う、だけどなにか生理的に「汚らわしい」と直感できる匂い……臭い。
「この鞭にこびり付いた匂いは、血の臭いだ。だけど獣の臭いはしない。人間を、これで打ったのか」
「ひぃっ!?」
手近にあったので、男の汚いケツに振るってやった、三叉に分かれた革の鞭……その先には、金属製のスパイクボールが付けられていた。今は男の血で汚れているそれの、革の部分には……だがもっと重層的な歴史を感じさせる血の臭いが、こびり付いていた。
「そっちにある汚らしいベッドにも、血の痕がいっぱいだ。ここで、お前は何をしていたんだ?」
血の臭いだけじゃない、人の排泄物の臭いもする。まぁそれはスラム街では日常的に嗅いでいた臭いだ、僕に耐えられない類の臭いじゃあない。だけど、服を売っている店の地下に、こんな部屋があるというのはおかしい。なにか、ただ事じゃないことが行われていたのだ、この場所で。
「……お、俺は」
「お前はここで、法に触れる何かをやっていた。だから脅された……そういうことか?」
ああ……だけど何度嗅いでも……血の臭いだけは……慣れない。
「法には触れてねぇよぉ!」
「……何?」
「信じてくれよぉ! 俺は人殺しも誘拐もしてねぇんだよ! そんな重罪は犯してねぇんだ!……ぎゃぁぁぁ!!」
スパイクボールの付いた鞭で、今度は男の背中を叩く。ぷしっと血が飛び散った。それが僕の頬にもかかる。汚ぇな、おい。
「お前はラナの誘拐に関わった。今更言い逃れをする気か?」
「ホントだってよぉ! 俺はせいぜい借金で首が回らなくなったのを潰してスラム街に捨てるくらいのことしかやってねぇんだよぉぉぉ」
「……なんだって?」
「俺は殺してねぇんだよぉぉぉ、俺が楽しんできた女どもは、どうせすぐに最下層まで落ちる連中だったんだって! 俺はその程度のことしかしてねぇんだよっ! そんなの、誰にも迷惑かけてねぇだろっ!? そりゃあ人様に堂々と自慢できるような趣味じゃねぇさ! 人聞きの悪い趣味だろうよ!……けどよ、アンタも男ならわかるだろ? 男には、力で女を力ずくでひれ伏させてよ! 悲鳴をあげさせたい時もあるんだってよ!! なっ!?」
わかるだろう? と……喚き散らすその豚の顔に、スラム街でたまに見た……ボロボロになった女性の姿が重なる。そういえばひとり、胸やお尻、下腹部の肌が、ボコボコの穴だらけになった女性を見たような気もする。あれは、このスパイクボールのようなモノで執拗に苦しめられた痕だったのかもしれない。
あの女の人は、結局その後、どうなったんだっけ……。
ああ……それでも、そんな身体でもなお、逆臭嵐を引き起こして……どこかへと消えて行ったか。
「な!? 俺はこれでも誰にも迷惑をかけずに生きてきたんだって! 商売だって真っ当だ! 悪ぃのは、借金でどうにもならなくなってるクセによぉ、色街に行こうともしねぇで! それでもどうにかして大金を得ようとする性根の腐った! 頭の悪ぃ女共だろぉ!? 男ならそう思わねぇかっ!? 俺が喰ってきたのはそういう連中だよ! そういう連中だけなんだよぉぉぉっ!! カタギには手を出しちゃいねぇ!! だから頼む! 見逃してくれよぉ!!」
なるほど……これは逆臭嵐の、その源のひとつか。
臭嵐。
それはスラム街の住人達の住居……その素材である襤褸切れやゴミが、強風によって下界にばら撒かれること……その災害の……名前。
主に強風の吹く、春先と秋の終わり頃に起きるそれは、スラム街の住人側から見ても大いなる災厄となる。
自分達の住居が飛んでなくなってしまうし、強風の去った後には下界から荒くれた男達が、街を汚された恨みを晴らそうとやってくる。臭嵐で死ぬ下界の人間はいないはずだが、スラム街の住人は何人も、下手したら一回で何十人もが死んでしまう。そしてその殺人を咎める者は……誰もいない。
どうしようもない。快適な「穴」は少ない。大抵の「穴」は雨風が吹き込んでくるし、コウモリの糞やネズミ、毒虫などでいっぱいだ。雨風を凌ぐには屋根を、壁を……その素材が、たとえ襤褸切れであったとしても、ゴミであったとしても……風雨を凌ぐ障壁を造らなければならない。日々のひもじさは、半年に一度の暴威よりも、辛さで勝るから。
だから思う。スラム街の住人は思う。
どうして、多少街が汚れる程度で、自分達は殺されなければならないのだろうかと。それくらいを、許してもらえないのだろうかと。
