epis22 : soramimi cake
<マリマーネ視点>
流れが悪い。
商談としての流れは悪くない。が、交渉としては押されている。
刃を逆にした片刃の剣、逆刃刀だったか。それ自体は、正直、金貨十八枚でも十分な利益が出る。金貨十六枚でも、損ではないので、相手次第では受けなくもないという範囲か。装飾性を捨て実用性一本に絞るなら、金貨十四枚でも事足りる。
値下げ交渉にも、だから金貨二十枚までなら応じるつもりでいた。最初に半額を提示してきたのはなかなか良い読み筋だったと思う。それが大雑把な推測であると暴露してしまったのは悪手だったが。
「事実、斬れているんだからそれは認めなさいよ」
「認めていないわけではないのですが……」
このままだと流れ的に、金貨二十枚から三十枚の間で決まりそうだ。
商売としては十分で、そこに不満はない。
ウチと繋がりのある職人は、中途半端なプライド持ちが多い。自分の造れるモノしか造らず、それ以外を認めないような、悪い意味での頑固さを持つ者が多い。正直、「それって不器用ってことなんじゃないの?」と言いたくなるが、彼らはむしろ、ひとつのことしかできない自分のことを誇っている。まったく、一本気を発揮するのは、女性関係だけにしてもらいたいモノです。
だから片刃の剣の、刃を逆にして造るという妙な依頼には開口一番、「そんなんだったら最初から棍棒で殴るんだな」と怒鳴ってくるだろう。そんな依頼を持ってきた私へ、怒りをぶつけてくるだろう。
それも問題ではない。それくらい丸め込めないでなにが商人か、という話だ。
現時点で金に困っている職人であれば、口で立派なことを言っても仕事をしないわけにはいかない。宵越しの銭はもたねぇ主義の職人も多いから、その辺は言いくるめてしまえば普段通りか、それよりも低い賃金で働いてくれるだろう。
別に彼らがやれない事を要求するわけではない。ただ、刃を逆にするだけ。そこにも問題は無い。
「斬っては、いけなかった?」
だから問題は、彼だ。
「最初に、あちらの金属板は斬っていただいて構いませんと言ったのは私ですから、それは勿論問題ないのですが……」
「なら、いいけど」
「あ、用心棒が出てきて、お客さん、困りますよって言ってきたら、そいつも斬っていいからね」
「了解」
「そんなアコギな商売はしませんよ!?」
初めは、女の子だと思っていた。年齢の割にしっかりした化粧をしている、目つきの悪い不良娘の類かなと思っていた。
だが……なんなのだ、彼は。
「えー……と、ちょっと使った剣を見せてください。うわー……ミスリルを斬ったっていうのに、刃こぼれひとつない。武具屋の常識に喧嘩売ってんのかって腕ですぅ……」
「そんなに凄いこと?」
剣の達人ならそれくらいするんじゃない?……って、この辺は、世間知らずの少女らしい感想ではありますね。そういえばロレーヌ商会はウチとは違い、武装品の類は一切扱っていなかったはずです。この方面には疎いのでしょう。
「できる、できないで言ったら、してくれる剣の達人さんも、いらっしゃるとは思いますけどね? それだって剣の方に多少なりともダメージが行くと思いますよ? というか、もし同じことをできる剣の達人さんに知己がおありでしたら、是非私どもへご紹介いただきたいくらいですね。紹介料、言い値で払いますよ?」
「無理ね、達人以前に剣士の知り合いがいない」
「それは残念です」
どうしたものか。
正直、彼は破格だ。
多少化粧で誤魔化しているとはいえ、商人の目から見ても女の子にしか見えない男の子……というのもそれなりに破格ではある。出すところに出せば一晩で金貨十枚を取ることも可能だろう。
