epis13 : abyssal solitude
<ラナ視点>
あたしは生まれついてより、自分に力があることを知っていた。
それは犬の夢だ。おぞましく汚らしい悪夢とは、また違う夢。
それはガタンゴトンと揺れる電車……ではなく空を飛ぶ鉄道機関車の夢でもある。
電車が何か、鉄道機関車が何かは、私にはわからない。けど、それはそういう乗り物なのだろう。どうせ夢の中のことだ、あれこれ考えたところでしょうがない。
あたしは、その場所で、白い犬と話す夢を見る。
犬が、なぜか人間の言葉を喋り、センゾクツグミ様には幸せになってほしいのです……と話しかけてくる、そんな夢。
あたしは酷い死に方をしたらしい。だから来世は幸せになってほしいと犬が言う。
そうしないと魂が救われませんから、と。
いや少し違ったかもしれない、魂の汚染をこのままにしておくと……永遠に悲劇の連環に囚われて……云々……よく覚えてない。
ただ、その夢は、だから悪夢と繋がっているモノなのだろう。
そのせいか。
そこでのあたし、つまり「センゾクツグミ様」は狂っていた。
なにがどうとかは言いたくない。端的にいえばおぞましく汚らしく狂っている。
それはあたしという狂気が私に宿った理由でもある。
私の心には、酷くおぞましく汚らしい部分がある。
だからあたしはその犬に、おぞましく汚らしい言葉をかけるのだ。
蹴り、抵抗しない犬を更に蹴りまわして、その腹を見て『ビッチの天使様はビッチってこと? 皮肉が利いてていいじゃない』とかなんとか言う。そちらの意味は……少しわかるけど、でもハッキリとは理解したくない。夢の中とはいえ、自分がそこまで荒んでいることに恐怖を覚える。
犬は、だけど痛みは感じていないようで、けれど悲しそうな瞳で、あたしを見る。
するとあたしはどうしてか急に泣き出してしまう。情緒が凄く不安定で恐ろしい。
しばらく、そうしてから、あたしはこう言われるのだ。
『来世を、やり直してみませんか?』
白い犬が、そのための力をくれるともいう。
だけど半信半疑のあたしは、それへ結構な無茶を言う。
男を問答無用で殺せる能力が欲しいとか、いつでも水爆を撃てる能力が欲しいとか、バイオテロが起こせる能力が欲しいとか、世界を壊したいとか、そういうことを。
さすがに、それは無理と駄目出しをされ、あたしは涙目のまま、またも不機嫌になる。
それからどういうことが可能なのか、色々説明された気はする。けど、そこら辺の内容はさすがにもう覚えていない……というか、今とは全然違う言葉で話しているため、細かい部分の意味はもうわからなくなっている。幼い頃には理解できていたその言葉が、今では理解できなくなってしまっている。
けど、結論はさすがに覚えている。
あたしが最終的に望んだ力、それは。
「なっ!?」
七色の光が周囲に撒き散らされ、世界が割れる。
それは、何の比喩でもない。
世界に黒い線が入り、ガラスが割れるように世界がひび割れていく。
視覚的にはそれは、世界に黒い亀裂が走っているように見えるだろう。
「なんだこれは!? 姪っ子ちゃん、君は何をした!?」
「……黙/っ/て」
「ラナ……」
自分自身、割れてしまっている意識の中で、支配下に置いた世界の内実を観測する。
私は……二千五十一個。その数だけ、分割された世界の欠片になっている。今、私だけがこの割れた空間の全てに散在している。
半径およそ十メートルの世界を割り、その全てを自分の支配下に置く私の、私がたったひとつ使える魔法「罅割れ世界の統括者」。それは北欧神話において「巫女」を表す言葉だったはずだ。しかしこの世界にそんな神話はない。
レオは……二十七個に分割されている。この割れ方であれば簡単に復元できる。
「ら、ラナ?……」
割れた世界の中から、分割されたレオの身体を含む欠片集める。
分割された世界がジグソーパズルのように組み合わさり、すぐに比較的大きな、レオを含む世界の一塊が完成する。二千五十一個だった世界はそれで二千二十五個になった。
「なんとも、ない……」
完成したひと欠片の世界の中で、レオは手を握ったり開いたりして、その感触を確かめている。この魔法は、私がその気にならなければ何も壊れない、何も変わらない。狂ったあたしが、そういう風にデザインした魔法なのだ。
レオは自分が五体満足でなんともないことを確認すると、しかしまだ身動きの取れない狭い世界の中から、私の(身体の)方を、何か問いたげな様子でじっと見ていた。
その様子に……なにか今までのレオとは違うものを感じる。警護対象だった私にこんな力があったことへの不審だろうか?