『世の中にはね、どうして負け犬のために、落伍者のために、自分が少しでも我慢してやらなくちゃならないんだ……って思う人がいるの。自分より上の者に搾取されるのは許せても、自分より下の者に我慢させられる、そのことだけは許せないって人がいるの。私はね、臭嵐なんてどうでもいいって思ってる。だけどそれは、もしかしたら私が、それを片付けたことの無い人間だからかもしれない。片付ける側に回ったら、私もそれに悪態を吐くくらいのことはしてたかもしれない』
『……悪態を吐くのと、実際に殺しにやってくるのは、全然別の話だよ』
『そうね、そうかもね。だけどそれが世の中ってモノ、世間ってモノ……しょうがないんだよ、世界はそういうモノなんだから。私達にできるのはね、巻き込まれないようにすること……それだけ。理不尽ともいえる、だけど人間としては実に真っ当な感情が引き起こす、臭気臭い立つその嵐にはなるだけ近付かない、関わらない、そのように生きる。それだけしかないの』
逆臭嵐とは。
スラム街から見た臭嵐の、その理不尽さに対し、対抗する意味で……せめてもの皮肉として名付けられた……ある現象のことだ。
スラム街には、たまにスラム街の治安……のようなものがあるとして……それを乱す者がやってくる。
それは、スラム街でなにか悪事を始めようとする頭の悪い犯罪者だったり、何も持たぬスラム街の住人から、それでもなにかを搾取しようとする頭のおかしい人だったりする。
その中で、割と頻繁にやってきて、時にどうしようもない、くだらない騒乱を巻き起こすのが……女の人だ。
スラム街の住人はほぼほぼ男性だ。それは、逆を言えば、女の人はスラム街で長く生きられないということでもある。
スラム街にやってくる女性は四種類しかいない。老婆か、本当に幼い子供か、重い病気を抱えてる人か、ラナのお母さんと似た目をした壊れかけの女性……それだけだ。
老婆と重い病気を抱えてる人はすぐに死ぬ。大体は半年ももたないし、一年以上生きていた例を僕は知らない。本当に幼い子供は五歳から六歳を越える頃にいなくなる。どこへ消えていくのかは……それも僕は知らない。
そして壊れかけの女性は……取り合いになる。
片腕がなかろうが、両目を潰されていようが、完全に頭がおかしくなっていて『あー』とか『うー』とかしか言えない女性だろうが、それは関係ない。
どうしてそんなものが欲しいのか、僕には理解できないけれど、大人の身体をした一部の男の人達は、それをどうしても「自分のモノ」としたくなるらしい。
そうなった時に発生するのが、逆臭嵐だ。
つまりは、下界からトんできた女性によって引き起こされる、血で血を洗う女体の取り合い合戦。あまりにも莫迦莫迦しい、なんとも臭気臭い立つ嵐、果てしなく臭い「災害」だ。
「なぁ、たのむよぉ! 助けてくれよぅ!」
「……」
そして、目の前の豚が、その発生源のひとつであるというなら、このネーミングは正に正鵠を射ていたことになる。
この豚は、女の人をゴミのように扱って、ゴミのようにしてしまい、それをスラム街へと撒き散らしていたのだから。
こんな世界を、神様が作ったというなら。
嗚呼、神様はどれだけ皮肉がお好きなのだろうかと思った。
「……ゴミは、お前だ」
「……ぇ?」
僕はラナに貰った剣を、刃が逆に付いたその剣を、更にもう一度、刃を逆にして構える。
逆の逆は真。つまりは真剣。
その刃で……僕は……。
「にぎゃあああぁぁぁ!?!?」
男の鼻を、削ぎ落とす。
ラナが教えてくれたこの国の法律とやらに、あったはずだ……因果応報の罰、人面獣心はその面さえも獣へ……とかなんとか。
スラム街へやってくる女性の中には……重い病気を抱えてやってくる人の中には……死ぬ前に鼻がボロリと腐り落ちてしまう人もいた。だから、鼻のない人間が、みな獣のような心をしているなんてことは思わない。この国の法律は、やはりどこか狂ってる。
だけど、間違いなくコイツは、この刑に相応しい男だ。
心に、自分でもわけのわからない怒りがある。
それは低く唸り、斬れ、殺せ、なにもかもを破壊しろと叫んでいる。
だが、もう、いつまでもこんなことをしている場合じゃあない、僕は今すぐにでも、ラナを救いに行かなければならない。
