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epis19 : † ni mune kyun


<ラナ視点>


「なんでもするとは言ったよ?」

「なによぉ……考え事をしてるんだから、手短にね」

「でもそれは、ラナを守るためなら、って言葉が前に付くんだけど」


 レオは。


 空色の()()()()()()()()()をくるんと翻らせ、唇を尖らせた。かわえぇ。


「だからこれは私を守ってもらうための変装だって、何度も説明してるじゃない」

「とてもそうは思えないから、何度もラナの正気を疑っているんじゃない」


 んー。


 胸元は、体型がどうしたってお尻の小さな男の子体型だから、それと合わせる意味でもつるつるぺったんな感じでいい。だからそこに詰め物は要らない。


 問題はカツラ、よね。


「聞いてる? ラナって結構ずっとボッチだったんでしょ? 唐突に女の子の友達ができたって無理がない?」

「唐突に男の子の友達ができたって方が無理アリアリだから、仕方無いじゃない……あ、視線はしばらく私の方を見ててね」


 レオは元々ブロンドだ。


 もう少し濃い色の方が、通常男性が女性に化ける際には有利で、それがなぜかといえば色々な部分を髪で隠せるからなんだけど、レオの場合はちょっと話が違ってくる。


 今、ふてくされたようにこちらを見るその顔はシャープで鋭く、男の子らしいモノではあるけれど、首周りはまだ細く、つるんとしている。通常、男性の首は太く、喉仏も目立ち、そこを髪やチョーカーでカバーするのが結構重要なポイントになってくるのだけど、レオの首は、たとえそれをまるごと見せたとしても女の子と区別が付かないだろう。


 もういっそ、うなじを見せてしまった方が、女の子らしく見えそうな気もするのだ。


 だから顔に注目を集めるより、髪や首に注目を集めた方がベター……かな?……でもそうすると、私ひとりではどうにもならなくなってくる。単純なロングヘアのカツラ……ウィッグならあたしでも扱えるけど、編み込みなんかをするエクステンションの方となると、これはもうプロの手がないと難しい。


 王都には裕福なお(うち)の子が通う、美容院(ビューティーサロン)なるモノが何軒もある。少しづつターゲット層の違う、だから値段もピンキリなお店が数多(あまた)ある。けど、私は幼い頃から自分で鏡を見てカットしていたので、そういう店にはほぼほぼ行ったことがない。だからほとんど知識がない。


「ラナってさ、やっぱり変な人だよね?」

「前世っぽい時期の記憶がなんとなくあるって時点で、それはそうかもね」

「前世、っぽい、時期の記憶ぅ?……」


 夢の記憶には、美容院なるモノへ数ヶ月おきに通っていた記憶もある。けど、それとこの世界のそれは、全然違うモノのような気がして、何の参考にもならない気がした。まず、ドライヤーってなに? 温風を髪を乾かすためだけに発生させるとか、ありえなすぎるでしょ。会話が億劫な時にはスマホを見てればいいというのも気楽だ。今の私は前世のあたしほどコミュ障ではない(ハズだ)が、ひとりきりの世界に閉じこもりたい時があるというのは、今も昔も変わらない。


「胡散臭いのは自覚してるから、話半分に聞いておいて」


 まぁ、どちらにしろ、その夢の中の彼女も、人生の最後ら辺では美容院へは行けなかったと思う。たとえ悪夢から開放されていたとしてもだ。だって私は、他人がハサミを持って自分の近くに立っているのが怖い。彼女が、()()()()()()()体験をしてしまったから。


