epis15 : Blue (Forever) Blue
《黒槍のコンラディン視点》
子供であるというのは、厄介なことだと思う。
「よぉコニー、調子はどうだい?」
未熟というのは、経験が無いということは、思慮が足りてないというのは、善悪の判断ができないというのは、損得勘定をしないというのは、なにもかもが厄介だ。
「ボチボチ、だな」
それは自分自身の過去を振り返ってみてもそうだ。
「そうかい。こないだ言ってた、姪っ子ちゃんがどうとかってのはどうなったんだ?」
幼い頃の自分は、言ってしまえば日和見主義者だった。
けど、そのこと自体は大した問題じゃない。人間はみんな自分が大事だ。自分の命が大事だ。自分の「得」が大事だ。
「ああ、ありゃあダメだな、冒険者の才能は無かったよ」
あの無駄に広い生家の中で、自分が風見鶏のような性格になってしまったのは、おそらく末っ子だからという点が大きく影響しているだろう。自分の「下」には誰もいなかった。だからもっとも「上」と思われる者に従っておけばいいと思っていた。
「……うん?」
「なんだよ?」
野心的な官僚貴族である両親は、将来の後継者である長男ばかりを「構い」、その下には予算も関心もあまり払わなかった。
「お前らしくもねぇな。才能があるとかないとか、そんなくだらねぇ、ただ言葉で人を判断するほどお前は理想家だったか?」
「は?」
だから未来があるのは、間違いなく長男である上の兄だった。
上の兄は、両親から自分で自由に使える予算もまた、多く与えられていた。
だから俺や下の姉は、上の兄に従っていれば良い飯を、上等の服を、高い生活水準を手に入れることが出来た。
ゆえにこそ、幼い自分はそれに媚びていた、追従していた。
それは幼さゆえの過ちで、俺の人生が間違いになってしまった、その理由でもある。
「冒険者の仕事は、つまるところ雑務だ、何でも屋だ、便利屋だ。クズもカスもゴミも使おうと思えば使える。才能なんて必要ねぇのさ。そんなことは、お前さんにもわかっているだろう?」
「ギルド長……」
だが間違いだろうがなんだろうが、人生は死ぬまで続く。
「なんかあったな?」
「う……」
腹は減るし眠くなるし、男なら成長すれば女も抱きたくなる。
自分がくだらない人間と知ってなお、いい女に自分の子供を産ませたいと思う。冒険者稼業はどうせ、身体が元気な若い内だけしかやっていられない。稼いだ金で、なにか商売をして、小さいながらも暖かい家庭を作り、そうして老いて死ぬことが今の俺の望みだ。
逆を言えばもう、俺の望みはそれだけだ。
「俺は、冒険者に必要な才能があるとすれば、それはまず“違和感に気付けるかどうか”だと思っている。ちょっとした状況の変化を不審と思えるか、魔物のクソの色に生息域の環境変化を見つけられるか、普段とは違う仲間の様子に気付いてやれるか、ま、そういうのだな。もっとも、その才能が無いなら無いなりに、使いようはいくらでもあるわけだが」
「おっかねぇこといいなさんなって、俺は姪っ子ちゃんを捨て駒にできるほど非道な人間じゃないつもりだぜ?」
抱ける女なら何人かいる。そいつらの誰かが妊娠したら、結婚しようと思っている。一度に何人もそうなったのなら、妻は別に複数でもいい。
俺の人生はもうそれくらい行き当たりばったりだ。未来予想図など上の姉ちゃんが結婚した時点で滅茶苦茶に壊れてしまった。その残骸を掃いて捨てた時点で、俺の人生など、こうなることが決定してしまっていたんだ。
自分の子供は、可愛がれると思う。久しぶりに見た姪っ子ちゃんは可愛かった。下の姉貴の面影残すその風貌と雰囲気に、俺の、あまり良い思い出のない子供時代が、それでも懐かしく思えるほどだった。
自分の子供であれば、それよりも更に可愛いと思えるだろう。
「そうかね、お前はそれくらいする人間だと、俺はふんでんだで? それによ? それくらい割り切れる方が人生ってヤツは長生きできるわな」
「ひでーこと言いなさんなって。俺はこれでも、女達にゃあ愛情深いってよく言われるんですぜ?」
「けけっ、若ぇ内の獣欲を愛情と混同してる内はまだまだよ」
それでも、別に俺は、これが不幸だとは思っていない。
自分が、格別ダメな人間だとも思っていない。
