epis25 : we go walk (once more!)
<ラナ視点>
「くぅん……」
「だーかーらー、今日からはね、お前は連れて行けないの」
大きな身体で、お腹を見せてコロンと転がるマイラへ言い聞かせる。というかその、前足を「うらめしやー」って化けて出てきそうな感じに折り曲げてるのはなんだ、抗議のつもりか?
「連れて行ってもいいんじゃないの? 確かにマイラは威圧感のある大きさだけど、誘拐を企てる方からすればただの犬じゃない? いてもいなくても一緒だと思うよ? 無関係な人が寄ってこなくなる分、マイラがいてくれた方が手間を省けると思うけど」
そしてレオは……そのマイラの側に寝転がり、金属製のブラシで毛皮を梳いている……バッチリメイクをして、相変わらず女の子にしか見えない格好のままで。
サイドプリーツのロングスカートから、にゅっと黒タイツの片足を突き出し、それをマイラへ絡めてる姿が妙に色っぽいです。けしからん。
「その辺のことは何度も話し合ったでしょ? まずはマイラ無しで動いてみて、それで動きが無いならまた考える。レオ~、だからその服でマイラとじゃれ合わないで~」
「ん~」
「わぅぅぅん」
「コラ! この服は高いんだから、引っ張らないの!」
「それにしてもこの金属ブラシ、使い易いね。最高級の品で金属処理のクオリティが段違い……だっけ? わ、抜け毛ふっわふわ」
「当店では通常金貨三枚で取り扱っている物です、じゃねぇわ。オマケでご機嫌取りとか、商売としては邪道だから」
先日、とうとうレオの剣が完成した。
早速試したところ、鉈のそれと同じようにレオの無敵攻撃は発動し、斬るという結果を伴わず停止した。鉈と違っていたのは、廃材三号君がメキメキに折れ曲がっていたくらいだった。鉈の時は凹みが出来ただけだったのに。
「でもあげてたじゃない、カフェ? の会員証」
「明らかにナメたとわかる仕事でないなら、最初からあげるつもりだったのっ。……態度がね、気持ち悪いくらい殊勝なものだったから、これ以上突っつくと、今度はあっちが蛇になりそうだったし……商人って、その辺怖いのよ?」
そんなわけだから今日からはレオとふたりっきりのデートだ……じゃなくて、これみよがしにデートをしてみせての囮作戦だ。
「そういうものなんだ?」
「そういうものなの。気持ち悪いくらいへりくだってる時の方が、要警戒」
「なるほど。ラナにもそんなところがあるもんね」
「どういう意味よ」
まずはいわゆるウィンドウショッピングっぽいことをしてみて、少しづつ裏路地へも入ってみようと思っている。
「ほら~、でかけるよぉ~」
「ん」
「わぅぅ……」
首根っこを引っ掴んで、立たせる……レオを。
「マイラの方が重いからって、扱いがぞんざいじゃない? 僕の」
「知らないっ……あー、ほらもう、マイラの毛が服に~、こんなに~……黒は意外と汚れが目立つんだからね? こんなことならコ●コ●●ーラーも造っておいてもらえばよかったな~」
「コ●コ●●ーラー?」
しょうがないので、レオの服に馬毛の衣装用ブラシをかける。馬毛っていうかユニコーンの毛だけど。だから……ユニ毛?……アホロートルの毛で何かが作れたらそれはアホ毛と呼ばれるのでしょうか。
まぁそれはともかく、ユニコーンは人には馴れないので、この辺りだと大迷宮で討伐するしかないのですが、どうしてか筋肉量の多い男性が近付くとすぐに逃げてしまうとかで、まず遭遇するところからして困難とのことです。そんななのでこのブラシも超お高いです。例の美容院で金貨四枚でした。
……あれ? でもそうすると今のレオって、ユニコーン狩りに最適なんじゃ?