 でも、だからこそ。


「前世って、何?」


 刃物を持って立つレオを美しいと思えたのは、本当に特別なことだった。


「さぁ。呪い……かもね」

「なに、それ」


 さて。


 そんなこんなで、目下の大問題はレオの髪をどうするかだ。私は美容院へ行けなくても死なないけど、ここでレオをちゃんとしとかないとふたりの命が危ない。


 だから……しょうがないかな、と思った。


 ここは呪いに、役に立ってもらいましょう。


「レオ、ちょっと現金を手に入れてくるから、そのままで二時間ほど待ってて」

「……はい?」











「……おかえり」

「はいただいま」


 きっかり二時間弱の後、レオの代わりに付き添ってもらったマイラのリードを使用人へ預け、私はレオの待つ部屋……まぁ私の自室……に戻ってくる。


 私のワンピースのまま剣を振るわけにもいかなかったようで、レオから汗の臭いはしない。代わりに、私のベッドの上でカラフルな装丁の本を開き、読んで待っていたようだった。


 なんだっけあの本……ああ、スィーツ系か。そういえばレオは意外と甘いものが好きだ。ご飯なら何でもぺろりと平らげるけど、食後のスィーツはゆっくりと、味わうように食べる。


「僕が護衛である意味って、本当にあるの?」


 ベッドの上で、スィーツの本を読んでルンルンしてるとか、なりきってるじゃない……などと莫迦(バカ)なことを考えていると、レオがそんなことを言ってくる。


「お父さんの店へ行くだけなら、大通り沿いに行くだけだからね。中央に近いところまで行けば警邏兵(けいらへい)の人も巡回しているし、あの辺りの治安は王都の誇りだから」


 ラディ叔父さんと会ったのも王城近くの高級店だ。あの辺りなら悪漢の出る幕なんてない。この国が好きかといわれれば微妙なところだけど、そういうところは凄いし素晴らしいと思う。王城周辺は、女の子が真夜中でさえ安心して出歩けるくらいだ。


「ラナのお父さんの、店?」

「そ。現金を作るって言ったでしょ。ものすごーくチープな話で、言うのも恥ずかしいんだけど、私は前にお父さんへ、チョコレートの作り方ってのを教えたことがあってね、今、それはお父さんの店の主力商品のひとつになっているの」

「チョコレート?……」


 王都ではここ二、三年でかなり有名になったお菓子だけど、レオは知らなかったらしい。


 レオが読んでいた本は……ああ、私が十歳くらいの時のか。ギリギリ載ってない時期だね。


「そういうお菓子。高級感を演出するのが容易いから、中堅どころの商家にはピッタリの商材」

「はぁ」


 今度、私が食べさせてあげようかな、手作りを。


 ……だって王都で手に入る既製品のチョコレートって、粗悪品以外はパパのお店のものだし。そのせいで、今までこの家では出せていなかったんだよね。パパのお店のを食べるのは嫌だし、変なチョコレートを食べるのも嫌だし。


「それで、前々から、他に良いアイデアを思い付いたら是非ワシに言うのだ~……とは言わなかったけど、まぁ、その(たぐい)のことは言われててね。だから売ってきたの、ショコラフォンデュのアイデアを」

「ショコラ……フォンデュ?」

「王都っていつもあちこちでパーティが開かれてるから、チョコレートで稼ぐなら結構良いアイデアかな~って。パパも聞いた瞬間にそう思ったらしくて、事前に決めた“本当に良いアイデアだったら”の条件通りに、現生(これ)をくれた」


 ジャランと、皮袋の紐を緩め、ベッドに重かったそれを置く。


 たちまち、そこからは中の物が溢れてきた。


「金貨がこんなに沢山!?」

「重かったんだからね、凄く。半分はマイラに背負ってもらったけど」


 金貨百枚。金貨は一枚で普通の一家が一ヶ月暮らせる位の……夢の中の世界における日本円では多分二十万円くらいの……価値。だから夢の世界の円換算なら、これは百枚で二千万円、だろうか。


「ラナってさ、やっぱりもの凄く変な人だよね?」

「否定はしない。これをやると、パパからの干渉がウザくなりそうだから、あんまりやりたくなかったんだけど」

「……前に、お父さんからは育児放棄されてるって言わなかったっけ」

「言った。事実だし。だってさ~、今更四則演算から教えるやるぞって言われても困るし、正直自習してる方が勉強は(はかど)ったし、それでもやっぱりママのいるこの家には来たくなかったみたいだったし」

