epis26 : Mixed nuts × SPY
<ラナ視点>
「襲ってきたら、赤毛で、耳に欠けがあるのは生け捕り」
「うん」
「けど、ソイツを“斬る”のは最後にして」
上手く生け捕りに出来るか、確認してからじゃないと怖いからね。
「それも了解」
甘味処を出て、私とレオはウィンドウショッピングをしながら、徐々に人気の無い方、つまりは街としての人気が無い方へと進んでいく。王城周辺の中央区画には裏路地まで警邏兵が巡回してるので、丘の上にそびえる王城には背を向けて進む形だ。
「ウィンドウショッピングを装っているから、商業区画からは離れられない……けど、そうなるとどこへ行けば襲ってくるのかな」
「ラナが誘拐されそうになった……誘拐された?……のは、どんな場所だったの?」
あれ、今更その話か……そういえばちゃんと言ってなかったな。
「この街って、水路がほとんど暗渠化されているから、水辺がないんだよね。川が、見える形で流れていないの」
「ああ、そういえばそうだね」
上下水道ともきっちり整備されてるから、生活用水には困らないけど。
「けど、水辺で黄昏たくなる時もあるじゃない?」
「……同意を求められても困るけど、それで?」
「王都には川はないけど、池はあるの。大体が私有地に造られた道楽のためのモノだけど……あれは溜め池なのかな? 家の敷地面積くらいの池が、街の所々に点在しててね。水が汚いから、夏場に泳ぐってわけにもいかないんだけど、冬には氷が張るから、その上を滑って楽しむくらいはされているかな」
私は楽しんだことないけど。ボッチでヒッキーだったから。
「水、汚いんだ?」
「そりゃね? 生活排水は流れ込んでいないはずだけど、落ち葉はガンガン飛んでくるし、臭嵐で飛んできたゴミも入っちゃうだろうし」
「臭嵐、ね」
「あ、私はそれでスラム街の住人を殺せーって思ったりすることはなかったよ。片付けるの、私じゃなかったし」
「別に、僕もそれでスラム街にやってきた小集団を殺したりはしなかったし」
「……そういう人、やっぱり実際にいるんだ?」
「春先と秋の終わりの、強い風が吹いた日の少し後は、避難先の洞窟が混んでね。僕は自分用の狭い穴に籠もっていたけど、目立つところにある大穴は、後で覗くと死体が山ほど転がってることもあったかな」
街から来た小集団に殺されたか、それとも狭い場所で身を寄せ合ったスラム街の住人同士でいさかいが起きてしまったのか、それはわからないけどね……レオはそんなことを、なんでもないことのように言う。
「……何の話だっけ?」
「王都に、川はないけど池はあるって話だったかな」
「そうそう、だから私は水辺で黄昏たくなったら池に行くって話」
「水が汚くてもいいんだ?」
「汚いって言っても、近くへ行ったら悪臭が漂ってくるって程じゃないもん。水がミルクティーを腐らせたみたいな色をしてるってだけ」
「……紅茶をたらふく飲んだ後にその喩えを出せるラナは、やっぱり変な人だって改めて思うよ」
「そういえばさっきはストレートにお砂糖よっつだったけど、レオってばミルクティーは好き?」
「この流れでそれを聞く!?」
レオがいい反応をしてくれるから、ついつい脱線したくなってしまうけど、それはさておき。
「そんなわけで、私は腐ったミルクティー色の池の側で誘拐されました。黄昏ているところを、後ろから羽交い絞めの悲鳴を塞がれ~の、なんか袋に詰められーの、そのまま運ばれぇ~のしました」
「……七人、斬っておいてよかったって、今思ったよ」
わぉ。
「レオってば過激。別に乱暴はされてないから、そこは心配しないでね」
「人を袋詰めにして運ぶ時点で乱暴じゃ?」
「うんまぁ、それはそうだけど」
レオがそういう話題には反応しないから、やっぱりついつい脱線したくなってしまうけど、それもさておき。
「じゃあ行ってみる? 私が攫われた水辺に」
「それだとちょっと、あからさまが過ぎるんじゃないかな」