……それとも、なにか違う気がするが……今はそれどころではない。
「あのー、こっちもその魔法、解除してもらっていいかい? 痛くも痒くもないのに全身バラバラで動かせないって、すっごく怖いなぁ」
瞬間、叔父さんをレオがキッ……と睨みつける。その手は剣の柄にかかっている。
「待/って/レ/オ」
「つっ……」
空間に、エコーのかかった私の声が響く。その音は、レオや割れた叔父さんの世界からも流れるから、声には少年らしいものと、男性の掠れたものが混じっていた。
ただ、どうせ今、この状態ではレオが叔父さんの世界に干渉することはできない。
剣を振ったところでその刃は叔父さんの世界に届かない。
黒い線、世界の境界は不可侵だ。デフォルトでは光や空気、空気の振動による音、そして肉体における血流などを透過、通過させている。だけどそれは、あたしが許可しているからそうなのであって、絶対ではない。今はただ世界に黒い線が入っただけのように見えるが、全ての許可を剥奪してしまえば、それぞれの世界は絶対的な孤独を手に入れることになる。それはもう精神の繋がりは元より、肉体の繋がりすら維持できない世界だ。脳を失った心臓は止まるし、心臓を失った細胞は死滅していく。
それは、つまり、孤独を支配する魔法。
他者へ孤独を強制することの出来る魔法。
狂った少女が、彼女らしさの追求の末、見出した魔法だ。
「空間支配系魔法か、無詠唱タイプで支配領域も広い。こりゃあ、“天才剣士君”とは別口でやべぇなぁ……」
「そう/ですか?」
この魔法には欠点も多い。
たとえば自分が動いてる場合……自分を取り囲む空間が動いてる場合には、発動できないということだ。だから私は街中で攫われ、強制的に移動させられていた状態では、この魔法を使うことができなかった。
発動には多少時間がかかるというのも問題。この魔法はあくまで魔法だ。数百人にひとりは魔法が使えるこの世界においては、そこら辺のゴロツキであっても警戒が頭に入ってしまっている。魔法は魔力を動かすから、即時発動する魔法(簡単な炎系魔法とか)以外は先に前兆が見える。つまり複数人から監視されている状態では、発動に時間がかかる魔法は使えないのだ。
「王国に存在する空間支配系魔法の使い手は、みんな軍属だよ? 広く名の知れたところだと、灼熱のフリードさんって人が有名だよね。空間支配系の魔法は、全部自分の周辺の空間を特殊なフィールドに変えるってモノだけど、彼の場合は周囲八ヤルドを超高温の空間に変えてしまうというね……君のこの空間は、二十ヤルドはありそうだけど……いやもっとかな?」
灼熱のフリードさんは私も知っている。王国の英雄のひとりに数えられる有名人だ。
けど、彼の能力はそんなに狭かったのか。それは知らなかった。私なんかより凄い、直径で三十メートル……三十三ヤルドくらいあるものかと思っていた。というかそういう話を聞いた気がするのだけど。
「英雄譚なんて誇張されるものだからね、話半分に聞いておいた方がいいって言われない?……けど、君のこれは、誇張なくこの広さだからね。ホント、やっべぇわ」
やれやれと言いつつ、頭でも掻きたかったのか、叔父さんは自分の右手が捕らわれた六つの世界をもにょもにょ動かそうとして、それが叶わないことを再確認し、渋い顔になった。
「君ら何? 最強のコンビでも目指してるの? 最強の前衛と最強の後衛が揃ってるって反則じゃないかなぁ。いやさ、君達本気で相性いいよ? 今は僕の注意がレオ君に向いていたから発動できたってことかな? 正確な詠唱時間はわからないけど、それが三十秒だろうが一分だろうが、レオ君なら稼いでくれそうだね。もう結婚しちゃえば? 君達」
「な゛/っ!?」
「……あ、集中が切れると何かが変化するタイプでもないか。残念」
小指だけの世界でそれをぐにぐに動かし、叔父さんはさほど残念でもない様子で、そんなことを言う。
「から/かわ/ないで/くだ/さい」
「うーん、乙女の恥じらいに僕の声質が混じってるってのも、まぁまぁ怖い絵だねぇ……」
