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epis27 : blue bookmark


<ラナ視点>


 神楽舞(かぐらまい)


 それはこの世界の暦で十番目の月。要は十月だけど、この世界の月は日数が均等ではなく、月自体も十七月(じゅうしちがつ)まである。


 それは、年の前半を太陽暦、年の後半をふたつの月による太陰暦で刻んでいるからで、神楽舞は、小月(しょうげつ)大月(だいげつ)が、時に重なって踊るかのような挙動を見せる時期であることから、その名が付けられている。


 記号で表すなら「◎」であるとか、「∞」であるとか、そんな風にふたつの月は重なり、離れたり近付いたりしながら、まるで付かず離れずを楽しむ男女であるかのようにふたり、天空で舞い踊る。


 そうして地上においては、神楽舞は祭りの季節となっている。


 それは、農村であれば収穫祭だけれども、王都リグラエルにおいては日本の祭り、神輿(みこし)が街中を練り歩くアレに近い。勿論、神輿そのものはないが、貴族や大商会がそれぞれに趣向を凝らしたパレードを催すからだ。それらは神楽舞の十五日間の間に四日、基本的に悪天候でない日を選び行われる。これらは順番に第一の晴日(せいじつ)、第二の晴日(せいじつ)、第三の晴日(せいじつ)有終(ゆうしゅう)()と呼ばれている。最後だけ名前が違うのは、それがどんな悪天候であっても神楽舞の十五日目……神楽舞は十五日しかないので要は末日……に確定で行われるからだ。その日を選ぶのは本当に大貴族で、豪雨になろうともパレードを行えるなんらかの力を持っていることが多い。大規模な傘のような結界魔法を展開できる魔法使いが配下にいるとか、そういうの。


 そしてその期間中は、そうした活況に応え、支える形で街中に様々な露店が現れる。


 祭りの露店というと割高なイメージがあるが、王都リグラエルにおいてそれは、むしろ諸々が割安で買えるモノだったりする。激安といってもいい。


 なぜかというと、ここに出店する露店の全ては、どこかしらの商店、商会の看板を背負っているからだ。条例によって、祭りの季節にだけ活動する類の業者は排斥されている。無理矢理出してもすぐに警備、警邏(けいら)の兵へと通報され、すぐにその場から排除されてしまう。おそらくは歴史上の、どこかの段階で、治安向上のためにそうなったのだろう。


 そして露店で売られる商品は基本的にそこまで高いモノではない。普段大きな商売を行っている者からすれば、利益の少ない商品ということになる。ならば、露店においては利益を求めず、商店の、商会の、あるいは売り出し中の商品の名を知ってもらうことに専念する……それが王都における露店の「常識」となっている。


 我らが(?)ロレーヌ商会も、それは同じことだったりする。


 一昨年、パパにそのアイデアを求められたから、ボユの港から運ばれてくる南の大陸の果物、バナナと……まぁ……つまり……バナナとチョコレートの素敵なマリアージュ、チョコバナナを提案した覚えがある。リンゴ飴の作り方は知らなかったですよハイ。


「美味しいね、これ」


 それが実際にどういう商品になったかは、今まで知らないでいた……が、チョコレートの名が、王都で広く知られるようになったのが一昨年の神楽舞以降だというから、「名を知ってもらう」効果は高かったのではないかと思っている。


「チョコの上にトッピングする色とりどりのチョコチップ、人工着色料のないこの世界でどう表現するのかと思ったら、これ固めのペクチンゼリー……の破片じゃん……」


 そんなわけで、発案してからの二年越しに食べたチョコバナナは、微妙にグミ感漂うフルーティさをまとっていました。うぬぬ。でも美味しかったのなら考案者冥利に尽きるというものですよ、ええ。良かったね、レオ。


「真っ赤な服を着た金髪ツインテールがチョコバナナ……おじさんいけない妄想が(はかど)っちゃいそう」

「よくわからないけど、そういう時のラナにはあまり触れない方がいいって僕も学んだよ。んむっ」


 パリッとなるほど硬いチョコレートじゃないから、柔らかなバナナに柔らかなチョコが被さり、その上にぐにぐにのペクチンゼリーが載っている。なんというか色々ゆるめなふんわり食感だ。森●製菓のロングセラー、チョコ●ナカは、皮の部分がアイスの水分でふにゃふにゃにならないよう、皮の裏面をチョコでコーティングしてるというが、これはそうした企業努力を嘲笑うかのようなふんわり食感だ。どうでもいいけど、なんでこういうのはハッキリと覚えているのかな。ちなみにきのこ派でもたけのこ派でもないです、アーモンドクラッシュポ●キー派でした。戦争をする友達も、いなかったけど。