「でも最初の七人は口無しにしちゃったし、水辺で攫われたのは偶然だから、その情報は向こうへ伝わっていないんじゃ?」
「最初の七人は間違いなく倒したし、周辺に監視のような人員が無かったことは僕も確認済。前にも言ったけど、あの辺は僕の縄張りだったんだ、人が隠れられるようなところなら全部承知している。ラナの魔法みたいな反則技が無い限り、七人を殺した時の状況が誰かに伝わっている可能性は無いよ」
「うん、だから私は、レオを変装させて誘い受けするって作戦を思いついたんだし」
私の魔法とは別口で、遠隔透視能力のような魔法を使える人も、どこかにはいるんだろう。けど……そんなのは絶対にレアだ。それに、敵方にそんな人材がいるのなら、白昼堂々人攫いをするなんて暴挙はしないだろう。
「でも、ラナが誘拐された時のことはわからない。そこは僕の縄張りではないし、調査もしてない。今日も、最初はふたりだったのが五人に増えたんでしょ? 向こうが動員できる人員の底は、だから今も不明なんだ。前に誘拐された場所の情報が、向こうに渡ってないとは限らないよ?」
「……そっか」
それもそうか。レオは状況が良く見えている。地頭はやっぱりいいのかも。
私は考えを改める。
「誘い受けは、そうと知られたらまずい作戦だってのは確かね。そこを焦る必要はないか……じゃあどうする? レオが行ってみたい所があればそれでもいいけど」
「行ってみたい、か……それならちょっと考えていることがあるんだけど」
「え、なになに?」
「……なんでそんなに食いついてくるの?」
珍しい。レオが自分からこうしたいと言い出すのは。
レオはなんでも食べるけど結構な甘党。
レオは暇さえあれば剣を振って汗をかいている。
これといった趣味はなし。
けど、それじゃプレゼントをあげる時に私が困る。誕生日に、あま~いケーキを作ってあげるのは確定としても、形に残るプレゼントもしてあげたいから。
レオがどんなものを好むのか、私は知りたかった。
……が。
「マリマーネさんに聞いた話なんだけど、ペットショップってのがあるらしいね。臭いの問題があるから、商業区画からは少し離れたところにあるらしいんだけど、僕らみたいなのが行っても不思議じゃないし、マイラにも何か買ってあげたいしね」
「……あー」
あ~、そうきたかぁ……。
マイラのやつぅ……。
あんにゃろうめぇぇぇ……。
「あれ? 僕は何か見落としてる? ラナが凄い仏頂面になっちゃった」
あー、ね?
「いや、うん。いいよ、そこにいこう」
レオ君レオ君、でもさ~……デート中に他の女の子のこと考えちゃ、ダメだよ?
「そう? じゃ、道はよくわからないけど、方向はこっち。たぶんだけどね」
あとなんでレオ君は、マイラの話題となると、そんなにも優しげになるのかな?
その顔、それ自体は嫌いじゃないんだけど、さ。
まったく、もう。
「きゃう!」「きゃん!」「くぅん……」「くん?」
「ちっちゃいマイラがいっぱいいるー!」
「えー、マイラこんなに可愛くなーい」
「僕はマイラも可愛いと思うけど、まぁさすがにあの大きさだからね、可愛いというには無理があるってのは、わかるよ」
あー、レオ君レオ君、だからさ~、デート中に、可愛いという単語を連れの女の子以外へ使うのは失礼じゃないかな。私から出した単語のような気がしないでもないけれどもさ~。
「ぬいぐるみとしか思えないサイズ感と質感。うーむ、家にマイラがいなかったらおっ持ち帰りぃ~したくなるほどの愛らしさ」
「きゃうっ!」
「わっ、くしゃみか? それはくしゃみなのか?」
「よかったら抱いてみますか?」
簡易的な屋根のある、特設なのか常設なのかわからない畳一畳分くらいの囲いの中、むくむくした丸っこい体型のピレネー犬が四匹、きゃんきゃんと走り回る、そんなスペースの前で子犬の愛らしさにクラックラになってると、徐にニッコニコした顔の店員さん(三十代後半くらい? の小母さ……マダムです)が寄ってきて、そう言った。
「いいのっ?」
「あからさまに食いつかないー」
