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epis21 : caramel peach jam 120%


「あのさ」

「なんでしょうか?」


 なんかもう……あれだ。


 握手の手を振りほどき、言う。


「ちょっとボりすぎじゃない?」


 ここでは札束で店員の頬を叩くつもりだったけど、気が変わった。


「なんと」


 マリマーネと名乗った女性の「愉快そうな」タレ目。


 これに、あたしの中のなにかが反応した。


「職人の手配料が金貨四枚、工費が金貨十枚、ここのところは職人の腕次第だから今はなんとも言えないけど、材料費が金貨二十枚、ここがおかしいってのはわかるよ?」


 ヒーロリヒカ鋼が高価とはいえ、短剣よりは少し長い程度の刃物、いわゆるスモールソードやナイトリィソードへ使うのであれば、それはそこまで大量に消費することもない。多分、金貨七、八枚(日本円で百五十万程度)が相場だろう。


「となれば他の部分も、私が小娘だと思って相場の倍くらいにはしているんじゃない? 手配料が金貨二枚、工費が金貨五枚、諸々で二割増しは、いいでしょう、諸々あるのはこちらも承知の上ですから。計算が面倒になるので雑費はむしろ金貨一枚としましょう。それでいくと、材料費を金貨十枚としたとしても、金貨二十一枚と銀貨六十枚ですね」


 ドヤッセ商会会長の次女、この店の総支配人、マリマーネ・シレーヌ・ドヤッセと名乗った推定十八歳前後の女性は、いきなりの、およそ半額を提示する価格交渉にも全く動じない。


「これはこれは、命をかけることになる武器を値切られるのですか?」

「お生憎さま、私が命をかけるのは武器にではないわ。私自身の運命によ。ここで退いたら下がりそうじゃない? 運勢が」

「ゲン担ぎ、ですか。それは商人の血ですか?」


 商人は意外とゲン担ぐ。


 人の世というのは、時に人智を超えた計り知れぬ動きを見せることがある。

 安定した商売を堅実にこなしていたとしても、ある日それがあっという間に無価値と成り果てるというのも、ザラなことだ。


 商人は日々、そうした世界と戦っている。この世の理不尽そのものと戦っている。


 だからこそ、ゲン担ぎでも神頼みでもしたくなるのだ。拝むだけならタダや、という話だ。


 でも。


「ちょっと違うかな。私は今、人生で初めてと言っていいほどやる気に満ちているの。ノリに乗ってると言ってもいいわ。この勢いを殺すのは惜しい。だからここで退くわけにはいかないの」


 これは、直接的ではないとはいえ、レオの運命と命が懸かった勝負だ。負けるわけにはいかない。負けるわけにはいかないから、負けてもらう。


「勝負師の血ですか、なるほど」


 タレ目からそろり、窺うようなその視線に、私は直感する。


 マリマーネは、ラナンキュロアを()()()している。


「ラナンキュロア様」

「……はい」


 私は名乗っていない。


 けど、相手は私の名前を知っている。どうやら私は、とびっきり面倒なところへ飛び込んでしまったようだ。


「当店は、実はあまり売り上げを重視していないのです」

「……存じてます」

「はい、商人の目で見れば一目瞭然ですし、隠す気も毛頭ありません。それはつまり売り上げを上げるため、躍起になって商売をする必要が無いということです」


 それも知ってる。調べた上で来た。


「どちらかといえば、当店が重視するのは、どれだけ職人の皆様方へ、おいしい仕事を回せるかどうか、です」

「金貨四十枚強、払えないなら出て行けと?」

「そうは申しませんが、こちらとしても十分なメリットがなければ、お受けできませんね」

「金貨二十枚でも、普通なら十分に利益が出ると思うけど。刃渡りはスモールソード、ナイトリィソードの類に近いのだから、金貨十五枚もあれば超高級品が買えるでしょ」


 金貨十五枚は夢の世界の通貨なら三百万円相当だ。


「というか、ヒーロリヒカ鋼の刀身に、宝石まであしらったキンキラキンの剣が()で金貨三十枚で売ってるのを見かけたけど?」

「あれは、量産品ですからね」

「嘘ね、どちらかといえば見本でしょ? この店の特性からしたら」


 ここは、基本的には店頭に並べている物、飾ってある物を売る店ではない。


 それなりに裕福なお大尽様を相手に、オーダーメイドで装飾性の高い武器を造り上げる店なのだ。


 だから店頭に並べているのは、商品というよりもむしろ見本、こういうものをお造りになると、これだけのお値段になりますよ~……という目安なのだ。そこで六百万円相当の値札をつけている商品が、量産品のはずがない。