「やっぱり変な人だぁ!?」


 失礼な。


「ま、そういうわけで軍資金は出来たから、これでもっとレオをちゃんと可愛くしてあげられる」

「……え?」


 ほらほら、そんな鳩がショコラフォンデュぶっかけられたみたいな顔をしてないで。


 ……いやそれは大惨事の予感しかしないけど、まぁともかく。


「それじゃ行こっか、というか行きの馬車はもう呼んである」

「……どこへ?」


 だからぁ。


「伯母さんオススメの、超高級美容院へ」

「えええぇぇぇ!?」











「ごふっ……」

「……変な人に変な顔で変な(うめ)き声を上げられた」


「お首のラインがお綺麗でしたので、それを活かす形で整えさせていただきました」

「ぐっじょぶです!!」


 色々あって空はそろそろ宵の口にさしかかろうという時分、あたしはしかし目の前のモノが眩しくて目を開けられないような衝撃に襲われていた。


「アイラッシュとアイラインで目元の印象を優しく、ナチュラルカラーのルージュでさり気なくキュートに、根元以外はクセのあるシルバーブロンドでしたので、エクステでツーサイドアップを作り、ゆるく巻いてみました。ピンクのリボンが()えますね」

「魔法かっ、これは魔法なのですかっ!?」


 いやあたし、レオがここまで化けられるとは、全く思っていなかったのですよ。


「どこからどう見てもツンデレな金髪ツインテール美少女なんですけどっ!!」

「変な人がまた変なことを言ってる……」


 他のパーツが全てガーリィになってしまえば、目付きの悪さももはやチャームポイント。素直になれないツンデレ少女の「それっぽい」可愛らしさを演出する、パーツのひとつと化している。


 いやはや、女は化けるというけどホントだね!……うん?


「ラナンキュロア様がまっすぐな黒髪ですから、お二人で並んでいるとそれぞれのいいところを引き立て合っているようですね。お衣装もお合わせにいたしましょうか?」

「まーたまた~。お上手なんですから~」

「叩くなら自分の肩にしてくれない? 痛いんだけど」


 さすが、会員になるにもお貴族様の口利きが必要な高級店。面倒な詮索は何も無しに、最高の仕事をしてくれたわ。


 なんで商家の娘である私が利用できるのかって? 


 まぁアレですよ、私の伯母さんが大貴族の正室様なのですよ。未来の大奥様なのですよ。


 それで、伯母さんと最初に会った頃は、下手だったんですよ、セルフカットが。

 そうして、見るに見かねてといった様子で、ここへ無理矢理連れてこられたのですよ。いや現在のナウはそのことへ大変感謝しておりますが。ありがとう色々の元凶な元シンデレラ。


「お衣装……そっか、これだけちゃんと女の子女の子しちゃったんなら、もう少し攻めてもいいのかな?」

「え……」

「皆様へ秘密にしておき、驚かせたいということであれば、お衣装のコーディネートも是非当店で」

「そうね。水色のワンピースは爽やかだけど、金髪にピンクのリボンなら赤とか黒にしてみたいじゃない?……でも、赤はさすがに目立ちすぎか。黒もゴシックロリータはダメね。でも胸元にフリル、黒のロングスカートの裾周りにレースくらいならいいかな? 今はまだ暖かいからあんまり厚い生地も困るし……ん~、そんな感じで見繕ってもらえますか?」

「はい、目立ち過ぎず、黒を基調としていながらも暑苦しく見えない、しかしスカートはロングで、フリルは胸元へワンポイントで、リボンやレース、フリンジの類は要確認ということでよろしいでしょうか?」

「あの……ラナ?」


 ああっ! やめてその不安げな小動物顔! 可愛さに悶えてしまいそう!!