ここへは甘味処から歩いて二十分といったところだった。商業区画の大通りからは外れるが、治安の悪化を懸念するほど寂れた場所というわけでもない。ペットショップの他、園芸店、ホームセンターっぽい雑貨屋さんなんかが軒を連ねている。お貴族様の来訪も想定に入っているのか、どこも店構えは上品だった。
だからか、マダムも動物と触れ合う仕事の割に、かなり身綺麗に見えた。エプロンをつけているが、シミも汚れもそこには見当たらない……さすがに若干、なにかの毛はついていたが。
「遠慮しないで」
「あー、いえ……すみません、家にもういるんですよ、ピレネー犬。でっかいのが一匹。なので、これ以上は増やせないかな~って」
それはそれとして、ペットショップで抱いてみますかは最強のセールストークだと思う。それは多分百貨店における「試食いかがですか」よりも、ずっとずっと成功率の高い販促方法なのだ。安易に乗ると更なる最強攻撃、窮鳥懐に入れば猟師も殺さずの極意が牙を剥いてくる。というかこっちが殺されてしまう。保護欲とか母性本能とか、もふもふを希求せし心の正鵠とかを直撃されてノックダウン、見事心底を殺られてしまい「おっ持ち帰りぃ~」の定番コースへと堕とされてしまうのである。これには商人の血が流れていてさえ「抱かない」以外の防護策が存在しない。なんともはや、げに恐ろしきかな。
「多頭飼いも、いいものですよ……そちらのお嬢様も?」
お嬢様……そう言われたレオが、珍しくもちょっと怯んだような様子を見せたのは、そう呼ばれたからだろうか、それとも子犬を抱くことに対しての何かだろうか。
「あ、この子は家がペット禁止で。よく家へ犬を愛でに来るんです」
「それはそれは。動物がお好きなんですね」
レオへウィンクで合図を送り、「喋っていいよ」と伝える。レオの声は中性的だし、あんまり喋らないでいるとその方が不自然だから。
「飼えない……けど」
おずおずと、恥ずかしがりやの女の子みたいに言葉を発するレオ。目付きが悪いから、可愛いものを見て戸惑ってる不良少女みたいに見えなくもない。かわええ。
「犬は、好きです……」「まぁ」
それはあれだ、抱いてみたいけど、こんな自分には似合わないという理由で躊躇している……不良少女モノの、ある種のベタなシチュエーションっぽくもある。いじらしいかよ。
「まぁまぁ、お買い上げいただかなくても結構ですよ。是非、抱いてみてあげてください」
小母さ……マダムもそう思ったのか、簡易的な扉を開けて囲いの中へと入り、むくむくな四匹の中から、一番近くにいた一匹を抱き上げ、それをレオへ預けた。
……が。
「きゃぅぅぅん!!」「わっ!?」
どうしたことか、子犬はレオの胸に収まった瞬間、怯えたような鳴き声……悲鳴をあげて、ばっと逃げてしまう。
「あらあら」
マダムが慌てることなく、地面に着地していた子犬を抱き上げる。
「……メイクの匂いが気に入らなかったとか?」
「そうですね、刺激臭のあるモノをお使いですと、こうなることもあります」
レオは……。
「がぁぁぁん……」
すごくわかり易く、落ち込んでいた。でも悪いけど、それもかわええ。
「普段のわんちゃんは、嫌がっていませんでしたか?」
「そうですね、特には」
マイラは、普段通りだったな。
普段通り、のんびり~の、どっしり~の、のっそのっそだった。
「むくむくが、もふもふが……抱けない……」
「おーい。レオナ~、帰ってきて~」
あ、レオナは、外でこの格好のレオを呼ぶ時は「それで」と決めた偽名。安直とか言わない。
「マイラだけが特別……僕にとって特別はマイラ……」
「……コラッ」「あいたっ!?」
聞き捨てならぬ言葉を発したレオの額を、結構な勢いでパシーンと叩く。
やってから、今、例の回避が発動したらどうなっていたんだろうと思ったが、別にそんなことは起こることもなくレオナ……もといレオは普通に額を押さえ、涙目になっていた。
……いやその涙は、痛かったからじゃなくて、子犬に逃げられたことへのそれよね?