「そうか、レオはふにゃふにゃバナナ派か」

「よくわからないけどツッコまないからね?」


 ちぇー。相方がいがないの~。








 そんなわけで、誘い受け作戦が始まってから十日以上が経ちました。


 初日からクライマックスもありえるかと期待していたのに、なぜか敵さんは襲ってこないです。


 初日こそ最大五人の動員があった尾行の面々も、そこがマックスだったようで二、三人の動員態勢に戻っています。なにゆえに。


「尾行が続いているから諦めてはいない。だけど、結構襲いやすい状態を作っても襲ってこない。これはどうしたことなのか」

「何度か無関係の人にナンパ? されそうになったのが厄介だったね」

「……そうだったね」


 王都においてナンパは、実は結構レアな行為だったりする。というのも、そこらじゅうに警備兵警邏兵(けいらへい)がいて、悲鳴をあげれば簡単に撃退してもらえるからだ。中央区画から少し外れた場所であっても、そこら辺の店舗には警護兵が常駐していたりする。それを、ある種の監視社会といえば聞こえは悪いが、抵抗する力のない女の子にとってはありがたいことだと思う。


 まぁ有無を言わさぬ突発的な誘拐であるとか、溜め池のように警備兵警護兵すらいない場所ではその効力も薄まるが……私も、王都のその部分に対しては文句がない。素晴らしいと思う。思うけどね。


 ただ……世の中には、それでも女の子をナンパしようとする頭チョコバナナな連中もいて、それは当然ながら誘い受け作戦で狙った獲物ではないというのが、この世のままならぬところです。


「レオに悲鳴をあげさせるわけにもいかないから、そのたびに私が力いっぱい悲鳴をあげたわけだけど、おかげで喉の倦怠感が凄いわ」

「僕は耳の方に結構なダメージが入った気がするよ」

「ただ、心の方は、なんかそれで結構スッキリした部分があった気がするのよね」

「痴漢よーって叫んだあれで?」

「うん」


 十三年か十四年かごしに、ストレス発散をした気分。


 あ、冤罪ではないです。触られましたから。なぜか決まって私はお胸を、レオはお尻を。そこまでいかないナンパであれば紳士的に……淑女的に?……お断りしましたよ。


「やっぱりラナは変な人だよ。知れば知るほど、そう思う」

「変な人は嫌い?」

「……普通の人は、僕を嫌うから嫌い」


 そこでぷいと顔を(そむ)けるレオ。うん、今日もかわええわ。……あ、背けた先でチョコバナナを食べきった。


「今のレオだったら、嫌われないと思うけどね」

「それはこの格好だからでしょ? 僕、お尻とか触ってくる気持ち悪い顔をした大人の男の人に、好かれたいとは思わないよ?」

「そういうことじゃないんだけどね。ん~」

「ん?」


 レオの首筋に顔を寄せ、くんくんとその匂いを嗅ぐ。


 うん、いい匂い。ネロリの匂いがほんのりと感じられる。


「どうしたの? 色的に、マイラの真似がしたくなったとか?」

「それはやめてー、違うー」


 あのね、レオ君。


「今のレオからは、もうスラム街の(にお)いがしないの。それでね、人間なんてね、単純なモノなの。(くさ)い匂いがすれば、それだけで相手のことを嫌だと感じる、それくらいには単純なモノなの。今のレオは全然臭くなんかない。だったら初見で嫌われる要素は、もうないってことなの」


 わかる? だから清潔にするって、毎日の入浴って、大切なことなの。体質や環境の都合上、どうしても清潔感を保てない場合もあるだろうから、人をそこで判断するのは危険だと思うけど、できる範囲で努力をしているかしていないかの差は、大きいと思う。


「いいよ、僕は、普通の人には、別に好かれなくても」


 お、おう。


 ……ま、まぁレオは直近までスラム街という環境にいたからね。そこの意識改善は今後に期待だよね。


「ラナの綺麗好きは、尊重するけどね」


 お、おう。


 ……ま、まぁ今のレオは私が綺麗にしているからね。すぐには意識改善しなくてもいいのかもね。うん。


「ああでも、お側付(そばづ)きの品格と質だっけ? ある程度見目麗しくないとラナの評判? 名声? を落としてしまうのかな」


 お、おぅ?