「嘘ではありませんよ? 全く同じモノを百本造ることも可能です。お客様にそれだけのお支払い能力があれば、ですが」

「その可能、期限を区切らなければって前提が付くでしょ? 月産で何本よ?」

「ふふ、それは企業秘密ということで」


 なら、やっぱりソレを量産品と強弁するのは無理がある。


「ですが、当店のお客様は皆様、店頭に並べている物よりもお高いモノを求めていかれますよ?」

「それはより装飾性を高めるからそうなるんでしょ? あしらう宝石を高い物へ替えたりして。私は装飾性より実用性を重視してほしいと言っているの」

「詮索する気はないのですが、ご希望のサイズでは懐剣(かいけん)とするには少し大きくなってしまいます。実用性を重視、ということであれば、部屋に飾りたいという話でもないのでしょう? どう持ち歩かれるつもりなのでしょうか? 取り回しの便、大きさと持って歩く際の重さというのも重要な要素ですよ? 特に華奢な女の子が使うことを想定しているのであれば」


 ちらと、マリマーネはレオを見て言う。

 華奢な女の子と言われたレオはどんな表情をしているのか……いや、今はマリマーネから目を逸らすわけにはいかない。


「宝石の類は必要ない。なるほど、確かにそれなら、材料費に金貨二十枚は無法というもの。ではいくらが適正と見ますか?」


 まただ、この、私を試すような目。


 これに、私の中のなにかが反発している。


「ヒーロリヒカ鋼の市場価格なら調べてあるわ、スモールソードクラスであれば高くて金貨八枚ってところでしょ。なら、柄や鞘を入れても金貨十枚、大きく見積もっても金貨十二枚が適正」

「なるほど。話を詰める段階で多少前後するでしょうが、大きく外れてはいないでしょうね」

「それともなに? この店ではヒーロリヒカ鋼の在庫が不足でもしているの? 天下のドヤッセ商会様は、そうして消費量を調整していなければやっていけないような体制なの?」

「ふふ、まさかまさか。確かにヒーロリヒカ鋼は希少金属。ですがこれはあくまでも工業品です。東の帝国では今も生産が続いていることでしょう。輸入が途絶えれば高騰も起こり得ますが、定期的にボユの港より運ばれてくる今現在の体制においては、余裕をもってお客様へ提供することの出来る素材となります」


 それはつまり、今の価格が最も需要と供給に適したものであるということだ。


 適度に売れ、不要な在庫を抱えることも無しに、余裕を持って(きょう)することのできる商材であるということ。


「では材料費は金貨十枚ということでいいかしら?」

「十二枚」

「十枚と銀貨五十枚」

「十一枚と銀貨五十枚」


 茶番みたいな刻み方しやがって。


「十一枚、これ以上ならもう他の店を当たる。どうせ()()とやらで十三枚と銀貨二十枚になるんだからいいでしょ」

「ええ、いいでしょう。材料費は金貨十一枚で」


 とりあえずは金貨九枚の値引きに成功だ。


 マリマーネは……最初からここは崩されるとわかっていたのだろう、まだまだ余裕の表情だ。


「で、職人への手配料が金貨四枚、工費が金貨十枚だっけ? ここはもう言ったもん勝ちみたいなところがあるから難しいけど、でも」


 マリマーネをジロリと睨む。


「ボってるよね?」

「さぁ? どうでしょうか?」


 ニヤニヤ笑いながら、タレ目の女性が煽るような視線を向けてくる。


 ような……というか……煽ってるな、これ。


「王都において、王都内で完結する商売であるのならば、この規模の商取引における紹介料の類は総費用の一割程度になるはず。最初が金貨四十枚越えだったからそれはそうなんだろうけど、材料費が減った今、総費用も三十枚程度よね? この先で工費が大幅に減額になろうとも、(さかのぼ)って減額を要求しない約束で、金貨三枚にしておかない?」