「うわ、でもこれすっごい。かけた感じ、すっごいふわふわなのに、汚れだけどんどん落ちる」
「くぅん……」
「……自分の毛を汚れとか言われたマイラが悲しんでるよ?」
「汚れは汚れよ。マイラの毛並みがツッヤツヤでもふっもふなのは認めるけど、抜けたらそれは抜け毛で汚れなんだからね?」
「わぉぉぉん」
「……なんかマイラって、時々こっちの言葉がわかってる風じゃない?」
「わかってるなら理解してほしいなぁ、今日はあなたのお散歩じゃないの、どぅゆーあんだすたん?」
「ゎう!」
「わ、コラ舐めるな、化粧が落ちる。それにお前の身体にも悪いぞ、たぶん」
「やっぱりわかってなさげ~」
前足をレオの肩に乗せ、その背中からツンデレ美少女風の顔を舐めるマイラ。これはもう、しょうがないので、使用人を呼んで対処してもらうか。
そんなわけで、ぐずるマイラのリードを、満面のニコニコ顔になった使用人へ預けて、私達は漸く家を出られたのでした。やれやれ。
「というわけでスィーツ店にやってきました」
「お、お、お、おぉぉ」
レオが滅多にないテンションでメニューを眺めています。
ロレーヌ商会の直営店ではないので、チョコレートやゼリー関係のスィーツは置いていないようですが、季節のフルーツを使った焼き菓子が自慢の、王道なパティスリーです。前にレオが読んでいた本でも紹介されていました。
店の外観は赤レンガに蔦が這うレトロな感じでしたが、内装はとってもとても乙女ぇ~な感じに整えられていました。具体的にいうとパステルカラーの壁紙とか、レースのカーテンとか、花瓶に生けてある白やピンクのコスモスとかとか。あとは、窓際にスィートアリッサムを基調とした色とりどりのパンジー、ビオラなど寄せ植えの鉢が置いてあることとかで、トドメはそこかしこに飾ってあるぬいぐるみの数々かな。
まぁここは王立学園の近くにあるから、メインはそこの学生さん向けのお店なのかもしれない。もっとも客席は、それぞれが高い仕切りで区切られているから、他のお客さんの傾向とかは窺えないけどね。今は真っ昼間で、王立学園は授業中だろうし。
「レオってスィーツ好きだよね」
「ダメ?」
メニューで顔の下半分を隠したまま、そこからレオはこちらへ鋭い視線を向けてくる……上目遣いで。
あわわ……。
「なにその、どうしようもなく胸がきゅんとなる魔性の女の子ムーヴっ。小父さんなんでも奢っちゃいたくなるっ」
「うん?」
よくわからなかったのか、少し小首を傾げた後、再びメニューに視線が戻る。
いやー、ドキッとしたぁ。動揺して変なこと口走っちゃったよ。
店へ入る前に、レオにはなんでも頼んでいいと言ってある。ま、とりあえず私もなにか頼もぉっと。メニューメニュー……あ、レオが持ってるのしかないや。じゃあ秋の定番でも。
「それ栗、なの?」
「うん」
モンブランを見て、レオが不思議そうに尋ねてくる。
梔子色の毛糸っぽいクリームの束、それへ少しだけ伽羅色の同様の束が絡み、その上に黄色い栗の甘露煮が載ったこぶし大のモンブラン。
二層の色彩に、少しだけレオの剣が思い出される。そういえばそれは……どうやら、今は椅子の上に鞘のまま置かれているようだ。さすがに、それなりに長く造ってしまったため、腿に佩いたまま座るのは窮屈だった模様。
「栗って美味しいの?」
「ん?」
あれ? レオって家で栗、食べたことなかったっけ……無いか。時期じゃなかったもんね。
「食べたことないんだ?」
「一度だけ食べたことあるけど、その時は硬くてボソボソしてて、食べ難いな~って思った。どうせ盗むならもっとジューシーなフルーツの方が」「ストップ。その声、もう少し小さくぅ~」
レオはたまに、唐突に悪びれもなくヤンチャ時代の話をし始める。悪びれもなくというか、本当に悪いとも思っていないのだろう。それは立派な大人にしたい云々とは別の次元で、なんとかしなくちゃなぁと思う部分ではある。通報とか職質とか、王都では盛んなんだよ?