 ……い、いやまぁ、私もとっくに、普通の人に好かれることは諦めているからね、今更評判も名声もないんだけどね。


「いやいやいや、そこまで考えてくれなくていいから。そもそも私の評判なんて、もう十年も前から地の底だし、名声はナントカ海溝の底だし」

「そう?……なんで少し涙目なの?」


 言ってて少し悲しくなったのは内緒だ。


「気にしないの。……でもさ、レオは素材悪くないんだから、ちゃんとご飯食べてちゃんと毎日清潔にしていたら、そのうち、すごく格好良くなれると思うんだけど」

「今はこんな格好の、よくわからない人だけどね」


 言って、レオは両手を、どちらもチョキ……チェケラッチョ?……にし胸元へあて、自分の格好を見下ろす。それは……だから例のカラーバリエーションの赤だ。真っ赤な、サイドプリーツのロングスカートとノースリーブのブラウスだ。黒の時はリボンタイなどがピンクだったが、こっちはそれまでもがマッカッカだ。


 となると……そう。


「まぁ、私もこれは、ちょっと恥ずかしいかも」


 私の方は、真っ白である。それはもう、ベルトやリボンタイまでも真っ白なわけである。所々金糸(きんし)やオリハルコン()が織り込んであるのか、微妙にぼんやりと輝いていたりもする。


「あれ? ピンクよりもそっちの方が恥ずかしいんだ?」

「んー、なんだろうな、全身白ってなんていうか、私が主役よって主張する色っぽくない?」

「なにそれ?」


 夢の世界にしろ、この世界にしろ、ウェディングドレスの定番はやっぱり白だったりするわけで、純白はなんだかやっぱり特別な気がする。別に、マイラと被るからイヤだとか、そんな理由ではない。ないったらない。


「それに、白って透けるからね。高級店のだからか、そうそう透けない工夫はしてあるけど……見えてないよね?」

「……何が?」


 ならば内側もと、着けてきた白が。


 ちなみに、何の話かはさておいてから述べれば、この世界では純白が若干割高となります。それは、肌触りのいい純白がなかなか実現しにくいからなのだそうです。ベージュが上下銀貨五枚で買えるくらいのランクの店で、純白は上下十五枚くらいします。しました。円換算で三万円。いったいこれは何の無駄知識(トリビア)なのか。


「変なの。白い服なら、さっきから女の人の五人にひとりはそうじゃない。全身真っ白だって、もう何人も見たよ?」

「うーん、まぁそれはそうなんだけどね」


 今日は神楽舞第一の晴日(せいじつ)。だからか、街はいつもより華やいでる。王都はいつもそうじゃないかと言われたら、それもそうなんだけど、それより更にハロウィンの渋谷色が濃くなっているとでもいうか。


 ホントその辺に、豪華を通り越して仮装かよってレベルのドレスさん達が歩いてらっしゃるのです。


「ピンクは少女っぽい印象の(ガーリィな)色だから、十三の私が着るならむしろ保護色に近いっていうか……平たくいえば普通?」

「白は?」

「白は……年齢を問わずじゃないかな。けど、余所行(よそい)きで白はやっぱり主役感があるというか、ある程度自分に自信がある人が着ているイメージ」

「……赤は?」

「それもありふれているから、ある意味保護色だけど、あんまり少女っぽい(ガーリィな)イメージはないから……うーん」

「……いきなり人の姿をジロジロ見だして、どうしたの」

「……ねぇ、レオ、怒らないで聞いてね?」

「傍若無人なラナがその前置きをするってことは結構相当だから、あまり怒らないと約束したくはないけれど、なに?」


 その、ですね。


「胸のところ、ほんの少し、ほんのちょびーっとでいいから、詰め物しない?」


 お胸がね、発情したナンパ男であっても、見向きもしないようなアレですので。


「……」

「ホラ、赤ってやっぱりゴージャスなイメージがあるじゃない? 服はゴージャスなのにスタイルが慎ましやかだとやっぱり違和感が」「脱ぐ」

「……え?」

「これ、脱ぐ。どこか着替えられるお店に入ろう」


 わ、マズイ、やっぱり怒ってらっしゃるー。


「だ、だから怒らないで聞いてって」

「僕、怒らないとは言ってないよ?」

「あ、う」


 こ、これはまずい。結構本気で怒っていらっしゃる?