「おっけーです! そんな感じでよろしくやっちゃってください!!」

「はい。これは腕がなりますよぉ~」

「なんだかわからないけど誰か助けて!?」


「わぅ?」











「ごふっ……」

「……変な人が変な顔で変な鼻血を出している」


「お身体のラインもお綺麗でしたので、それを活かす形で整えさせていただきました」

「ぐっじょぶずです!!」


 色々あって街はすっかり宵の口の時分、あたしはしかし、目の前の輝けるモノが(まぶ)しくて(まぶ)しくて、目が(くら)むような衝撃に襲われていた。おぅこれはときめきのデジャヴ?


「サイドプリーツのロングスカート、ベルトは少し余らせ、黒猫の尻尾のようにツンと垂らしてみましたがどうでしょう」

「可愛いです!」

「ノースリーブのブラウスも敢えてマットな黒の無地で。その代わりにフロントをフリルとピンクのリボンタイでキュートに」

「可愛いです!」

「ワンポイントとしてピンクサファイアのピンキーリングも合わせてみましたがいかがでしょうか?」

「可愛いです!」

「あーあ。脳死でもう、なんでも買っちゃう人になってる」


 あ、あ、あ、その指輪をはめた左手の小指を、噛むような感じのポーズが最高に可愛いらしぃよぉ。


「同じワンセットをレッド、ピンク、ホワイトの三色でご用意できますが、替えにいかがでしょうか?」

「ブラックとレッドはこの子のサイズで! ホワイトとピンクは私のサイズでください!」

「わー……最後の最後で一気に四倍になったよ」


「ありがとうございました~」


「わぉぉぉん……」








「金貨、何枚減ったの?」

「五枚」


 普通の一家が半年くらい暮らせる金額が一気に溶けました。

 夢の世界の通貨、日本円に換算して気を紛らわせると百万円ですね。わーお。


「ラナが稼いだお金だから別にいいけど、絶対不必要な経費だったよね?」

「おぅなるほど、これが世にいう悪銭身につかずか」

「……身には着けているけどね?」


 そんなわけで、私達はペアルックで夜の街を歩いています。


 黒と合わせるなら白よりはピンクの方がかわええやろ、ということで今は全身ピンクな私です。ベルトやリボンは黒です。金●の闇っぽいカラーリングのレオとはベルト以外、色だけ黒とピンクが入れ替わっています。「なんでや、黒の相方は白やろ」という初代プリ●ュア派の方にはごめんなさいです。現在ナウ、脳内までピンクの私にはこれが相応しいのです。


 あと、白なら今はその担当の連れもいるし。無視できない存在感で私達の横をのっそのっそ歩いてるし。


「どうでもいいけどこれ、抜く時スカートまくらなくちゃいけないんだけど、それってこの格好的にいいの?」

「んんんっ!?」


 唐突に脳内へ浮かぶ、恥ずかしそうにスカートをまくりあげる、金髪ツイテ少女。


 おぅなんだろう……再びの鼻血な気配が少し。


 いや違う。


 色々全部、まるっと違う。


「よ、良くはないね。あとで……サイドのプリーツ部分に、外からはわからない感じであ、穴を開けとこうか」

「どうしてそこで少し道徳的になるの?」

「とりあえず今日は、剣を抜く必要が出来たら、破るでも脱ぎ捨てるでもいいから遠慮しないでね」

「……ベルトで締めているから、すぐには脱げないからね?」


 そんなわけでレオは現在ロングスカートの中、太ももに剣を()いています。いわゆる女アサシンスタイルです。なんかもう、色仕掛けが普通に出来そうな可愛らしさです。まぁ出るトコ出てないから特殊な性癖の相手限定になるだろうけど。


「まぁ、よくわからないけど、ラナが楽しそうで僕も嬉しいよ」

「ま~たまたぁ~、そんな可愛いことを~」

「皮肉だよ?」


 ふっふっふ、わかってないなぁレオ君、ツンデレはツンな部分も愛でてこそなのだぜ?