「……ごめん」
ただ、それは今すぐにどうこうできる話ではないし、レオは衣食足りてれば礼節を忘れない人間だ。恩を仇で返すような人間でないことは、この私が一番よく知っている。
「違う違う、責めてないから」
なにより、そのレオを私は好きなのだから、急に変わってもらっても困る。私も常識的に正しいとされる世界には生きていない。成長するならふたりでゆっくりと。そうなれたらいいと思う。胸に燃ゆる焦燥の炎へ、祈るみたいに想う。
「それより栗の話だけど、そりゃ、生で食べたら硬いしボソボソしてるでしょ」
「そうなの? でも果物って基本生で食べるんじゃ?」
あー……うん。
そうだね、しばらく夏だったから、出る果物といえば梨とかメロンだったね。
「しょうがないなぁ」
フォークで、ひとつしかない栗の甘露煮を刺す。
「はい、あーん」
「……え?」
きょとんとしてしまったレオへ、「あーん」の意味を説明する。するときょとんがキョドんになった。バッチリメイクの顔が「あ、え、あ……」と赤面するのは、見てて結構面白い。
「い、いいよ、自分で食べるから」
「そう? じゃ、はい」
「う、うん」
残念だけど、レオが嫌がることはしたくないのでフォークを逆さにして手渡す。
「なにこれあっまい!?」
するとレオは、一瞬で喜色満面になって高い声をあげた。声変わりはしてる気がするんだけど、そうしていると本当に、女の子の、低めの声にも聞こえる。
それにしても、うっわぁ……。
「……新年には栗きんとんでも作ろうか?」
「なにそれ? あとなんで俯いて顔を隠しているの?」
まぁでも……そこまで鋭い目をキラッキラさせてくれたなら、ショートケーキでいうところのイチゴ部分、画竜点睛の睛部分、ユニコーンでいうなら角部分を惜しまずに提供した甲斐があったというものですよ。うん……御馳走様。えへへ。
しばらく、不意打ちのときめきを冷まして、私は言う。
「でもさ、今までも、チェリーやブルーベリーのジャムは食べていたと思うんだけど」
「え? ジャムって生じゃないの?」
「え??」「うん??」
聞けばレオは、生の果物を潰してしばらく置いたらジャムになると思っていた模様。
いやいや、ちゃんとグラニュー糖で煮詰めないと。煮沸消毒した瓶に詰めないと。
「知らなかった……」
「まぁでも、そっかぁ……って思った。知らないとそうなっちゃうよね。けど、よくその認識で今まで抵抗なく食べてたね?」
生の果物なんて、皮を剥いたが最後、もの凄い勢いで劣化していくものだってイメージがあるけど。
「果物の腐りかけは結構美味しいよ?」
「……果物、“の”、腐りかけ、“は”、の部分が凄く気になるんだけど」
他の、何の腐りかけと比較しての話なのですかね、それは。
「え?……だってお肉は下手したら本当に死ぬし……そういえば昔少しだけ仲良くなったビックスとウェッジの双子が死んだのも、空腹に耐えかねてウジがわいてるネズミの肉を」「それ以上深くつっこんで聞きたくないけどっ、生きててくれてありがとうっ」
「んん?……どういたしまして?」
ううむ、不憫。そのうち豪勢な飯屋にも連れて行ってあげよう。そういうのも、そういうのなら、伯母さんの伝でなんとかなるし。
「よくわからないけど……まぁいいや。それよりラナ、お返しにこっちのこれ、食べる?」
レオはイチゴやブルーベリー、桃なんかが載ったフルーツタルトを注文していた。そういえばそれに載ってるのも大体生っちゃ生か。モンブランに比べると見た目が華やかだ。
「あーんしてくれる?」
「……え?」
「ほら?」
口をあーんと開け、ちょっと待ってみる。
「……まったくもう」
「ぁゎ?」
まぁしてくれないだろうなぁ……と思っていると意外や意外、レオがスプーンでタルトをひとかけら取り、それを無言で私の口の中へ突っ込んできた。あっまーい。
「んぐっ……する方はいいんだ?」
「僕、前に、口にモノを詰めたまま喋らない~……ってラナに注意された記憶がある」
「そういえばそうね、ぁむ」
「はぁ……」
呆れたように、レオが咀嚼する私を見て、嘆息する。
「ラナって結構、言うことやること自らを省みずだよね。近くて見えぬは睫毛っていうんだっけ? そういうの」
「灯台下暗し、人のフリ見て我がフリ直せ……はちょっと違うか」
まぁでも、人間なんてそんなもんですよ? ましてや私達はどちらもまだ子供だからね、反面教師になり合うくらいで丁度いいんじゃない? それに、そういう弱さを手っ取り早く何かで補おうとすると、中二病っていう、それが治っても高二病、大二病と続いていく結構な難病にかかって、十代を黒歴史まみれにするらしいよ?