「なぜだぁ!? なぜ斬ったぁぁぁ!?」
だけど、それとは別に、僕の理性とは違う、心のどこかが……その深いところが言っている。こいつを許すな、こんなやつを生かしておいてはならぬと。
「続けるぞ、お前は悪趣味を公表されたくないのと、それから金を握らされたから、赤毛の、片耳が一部欠けた男に誘拐現場としてこの店のスペースを提供した。だがその男の目的は聞かされてない、馬車の行き先も知らない……そういうことか?」
「お、俺の鼻、はなぁ!! なぁ頼むよ、俺の鼻を拾ってくれ! 今すぐにくっつけなくちゃ! 俺の鼻がぁ!!」
「答えろ!」
ナニカが、僕の中で臨界を越えた。
「ひっ!? そ、そうだよ! だから俺も被害者なんだ! 悪いのは俺じゃねぇんだよぉぉぉ!!……ぎゃひっ!?」
だから……僕は殺す。
豚の口を押さえ、その首筋を刃で引く。首筋には大きな血管がいくつもある。だから下手に傷付けようがどうしようが、そこを弄くると人は簡単に出血多量で死んでしまう……僕はそれを経験で知っている……ああ……知っていたさ……知って今、僕はそうした。なにが、死んだら全部、お前の運の問題だって? いいや……そうさ……この豚は今……僕が殺した。我を失くすことなく、あの斬撃ではなく、僕が僕の意思でそれをしたかったから……明確な殺意の元、僕が殺した。
「なら……もう、お前に用はない」
「ひ……ふ……ぁ」
呆気なく、男は絶命する。手足の骨を全部砕いてさえ、なおも暴れていたその肥えた身体が……静止する。
……手がかりを得られなかった。
その絶望と焦燥感。
だけどそれとは別に、酷く冷たい満足感が……心にあるのを感じる。
あまりにも醜かった豚の、その身体が……ビクビクと跳ねてから静止した……その光景を、その景色を……人の死を、その事実を……僕の心の……ナニカが捕食して呑み下し……充足した。その悦楽が、その喜悦が、僕の中にある。
それは、ともすれば僕をこのまま……この場所へ……氷の鎖で繋ぎとめてしまうようなナニカでもあった。
僕も知らぬ、僕の理性ではない心のどこか。
それが歓喜に打ち震えている。喝采を叫んでいる。
殺った。醜いこの世界の、その一部を殺してやった。殺った殺った殺った殺った殺って殺ったぞぉ!!……そう呟きながら、それは今も狂的な笑みを浮かべている。
血を啜り、死肉を喰らい、それに満たされている。
殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して、殺しつくさなければいつまでも世界は醜いままだ。だから殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して、殺しまくらなければならない。
だからもっともっともっともっともっともっともっと殺そう。
なぁ……僕。
知っているだろう? 侵略者は突然にやってくる。勝手な理屈で、おかしな理論で、自分を「我こそは正義である」「我こそは救済者である」と嘯きながら襲来してくる。それこそが正に臭嵐の様じゃあないか。世界は元々がゴミと襤褸切れで構築されている、秩序なんてひと風吹けばすぐに終わりさ。
だから敵を殺せ、世界を汚す侵略者を殺せ。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して、殺しつくそう。
忘れるな、愛犬を食わされたあの飢えを、その極限状態を引き起こした独裁者がいたことを。
……僕はこの生で犬を食ったことなどない。そんなこと、するものか。だけどその光景は、その情景は、絶望と共に覚えている。
これは誰だ。平和を、自分の生まれ育った街を、家族を、ずっと可愛がっていた犬を奪われ、敵への殺意だけとなったその僕は誰なんだ。
わからない。なにもわからない。それは僕の呪い、僕の心の闇の部分。
僕は……僕の中にそのようなものが住んでいると知っている。知っていた。
人面獣心は、僕の方だったんだ。
「ラナ……」
けど……そんな僕を、ラナは人として扱ってくれた。
助けてくれた。救ってくれた。
ラナの名を呟くと、僕の心の中のなにかが薄れる。
それは、だけど、とてもとても心地良いことだった。
とてもとても、心地良いことだったんだ。
「ラナ……僕は……」