 なんだか思考が我ながら気持ち悪いけど、これは可愛すぎるレオが悪いのであって、私のせいではないです。たぶん。


「まぁ今日はマイラがいるし、襲われてもしばらくはマイラがしのいでくれるから、それで何とかなるんじゃない?」

「わぅ……」


 腰の辺りから、なんだか当惑気味の鳴き声が返って来る。


 ピレネー犬はかなり大型の犬種で、並んで立つとその頭は私の腰の辺りまできてしまう。

 警戒心の強い犬種なので、散歩をする時は他の犬へ吠えたりしないよう、注意する必要があると聞いた気もする。でも、マイラはそういう性格の個体なのか、妙に大人しい。


 とはいえこのサイズだ。夜の街とはいえ、遊び半分でちょっかいを出すには怖すぎる連れだろう。


「あ」

「……どうしたの?」


 あと、ちょっとフェティッシュな話をしますとね、このわんこ君は歩いてるとぶっとい前足が背中側からひょこんひょこん動いて見えるのですよ。


 それでですね、我が母上殿の話をしますとね、ウチのオカン、巨乳なんですよ。めっちゃでっけーんすよ。後ろから見ると背中からチチがはみ出て見えるんスよ。歩いてるところを後ろから見ると、はみ出たパイオツが揺れてる時があるッスよ。


 なので、マイラの歩行スタイルを見ていると、それを少し思い出します。


 あ、ここ、だからなんだと全力でツッコむところっす。


「なんでもない、気にしない」

「……よくわからないけど、それで、これからどうするの?」


 ファンシーな輝きを放つピンキーリングが気になるのか、左手を時々気にしながらレオが聞いてくる。夢の中の世界でもそうだったけど、この世界でも左手の薬指は婚約指輪、結婚指輪のはまる指だ。小指につけるピンキーリングは、どちらかといえば少女らしい(ガーリィな)印象になる。


 ちなみに指輪は、合わせにはしていない。ピンクサファイアなら小さな石でも可愛いけど、黒い宝石はある程度の大きさがないと可愛く見えないから諦めた。ブラックダイヤなら小さくても可愛いのかもしれないけど、ダイヤは南の大陸からの輸入品であって、その中でも黒は希少品なのでさすがに高すぎた。理性の溶けた頭も醒めるくらいにはお高い一品だった。そういうわけで、私の左手に指輪ははまっていない。


「んー。少し歩くから、先に前提条件を話そうか」

「んっ……うん」


 マイラのリードをレオに預け、私は今の状況を頭の中で整理する。


「わうっ!!」

「わ」

「マイラ~、大人しくしててね」

「わぅ……」


 マイラは、レオにはなぜか結構強気なんだよなぁ……もしかして格下扱いされてる?


「え、と……まず前提条件、()。私はいまだ誰かに狙われている」

「その前提条件が(くつがえ)ると僕の存在価値が無くなるよね? あとこんな格好になった意味も」


 何を言いますか。


「レオの存在価値は私の護衛、それだけじゃないし、その姿は可愛いから意味が無くても価値があるの」

「無茶苦茶だけど、それで?」

「私はいまだ誰かに狙われている。これはね、(うち)に、(いえ)の周辺に常駐している警備兵と仲の良い使用人がいたから、そこから探ってみた。商会で扱ってる贈答品のペクチンゼリーひと箱で吐いてくれたわ」

「僕の知らないところで護衛対象者がなんか変なことをしてた」


 失礼な。ワイロなんて商人の娘の必修スキルですよ?