「でも、そういう慣用句が多いのは、さ」
ショートケーキのイチゴ……ではなく、栗の実が無くなったモンブランをフォークで切り分けつつ、私はしかし反省もせずに食べながら喋った。
「んぐっ……だからなんじゃない? みんな自分のことはさておき、人に説教したがるもんなんだよ。ほら、マナーとかって、他人にどう思われるかの問題だから、ね、ぁむん……ずっとぼっちだった私が、マナーを身に付けているわけがないじゃない」
「それでいうなら、僕だってそうなんだけどね」
あ、その「しょうがないなぁ……」って感じの笑顔、いい。夢の世界では道行く人の標準装備だったアレ、スマホがあるなら撮って保存しておきたい。ないけど。
「それでさ、ぁんむ……こんな店に入っちゃったわけだけど、これからどうするの?」
マナー無視ならと、自分も食べながら喋るレオに、私はずずぃと紅茶を飲みながら答える。
「つけられていたからね、やっぱり私は、まだ狙われている」
「そっか」
私の魔法、罅割れ世界の統括者は空間を割って、その全てを自分の意識下に置く魔法だ。
レオの斬撃と違うのは、それを私は、意識下において制御できるということだ。
自分からそれなりに離れた場所の、極小の空間を切り取ることも出来たりする。それが空間支配系魔法の使い手であれば誰でもできることなのか、そうでないのかは定かではないが、私は実際にそういうことができる。
もちろんそこにも制限はある。有効射程距離は自分から五十メートル前後まで、距離が離れれば離れるほどに、切り取れる空間の大きさは小さくなる。有効射程距離のギリギリ、自分から五十メートルほど離れた距離となると、切り取れる空間の大きさは最大で人間の頭部くらいのものになる。
ただ、それでも、切り取ったその空間は私の制御下にある。
だから五十メートル圏内であれば、私は簡単に人間の頭部を切り落とすことが出来るんじゃないかって思う。やったことはないけど。
で。
ここからが罅割れ世界の統括者の使い方、その応用編なのだけど、私は五十メートル先の空間を、自分の目や耳、鼻などとすることができたりする。
通常、私は分割した空間間の光や空気、空気の振動による音、そして肉体における血流などの透過、通過を許可している。それは私が許可しているからそうなっている。つまり、私はそこを制御できるのだ。
五十メートル先の空間から、その視野を、その空気の振動を、匂い成分を、途中の距離をすっ飛ばして私の目の前に通過させるというのも、可能というわけ。支配空間を数珠繋ぎにしていけば、A地点から見える空間をB地点として、A地点から見えないC地点をB地点越しに見るというのも可能だ。
まぁ、自分中心の発動じゃなくても立ち止まる必要はあるし、詠唱時間も必要だから安易には使えない。けど、今日のシチュエーションだとこちらが女の子の二人組なわけで……本当は違うけど……ウィンドウショッピングの途中、ショーウィンドウの前で気まぐれに足を止めるくらい、不自然でもなんでもない。七色の光は漏れるが、今日は秋晴れのいいお天気で、今は正午前の真っ昼間だ。人通りの多い大通りの、大きなガラスの前であれば、そこには色んな色も乱反射している。遠目で監視してる相手には、私が魔法を使っていることもわからないだろう。
そういうわけで、尾行がついてるかどうかを探るのは簡単だった。
「便利な魔法だよね、それ」
攻撃にも防御にも、諜報にも使えるなんて……って。まぁそれはレオの言う通りではあるのだけど。