だが、彼の破格はそんな程度ではない。
「ですが、ではどうされますか? 剣の形状、重さなどはそちらの剣でよろしいということでしょうか?」
「どうなの? レオ」
「んー……」
最初は、ロレーヌ商会の一人娘を見極める、それだけのつもりだった。
色々、噂は聞いている。
ロレーヌ商会は我らがドヤッセ商会と同じ、王都リグラエルを本拠地とし、貴族層へも食い込んで商売をする中堅どころの商会だ。それは、種類こそ違えども同じ池の同じタナにいる魚のようなもので、エサを奪い合う懸念は元より、相手がいつこちらを食らう魚へと化けないか、警戒する必要もある。
情報収集を、しないわけがない。向こうだってこちらの動向は調べているだろう。
とはいえ、今のロレーヌ商会の主要商材は食料品や日用雑貨がメインとなっている。こちらは宝飾品、装飾品、時に武具や防具と、ライバルというには競っているモノが違う。ならば最初から敵対的に接する必要はない。共闘できることがあるなら共闘してもいい。商人同士は、どちらも勝者の関係にもなれるのだから。
情報収集の網は、だからスパイなどを送り込むような本格的なものではなく、噂話を集め、まとめ、分析し、そこで不審があればもう少し詳しく調べる、その程度のものでしかない。
「ヒーロリヒカ鋼の剣は試さなくていいの?」
「僕にとっては、どちらでも変わらない気がしている」
「鉄鋼の剣は、メンテナンスが大変ですよ? 下手に扱えば、簡単に錆びてしまいます」
「ヒーロリヒカ鋼にするのは確定だから、一応試してみたら?」
「ラナがそう言うなら」
その網へ、奇妙な収拾物が引っかかったのは、三ヶ月近くも前のこと。
ロレーヌ商会の一人娘が、日中に攫われかけたという。
「やっぱり」
「ミスリルの板が、こんな簡単にバラバラに……」
「やっぱり、鋼鉄でもヒーロリヒカ鋼? でも、切れ味は変わらないと思う」
「そういうものなんだ?」
「そういうものじゃないですよ!? いえ本当にね!? どちらも切れ味、耐久性が変わらないというなら、お値段十倍以上の差はなんだって話になりますからね!?」
「レオが変わらないって言ってるんだから、今はそれでいいの」
「冶金学の常識ガン無視!?」
ロレーヌ商会の一人娘は、謎の多い人物だ。ある時期から滅多に人前へ出てこなくなったというが、チョコレートを筆頭に、ロレーヌ商会における主力商品のいくつか、綿棒、ロレーヌ式歯ブラシ、ペクチンゼリー、何冊かの絵本などが彼女の発案とされている。それが本当であるのならば、ロレーヌ商会が食料品や日用雑貨メインの商会になったのは、彼女の影響が大きいことになる。
とはいえ、彼女は今でさえ十三歳の少女。母親が母親だっただけに、それは親の見栄による、子供への無理な箔付けの一種だろうと思われていた。
それ自体は、別に下策というわけでもない。彼女は一人娘であり、それへ箔をつけるのはむしろやって当然の行為だ。私が現在、この店の総責任者であることだって、それに近いことを企図してのことだろう。
だが、もし、彼女が神童であると信じ、誘拐をしようとする者が現れたのであれば、それはどこの莫迦が莫迦親の見栄を信じたのかと、呆れられたことだろう。
「剣として手に馴染むのはやっぱりこれかな」
「最初の鋼鉄製の、ね」
「ええと……それをヒーロリヒカ鋼で造るとなると、若干軽くなりますが?」
「なら、刃幅を少し厚くして、耐久性を上げるついでに重くすればいいんじゃない?」
「そうね、斬るなら耐久性はそれほど気にしなくていいだろうけど、これは叩くがメインの使い方になるだろうし」
「普通は気にするんですよ?……斬る剣でも、耐久性は」
そもそもにおいて、ロレーヌ商会の一人娘、ラナンキュロアの顔を知る者は少なかった。