 実際、やったことってレオの稽古中に使用人と少し話しただけだし。


「それで、やっぱり、この数ヶ月間、時々、家の周りに不審な人物を見かけるというの」

「……なんだって?」

「何をしていたというわけでもないし、警備兵が職質をかけようとすると逃げていくらしいの。ウチの商会は結構、最近はチョコレートなんかで名を上げているから、そういうのが現れても不思議じゃないんだけど、時期がね、最初に気付いたのが癒雨月(ゆうげつ)の初週頃って話だから……」

「なるほど、僕が生まれた日の、少し前ってことか」

「うん……」


 レオの顔に、険しいものが走る。その一瞬は、どんな可愛い格好であっても関係無い、寄らば斬るといった緊張感をそこに感じた。


「あと私の魔法でも少し、探ってみたんだけど、射程距離がね、十分じゃなかったから確信は持てなかったけど、それっぽいのが視界に入る時もあった」

「……え?」


 あ、それは「ラナの魔法ってあの、世界を壊すアレだよね?」って顔だな?


 アレにはね、応用的な使い方があるの。


「いやそうじゃなくて、なに危険なことしているの? 視界に入るって……自分から危険人物に近付いたってこと?」


 あ、心配してくれてるのか。不安そうな焦りを浮かべる顔が、だのに私にはなんだか嬉しく感じられ、胸が温かくなってくる。


「どうどう、そんなことはしてない。私が、一方的に覗き見しただけ」

「……どういうこと?」


 まぁそれは次の機会に、レオの前で実演して見せる時にでも説明するとして。


「誓って言う。危険なことはしてない。それについては今度教えてあげる。でも心配してくれてありがとね。え、と……それで話の続きだけど、前提条件、()……私を狙っている誰かは、レオの存在を多分知らない」

「ん……それを大前提にするには、不確実な要素が多くない?」


 張り詰めた緊張感を完全には解かないまま、レオが怪訝そうな顔になる。

 けど、そこは自信のあるところだった。それは既に、もう何度も自分の中で検証したから。


「大丈夫、(いえ)の内部へ密偵が入った形跡はなかった」

「え……」


 安心させるように、一度大きくレオへ頷いてから続ける。


「使用人が私以外に買収された様子はなかったし、一応、天井や軒下へ誰かが侵入したらわかるようにしていたから」

「僕の知らないところで、護衛対象者が更に変なことをしてたっ」

「うちの使用人って、元々私に興味薄(きょうみうす)だから、突然態度が変わったらわかるって」

「いやそこじゃなくて、天井や軒下に何をしていたんだろう……」


 侵入を阻止するのは無理でも、侵入が発覚するような仕掛けならあたしでも簡単に作れる。なんなら埃の位置を覚えておくだけでも用は足りる。実際にはカラカラに乾燥したカカオ豆の殻を、夢の世界の漢字、「笑」の形に撒いておいた。その字形は私の頭の中にしかない。この「笑」が崩れていたら誰かが侵入したということだ。


 そしてこの「笑」はこの数ヶ月間、全く崩れなかった。


「そんなわけで、ずっと家の中にいたレオの存在を知る機会はない」

「ラナの叔父さんと大迷宮(ダンジョン)へ行ったのは?」


 あの時は叔父さんに馬車で迎えに来てもらった。帰りも冒険者ギルドを通じて呼んでもらった馬車だ。それへの昇降は敷地内で完結する。


 勿論、途中冒険者ギルドへ寄った際に、私とレオが一緒にいるところを見られた可能性はある。


 けど、その時のレオは、私の関係者というよりかは、明らかに叔父さんの関係者に見えたはずだ。

 装備もけして高いものでは無かったし、監視者がいたとしても強い印象には残らなかったと思われる。


「最初の七人(しちにん)は全員レオが始末しているからこれも大丈夫。今日も、美容院までの行きは馬車だったからそれも大丈夫。なら、私の隣に女の子がいたとしても、それを最強の護衛と看破される可能性は低い」

「その辺りは、一応理解できるけど」


「それで、前提条件、()。私を狙っている誰か、それは私の伯父さん、ゲリヴェルガである」

「コンラディン叔父さんの上のお兄さんだっけ?」

「そそ、ゲリヴェンジャという名前じゃなくて本当に良かったね」

「何の話……」


 英語圏で竹下(take shit)さんとか麻生(a*s hole)さんは可哀想という話。ソーリィ。


「これはもう確定でいいと思う。私が()()()()()()()()()()()()、これへ()()()()()()()()()()五日後に、私は悪漢に(さら)われそうになった。このタイミングが、良過ぎるというか悪過ぎて、逆に無関係かもしれないって思ってしまったけど、どうやらそれは、向こうの頭の出来の問題だったみたいだし」