「ところが、そうでもないんだよねぇ、移動しながら使えないとかの制限も多いし。それに、詠唱時間は今でも十一秒くらい必要だから、とっさの戦闘では使えないの」
「なるほど」
レオだったら、その間に三十人は殺せそうな時間だ……ってことは、レオは一秒に二点七人殺せるとして、一万人を殺すのに一時間強あればいいってことなのか……そう考えると凄まじいな。体力の問題とかは知らないけど、ヒュドラの時は少なくとも五分以上、斬撃を続けていたから、それだけでも八百人はイケる……か。
「それは確かに重い制限だね……今でもってことは、それでも短くなったんだ?」
「最初は十七秒だったかな。最初っていうか、ちゃんと発動できるようになってから、気付いて計ってみた時の平均がそれ。それからもう十年、色々と試しているんだけど、なんか十秒の壁が全然破れないんだよね。そこになにかしらの壁があるみたい。必ず十秒よりは長くなっちゃう」
そんなわけで、罅割れ世界の統括者の詠唱時間は十一秒ということにしている。いつぞやレオがコンラディン叔父さんに組み敷かれていた時には、発動までの時間が百秒にも千秒にも感じられた。
「十年ってことは、ラナは三歳でその魔法を身に付けたの?」
「わかんない。犬の夢が本当の話なら、生まれた時から使えたんだろうけど」
「犬の、夢?……」
「ま、それはいいとして」
白いテーブルクロスの上の、色の違う、おそらくは渋皮を挽いた粉を練り込んでいるだろう伽羅色のクリーム、キャラメル色の毛糸のようなそれを多めに取り、口へ入れる。すると、まろやかな栗とクリームの味に、少し渋めの芳香が感じられた。
紅茶にも、角砂糖四つ入れていたレオには、まだ早い味かな……と思う。
角砂糖ふたつの私だって全然まだ、大人にはなれていないんだけどね。
「そんなわけで、私達はつけられています。半分は家を監視していた人員と一緒。それに、身形は悪くなかったけど、顔貌がやっぱりね、最初の七人と同類っぽい感じだった」
「鼻がなかったとか?」
「さすがに鼻腔なしじゃ尾行には適さないでしょ。目立ちすぎ。そうじゃなくて、カタギっぽくない雰囲気とか、日焼けしてるのに目の下の隈があって、健康なんだかそうじゃないんだかよくわからない感じとか」
「何人?」
「四人。家を出てすぐは二人組だったけど、途中でふたり追加された」
「……初日から結構な、本気度だね」
「うん。これはもう初日からクライマックス。裏路地にでも入れば、今日にでも襲ってくるのかも」
数ヶ月、ずっとこちらを監視していた粘着質な相手からすれば、今日のこれは千載一遇のチャンスに見えるだろう。
「どうかな……僕のことは、なんだって思うのかな。ラナを誘拐する場合、僕のことはどうしようって考えるのかな」
ただ、粘着質な相手の頭は残念としても、現場で実際に作戦を遂行する人員までがそうであるとは限らない。
「見た感じ、結構高級そうな身形の女の子」「違うけど?」「……に見えるからね。ゲリヴェルガ伯父さんが黒幕であった場合、下手に扱ってはいけない相手に思えるかも?」
貴族と繋がりのある女の子……だった場合、下手に扱うと伯父さんの身の破滅となる。伯父さんにそこを配慮する頭があるのかどうかはさておくとしても、実行部隊全員の頭が残念と考えるのは危険だ。伯父さんが破滅した場合、連座で酷い目に遭うのは、むしろ身分の低い実行部隊の方となるわけで。
「レオの年齢、十一歳くらいの貴族の子女は、基本的には王立学園へ通っている年頃だけど、そこの例外はいくらでもあるからね、私の周辺環境から推測する場合……伯母さんの関係者ってラインが最も危うい辺りかな?」
「伯爵家の娘、か」