 女装それ自体に関しては、そこまで強く拒否されてこなかったから、てっきりレオは、そういう格好をするのにあまり抵抗がないのだと思っていたけど……何か超えてはいけないラインがあったみたいだ。


「ご、ごめんレオ、怒らないで」

「怒らないとも言ってないけど、怒っているとも言ってないよ? ラナは僕が怒っているように見えるの?」

「……え?」


 あ、あれ? いやでも怒ってるよね?……というか、私、レオの怒った姿ってあまり見たことがないんだよね。いつも、(たぶん)年下のクセに、妙に落ち着いている。


 今も、だから怒っているというには冷静な感じだけど……。


「なら、悪いことを言ったと思っているんだね。それならいいよ。いいけど……これは脱ぐ」

「待って待って待って!? 着替えなんて持って来てないよ!?」


 メイク道具一式とか、ハンカチや手ぬぐいならスカートのポッケに入ってるけど。……あ、それが透けてない時点で下着は大丈夫か。


「着替えならあるじゃない」

「え?」


 どこに?


「そこに」


 と、レオは私の首もとのリボンタイを、軽くツンと突いた。


「交換、しよ?」

「えええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」








「なるほど、確かに()()()()ゴージャスに見えるね」


 王都にはあちこちに様々な服屋さんがあって、そこには試着室が存在する。店員さんにお金を握らせれば、それはメイク直しやらお着替えやらに利用できたりする。ここでの出費、銀貨二枚。


「ううっ……」


 そんなわけで、真っ白になったレオと、真っ赤になった私。


 真っ赤は、服もそうだけど、私の顔も指先も耳も、全部だ。


 レオの視線が私の胸部に、ふくらみに、夢の世界基準だともう大体Dカップなそこに突き刺さっている。


「よく似合ってるよ」

「ど、どこを見て言ってるのー!?」


 この世界の場合、そこのサイズは、人種が多様であるとか、貧富の差が激しいとかの様々な理由から、平均を出すことに何の意味がないほど、人それぞれだ。


 例えば、南の大陸の血が濃いと、髪の色が濃くなって顔の彫りも深くなるというが、身長とそこのサイズに関して言えば、どうやらそれは小さくなりがちであるらしい。


 私の場合、父方の曾祖母(そうそぼ)、つまりパパのお祖母ちゃんが南の大陸出身らしい。私やパパの髪が真っ黒なのは、多分その遺伝だろう。けど、身長とスタイルに関してはママ譲りじゃないかなー、だったらしいなー……と私は勝手に思っている。


 いやだからいったいこれは何の無駄知識(トリビア)なのか。


「恥ずかしい……」

「なんで? 赤はありふれているから保護色って、ラナは言っていたじゃない」

「……よくよく考えてみたら、赤も結構な()()()だったわ。プ●ティ・ウ●マンとか、パリ●恋人とか、スカ●レット・オ●ラとか……どれも見たことがないし最後のは名前のイメージだけど」

「また、ラナが何を言っているのかよくわからない件」


 なお、この大陸全体の話となるとまたちょっと複雑で、西の同盟国までいくと、夢の世界でいうところの白人、コーカソイドに近い人種となるらしい。髪も肌も色素が薄めで、顔の彫りも深い。身長やらの諸々なサイズも、比較的大きい人が多いんだとか。


 あとは……同じ大陸にありながらも、ユーマ王国とは大迷宮(ダンジョン)の森によって分断されている東の帝国というのがあるけど……ここに関しては国交が無いため、よくわかっていない。亜人と呼ばれる特殊な人種も多いらしく、その者らとの混血も普通であるとか、ないとか。だから本当に人種が多様で、色んな人がいるらしいということだけを聞きかじっている。髪の色ひとつにしても、青や水色、ピンクや紫、緑や翠、それらが二色三色と混じったモノと、非常に多種多様なんだとか。