 他にも、伯父さんを指し示す要素は多い。


 例えば、白昼堂々と人を(さら)おうとするのに、おまけに、家の外には不審人物を見かけるというのに、ならば本丸であるところの我が家を直接襲わなかったのはなぜか? とか……正直、それを警戒していたから、護衛それ自体が孕む危険を承知の上で、ずっとレオを家に置いていたってのもあるんだけど……それを、「黒幕には家の中に、目撃者にも、巻き添えの被害者にもなってほしくない人物がいたのでは?」と考えると、この不思議は不思議でなくなり、その条件を満たす「黒幕」はかなり絞られる。


 あとは、ショコラフォンデュの件で、パパへお金をせびりに行った時のことだが、あの時私は、パパにこんなカマ掛けをしてみた……『ねー、私にお見合いの話って来てないの?』……『あ、そういえばゲリヴェルガ伯父さんだっけ? あそこって今奥さんと別居中なんだよね?』……『その原因って何かなぁ、お父さん、知ってる?』……その時の反応は、ゲリヴェルガ伯父さんが、何度も()()()()()をパパへ持ちかけていたんだろうなと、私に確信させるモノであった。


 伯父さんは私へ、直接招待状を送る前に、パパにも働きかけていたのだ。当然だけど。


「招待状ってなにさ」

「簡単に言えば、親ルートからの正式な申し出はけんもほろろに断られちゃったから、既成事実を作ってなし崩し的に結婚しましょうぜ~……ってお誘いの手紙」

「……よくわからないけど、ラナが貰いたくない種類の手紙だったってことはわかった」

「そんなこんなで、脳内劣悪ピンクなゲリヴェルガ伯父さんは頭が残念。ということは簡単な策略にも乗ってくる可能性が高い」

「簡単な策略に、既に金貨五枚が費やされた件」


 必要経費必要経費。


「それで、前提条件、()。そろそろ王都は祭の季節。十月、神楽舞(かぐらまい)の季節だからね」

「ああ、それは僕も知ってる、街の人達が浮かれてるから、その月は食べ物を手に入れたり、盗みをしたりするのが楽なんだ」

「……流すけど、まぁそういうわけだから、私が浮かれて街中を遊び歩くのは不思議ではない」

「今までお祭に、出かけていたの? ラナ」


 行かないよ。何が悲しくてひとりでたこ焼きとかヤキソバとか食べなきゃいけないの……いや実際、どういう露店が並んでどういう食べ物が食べられるのかは(行ったことがないから)知らないけど。


「私を良く知る人からしたら、それは変な行動だってわかるけど、私を良く知る人がそもそもあんまりいないからね」

「なんで少しゲッソリとなってるの?」


 改めて、自分の境遇のキテレツさに眩暈がしただけです。


「ま、まぁ、私も数ヵ月後には十四歳。年の後半は時間の流れも速いからね、誕生日の前祝(まえいわい)も兼ねて、はしゃいでるってことでいいんじゃない?」

「なにがいいのかはよくわからないけど……誕生日、これまで祝っていたの?」


 可愛い顔して痛いトコ突くなぁ……。というか怒ってる? 可愛くしたの怒ってる?