「伯母さんに娘はふたり、会ったことはないけど、長女の方が今九歳くらいだったかな?」
「九歳……」
十一歳(推定)のレオをそうと疑うには、少し微妙なところかもしれない。
ただ、それくらいの女の子は個人差が激しい。まったく幼女にしか見えない子もいれば、大人の女性にも、見えなくはないほどに(諸々が)大きくなっている子もいる。
警戒しようと考えたならば、無視できぬラインだろう。
「なら、その確認が終わるまでは襲ってこないんじゃない?」
「それはそうかもしれないけど……私の中のゲリヴェルガ伯父さん、かなり莫迦なイメージだからなぁ」
「会ったことは無いんでしょ?」
「無い。向こうはこっちの顔を知ってるんだろうけど、私は顔も知らない」
だから莫迦だと思ってる。
「会ったことも無い十三歳の女の子にさ、親へ婚約を申し込みに行って、断られたら本人を手紙で誘い出そうとして、それも断られたら誘拐未遂だよ? 莫迦じゃん」
「そう?」
「あのね、この過程には、ひとつ大事な手順が抜けているの」
「うん?」
だいぶ小さくなってしまったフルーツタルトを、名残惜しそうにフォークでつつくレオに、私は鬱憤を吐き出すかのように言う。
「私と直接会って、自分の魅力で口説き落とすって段階はどこへ行っちゃったの?」
「あー……」
「そりゃね? パパは私を嫁に出すのは反対でしょうよ。一人娘で、婿を取ってくれないと困るんだから」
けど、それは正式な手順を踏まない理由にはならない。
社会的に必須となる手順であるかどうかはともかくとしても、私という人間を、心があり魂がある、ひとりの人間と思ってくれるのであれば、それは絶対に必要な手順じゃないですかね?
「でも、ラナがゲリヴェルガ伯父さん……言い難いな、ゲリ伯父で良い?」
「許す」
「なんでそこでラナが大上段から許可してくるのかはわからないけど……じゃあゲリ伯父を、ラナが好きになる未来ってあったの?」
なにを言っているのよ。
「そんなの、あるわけないじゃない」
「うわぁ……」
そりゃ、言い寄られたら迷惑だし、それ以前に恐怖以外の何物でも無かっただろうけど。
「あれでも、手紙で呼び出されたって言ってなかった? それは会って口説くためだったとか」
「それを一回断られたくらいで次が強硬手段、この時点でまともじゃないわ。結構言葉を選んで、丁重にお断りしたつもりなんだけど」
それに自分の家という、圧倒的に有利なフィールドへ連れ込もうとする時点で浅ましいです。喩えればそうだなぁ……告白の手紙に、返事は当方の寝室にてお聞かせ下さいって書いてあったらどうなのよ、どう思うのよって話だ。正気を疑うでしょ。
「なんていうか……無駄な努力はしなかったって意味で、それはそれで賢いのでは?」
「そういうのはね、小賢しいっていうの。小賢しいってのは莫迦の所業なの。中途半端に賢い莫迦のすることなの」
「そういうものですか」
「そういうものなのっ」
これは本当に仮の話だが。
伯父さんが本当に賢ければ、私を合法的に手に入れることは、多分さほど難しくなかったのではないかと思う。家は商人だ、商人の世界では……いや王都そのものがそうだけど……なによりも財の多寡がモノをいう。
伯父さんは、大金で家を買えばよかったのだ。買うというのはもちろん比喩だけど、ロレーヌ商会が持つ様々な権利、それを奪われたら商売が出来なくなる、そういうところへ黄金の楔を打ち込めば、家なんかはそれこそ伯父さんの家畜同然の存在となってしまったはずだ。
その一人娘など、奴隷も同じだろう。