「ラナ、どうするんだ?」
バラバラのまま、しかし妙に落ち着いてる叔父さんとは対照的に、レオは心細げに私の方……正確には私の身体が一塊そこにある世界の方……を見ていた。
どうしていいかわからず、私はとりあえずレオの世界を少しだけ広くすることにした。レオの世界に、周辺の世界をいくつか重ね、せめて手足が伸ばせる程度の大きさを確保する。
「……ありがとう」
だけど、それでレオの様子が変わることもなかった。
ずっと私を、やはりなにか言いたげな様子で見ている。
それはこの数ヶ月、結構な時間を一緒にいた私でも、見たことのない表情だった。
おそらくレオは、護衛に徹しようとしていた。だからずっと厳しい顔をしていた。その中では生まれてくることのない、妙に人間らしい表情のような気がした。
もっと言えば、年齢相応の……少年らしい顔、とも。
「なぁ姪っ子ちゃん」
「ん……/はい」
「どうしたい?」
「……と/は?」
「僕も悪かったよ。言い過ぎた、そしてやり過ぎた。十発くらいなら殴られてもいい、だからもう許してくれないかな?」
「許す/も/何も……」
ちらとレオを見る。レオもこちらを見ていたから視線が重なる。
そこに、叔父さんへの怒りのようなものは見えなかった。妙に落ち着いてる。
……どういうことだろうか?
「さすがに、ヒュドラをも殺す剣でおしおきされるのはごめんだなぁ。もう少し穏便に済ませられないかな?」
「……そんなのしないっての」
レオは叔父さんの視線を受け、ふてくされたように答える。
それは……それも、とても子供っぽい仕草だったけど、同時に、今までのレオらしくもなかった。
ある意味、こんなことを言うのもなんだけど……やはり、普通の子供のよう……とでも言うか。
「これさ、このままだとどうなるんだい?」
「それ/は……」
「空間支配系の魔法は、大体が発動したら必勝の魔法だけどさ、制限時間はあるよね?」
「……」
「いや君の限界を知りたいわけじゃない。もっと切実な話だ。こうして身体がバラバラのまま制限時間を迎えてしまったら僕はどうなるのかってこと。元に戻るだけなら、そこはもう聞かないんだけど、空間支配系の魔法って、僕の知る限り、長くて数十分、短いと数分が限界だった気がするんだけどね?」
そしてもう三分くらいは経ったよね?……と叔父さんは飄々とした態度を崩さずに言う。
「レ/オ」
仕方無い。
「ん?」
これ以上引き延ばすのは、悪手だ。
「叔父さん/を/解放/するけど/落ち着いて/ね?」
「……落ち着いているよ」
何もしないから……と消え入るような声で呟くレオは、どこか消沈しているようにも見えた。
私の懇願を受け、今は死骸しかない足元を見て、俯いている。
なんだか本当に、様子がおかしい気もしたが、長く考えている余裕も無かった。
「魔法を……解放します」
世界を壊したかった少女の魔法が、その存在によって母親を壊したあたしの手で、解放されていく。
「お、おおお?」
叔父さんの身体も復元されていく。
空間から黒い線が消えていき、ヒュドラの死骸で白とくすんだピンクに染まる地面も、元通りになっていく。
「なんか不思議な感覚だな、自分が合体していくって」
試したことがあるから知っている。
復元しないまま世界を戻すと、その空間にあったものはバラバラのまま、崩れ落ちる。
ぬいぐるみはスプラッタ死体になったし、大樹は乾燥してない薪に早替わりした。
これはそういう、危険な魔法だった。
「いやー……しかしまぁ、自分の身体が他人の制御下に置かれるって、こんなに嫌な気持ちになるもんだったか」
……それを、何時間も、何十時間も、より濃厚な密度で味わった女の子が望んだのが、この魔法なんですよ? 叔父さん。
夢の中の女の子は、自分を支配しようとする世界を壊したかった。
だからこんなにも危険な魔法を欲したんだと思う。
「っとぉ……これで元通りか? おっと、レオ君だったね、まずは謝らせてくれ。悪かったね」