「工費まで減額要求されますか。当店は、一流の職人様のみとお取引をさせていただいているのですがね?」

「その職人様の仕事を、私はじっくりと見せてもらったわけじゃないもの。()()()()は、ちゃんと見せてもらえるのかしら?」

「ふむ?」


 お? マリマーネがちょっと不審な顔になった。


「職人を指定したいと?」


 あ、見くびってるな、これ。お前に職人の腕の良し悪しがわかるのかって顔だ。


 そんなの。


「それはこれからの話次第ね。で、職人の手配料、どうするの? 金貨三枚にするの? しないの?」


 私に、職人の腕の良し悪しなんてわっかるわけない。でもいいのだ、今回の場合、そこは問題じゃない。


 レオの手に馴染むモノが造れるか、重要なのはそこだ。


 そこが満たされないのであれば、金貨一枚だって払う気はない。


 私はなんとなくでよくわからないモノを買おうとしているのではない。


 目的があり、それに合致するモノを必要としているだけだ。


「ふむ」


 こちら余裕が伝わったのだろう、マリマーネは少し勢いを失ったようだった。


「……いいでしょう、手配料は金貨三枚で(うけたまわ)ります」


 これで材料費が金貨十一枚、職人の手配料が三枚になった。


「それなら、工費の交渉に入れるわ」

()へ?」

「いいえ。すぐにでも試し切りが出来る場所へ案内して。そこへ、そちらで良いと判断するモノを何本か見繕い、持ってきてください」

「む……」


 私は、マリマーネを煽り返すように意識して笑う。今までの意趣返しとして。


「こういうお店なら、あるんでしょ? そういう場所も」


 今度は、そちらの手の内を見せろと。


「ございますが……」

「あ、あと」


 レオ……と、私はここで、明確な意志をこめた声で、レオの名を呼んだ。

 しかし無反応なレオの足元で、なぜかマイラの耳の方がぴくっと動いた。


「喋っていいよ」


 そこで(ようや)く、やれやれといった表情でレオの口が開く。


「……と言われてもね。今は僕の得意じゃない戦いが行われてる最中に思えるんだけど」

「えっ!?」


 マリマーネは、声というよりはその言葉使いと一人称「僕」に驚いたようで、レオの姿形を呆気に取られた様子で眺める。


「男の……子?」


 やはり、ここは読めていなかったようだ。


 もう少し隠すことも考えたが、剣の具合を試すならどうせすぐにバレる。なら、マリマーネの勢いが若干でも落ちている今が最適と判断した。商人は自分の見る目、観察眼に頼る場面が多い。ゆえにそこへ自信を持つ者も多い。マリマーネもどうせそのクチだ。だからそこへ一撃を加えることには意味がある。


「さてマリマーネさん。こういった事情のこの子、レオに合いそうな剣を用意してもらいたいのですが、あなたにそれが出来ますか?」

「……ふむ」


 それでもまだ、()()()()はイーブンな気がするけど。








「こちらがお客様のご希望と……その……体格に合うと思われる……サンプルとしての剣となります……が」

「どうも」


 おそるおそるといった感じで、マリマーネはレオの前へと剣を並べる。


「といっても、僕にも剣の良さなんてわからないけど」


 目の前に、剣を立てる木の台のようなものが置かれている。今はそこへ、六本の剣が並べられていた。ヒーロリヒカ鋼の物は二本、あとはただの鋼鉄剣だ。


「レオが使う武器だから、レオが使いやすいのを選ぶだけだよ」


 場所は、商談室(?)から店の地下へと移っていた。


 先程の部屋よりもひとまわり大きな空間だった。


 土に軽く石畳を敷いた床、頑丈そうな岩壁、天井に(はり)は、アーチ型の金属と木材が交互に入っている。壁には何本かの黄色っぽい蝋燭が刺さっていて、閉鎖空間には上質な蜜蝋独特の甘い香りが漂っている。


「これとこれは片刃の剣じゃないみたいだけど?」


 ヒーロリヒカ鋼の物が一本、鋼鉄剣が一本、両刃の剣が立てかけられてる。


「それらは一応、参考にと。片刃の剣は、どちらかといえば冒険者向けの武具となりますから、当店では取り扱いが少なく、ご要望に近い物となると現物ではこちらの四本となります。両刃の二本は、刃渡り、刃幅、柄、(ガード)、重さのサンプルとして、四本ではカバーしきれない範囲の物をお持ちしました」