「もうっ、ここへはマイラに何かを買ってあげたくて来たんでしょ?」
「そうだけど……」
「浮気はいけないんだから、マイラに言いつけちゃうよ?」
「マイラ、こっちの言葉がわかってる風じゃない? って言ったら否定してたのに……」
ぐじぐじと、レオは額をさすりながら恨めし気な視線を向けてくる。
……と。
「マイラ……とおっしゃいましたか?」
マダムが、抱いた子犬を撫でつつ、笑顔を絶やさぬままにこちらへ質問を投げかけてくる。
「え……はい。あれ、マイラをご存知なのですか?」
ん……これって……もしかして、またそのパターン?
「ええ、大きな商会の会長様が飼われている犬の名前、と伺っています」
「うわぁ……」
やっぱりかっ。
マイラ、有名犬すぎない?
マダムの、もしやお嬢様は大商会のご息女様……というのへ、適当な返事をして。
「ますます、マイラを連れてのお出かけは面倒になってきたな」
「えええ……」
今の気持ちを素直な言葉にすると、レオが「それはないよぉ」とでも言いたげな声を返してきた。
レオが私の言葉に一喜一憂してくれるのは嬉しい……けど……どこへ行ってもアイツのせいで私の素性がバレるとか、それは本気で勘弁してほしい。
「まぁまぁ。ですが最近は王都にピレネー犬も増えてきましたから、あと数年もすれば状況も変わるかもしれませんよ?」
「え?」
マダムは、抱いていた子犬を囲いへと戻しながら、ニッコリと微笑む。
「この子達も、来月には、みんな新しいお家へ旅立っていると思います」
「売れてるんですか? ピレネー犬」
「王都では元々、大人気の犬種だったのですよ?……色々あって、ここ十年ほどは人気が下火になっていましたが……二、三年前くらいからでしょうか、徐々に人気が戻ってきました」
「……そうですか」
ああ……なるほど……どうやらママの悪評が、ピレネー犬の売れ行きにまで悪影響を及ぼしていたようだ。
だから逆に、王都のこの辺りではピレネー犬、イコール家のマイラという図式まで出来てしまったと。
そういえばマイラが家に来たのって、もう十年くらい前なんだよなぁ。大型犬の寿命的には、そろそろ……じゃないだろうか……もう少し労わってあげるべきなんだろうか。
まぁ……とりあえず。
「え、と、その節はご迷惑をおかけしました」
とりあえず、そんなぞんざいな感じに謝っておく。真剣に謝られても困るだろうし。
「いえいえ、何のことやら、です。いつの時代にも流行り廃りはあります。当店は西部の大地主様方とも契約させていただいておりますので、王都で引き取り手の無かった子であっても、行く先がないということにはなりませんよ、ご安心下さい」
「西部……穀倉地帯の農村に、ですか?」
「ええ、犬は人間のパートナー。鳥を掃うにも、牛や羊を追うのにも役立ってくれます。当店では、引き取り手の無かった子をそちらへ融通する代わりに、飼料用の大麦や干し肉などを安く卸してもらう形を採らせてもらっています」
なるほど……そうして諸々の経費を抑えているわけだ。さすがは王都の商売人といったところかな。
「でも、そういった村でなら、犬も自然と繁殖していくのでは?」
「自然交配に任せていると、雑種化していきますからね。そうした中から新たな犬種が生まれてくることも御座いますから、一概にそれが悪いといも言い切れませんが、パートナーとして犬を迎い入れたいと思った場合、やはり血統の確かな、犬種の特徴がハッキリ出た子を求められる場合が多くなってきます」
「そういうものなんですね」
「例えばですが、ピレネー犬であれば家畜護衛犬に、非常に適していますからね。もし将来的に牧場の運営をとご予定されているのであれば、是非当商会へとご相談下さい」
「え゛」
なんかニッコニッコな笑顔で凄いことを言い出したよ、このマダム。冗談だろうけど、マダムジョークなんだろうけど。
「するの? 牧畜を? ラナが?」