「……っていうかね! サイズ感はいいの、サイズ感は。高級既製服(プレタポルテ)だから諸々の寸法に余裕を持たせているし、胸元は筋肉分かなにかで丁度いいくらいの感じになっているし、下はスカートで、ベルトで調整すればいいだけだから」


 まぁ……恥ずかしさに思考が迷走したが、私は南方っぽい(濃い漆黒の)髪の色でありながらも、肌の色やスタイルは母親似という、まぁまぁ珍しい容貌だったりする。


 それも、私の不幸のひとつだったかもしれないけどね。


「ん?」

「でも、なんで片方のポッケが潰れているのよー」

「なんでって……そこに穴を開けたからじゃない? 剣を抜刀する時のために」

「メイク道具一式、ハンカチや手ぬぐい……収納スペースが半分になったから、こんなことになってるじゃない~」

「……こんもり、だね。……あ、そうか、ならこっちも穴を開けないとだ。ラナ、いい?」

「んんっ!?」


 するとレオは男の子らしい執着の無さでポッケに手を突っ込む、その状態で私の許可を待っているようだ。片手だけだけど、それもなんか不良少女っぽい。


「……まぁ、この服は作戦のために買ったものだし、いいんだけど」


 答えると、あっという間にビリリィ……という音がした。もうちょっと穏やかには出来なかったのですか。


「うーん、せめてもうちょっと躊躇ってほしかったなぁ……まぁ多分それ、もう私着ないだろし、いいんだけど」


 一応お高いおべべ様でしたのにぃ。


「でも裁縫道具一式とかは持ってなかったんでしょ?」

「着替えた服屋さんでやってもらえばよかったじゃない」

「終わるまで下半身丸出しのまま待つの? ラナが? 僕が?」

「んんっ!?」


 いやいやいや、スカートくらい貸してくれるだろうし、なんならお金はあるんだから買いきっちゃってもいいし。……あ、それだと更に荷物が増えるか。


「でもどうしよ、さすがにこのこんもり感はみっともないし、どこかで小さなバッグでも買おうかな」

「でも、ポッケがふたつあれば問題ないんでしょ? ひとつは破いたけど、もうひとつは残ってるよ?」

「え?」


 さっと手が伸びてきて、ポッケからメイク道具一式が入ったポーチが抜かれる。


「……レオって、スリとかもしてたの?」

「僕、人聞きが悪いことを往来で言っちゃダメって、ラナに言われた気がする」


 そうだけどぉ、鮮やかな手並みだったから。


「持ってくれるんだ?」


 レオは太ももに剣を()いているし、万がいちの時、身軽に動けるよう、あまり荷物とかは持たせないようにしていた。液体だから結構重かった犬用シャンプーだって、私が持って帰ったのだ。使ったのはレオだけど。恩恵を受けたのはマイラだけど。私の筋肉痛がマイラの輝きへと変わりましたよぐぬぬ。


「さすがにこれを持っただけで動けなくなるようなら、それは護衛とは呼べないよ。これ以上重い物を持って逃げたことならいくらでもあるから」

「……スリと窃盗って、どっちが罪重かったっけ? それとも置き引き?」

「茶化さない。これ、僕のポッケの方に入れておくけど、いい?」

「……うん、ありがと」


 そうして、メイク道具は白いスカートへと飲み込まれていく。


 そこで、私は改めて、真っ白になったレオの立ち姿をまじまじと眺めた。




 ……うわぁ、なんだこれ、かっこ可愛い。




 身長はまだ極僅かながら(出会った時から二、(2、)三センチ(3cm)くらい伸びた気がするんだよね)私の方が高いけど、整ったシャープな顔が、可愛いけれど格好良い。


 スリの話題がなんだったんだって思うほど、なんていうかこう……上品で高貴な感じが漂っている。


 なんかもう、それが大舞台の主役であったとしても、なんの不思議もないような……。


「……どうしたの? ラナ」

「……ん」


 ああ……アレだ、私が白を恥ずかしいと思ったのってアレだ。


 私は自分が醜いことを知っている。汚いと知っている。(けが)れていると知っている。顔の形そのものはそこまで悪くないと思うんだけど、性根が腐ってるし、それが(おもて)に出てしまっているのか、良くも悪くも個性派といった種類の言葉が似合う顔貌(がんぼう)だ。