だから僕は、ラナがしてくれたことを、僕の髪を洗う指の細さを、こんな僕を信頼してくれたその暖かい声を、思い出す。
ラナの中にも、きっと狂的なナニカが眠っている。
ラナは、人を殺して血塗れになった僕を、笑って受け入れてくれた。
たぶん、世界の全てに、受け入れてもらえなかったからこそ血塗れだった僕に、微笑みかけてくれた。
それが僕達の始まり。そこに普通とか常識とか、良識とか……そんなモノは無かった。
けど、そんなことは関係ない……いいや……むしろ、だからこそ僕はラナを護りたいんだ。
親にさえ捨てられた僕を、初めて救ってくれたのがラナだった。生まれて初めて、助けられるということが、どれだけ嬉しいモノであるのかを知ったんだ。その時、僕の心に芽生えたモノは……この気持ちは……僕だけのモノだ。
世界はずっと、僕に死ねと命令してきていた。毎日が死んでもおかしくないような日々だった。悪いことをしなければ、時に人を殺さなければ生きてこれなかった。生きているだけで、どんどんと「死んだ方がいい人間」になっていった。
ラナが救ってくれた時、僕は生まれて初めて「生きて」と言われた気がしたんだ。
僕に侵せない、犯せないナニカがあるとすれば……それだけだ。
だからまだ……狂的な僕よ、眠れ。今はまだ眠れ。必要な時が来たら起こすから……今はまだ大人しく眠っていてほしい。
「ラナを、護らなくちゃ……」
そのために……僕は僕がしなければならないことをする。
「……え、この間の、犬?」
マリマーネさんが、ぼそりと呟く。
マイラの顔を見て、どうして今ここにマイラがいるのかと。
それは僕にもわからない。どうしてマイラが誰の手にも引かれずにここへ現れたか、十日以上家で大人しく留守番していたマイラが、ラナが攫われた今日に限ってそうしてその禁を破ったのか、それはわからない。
でも、だからこそ僕は直感的に理解した。
「……そっか、お前も助けたいんだな、ラナを」
「くぅん……」
マリマーネさんの店先で、僕はマイラの首筋を抱いた。それはもふもふのふかふかで、あたたかくて……僕は心が、ようやっと落ち着いていくのを感じた。犬に人間の法は及ばない。そこに……そこにも……普通や常識や良識といったモノは無い。だからマイラには僕の気持ちがわかるのかもしれない。そうだったらいいなと思った。
あるいは、だけど……それはマイラが特別なだけで、普通の犬は、犬を食べた記憶がある僕のことを、嫌っているのかもしれない……けど。
「マリマーネさん、なら、今日の日が暮れて、僕達が帰って来なかったら、手はず通りに」
行き先はハッキリしている。この十日あまりの中で一回だけ、怪しまれない程度に近付いてその外観を記憶した家、ラナの伯父ゲリヴェルガの住居、住処。それは、由緒あり気だが多少古ぼけて見えた。外壁の張替えなどは何十年としていなさそうに見えた。
「本当に、いいんですね? 黒槍のコンラディンさんへの連絡は、それからで」
「はい、ご迷惑をおかけします……でしたか? こういう時の定型句は」
「あってますよ。もっとも伝言役程度、迷惑というほどのことではありません。前金も、戴いてしまいましたし」
ラナのメイク道具一式、そのポーチには金貨も入っていた。五枚も。重いわけだ。それを、全部渡そうと思ったら一枚でいいと言われた。代わりに違うモノも要求されたが、それは僕の判断で了承できることだった。
「ことがすんだら、約束通りたくさん、奢ります。変なことに巻き込んで、ごめんなさい」
「……その、本当にそのわんちゃんもお連れで?」
「わぉん!!」「わっ!?」
「こいつも、ラナのことが好きなんですよ。だったら僕とこいつは……相棒だ」
「……わかりました。ではご要望の通りに」
策は、練らない。
僕に、ラナほどの頭はない。
最重要はラナの身の安全の確保、奪還。
僕は行く。僕は成し遂げる。何人殺そうとも、どれだけ血に汚れようとも。
そうして汚れてしまった僕は、もうラナに相応しくないだろう。その汚れはきっと、もうどれだけ洗っても落とせないと思うから。
この国には法律がある。その法はあらゆるところで平民よりもお貴族様の命の方が大事と宣っている。そのお貴族様を、事と次第によってはスラム街で育った僕が殺す。虐殺する。