そしてレオはなんだ、その疑問符三段積みな倒置法は。
「とりあえず予定には全くないから。いやでも羊毛とかはウチでも扱っていたような……牧場の経営はしてないはずだけど」
「王都に入ってくる羊毛であれば、当店とも先述の繋がりがある西部の大地主様方、そちらよりの仕入れとなっているでしょうね。つまり、この子達の血統が守り、育てた羊の毛、ということになるのかもしれません」
この子達、と言いながら、マダムはしゃがんで、囲いの向こうの子犬を撫でる。ぬいぐるみのように丸っこく、ぬいぐるみ以上に愛らしいその顔貌は、マダムには絶対の信頼を寄せているのか、随分と穏やかな様子だった。
うーむ、しかし。
「世の中、妙なところで繋がっているのね……」
「そういうものですよ。それに、繋がりという話で言えば、最近ピレネー犬の人気が戻ってきたその理由もまた、マイラちゃんにあるのかもしれませんよ?」
「……え?」
「たまに、あるんですよ? 街で、散歩中のこういう犬を見かけた、同じ犬種が欲しい、売っていないかというお問い合わせが。最近、ピレネー犬を指定してのお客様からは、良く聞くお求めの理由となっています」
「なんっ……だと?」
なんなんだマイラ、アイツなんか人に好かれるようなヤバイ波動でも出しているの?
私はあんなおっきいの、可愛いとは思えないんだけどなぁ。
「小さい方が可愛いのに」
マダムの隣にしゃがみ、ぬいぐるみサイズのむくむくを撫でる。ふわっふわのもっふもふが手に優しい。本当に、同じ犬でもこのサイズなら可愛く思えるのになぁ。
と。
「……ラナが撫でても、逃げないんだ」
心底羨ましいといった様子の、レオの声が後ろから聞こえる。あ~、ね、世の中、儘ならぬモノだよね。私は別に、そこまでのもふもふ欲はないのだけど。
「犬と人にも、相性というモノが御座いますからね。お嬢様は、マイラちゃんとは相性がよろしいのでしょう? 大事に労わり、慈しんであげてくださいね」
「あ」
そこで漸く、マダムの慈母のような言葉に、ここへ来た本来の目的を思い出す。
……いや本当の本物の本来は誘い受け作戦の一環だけど、それはともかく。
「そうそう、だから浮気はダメだってばレオ……ナ、マイラに何かを買ってあげたくてここへ来たんでしょう?」
「そうだ。僕にとって特別はマイラ……あいったぁっ!?」「……ぃっつぅ」
今度はデコピン。けど、やった指の方も痛い。さすがは人体で一番硬いと言われている額の骨だよ。
「なんでぶつのさ」
「レオナがトウヘンボクだからだよ」
「……トウヘンボクってなに?」
なんだっけな。夢の世界には由来のわからない言葉も多い。
「多分ボクネンジンの親戚」
「……ボクネンジンってなにさ」
「多分トウヘンボクの親戚」
「だからトウヘンボクってなにさ」
「多分ボクネンジンの親戚」
「無限ループに入った!?」
「ふふっ、仲がよろしいのですね」
「そう見えますか? えへへ」「えー……」
こらこら、嫌そうな顔しないの。仲良きことはよろしきことだよトウヘンボクネンジン。
「ええ。それで、マイラちゃん……ピレネー犬に何かを買ってあげたいとのことでしたね。でしたら……ブラッシングは毎日されていますか?」
「たぶん使用人の人達がしているのと、最近はこの子もよく」
「僕、ラナに人を指さすなって言われた気がする」
まぁでもブラッシング用品はな~、金属処理のクオリティが段違いな金貨三枚(六十万円くらい)の一品が御座いますから。むしろブラッシングで出る大量の抜け毛の方が問題です。電気掃除機とかありませんか?……ないですよねハイ。
「というわけで、ブラッシング用品は間に合ってます」
「でしたら、首輪やハーネスなどはいかがですか?」
「それもあるし、変に取り替えちゃうと使用人達から苦情がでそうな気がする」