今、目の前にいるラナンキュロアは、可愛いとも美しいというのとも違う、だけど妙な存在感を持つ少女だ。
雰囲気美人というのとも違う。むすっとした表情を崩さないし、妙に目力が強い。
それなのに、全体的には妙な色気も放っている。それは本来、十三歳の少女に使う言葉ではないが、彼女は何気にスタイルも悪くない。フリルとリボンタイで隠しているが、同じ形状の服を着た少年が側にいるおかげで、その差がハッキリとわかる。……というか目算では私よりも大きいんじゃないかって思う。うぬぬ。
彼女からは、どこか少女らしくない頽廃の匂いが漂ってくる。
もっというとそれは、年齢以上に、大人に成らざるを得なかった子供の匂いだ。
同情的に観る者には危うさと写り、欲望をもって観る者には卑俗な興趣をそそられる、そういった類の幼気さに思える。
一般的な意味では、可愛いとも美しいとも言えないが、彼女は、年上の異性からは結構モテるのではないだろうか。なんというかこう……ちょっかいを、かけてみたくなる女の子なのだ。意地悪をしてみたくなるというか。
「もー、さっきからうっさいなぁ。レオの剣なんだからレオのオーダーに沿いなさいよ」
「論理的に考えればそうしたいのですがね? お客様のご要望に沿うのが我々商人の仕事、そう弁えておりますから。ですが、ご要望の前提条件が常識的には全く正しくないと断言できることばかりで……頭がバグるんですよ……」
もっとも私自身、それに誘われるように意地悪をしてみたところ、今は反撃を食らってアタフタしてる最中であるのだが……。
だから、彼女は印象に残る顔立ちだし、総じて目立つ。
頭脳を欲して攫われたというよりかはまだ、変態貴族の興味を引いてしまったのだと言われた方が、まだ納得ができる。そういう外見だ。
「わかりました、では仕事の話に戻りましょう。逆刃刀でしたか? 片刃の剣を、刃を逆にして作る。刀身はヒーロリヒカ鋼で作り、他の部分は……それに合わせるということでよろしいのでしょうか?」
「さすがに、細部まで全部指定するほどの知識はないかな。レオは?」
「それは実際に使ってみないとなんとも言えない、かな」
「完全なオーダーメイドとなりますから、ご注文後のキャンセルは受け付けておりませんよ?」
「刃を逆にした刀なんて他の誰も買わなそうだしね。前金は何割?」
「七割頂きたいところです」
「妥当ね。それはそれでいいわ」
ロレーヌ商会会長の自宅周辺……たしか溜め池の近くだったか……で誘拐事件が起きた。
被害者は目撃者達の見知らぬ誰かだった。
しばらくして別の目撃者が、ロレーヌ商会会長の自宅である屋敷へ、ボロボロの布をまとった子供らしき二人組が入っていくのを見た。
拾われた噂話は、そうした事実からの推測に過ぎなかった。
攫われたのがラナンキュロアであるという確証は誰も持ってないし、ボロボロの布をまとった二人組の子供は、全然関係のない物乞いか何かだったのかもしれない。
「それで、工費の話なんだけど、装飾の類は、彫金の技術が必要な部分はまるっと省略していいから、安くならない?」
「柄やガードに装飾等はいらないと?」
「ガードって?」
「え?」
「え?」
だが前者はともかく、後者が無関係だったとは思えない。私には、もう思えなくなった。
「あの、剣のこの部分ですが」
「ああ、鍔」
「つば?……あの、それがないと斬り合いになった時に指が守れませんよ?」
「そんなのはわかってるってば、呼び方が違っただけじゃない」
「はぁ……」
その二人組は、目の前のこのふたり。
確証は無いが、そうであると直感が告げている。
ならばその裏には何があったのか?