 ずっと……死んでも良いと思っていたのに、どうしてかこれは、妙に()()()()感じのする顔だとも思っていた。濃い髪の色に薄い肌の色という高いコントラストも目立つ。


 そう……私は、結構目立つ顔なのだ。


 それは、悪評が立つと後ろ指を指されやすい顔でもあると思う。(まと)としても、目立ってしまうから。


 だから、生まれつき悪評がへばり付いている私の顔は、醜いといっていいモノだし、もう十分に汚いし、穢れている。


 そこにきて、自分が主役であることを主張するかのような純白の衣装は……それはどうなのよって話だ。私が主役の物語とか、それはどれだけ露悪的で悪趣味な俗悪話なのよって言いたくなる。


 物語の主人公にふさわしいのは、私の伯母さんのような人だ。今は体型の丸くなった普通の上品な小母さ……マダムだけど、家庭内で虐められてからの逆転劇とか、王道も王道過ぎて笑っちゃう。




 みんな美しい物語を求めている。


 醜い悪が、美しい正義に討伐される物語を求めている。


 だってそれが勧善懲悪だから。エンターティメントだから。




 醜い悪の、その娘も、醜い悪であった方がいい。だってそれに気をかけるのはエンターティメントじゃないから。変に物語を捻ったって、どんどん気楽に楽しめなくなるだけだ。敵役の関係者は全員「いい気味」と思える対象であった方が、みんなスッキリできるのだ。


 物語なら、それはそれで正しいと思う。


 私が主役の物語を(つづ)る人がいたとしたら、それはどれだけ知性と品性の不足した底辺野郎なのかって思う。


 けど、残念ながら私の物語を綴っているのは……だから私だ。


 そして私にとってこれは現実で、現実をエンターティメントとして消費するゴシップ好きな小母様方(おばさまがた)は、醜い悪の、その娘にも、やっぱり親の醜さを受け継いでいてほしい思っている。期待している。


 だって、ずっと「いい気味」と思っていたいのだ、あの人達は。


 自分達に、自分達の秩序に、自分達の正義に、反旗を翻した者には、いつまでも不幸でいてもらわなければならない。


 それが自分達の正当性を、正しい人生を歩んできたという認識を、保証してくれるものだから、手放したくない。正しい人生から外れてしまった人には、永遠に地獄で苦しんでいてほしい。


 八歳で、私はそれに付き合いきれなくなったけれど……だからこそ私の自己認識は今もそこで止まったままだ。


 私は主役にはなれない。物語において私は、「莫迦(バカ)で愚かな女の末路は、その娘共々地獄に落ちるというモノでした」と、一行で語られてしまうような存在でしかない。


 だから……白を着るのは恥ずかしい。


 たぶん、これはそういう心理なのだと思う。真理であるかどうかは……知らない。




「ラナ?」




 でも……レオは……。




「……あ」




 純白が……似合う。




 レオにしたって、本当は……物語の主人公とするには……怪しい点が多い。


 スラム街出身、法を法と思わない無頼漢、でも最強の無敵剣士……ここだけ切り取れば、剣客モノの主人公としてバッチリな気がする。


 でも、それならばそのルックスは、渋めの小父(おじ)さんの方がいいんじゃないかなって思う。ぜんぜん不精には見えない不精ヒゲなんかが生えていたりして、時々皮肉めいた諧謔(かいぎゃく)のセリフなんかを()いてくれると完璧。


 無頼漢は、やっぱり大人の男性の方が似合う。


 美少年剣士も、沖田総司なりの例があるからひとつの王道ではあるけど、レオは別に病弱で痩せているわけではない。単純に、まだ子供なのだ。今、下手に筋肉を付けると背が伸びなくなるよって注意が必要なくらいには、子供なのだ。


 現実離れした天才少年剣士、それもそれでいいけど……それへ、更に……法を法と思わない無頼漢という属性が加わると、これはもうカオスだ。属性が渋滞して、上手く魅力を発揮できてない状態になるんじゃないだろうか?