あの人ら、マイ首輪とかマイリードとかマイハーネスとかを持っているからなぁ。マイラを散歩に連れて行く時は、各々が自分のそれを使うんだって。家の使用人達のマイラ愛が極まりすぎている。
「でしたら、消えモノの方がよろしいのかもしれませんね」
「ドッグフードとか?」
エサもなー、マイラいいもん食べてるしなぁ。スープを取ったあとのだしがらなんかじゃなくて、羽をむしった鳥(鶏?)をまるごと一匹食べている時とかあるし。
「いえ、シャンプーなどはいかがでしょう?」
「シャンプー」
「当店でも実際に使っている、ノミ、ダニ予防効果も期待できる逸品が御座いますよ」
「ああ」
なるほど、そういうのもあるのか。
「シャンプーか、マイラってそういえばシャンプーとかどうしてたんだっけ」
「知らないの?」
あれだけ見事な毛並みをキープしているんだから、ちゃんとしたお手入れは行われているはずだけど、そういえば知らないな。
「定期的に、ペットサロンへ連れて行っているのかもしれませんね。それも悪くない選択ですが、やはり御主人様が手ずから洗ってあげることも大事ですよ。定期的に優しく、心をこめて洗ってあげることで、こちらの愛情も伝わるというものです」
「ん」「んんっ」
「……いかがされましたか?」
ふたり、顔面も赤面のペアルック。思い出したことは……たぶん一緒。
「ラナって僕のこと、もしかして犬かなにかだと……」
「そんなわけないでしょ!?」
ぼそぼそっと呟くのへ、慌てて否定の言葉を返す。
いや言わせてくださいよ。
最初は、本当に現実的問題として洗う必要があったから洗ったのですよ。お風呂の使い方とか、身体の洗い方とかを知らないみたいだったから手伝ったのですよ。使用人に任せなかったのは、血を見られるわけにはいかなかったし、それにレオが、家の誰かに危害を加えるというのなら、その最初の被害者は自分でなければならないという想いもあった。それは、私が始めた賭けだったからだ。
それが毎日になったのは……まぁ、なんていうか、前にレオが推測してた通り、男性に慣れたいというのもあったし、自分の手で綺麗になっていくレオの姿に達成感というか、やりがいというか、楽しさのようなものを感じてしまったからだ。
それが、犬をそうするのと何が違うのと言われたら返事に詰まってしまうけど……でも違う……違うのっ。犬は洗われながら喋ったりしないし、私は、レオを洗いながらのおしゃべりの時間もまた、大事だったから。
「やだ、私、なにか余計なことを話してしまいましたか?」
妙な空気のふたりへ、マダムはのんびりと、おっとりとしかし慌てた風で口に手をあてる。
「いっ、いえっ! そんなことはありませんっ」
「そう? 私ももう歳ね。若い子のことはもうよくわからなくなってきているの。失礼があったら、許してね」
「そ、そんなことはないです。お綺麗ですよマダムっ」
最初、心の中で小母……云々思ったのは内緒ですとも。ええ。
「そう、ありがとう」
あー……。
「あ~、ええと……そうだ! シャンプーでしたね! 一本下さい。それでいいよね? レオナ」
もうあれだ。
そろそろここは、退散と行こう。なんかこれ以上ここにいたら、色々とボロがでそうな気がする。ここへは犬用シャンプーを買いにきた。監視者にそう見えれば十分だ。
「う、うん。まぁじゃあそれで」
同じ気持ちだったのか、レオも赤い顔のまま頷いてくれた。
そんなわけで、ペットショップへの遠出は、妙な空気の中、早々に犬用高級シャンプー(銀貨三枚でした)を買い上げての終わりと相成ったのでした。なんだか、感情が色々に振れて妙に疲れたよ……。
「……ふぅ」
「……なんだかラナが、嘘をついている時の匂いがする」
「余計なこと言わない!?」
<同時刻:ペットショップ店外、ラナの魔法の有効射程圏外>
倉庫かなにかの物陰で、耳に欠けのある赤毛の男が、小声で何者かと何物かのやり取りをしている。その足元には、うずくまる髪の長い子供の姿もある。