「先の鋼鉄剣の形をベースに作るのであれば、鍔はシンプルな形状になりますね」
「あんまりそこが大きいと取り回しに不便じゃない?」
「実用性を重視するなら、そこはむしろ刀身と同じくらいに重要なのですが……」
「いいよ、取り回し重視で。鍔競り合いになる前に、相手の得物を斬ってしまえばいいって話でしょ?」
「……お客様であれば、そうなのかもしれませんが」
「わかってきたじゃない」
もしかすれば、ラナンキュロアは本当に攫われかけたのかもしれない。
それを、護衛としてつけられていたこの少女……の格好をした少年が助けた。
そういうストーリーが、簡単に頭へ浮かぶ。
だがこれも推測に過ぎない。細部は間違っているのだろう。そんなのはどうだっていい、仮説とは、次のステップへ進むための簡易的な足場に過ぎないのだから。
「で、彫金的な飾りが不要なら、工費は下げてもらえるの?」
「……いえ、当店でご注文されるのであれば、そこを完全に不要とするのは無理ですね。ただ、多少の値下げには応じられます」
結局、ドヤッセ商会にとって重要なのは、彼女が実際はどういった人物であるかということだ。
だから最初は本当に、ロレーヌ商会の一人娘を見極める、それだけのつもりだった。
それは、ある程度までは成功していたと思う。
「金貨六枚」
「さすがにそれではお造りできませんね」
「こっちは雑費を倍額でいいと言った上で、諸々で二割増しという良くわからない部分を無批判で受け入れてるの。それくらい折れてもらわなくちゃ」
彼女はアンバランスな人物だ。
「材料費金貨十一枚、職人の手配料三枚、工費六枚、雑費一枚、計二十一枚の二割増しで金貨二十五枚と銀貨二十枚……これで造れないとなると、この商会の質の方が心配になってくるわ」
「ふむ」
彼女は生まれついてより、世間からは「嘲笑してもいい」存在であるとされてしまっている。
親の業が子に祟る。莫迦莫迦しい話だが、それは彼女の母親が、身の程知らずの莫迦女だったからなのだそうだ。
それを、何も知らぬ子供がどう受け止め、育ったか。
理性で考えれば悲劇にほかならぬそれを、彼女がどう受け止め、育ってきたか。
知るのは、本人以外にはいない。
だがこうして面と向かって話していれば、知れることもある。
ひとつには、彼女はそれを悲しむという段階を、とっくの昔に通り過ぎているということ。
ひとつには、彼女はだから、世界に対しては斜に構えざるを得ないのではないのかということ。
ひとつには、彼女はそれでもまだ、生まれつき重いハンデを背負っていてさえ、諦めてはいないのだということ。
「諸々、ね。それは私が、ロレーヌ商会の娘だからなのかしら?」
「それは」
「勘違いしないで、それならそれで構わない。その理由なら、二割増しくらい受け入れてあげる」
知能は中の上か上の下といったところ。おそらくは良い家庭教師に恵まれたのだろう、四則演算に淀みは無く、計算も速い。交渉においてもこちらの意図をある程度読み、それを前提に言葉を返してくる。その辺は父親に叩き込まれているのかもしれない。
自分自身が十三歳だった頃、彼女のように振舞えたかというと、正直心許ない。
地頭がもの凄く良い……というわけでもなさそうだが、この時点において私は、彼女が実際にチョコレートやペクチンゼリーの開発者であったとしても、驚きはしないと思っていた。
チョコレートは三年ほど前に世へ出回り始めたものだから、彼女がそれを開発したというなら、彼女は十歳より以前にそれを成し遂げたことになる。綿棒に至っては七、八年くらい前だから、彼女が五歳か六歳の頃のことだ。
けど、それくらいはしそうな独特の雰囲気が、彼女にはある。
ひとり、別の世界に生きているような立ち姿なのだ。ある種の異国情緒……否、異界情緒をまとっているといえばいいだろうか。
「ラナ、やっぱり僕には、ここがダメでも問題ないように思える」
「そうね。もしもその諸々が、たとえばチョコレートの秘密を教えてくれればお安くしますよ……という話なら、論外ね」
否。
「ははっ……いやいやいや、まさかそんな」