色々な意味で臆病になった俺は、冒険者としては才能があったのか、十四から始めたその稼業で、それなりの結果を残してきた。まぁ、元が貴族だし、実家との繋がりも完全に捨てたわけじゃない。そのコネも十分に使わせてもらった上での結果であり実績だ。手放しで賞賛されても困るし、自分自身、そこまで驕っちゃいない。
「あ、なんっすか? ギルド長そろそろ枯れてきたっすか?」
「ばっきゃろう、今でも一度に三人までならいけるわっ。一昨日もアラクネ屋のミッコちゃんとズコズコのバッコバコよぉ」
「……娘さんに言い付けるっすよ?」
「なっ、おまっ、娘には卑怯だろ!? せめてそこは嫁にしろよ!?」
「意味のねぇこたぁしない主義なんで。ま、理解ある嫁さんでうらやましいっす。俺もそういう女を嫁さんにしたいなぁ」
「……嫉妬されないってのも、時には寂しいんだで?」
「じゃあやめりゃあいいじゃないですか、女遊び」
「それとこれとは話が別だ」
「……どこが別なんだか」
だがそれでも結果は結果だし、実績は実績だ。
戦い続けることで身体も十分に鍛えられたし、そうしていると、女というモノは向こうから寄ってくるモンなんだなってこともわかった。こんな間違いだらけの男の、どこがいいんだか。
そういう女の中から、可愛いと思えるのは抱き、そうでないモノは遠ざけた。面倒になったのも捨ててきた。そうして、それなりに相性のいい何人かが残り、今に至る。
大過なく、トラブルもなく、まぁまぁ快適な人生だ。
「それで? 何があった?」
「あー。急に真面目な顔にならんでくださいや。口説かれてんのかなってケツがむずむずしてくるっす」
「コニー」
「……はい」
俺は子供の頃、夢などは見なかった人間だ。ひたすらに、風見鶏に徹した子供時代だったからだ。だから好き勝手やった結果が今であるというなら、俺はそれに満足している。
「冗談はこの辺までにしておこうや。なんなら本当に掘ってやってもいいんだぜ?」
「それこそ本当に冗談じゃねぇっすよ。結婚までは清い身体でいたい主義なんで」
「今更お前に清いも汚いもあるか、堕ちるところまで堕ちやがれ、付き合ってやる」
「いらねぇ……」
多分、それが、多くの人間にとって、大人になるということなんだと思う。
どうしようもない自分を受け入れ、その中で幸せと、自分が幸せにできる誰かを見つける。
それは寂しいことではあるが、年齢を重ねたら受け入れるべきことでもある。
俺はもう大人だ。やはり寂しいと、少しだけ思う部分もあるが、それはつまりそういうことなんだろう。
だから子供であるというのは、厄介なことだと思う。
姪っ子ちゃん、下の姉さんの子供、ラナンキュロア。
あの子はまだ子供だ。
親に似たのか、教育が悪かったのか、それもとびっきりのオマヌケちゃんだと思う。
浮浪児を拾ってきて側付きにする。
それはまぁ、貴族の一族の血を引く人間らしい所業だとは思う。
のたれ死ぬしか道のなかった子供を庇護し、育てるというのは、一応貴族の美徳に数えられる部類の所業だ。実際は、間者なり暗殺者なり使い捨てのコマに仕立てるのだとしても、もっと下種く、年若い内だけそういう奉仕をさせ、後は捨てるにせよ、消えるはずだった命を救う行為は尊い。尊いこととされる。
だから別にそれはいい。
似たようなことはギルド長だってしている。あの手の店において客の取れない娼婦の扱いは悲惨なものになる。そして普通の店の庇護を失えば、堕ちる先はもはや地獄だ。ギルド長はいつもそのギリギリを攻める。ブサ専と言われようがマニアックと指差されようがどこ吹く風だ。
それを、俺は何とも思わない。俺は抱くなら当然いい女の方がいい。だから真似したいとは思わないが、ギルド長がそうやって、自分の性欲を発散させるついでに、ちょっとトウが立ったのとか、色々不自由な娘とか、なんなら明らかにその手の病気にかかってるとわかる娘にさえ、俺はそうなっても治療院にかかる金があるからなと笑って、相場通りの金を渡していることには、なにかしらの価値があるのだろう。それが、常識が少し違えば非難を免れぬやり方であったとしてもだ。
だから姪っ子ちゃんが浮浪児を保護したことに関しても、俺はなんとも思わない。