「それで、奴さんはなんて言ってる?」
「いいから今すぐ拉致して来い、だな」
「……こ~ねこね」
返答した者は、部下……にしては言葉遣いが横柄ともいえる。
また、耳に欠けのある男……アルスもまた、ラナの伯父、ゲリヴェルガの前とでは、まとう雰囲気に大きな違いがある。そもそも彼らは、この国の言葉で喋ってはいない。
そして髪の長い子供は……ふたりの足元で我関せずと泥をこねている。見ればそれなりに可愛らしい、赤い目をした六歳かそこらの女児である。毛量の多いチョコレート色の髪は、生まれてから一度も切っていないのか、腰近くまであった。しゃがんで泥をこねているせいで、その毛先は少し泥にまみれている。
「アレもいよいよ頭が煮詰まってきてるな。例の準備の方はどうなっている?」
「元が臭嵐の季節に合わせての予定だったからな。獅志月か網把月……それくらいにはなるだろう」
「あと六十日前後か……奴さんをなだめるておくには少し無理があるな」
「襲うか?」
「七人を殺った方法が不明だ。これ以上手駒が減るのは望ましくない」
その方法は、あるいは準備の方の一角であったヒュドラが一匹、殺られたことにも関係しているのかもしれない。彼女らが大迷宮に向かったその日に、アレは倒されてしまったからだ。
「お前は相変わらず慎重だな」
「こ~ねこねこねこね~」
「アレも余命が短いからな。五年以内になんとかしろと仰せなんだと。まったくどいつもこいつも、頭の煮詰まってくると無理を喚き散らし始めるモンだから堪んねぇよ。急いてはことを仕損ずるって、知らないのかね」
世界は全て己の下に跪かなければならない。その衝動のままに生きた男も、もはや六十九歳。普通の人間であれば既に充分な長生きであるし、治癒魔法、体力回復魔法などの恩恵が受けられる立場の人間であっても、八十を超えれば生きているのが奇跡の領域となってくる。
──だから、あと十年が堪え所だ。
あの老人、パスティーン・オムクレバ・パスティミルジョーンズ・ガッダ・リュロヴァーヂ・ノド・メムザアデュフォーミュラン・ジ・グレイオは、あと十年でユーマ王国も、その同盟国も、南の大陸も支配するつもりだ。だから彼らのような者が無茶な命令に駆り出されている。
それは、アルスには、ケツに火のついた老人の暴走としか思えなかった。
──付き合ってらんねぇよ。
そう首を振るアルスに、同じ目線で相対する者はニヤリと笑う。
腰に佩いたヒーロリヒカ鋼の剣を抜き、その美しい刀身をうっとりとした表情で眺め、歌うように言う。
「一代で成り上がった男は老境で狂うって言うからな」
「ぴっ」
その狂相籠もる声に、ふたりよりもだいぶ低い目線にあった、泥をこねていた少女がビクンと反応した。
──狂ってんのは、オメェもだけどな。
「はっ。成り上がったわけでも、老境に入ったわけでもないのに狂ってるのもいるけどな」
──まったく、どいつもこいつも血に狂いやがってよ。
「違いない。なら捨てるか?」
「そうなると他のところで下っ端からやり直しだ。碌な扱いにならないのは目に見えている」
──コイツみたいにな。
アルスはしばらく考える。誰も相手してくれないと知って、また泥団子をこねだした女児へ冷たい視線を向けながら考える。自分達の目的、自分らの身の安全の確保、その上で上手く立ち回る方法。
「ん? どうしたリッツ」
「ねー、マルス~。泥団子~、たべりゅ?」
「食うかっ、アホかっ、死ぬわっ」
「……お前ら、うるさい」
どこかの誰かが、今すぐにでも、ユーマ王国とその同盟国の兵力を大幅に削いでくれるというなら話は簡単だ。普通に本国の兵を動かし、蹂躙すればいい。大規模な遠征になるから二年か三年はかかるだろうが、それであれば自分らのような者が動くまでもない。
労せず、この国も終わりだ。
だが、そんな「英雄様」などいるわけがない。