 そんなキャラを、誰が……私以外の誰が……好きになるのかって話だ。マニアック過ぎる。




 夢の世界のあたしは、映画(エイガ)の二次創作小説を書いていたりなんかした。


 その時には、変な創作論みたいなことも考えていたりもした。


 ──『キャラクターの役割は四種類しかない。ヨリシロ、サポーター、トレジャー、トラブルメイカーのよっつ。』──


 それは、「キャラクターの役割」でぐぐった(???)ら、(なな)つだとか(ここの)つだとか書いてあって、いやそれは違うんじゃない? と、我ながら子供っぽい傲慢さで考えた結果だ。


 たったひとつ、「ヨリシロ」……読者の、そして作者の感情の受け皿としての役割……だけニホンゴな辺りに、あたしの未熟さが表れている。


 これは、ひとりのキャラがひとつしか担当できないといった類のモノではなく、主役ならば全部の要素を兼ね備えている場合が多い。感情の受け皿となり、物語の進行をサポートし、誰かや何かがそれを得るために奔走する宝物(トレジャー)ともなり、時にトラブルを引き起こして物語を動かす。




 レオが物語の主人公であれば。




 それは確かに、「私にとっては」よっつの要素を全て兼ね備えた、(まご)うことなき「主役」だ。


 世界を壊したいという想いを抱えたままのあたしと、それが出来そうなほど強い剣士。私の感情の受け皿(ヨリシロ)


 レオがあの時とあの時、()()()()()()から、私の物語は停滞することを止めた。(よど)みなく話を進めるためのサポーター。


 レオは私の宝物(トレジャー)。そこに野暮な説明は必要ない。


 そしてレオは、間違いなくトラブルメーカーでもあった。




 だってこんなにも、物語の「主役」みたいに、私の心を乱すのだから。




「素敵」

「ん?」


 石畳の、歩道の赤褐色、それから車道のブルーグレー。


 そのコントラストを背景に、純白のレオが小首を傾げ、立っている。


 その姿はバッチリメイクをした美少女のそれ。クセのあるシルバーブロンドがキラキラと輝いている。属性は更に渋滞し続けているが、その全部が間違いなくレオだ。


 街に人通りは多い、今も、私達の横を足早に極彩色の人々が通り過ぎていく。


 その中にあってレオは、だけど間違いなく私の主役だった。


 それは私にとってレオが、ヨリシロでありサポーターでありトレジャーであり、トラブルメイカーであるからかもしれない。その光景は、私だけが見える世界なのかもしれない。


 まったくの赤の他人が、今の私の視線の位置でスマホをパシャリとやったとしても、それはもしかしたら、女装した少年……というか美少女が不思議そうに首を傾げている、それだけの写真となるのかもしれない。


 この世界は、私の中にしか無いのかもしれない。


 だから私は今、()えているこの光景を、情景を……写真でなく、一枚の絵として切り取って……それを心の額縁に収め、仕舞ってしまいたいと思った。


 永遠は、そこにしかない。


 他は全て、なにもかもが(よご)れ、穢れていく。


 失われ、変質し、その意味を()くしてしまう。


 だけど、十三歳のこの私が心に収め、仕舞った……この一枚の絵だけは、たぶん永遠なのだ。それは例えばあの映画のあのワンシーンのように、初めて心に響いたSF小説のタイトルのように、今も心に残るお兄ちゃん(???)の「しょうがないなぁ」という声、その甘やかな響きのように。




 その宝物(トレジャー)が今、私の胸に……ぱしゃりと音を立てて……仕舞われる。








「大丈夫? ラナ」




「……え?」

「どうしたの? ぼーっとして」

「……あ」


 それは、実際の時間に直せば二十秒か、それとも三十秒か、それくらいの忘我であったはずだ。


 繁華街の大通りなどという、人通りの多い街並みで、あたしは私とレオだけの世界にいた。


「ん、ゴメンね、レオに見惚れちゃった」

「……ん」


 真っ白な格好で、真っ赤になるレオ。


 ああ、こういう時だけは真っ赤な格好の方が、やっぱり保護色だなって思った。











 それは唐突な出来事だった。


 浮かれ気分、上機嫌、夢見心地……表現の仕方は色々あるけれども……私はだから……浮かれていた。レオと沢山のデートをして、ずっと平和で楽しかったことに浮かれていた。ノリノリでフワフワで浮かれていた。


 その、シャボン玉のようにキラキラしたなにかがパチンと割れるように。


「レオ!?」


 私とレオは、分断された。




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