「長さはこれ、刃幅はこれ、柄はこっちの感じでってしてもいいってことね?」

「ご注文としては承っておりますが、あまりお勧めはできませんね」

「なぜ?」

「王国風のケーキを売っているところで、帝国風のケーキが食べたいから用意しろと言ったらどういう客と思われるか……という話ですね」


 あー、それは確かに嫌な客だ。


「職人にもプライドがある、という話ですか」

「プライドのない職人に良い仕事は出来ません」


 それもそうか。


 まぁ本当にプライドがあるなら、こういった店とは提携を結ばず、ひとりで我が道を(きわ)めているだろうけど。


「レオ、どう?」


 レオは、無言で剣をひとつひとつ手に取りながら、その握り具合を確かめている。


 ツインテール(ツーサイドアップだけど)の金髪少女が、装飾的とはいえガチの武器を検分してる姿は、なかなか趣き深い。


「ヒーロリヒカ(こう)は、(はがね)とほぼほぼ同じ重さですから、重さの感覚は(はがね)の剣でもご理解いただけるかと思います」

「そういうものなんだ?」

「ええ」

「なんとなくだけど、(はがね)の方が重い気はする」

「そうなの?」

「そうですね、若干、ヒーロリヒカ(こう)の方が軽いはずです。(はがね)を十としたら九くらいでしょうか。純金は十五、ミスリルなら四か五といったところです」

「ミスリルは、やっぱり軽いんだ」

「ええ」


 やがてレオは、片刃で鋼鉄製の一本にしっくりきたのか、それを何度か素振りしてみる。刃渡りはレオの股下の六割程度、剣としては短い方だが、太ももへ括りつけるには少し長い気もする。


「試し切り、してもいいの?」

「ここは、そのための場ですから」


 マリマーネは、部屋の入り口とは逆の壁際の方を指差す。


「あちらに立ててある藁束(わらたば)、革鎧、金属板は斬っていただいてかまいません」


 そこには太さの違う藁束が何本かと、ボロボロになった革鎧がひとつ、青銅、鉄、ミスリルの、厚さ窓ガラス程度のみっつの金属板が並んでいる。鉄の金属板には大量の切れ込みが入り、その(ふち)はまるでノコギリの刃のようになっていた。


 レオはそれを一瞥(いちべつ)すると、おもむろに無造作な感じで剣を構える。


 くる。


 私が身構えたその瞬間、ツインテールが一瞬跳ね、レオの身体がなぜかまた弧を描いて、ブーメランのように跳んだ。


「ひゃっ!?」


 狭い空間で弧を描く動きをしたものだから、それはマリマーネの眼前をかすめて飛び。


「あっぶなぁ……えっ!?」


 青銅の金属板、それをまっぷたつにして、止まった。


「あーやっぱりそういう動きになるんだね。もしかしてレオって斬る時、まっすぐには動けない?」

「ん……どうだろう、意識してない」


 止まったから当然だけど、斬るという目的を果たし終えたレオには、ちゃんと理性がある。今は使った剣の状態を検分しているようだ。


「いやちょっと待ってくださいよ! 確かに青銅は(はがね)よりも柔らかい金属ではありますが! だからってこんな風にまっぷたつに斬れるってモノでもないんですが!?」


 なんだかマリマーネがうるさい。


「鉄とミスリルってどっちが硬かったっけ?」

「さぁ?」


 高いのはミスリルだけど。


「いやあの! ミスリルは硬度でいったら鉄よりは硬く、(はがね)とは同等ですが、それ以前にですね!!」


「ミスリル、行っちゃって」

「了解」


「ちょっとぉぉぉ!……ぎゃん!?」


 再び、マリマーネの横をかすめ弧を描く金髪ツインテール。


「おおっ」


 そしてまっぷたつになるミスリルの板。


「おかしいでしょおぉぉぉ!?」


 いやだからうるさい、マリマーネ。切り刻んでマリネにするぞ。でもマリネよりかは(なます)が食べたい。栗ご飯と一緒に食べたい。


「良い切れ味ね」

「なんでちょっと迷惑そうなんですか!? 確かに! 斬っていいとは言いましたが! 鋼鉄の剣でミスリルは普通斬れませんよ!?」

「え? 硬度は一緒なのに?」

「ミスリルは硬度こそ鋼鉄と変わらない程度ですが、粘りが違うんです! ほらそこの鉄の板! 端がボロボロに欠けているでしょう!? ミスリルを斬ろうとしてもああはならないんです! ミスリルは固定したところを上から圧し切るのが普通なんです! 立ててある物を普通の剣で斬ろうとしても斬れませんよ!?」

「じゃあなんでここにあるの?」

「ここは防具も扱っているんですよ!? 耐久性のテストサンプルですよ! ミスリルはその特性から、武具よりも防具向きの素材なんです!」


 あー、言われてみれば、店頭に並んでいたミスリル独特の青っぽい輝きは、胸当てや(かぶと)に多かったような……。


「じゃあなんで斬れたの?」

「こっちが聞きたいんですが!?」

「んー?」


 なんか、こういう時、ぴったりのセリフがあったような。アニメ化もされたなにかのネット小説で、ある種なろう系を代表するセリフのひとつとなった何かがあったような。


 するとレオが、記憶を刺激するセリフを言ってくれた。


「何かおかしかった?」

「あ」


 そうだ、これだ。


「あたし、また何かやっちゃいましたか?」


「よくわからないけどもの凄くイラっとするセリフですー!?」




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