「……目が泳いでいる」
そうではない。
彼女はひとり……そうでもない。
その傍らに、もうひとり、別の世界に生きているかのような立ち姿がある。
「ラナ、この人はなにか嘘をついている」
「同感。でも、それと商人を信用できる、できないはまた別の話だからね。私だって完全な嘘は口にしたくないと思っているけど、レトリック上の問題で、嘘か真か微妙になる言葉だったらガンガン吐くからね。さっきからこの人が吐いているのもその類の言葉」
「うぐっ」
「そういうものなんだ?」
「うん」
なんなのだ、彼は。
ラナンキュロアが十歳でチョコレートを開発したというなら、それは天才だ。
天才以外の何者でもない。
だがそれは、裏を返せば、天才以上の何かでもないということだ。
「ねぇマリマーネさん。私から引き出したいのは何? 情報? それとも譲歩?」
「ふむ?」
「それとも、試されている? 私が、その諸々を暴けるか」
「……ふむ」
十歳で天才的な仕事を成す者は、いる。
普通に、そこら辺に、極稀にだが、いる。
はっきり言おう。天才など、商人にとってはカモだ。どうすればどれだけ上手くしゃぶれるか、それだけを気にして付き合えばいいだけの相手だ。職人の中にも、天才的技術を手に持ちながらも、それを上手く活用できない者がいる。それの仲介業は、我々のような業者にとってはおいしい商売だ。
尊敬し、さすがですさすがですとおだて上げれば、それだけで気持ちよくこちらの利益に貢献してくれる。ならばいくらでもそうしよう。言葉は、笑顔は、あるいは心からの尊敬や尊重でさえも、するんはタダやから。
天才は、探せばいる。一万人に一人の天才であっても、十万人に一人の天才であっても、百万人に一人の天才であってもだ。むしろ希少である方がそれを獲得した際の利幅は大きくなる。
「いいでしょう、白状しますよ。結構、最初はそのつもりだったんですけどね。こちらの思惑を、望みを言い当てられたらその諸々は撤回するつもりでした」
「だからずっと試すような言い方、態度だったのね」
「接客態度に不手際がありましたこと、深くお詫びします」
だが鋼の剣でミスリルをスパスパ斬る少年など、どこを探してもいるものか。
世間の常識以前に、金属の性質上無理なのだ。
もしそれが当たり前であるというなら、ミスリルの防具の価値が著しく下がってしまう。ウチの在庫数だけでも、金貨三百枚以上の損失が出る。これはそれくらい大事なのだ。
「なら、今から当ててあげようか?」
「ほう?」
「ラナ?」
正直、買いたい、と思う。
正直、飼いたい、と思う。
この少年は、内に取り込んでしまいたいと思う。
だがそれは悪手であるという計算も、すぐにできる。
「ロレーヌ商会直営のスィーツカフェ、そのロイヤルクラスの会員証が欲しいのかしら?」
「……ぬ」
なぜなら。
「ロイヤルクラスの会員証は、お貴族様かロレーヌ商会の上お得意様にだけ発行しているモノ。お貴族様でもなく、他の商会の上お得意様になるわけにもいかない立場の方には、入手が困難でしょうね?」
「なぜ、そう思いますか?」
このふたりは、ちゃんと結びついている。
肉体関係があるとは思えないし、恋人というには何かが違う。だけどレオという少女の格好をした少年はずっとラナの動向を逐一追っていた。その目にはひたむきなものがあった。
おそらくなにかしらの手を使えば、彼女達は簡単に引き離せるだろう。が、それで禍根が残らないという保証がない。武として手勢に置くコマには、一定以上の信頼が必要だ。それが無いコマを手駒にするなんてことは出来ない。
「私を試したいというなら、絶対にわからない謎掛けをしたってしょうがないでしょ? ヒントはあったはず。それなら最初のアレがそうだったと考えるのが自然。私はここへ完全に飛び込みで入った。それなのにあのケーキが出てきた。一見、私が来店するのを観越してのことのように思えるけど、実際は逆。むしろあのケーキは、普段からこの店に常備されていると思う方が自然。接客用か、それとも従業員用なのかは知らないけどね。ともあれ、あのケーキがあったから、マリマーネさんはこういう形のお戯れを思い付いた。それに……」