そこまで穢れてしまったら……さすがにもう、ラナの傍へは居られないだろう。必要ならばこの身、極悪人として差し出してもいい。沢山の軽蔑と怨嗟、それに塗れて終わってもいい。だけどそれを望んでいるというわけではない。この世に、仕方のないことはいっぱいあって、なにかを勝ち取るには時に自分自身の全てを捨てなければいけなくなることもあるという……それだけの話だ。
だからそれを殺すのは、僕に不利益しかないのだけれど。
それでも。
僕はラナを護る。僕は使い捨ての剣でいい。さっきからずっと、心の中で片刃の剣がくるくると回転している。片方は人を殺す刃、片方は峰。その両方が今の僕には凶器。あるいは僕自身が凶器そのものなのだろう。刃と峰、どちらを使うかは……その時次第だ。
だけど躊躇うつもりはない。
ラナを護れない僕に生きる意味はない。これは優先順位とやらの問題だ。人として生まれた以上、僕は人として死にたい。ラナを護ることは、僕の命より、僕がラナの側に居ることよりも優先される。それが僕が人として生まれた意味、そのものだから……それだけの話。
「……怖い顔を、していますね」
唐突に、マリマーネさんが、僕に声をかけてくる。
意外なことに、それはとても心配そうに。
「そう……ですか?」
「メイド服に美少女メイク、それなのに怖いって相当ですよ?」
「ん……」
茶化した風に言うが、目には真剣みがあった。
「行くまでに職質、されてしまうほどですか?」
それは面倒だった。あいつらはとにかく……数が多いから。
だから血塗れのメイド服は着替えた。緊急時であっても、ラナが選んでくれた服だからと同じものを選んだ。紺の上下にフリルの付いたエプロン。本当は頭にホワイトブリムなるモノを載せるらしいが、さすがにそれはいいとラナが言ってくれた。
とりあえずあの店からここ……マリマーネさんのお店に来るまでには、誰にも咎められなかったのだが。
「まぁお貴族様に仕える本当のメイドさんであっても、その格好をしているだけの偽者であっても、別に不審人物って程ではないですからね。レオ君は見た目、力の無さそうな女の子そのものですから」
「……」
「ほら、その殺気。それでもね、それはダメですよ。そんなにも殺気をダダ漏れにしていたら、勘のいいのには目を付けられてしまいますよ? そうしたら、ロングスカートの下に剣を佩いてることにも、気付かれてしまうかもしれません。レオ君は、お前はどこの誰だと、何の目的でどこへ向かっているのかと、そう問われたら答えられるのですか?」
「……ご忠告、感謝します」
気をつけよう。僕が地獄へ落ちるのはいい。僕にとっては、この世界そのものが地獄のようなものだった。だからいい。だけど……ラナを救うために、無関係な人を殺さなければならなくなるというのは……嫌だった。それも仕方無いかもしれないと、諦めかけてはいたのだけど。
「いーえ。じゃ、ここからは独り言なのですけどね」
「……え?」
「あーあ。先代の財務省、王都財務局の局長さん……でしたかねぇ? 日が暮れたらコンラディンさんに、あなたの姪がそこへ向かって帰ってこないよー……と、伝えなきゃならないのって」
マリマーネさんはあさっての方向に向かって話し始める。視線はどこも見ていない斜め上、だけどその口からこぼれてくる言葉は、どう考えても僕の方へと向いていた。
「独り……言?」
「前王都財務局局長さん、ですかぁ……あまりいい噂は聞きませんね。なんでも、家中の実権を弟さん……を通じて某伯爵家に……握られてしまっているとか。それで、それに対抗すべく、胡散臭い連中を雇っているとか、いないとか」
「あの……マリマーネさん?」
「しっ! 黙って! 私は今考えをまとめているところです。声が漏れてしまうのはクセですから、どうかご容赦を」
「……ぁ」
さすがの僕にもわかる。
マリマーネさんは僕に情報を、くれているんだ。独り言だからと、無償で。
「だから、もしかすればですが、弟さん側の使用人達に上手く話をつけることができれば、コトを丸く収めることも可能かもしれませんね……それを、どうやってすればいいのかは、私にもわかりませんが」
「……」
僕は、ゲリヴェルガの屋敷に、押し入る気でいた。
密かに潜入も、試みはするが、上手くいくとも思えない。できる限り刃ではない方を使うつもりだったが、それも状況次第でどうなるかはわからなかった。
それを……しないで済む可能性が……ある?