だからユーマ王国の平和を撹乱して、擾乱の渦を発生させるのは自分らのような者の役目となる。ユーマ王国の中枢へ巣食う不穏分子に寄生し、埋伏の毒となり、その筋から体液を吸うように様々な情報を得て、大規模な混乱計画を進行していく。それが与えられた任務、やらなければいけないこと。
アルスはしかし、自分が寄生する不穏分子を敢えて「小物」にしていた。
世界征服を夢見る老人には付き合っていられない。「本筋」から遠いところに陣を敷いてしまえば、混乱計画の本流からは外されてしまう……が、それでいい、それがいい。暴走した老馬の曳く馬車には同乗していたくない。それが、どれほど大きく、立派なモノであったとしてもだ。
「あっ、コラさわんなリッツ!?」
「うー……」
それよりかは遠いところで、小さな馬車に乗り、好き勝手している方がまだマシだ。「小物」には「小物」の良さがある。小物過ぎて鳴き声が煩いという点を除けば、操縦もさほど難しくなかった。
「……生け捕りじゃなく、殺害の依頼だったら簡単だったのになぁ」
「まったく、な」
「うにゅん?」
それに、財務省にコネのある貴族官僚というのも良かった、その筋から得られた体液……情報を合法ギリギリの線で活用すれば、金はいくらでも儲かったからだ。アルスは、そうした小銭を拾う才には長けていた。
その筋を、だから今の段階で捨てるのは惜しいと思った。
だが、当然ながら自分が捨て駒になるのもゴメンだった。
──ならば、ここは拾った小銭をある程度放出してでも、その筋に奉仕しておくべきか?
身銭を切る覚悟をするなら、やれることはいくらでもある。
「お姫さんには、俺もお前もまだ面が割れてないはずだ。少しちょっかいをかけてみる、か?」
「ナンパでもするのか?」
「それも悪くないが、見ての通り今の俺はチンピラスタイルだからな、嫁入り前の娘っ子にはウケが悪いさ」
「金持ちの箱入り娘は、意外とチンピラが好きだったりするがな。お前がやらないならこっちでやってもいいぜ?」
あの手の女は、自分も嫌いではない。攫い、縛り付け、初物は依頼主に譲るとしても、納品までに自分も心ゆくまでいたぶってみたい……ねっとりとそう嘯く目の前の者へ、泥まみれの幼女リッツは怯えた顔になり、アルスはゲンナリとした表情を浮かべる。
「うー……マルス、怖い顔、してりゅ」
「あのな、言ったろ? お姫さんも、あれで結構苦労してるんだぜ? どうやらそれなりに頭も回るようだしな」
その割に、今回の外出は隙が多い。だからこそ警戒しなければならないとアルスは思っている。それに、隣にいる女の正体も、少し調べたが不明のままだ。
「なんだ、同情してんのか?」
「そんなんじゃない。無策でつっこむには危険すぎる相手だと言ってるんだ。同行者の情報も何もない状態ではな……ソイツ、時折ただ事じゃない殺気を放っているんだろう?」
「ああ。少なくとも見かけ通りの少女ではないな」
「うにゅ?」
──あれは、もしかしたら魔法使いの類ではないだろうか?
七人は剣で斬られて殺されていた。だからそことそれは繋がらないが、世の中には自らの身体を強化する魔法というモノもある。その逆、例えば屈強な男があんな華奢な少女に化ける魔法というのは、さすがに聞いたことも無いが、慎重な……というか我が身の安全こそ第一と考える彼らは、人を見かけで判断するのは危険と判断していた。
──魔法使いであれば、使える魔法の種類と、その詠唱時間が判明すればいくらでも対処できるんだが。
だからラナ達を襲うにも、せめてそこの情報が欲しいと思っていた。
「なら、どうするんだ?」
チンピラが良家の子女へ接触する機会なんて、ナンパ以外に何かあるのか?……と問う己と同じ血を持った相方へ、アルスは、リッツにハンカチを差し出してやりながら、まるで、そのついでであるかのように答えた。
「自作自演のナイト様、というのでどうだ?」