「全然? 十歳までは使用人が義務的にケーキを焼いてくれたけど」

「全然嬉しそうにしないから、十歳で諦められたんだね」

「なぜわかる」


 あれだよね、大人に懐かない子供って嫌われるよね。だからってその愛情をわんこに全振りしなくてもいいじゃないか、ウチの使用人連中よ。


「くぅん……」

「大型犬のクセに、時々妙に可愛らしく鳴くんだよな、コイツ」


 見なよこのツッヤツヤな毛並み。ダブルコートの犬種だから抜け毛も半端ないのにこれだよ。一日二、三回はブラッシングされてるよきっと。


「よくわからないけど、ラナの心中が色々複雑なのはわかった」


 あ、呆れられた。そうか、怒ってるんじゃなくて呆れられていたのか。


 しかしレオもだんだん口達者になってきたな。ホント、地頭は良さそう。


「そんなわけで、私達は浮かれて街を遊び歩く女の子の二人組として、しばらく街を練り歩きます」

「……ずっとこの格好で?」

「一回くらい赤と白のペアルックもしたいね」


 白担当のわんこ抜きで。


「そういう話じゃなくて」

「わかってるってば、でも未婚の男女が街中デートってわけにもいかないじゃない」

「それはわかるけど……」

「周り、見てみて? みんなそれぞれに着飾った格好で練り歩いてるでしょ? まぁあの辺はどこかのパーティにご出席のご様子だから例外としても、それ以外も、ね」


 丁度、大通りの反対側を、ここはハロウィンの渋谷かっ、とでも言いたくなるような四人組が通ったので、それを指して言う。具体的に言うと、皆、重そうな色とりどりのドレスにバタフライマスク、盛り髪という出で立ちだ。普通なら馬車で移動すべき派手な格好だけど、治安が良く、様々な建物が(ひしめ)きあってる中央区画周辺では、これも普通の光景だ。


「だからこれくらいなら、王都では目立たないって。普通普通、全然普通」

「普通じゃないのは、そこじゃないんだけど」

「そうね、私はともかく、レオは普通じゃない美少女っぷりだもんね」

「……普通ってなんだっけ」


 ま、それはそれとして。


 今日の目的は、あとひとつあります。


「しばらく、この格好で練り歩いてみて、ゲリヴェルガ伯父さん……か、他の黒幕かが反応するかどうか……試してみる。これが私の、目下の計画」

「そこだけは先に聞いていたけどね。けど、僕の存在が知られていないなら、よりこう思うんだけど。ラナとマイラのふたりだけで歩いて、僕が少し離れたところからそれを監視する。これじゃダメだったの?」

「だめよ、レオの存在がバレたら終わりじゃない」

「女装がバレてしまっても同じことだと思うんだけど」

「同じリスクを抱えるなら、レオが私の近くにいてくれる方が安心だもん」

「……」

「おうっ……その格好で真っ赤な照れ顔とか、破壊力抜群だからやめてよね」

「……この作戦って、絶対ラナの趣味が入ってるよね?」

「いーえ、一番成功確率の高い作戦を選んだだけですー」

「どうだか」


 一番成功確率が高い、とは言った。


 だが色々未知数な今、正確な成功確率などはじき出せるわけがないのです。


 ならば私が本気を出せる作戦こそが、一番成功確率が高い作戦ってことでいいじゃないですか。そういうことじゃいけませんかね? ダメ?


「というわけで、これからやるのは誘い受け作戦です」


 剣士用語でいうなら後の先ってところでしょうか。


「ん?……うん」

「しばらくこうして出歩いたら、マイラも家に残して、ふたりだけで人気(ひとけ)の少ない方へも行ってみるつもり、はぁはぁ」

「なんで最後少し息を荒げたの?」

「ま、今日は最後までマイラの護衛付きね。もう少し準備することがあるから」

「準備、ね……これ以上何を準備するんだか」


 いや最後のはもっとずっとシリアスな準備だよ。やるなら嗅覚までということで香水を買いに行ったりはしないよ。ロゥティーンの女の子ふたりが、香水の匂いをぷんぷんさせてるってのもなんだかおかしいしね。


 そんなことより、本来の目的である敵の打倒に必要なものが、まだあるじゃない。


「レオさ、ちゃんとした武器……片刃の剣とか、欲しくない?」

「え?」「わぅん?」







 epis19『† ni mune kyun』の†は「ダガー」と読みます。


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