「ああ、でもそのわんちゃん」
「わぅ?」「……ぇ?」
「そのわんちゃんを連れて行けるのでしたら、ワンチャン、あるのかもしませんねぇ」
「……ぁ」
そうか、マイラはラナの家で飼われている、王都では結構有名な大型犬だ。
もちろん、王都で飼われているピレネー犬が、マイラ一頭だけなんてことはないだろうが……それでもひとつの証明にはなる。何も無いよりは全然マシだ。
「ああ、それとウチで造らせていただいた剣、あれには小さくですが、ロレーヌ商会のシンボルマークも入れたはずなんですけどねぇ……彫金の技術を使えるのがそれくらいでしたから」
「……ぁぁ」
太ももに佩いている、ラナが僕に作ってくれた剣を、服越しに触る。
片刃の剣、刃を逆にした剣。ラナが僕にくれた物。そういえば鍔に小さく、そのようなものが彫られていた気がする。
「もっとも、それだって偽造しようとすれば簡単ですからね、ふたつが揃ったところで……話を聞いてもらえるかは……相手次第ですかねぇ……」
「……ありがとうございます、マリマーネさん」
「いえいえ、なんのことやら。あー……レオ君は、ラナさんほどこういうことに慣れてないみたいですから、率直に言いますけどね、私も前金を受け取ってしまった以上、あなた達にトんでもらうわけにはいかないのですよ。残りをとりっぱぐれてしまいますからね。契約を交わした以上、我々が目指すべきはどちらも勝者……そうじゃないですか?」
独り言といって、視線を空へ飛ばしていたマリマーネさんから、唐突にウィンクが飛んでくる。
その特徴的なタレ目には、なんともいえない愛嬌があった。ラナならそれを、胡散臭いとぶった切ったのかもしれないが、僕はそれを優しさと受け取った、受け止めることにした。
「んー、素直な感謝の気持ちが伝わってきます。お姉さんちょっと感動です。たまには表裏のない会話も、いいものですねぇ」
「……このお礼は、帰ってから是非」
「はい、期待してます」
僕はまた助けられたのかもしれない。だけどそれへ応えるために必要なのもまた、ラナの救出だ。僕達がどちらも勝者となるためには、それがどうしても必要だった。だから僕はそれを成そう。絶対に。僕の命、運命の全てに代えても。
……そうして僕とマイラは、マリマーネさんの店先を離れ、意気揚々と途中まで歩みを進めたのだが。
……だが。
「いやだからラナの伯父さんの屋敷はこっちだって!」
「わぅん! わぅぅん!!」
なぜかマイラが、僕をゲリヴェルガの屋敷とは別の方へ誘おうとしていた。
※epis28の内容
ラナが攫われた。袋詰めにされたラナは馬車でどこかへ運ばれていく。
レオはラナが攫われた現場である質の良くない服屋、そこの店主を痛めつけるが、判明したのはその店主が下衆野郎であることと、彼がそれをネタに脅迫されて誘拐に手を貸したのだということだけだった。
そうしてレオは、自分が人でなしになろうともラナを救う……そうしようと決意する。
自分が失敗した時の保険として、マリマーネに伝言を託したレオは、そこでピレネー犬、マイラに出くわす。
レオにも「夢の世界の記憶」があった。それはラナのモノよりも薄く、ぼんやりとした小さなモノだったが、それゆえにレオは「自分を怖がらない」犬であるマイラを特別視していた。
そうしてレオはマイラを連れ、ラナ救出へ向かうのだった……が。
どうしてかマイラは、ラナが連れ去られたであろうゲリヴェルガの屋敷へは向かわず、レオをどこか別の場所へといざなおうとしていた。
※今回のタイトルに関する補足
「story of 」は「~の物語」
「deflowered」は「花を散らされた」で「傷物」
「consanguinity」は直訳で「血族」だが、ここでは単に「~達」の意味合い
繋げると元ネタの曲名になります。もっと短くすると元ネタの曲が使われていた某三部作の映画タイトル(原作は小説)にもなります。