「それに?」
「マリマーネさん、チョコレートケーキ、本当に美味しそうに食べていたし、好きなんだろうなぁって思った。当商会を御贔屓下さり、真に毎度ありぃ、です」
「ふふ」
だから商人として思う。
ラナから、レオを奪うのは悪手だと。
天才を超えた何か。それだけのモノ、制御するには運命の結び付きが必要になるだろう。それが、彼女にはあって私にはない。残念に思う気持ちはあるが、執着は身を滅ぼす。ラナンキュロアはただの天才。ならばまだ制御可能なそれの方を、少年ごと取り込めば良い。
これを機に、ロレーヌ商会へのコネを手に入れよう。
今はそれが最善の策だ。
「どちらかといえば、従業員用の側面の方が強いですね。いつもお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ」
さて。
そんなところで、交渉は終わりましたかね。
ラナという人物、そしてロレーヌ商会の今後は、けして侮ってはいけないと知れた。
上出来、上出来。
それでは、今回の商談は、諸々の二割を撤回して、話をまとめることに……。
「ま、だからって値下げしてくれなくてもいいんだけどね。諸々の二割、払うから会員証はあげない」
「はいぃぃぃ!?」
「くす。その顔が見れただけでもういいや、工費も金貨十枚のままでいいよ。ええと、二十五の二割増しだから、かっきり金貨三十枚。綺麗な数字になったね」
「ちょっ、お、おおおまおまおまちをぉぉぉ!?」
突然何を言い出しましたか!? この小娘!!
長々と述懐してきた私の目論見を全部ふいにする気ですか!?
「言ったでしょ? 私は今、商人じゃなくて勝負師なの。金銭的には負けてあげるから、勝負には勝ったままでいたいわ」
「わかっ、わかりました! 金銭的にも負けます! 勝負もそちらの勝ちです! こちらも当店の最上級の会員証を! ラナンキュロア様へ……レオ様にも! 発行いたしますから! どうかご再考を!!」
「……そう? でも金銭的には負けてくれなくてもいいかな。最上級の会員証は、もらってあげてもいいけど?」
「ぐっ」
「うわー、ラナが凄くいい笑顔だ。悪っそうな笑顔だけど、満面だぁ」
少年の足元で、犬がやれやれって感じで丸まってるのが無性に腹立たしいです!
「私、どうも最近思うんだけど、試されるのが嫌いみたいなんだよね。私の価値を、他人に勝手に測られるのが嫌いみたい。子供っぽい考えだとは思うけど、生理的に嫌いなんだから仕方無いよね?」
「おっしゃる通りでございます!! 大変に失礼を致しました!」
「私の知る言葉に、撃っていいのは、撃たれる覚悟がある者だけだ、ってのがあるんだけど」
「……は?」
撃つ? 魔法?
「人を試そうという者も、試されるべき……って思わない?」
「それはどういう?……」
「金貨三十枚は払うよ? 払うけど、このお店は、それに見合う仕事をしてくださるのかしら?」
「っ!?」
ちょっと……それってぇ……。
「金貨三十枚かぁ、あれだけ宝石をちりばめた剣が、同じ値段だったんだから、そういうのを排して実用性に絞った場合は、どこでその金額分の差を埋めてもらえるのかしらね? あ、仮に、ですが、もしそれ以上に価値のあるモノを造っていただけるのでしたら、こちらからのお礼も、なにかしら考えておきますよ?」
「あ、あ、あ」
それだけの仕事をしないと会員証はくれないってことですかぁ!?
「まいったなぁ、でももう金貨三十枚払うって言っちゃったしなぁ」
「うわぁ……これがラナが最初に言ってた”札束で殴る”ってことなのか」
「全然違いますけど!! 現状が正にその状況過ぎて否定しきれませんっ!?」
というか、ロイヤルクラスの会員証の価値って、いくらくらいなんでしょうか……。
スィーツカフェの上お得意様が、年間金貨で十枚以上使ってくれるようなお客様だとするとぉ……。
最初に提示した、金貨四十枚くらいの価値のモノを造れってことに?……って言ってやがるな! この笑顔は!!