「ユーマ王国では、人身の誘拐は結構重い罪になるの。奴隷売買、人身売買に関わる犯罪だからね。ここら辺、王立学園の周辺なんか、警備と警邏の兵数がやばいでしょ? 貴族のご子息様、ご息女様の誘拐なんて絶対にさせないぞ~って意気込みが伝わってこない? 王都では司法も行政も誘拐には厳しいのよ?」
「言われてみれば……今日も二人組の警邏兵とよくすれ違ったね」
「だから、貴族間の政治闘争であっても、誘拐なんて莫迦な手段は普通取らないの。もちろん伯父さんは貴族で私は平民、だから誘拐を、なかったことにすることはできる……後付けならね?」
けど、現行犯で誘拐の実行犯を捕縛して、そこからゲリヴェルガ伯父さんが関わった証拠(伯父さんが手ずから書いた命令書とか)が出てきてしまったとする。そうすると……これはもう誤魔化しようがない。
私はそれを、ゲリヴェルガ伯父さんよりも上位のお貴族様である、伯母さんの下へと持っていくだけでいい。そうすればゲリヴェルガ伯父さんに待っているのは、それこそ身の破滅だ。
「そんな莫迦な手段を採っている時点でやっぱり伯父さんは莫迦。だから伯父さんが本当に黒幕であるなら、今日で解決も、私は本当にあると思っているよ?」
「そっか」
「勿論、まだゲリヴェルガ伯父さんが黒幕でない可能性も残ってる。だから証拠を握るまではゲリヴェルガ伯父さんの家にお邪魔するなんて無法はできない」
「今は、法律で裁けない人を、無法に殺してとは言わないんだ?」
「……ぬ」
ぐぬぬ。いつか私が言ったセリフを、ここで返すか。
「……さすがにね、それだと無関係な人も殺しちゃいそうだし。けど、証拠さえあればどうにでもできる。私もその段においては躊躇わないわ」
「覚悟を決めるにも、証拠がいるって話?」
「そういうこと」
ま、証拠集めにかこつけてレオとデートがしたかったってのも……ほんのちょびーっとだけあるけれども。
「そういうわけだから、またちょっと魔法を使って店の周囲を探ってみようと思うけど……レオは、おかわりはもう大丈夫? 魔法を使ってる最中に注文を持ってこられても困るから」
沢山喋ったので、紅茶が空になってしまった。ケーキはもういいけどあと一杯、紅茶が飲みたい。今は夏摘みの爽やかさが口に恋しい。
「食べたい気持ちはあるけど、あんまり食べると動き難くなるから、そういうことなら僕はこれくらいにしておくよ」
「そう? じゃあ……」
そうして、オーダーした紅茶がテーブルに運ばれてきた後、私は再び罅割れ世界の統括者で周辺の様子を確認したのだが……。
「……ひとり、増えてる」
「え?」
店から少し離れた裏通り、そこに、明らかにカタギではないと思われる三人がたむろしている。ふたりはこの店に入るまでにも見た顔だったが、ひとりは新顔だ。
「しかもなんか偉そう」
割と短い赤毛、サイドの、いわゆるツーブロック的に刈り込んだ部分は虎縞になってる。よくよく見てみると、右耳にはどうしたわけか小さな欠けがあった。全体のビジュアルは三下っぽいけど……なんというか、ふたりの男へ何かを話してるその感じから、少なくともその三人の中では、そいつが最も偉そうだった。
「なんて言ってるの?」
「……凄くボソボソと喋ってるから、気付かれないよう、遠くに出した“目”では聞き取れないかな」
ただ、その三人のまとう空気には、どことなく緊張感がある。
「四人がひとり増えて五人か。さすがに、監視には多い人数だね」
「うん……」
やっぱりこれは、初日からクライマックスになるのかもしれない。
もう少し、レオとデート、していたい気持ちもあるんだけど。