間者なり暗殺者なり使い捨てのコマなり、従順なツバメなりに育てようというなら、むしろ尊敬できるくらいだ。是非冒険者ギルドの窓口娘をしてほしい。冒険者ギルドは「教育」の足らない若者でいつも一杯だからな。
「どうした、急に黙り込んで」
だがあの少年、レオなる者は、ツバメなどではない。
狂犬……と謂ったらまだ可愛らしいとすら感じてしまう。
「どうしたらいいっすかねぇ……」
魔法は、ピーキーな能力だ。
姪っ子ちゃんの魔法も、威力が高く範囲も広いが、それ単体では危険視しなければいけないといった類のモノではない。
魔法は、それが大技になればなるほど、詠唱時間が長くなる。
魔法使いは実際に文言を詠唱する者、身振り手振りしかしない者、完全に無詠唱の者と分かれるが、完全に無詠唱の者であっても、強力な魔法が即時発動することはない。
弱い魔法なら一秒やそこらで発動したりもするが、そんなのは脅威ではない。実用的な特例も、あるにはあるが稀だ。
どちらにせよ、魔法の発動前には必ず魔力が動く。注意していれば、魔法の才能がない者でも、その兆候は見て取れる。
発動すれば即死なんて攻撃手段、魔法でなくともこの世にはいくらでも存在している。
どんなに強力なものでも、魔法は使い所が限られるということだ。
比べて、剣や槍などは汎用性が高い。
剣は、極めれば抜刀など一瞬の出来事だし、抜いたその瞬間から、それは殺傷力を帯びる。
なら、抜かせなければいい。
それは間違いないが、それは、それが許される状況を得られなければどうしようもない。
こちらが敵意剥き出しで近付いていけば、問答無用で抜刀されるだろう。
そして、あの少年の剣は止まらない。
どういう技なのか、どういう原理なのか、自分では全く理解できないモノであったが、もはや「無敵」と表現していい何かであったことだけは確かだ。
教育を受けてない、社会常識さえもあやふやに見える少年がそれを身に修めている。
どういう理屈なのか、想像もできないが、この世界には魔法などというふざけたモノもある。魔法使いは生まれついて魔法使い。それと似たようなモノなのだろう。
生まれついての人斬り……か。
魔物の生息域である東の大森林、その遠く果てにあるという東の大帝国。そこでは止むことの無い戦争が続いているという。仮に、あの天才剣士君がそこに生まれていたのなら、英雄ともなれたのだろう。
軍を率いる才に関しては完全に未知数だが、前線を切り開く力は間違いなくある。完全に虚を突いてさえ完璧に発動した、あの不可解なまでの回避力。そして一見デタラメに見えて一旦発動すると敵が止まるまで終わらない斬撃。
どうすれば止められるか、殺せるか、熟練の冒険者たる自分でも見当がつかない。
いくつか、条件が整えば通用しそうな攻略法はある。
たとえば灼熱のフリードの力を借りれるならこう。
たとえば要不要の暴走列車の力を借りれるならこう。
たとえば、あの魔物の力を借りれるならこう……と。
だがそれは仮説に仮定を重ねたモノで、通用するか以前に実現可能かすらもわからない。
剣を抜く前であれば押さえ込むことは可能、ならば寝込みを襲うなどの方法が真っ先に思い浮かぶが、その辺りは試さないと有効かどうか判断できない。そして、それは試して失敗したら、確実に反撃で殺される類の戯れだろう。
命がいくつあっても足りない。
無敵の少年を攻略する、その方法は闇の中だ。
だから敵対したくないと思う。
心底、敵に回したくないと思う。
だが。
「ギルド長、約束を破ったら娘さんを僕にくれるって約束、できる?」
「あぁっ!?」
「凄まない凄まない。冗談冗談、ギルド長の娘さんは可愛いと思うけど、さすがに年齢ヒトケタに発情するほど狂っちゃいないよ。にぃ……我が国の何代か前の王様じゃねぇんだし。ま、それくらい、口外してほしくないって話さ」
「お前、次にその冗談を口にする時は、血の雨が降るのを覚悟して言えよ?」
「おーこわ。で、約束できるの? それくらいの覚悟をさ」
「その覚悟はできねぇなぁ……なら、約束を破ったら、俺が女遊びを全部やめる、それくらいで手を打たねぇか?」
「あらやだ。そんなそんな、色街に泣く娘が大量に出そうな約束は、俺がしたくないねぇ」
「俺だってやだよ。心底、な。だから納得しろ」
「しょうがねぇなぁ……」
準備は大事だ。