「でも大丈夫ですよね、天下に名高いドヤッセ商会なら! マリマーネさんなら!!」
「ぐ、ぅ」
商売としては、高額な注文は大歓迎だ。
ですが……ですけどね!?
結構な無茶振りですよ!? 実用性重視でその価値のモノを造れっていうのは!!
「素晴らしい仕事をしてくださいね、予想以上の仕事をしていただけるのであれば、それへの報酬はちゃあんと考えておきますから」
「うぐっ」
くそぅ、ロイヤルクラスの会員証が欲しいのは当方の弱み、だからこそ精神的に優位に立った上で、向こうからそれを差し出させようとしていたのに!!
おそらく、ラナンキュロアひとりであれば、この策は通じていた。彼女は自分を勝負師だと言った。諸々の二割を撤回させるゲームに、勝った時点で彼女は満足していたはずなのだ。それこそ、気持ち良くこちらへ利益をもたらしてくれるという形で。
だが。
「これだけやってなお、”考えておく”なんだ……」
この少年が、ラナに商人の血を思い出させた。理外のモノを見て動揺する私に、彼女は落ち着きを取り戻してしまった。
「大丈夫、そこはきっちりしっかり、商人として取引をしてあげるから」
だから、拾える利益は麦の一粒まで拾う、商人の魂でこちらへ反撃してきた。
「心意気などは認めねぇ、本当に価値のあるモノを寄越せって話ですよね、それ……」
負けた。だからといってこの話は今から破棄することもできない。ここで断ったら底知れぬ彼女が何をするかわからないし、なにより、大変な仕事だが、こちらの利益も大きい。妙な不安を抱えたまま毎日を生きるよりは、商人として真っ当に働く方が全然いい。秤にかければどちらが重いかは一目瞭然だ。
私は商人。利益の重き方を取るは業のようなものだ。
「さぁ? 今ここにいるのはただのお客様。商人として判断するのは、ロイヤルクラスの会員証を携えた私になるんじゃないかな?」
よく言うわ。
客として来ているから、こっちが知った情報……少女の格好をした少年が、実は天才以上の剣士であるということ……を暴露するのは、お客様の秘密厳守がデフォルトの当店においては「ルール違反よ」って言いたいんでしょ。
そんなの言われるまでもありませんよ、敵対する意思は、最初からありませんでしたし。
「……はぁ。藪をつついて蛇を出すって言葉を、ここまで実感したこともなかったですよ」
というか。
あなたの一存で、発行できるんですね、ロイヤルクラスの会員証。
今更ながらにありがとうございますよっ。個人的には、それが一番欲しい情報でしたから。
しかし、ホント、どういう立場なんです? ロレーヌ商会の中で、あなたは。
「そうね、犬も歩けば棒に当たるって言うしね」
「それは初耳ですね、どういった言葉ですか?」
「わぅ?」
おや。
自分が呼ばれたと思ったのか、わんちゃんが丸まった身体から頭だけひょこりと出して、あなたを見ておいでですよ?
「元々は、犬もふらふらと歩いていたら棒にぶつかって痛い想いをする……って意味の言葉なんだけど、そこから転じて、良いことでも悪いことでも、歩いていれば思いがけない事態に出会えるから、状況を変えたいならむしろ積極的に出歩いてみろ……って意味に派生したんだったかな」
「ふむ?」
「それはまた、ラナの現状にピッタリの言葉だね」
「わぉん」
よくは、わかりませんが。
「私は、棒ですか……」
あなたに……いえ。
「私が蛇で、マリマーネさんが棒なら、絡みつくには丁度いいかもね」
「何気なく言った愚痴まで絡め取られたっ!?」
あなた達ふたりに、完敗です。