元通りになった途端、元が元だから(魔法発動時、ふたりは密着していたから)レオのかなり近くにいた叔父さんは、慌ててレオへ頭を下げた。声に誠意は感じないけど、所作だけは完璧な謝罪の形をとっていた。
如才ない、大人の対応という感じに見えた。
レオはそれに、ふてくされたまま無視するという子供らしい対応を取ってから、妙にかしこまった表情でその全身を私の方へ向けた。
「ラナ」
「ん」
「ありがとう、助けてくれて」
「んっ……」
なんだろう、照れる。真顔の男の子が自分に頭を下げてくるって、なんだか妙に心くすぐられるものがあった。そして今のレオはなんだか妙に……可愛い。可愛く思える。
ほんと、なんだろう、これ。
「んー、おじさん、別にレオ君を虐めたかったんじゃないんだけどなぁ」
「……」
けど、あたしが赤面するほど可愛いレオは、それでも叔父さんには無視を続ける。
こうしてみると……レオはやはり子供なのかもしれない。教育の類は何も受けていないし、スラム街という弱肉強食の無法地帯で育っている。
元々顔は整っていたし、毎日の洗髪で輝きとふわっと感を取り戻した金髪は、まるでどこぞの王子様のようにも見えるけど、目付きは鋭いし、笑顔も滅多に見せない。
叔父さんは大人だ。幼少期こそ、ママの虐めに加担していたくらいだから、流されやすい子供ではあったんだろうけど、今、ここに立つ叔父さんは、落ち着いた大人以外の何物でもない。言っていることも理解できなくはない。叔父さんは叔父さんで、必要と思えることをしたんだろう。
やり方に問題があったかどうかは……私にはわからない。
「叔父さん」
「なんだい?」
「……冒険者は、そこまで厳しい……シビアな世界なんですか?」
「ふむ?」
「レオに油断があると思えば、すぐにそれを矯正しなければならないような……それも命がけで……冒険者の世界とはそういうものなんですか?」
しばらく、叔父さんは私の目をじっと見ていた。
だからその瞳が、今更ながらに自分やレオとは全然違う色をしていることに気付いた。生まれつきだろうけど、私にはそれが、まるでふたりのこれまでの「見てきた世界」「生きてきた世界」の違いを表しているようにも思えて……なんだか少し怖かった。
鋭さでいえば叔父さんよりも上なレオの目が、今だけはなんだか優しく、私の方へ向いてくれてるということに、少しだけ励まされる。
「ふむ……ラナちゃんは色々察しがいいね。……そうだよ、冒険者は身体が資本というけれども、もっと言えば命が資本だ。死んだら元も子もない。最悪、腕の一本や二本失くしたって冒険者は出来る。魔法が使えるなら手足の一本や二本、無くったってできる。背負子のユーフォミーって名前に聞き覚えはあるかい? 要不要の暴走列車、でもいいけど」
「……いえ」
今度は、聞いたことが無い名前だった。
「彼女は生まれつき両足が無かったというけど、魔法の才能は飛び抜けていたらしくてね。元々冒険者だった父に背負われ、幼い頃から、ふたりでひとりで冒険者稼業をこなしてきたというよ。僕も彼女達が冒険者だった時代に何度かパーティを組んだことがある。今はその実力を認められて軍属になっているけどね」
「また、その、軍属……ですか」
何か途中で、話がガラッと変わった気もする。けど、それは意図的なモノだろう。話題を変えながら探っているのだ、色々なことを。
「まぁ、魔法使いの宿命だね、目立ちすぎると国に徴用され、軍に編成される。君のそれも、国に知られたら間違いなく徴用の対象だ。君の場合、貴族の血が混じっているから、そこまで扱いが悪くなることもないが……逆に面倒なことになるかもしれない」
「面倒……ですか」
「魔法使いの血は神様の贈り物……そう考えるお偉いさん方もいてね、そうした思想の持ち主からしてみたら、君や先述のユーフォミーちゃんは是非嫁に迎い入れたいと願う逸材扱いなんだよ」
「それは……」
私は叔父さんに、結婚したくないとは言っていない。だのに、いつのまにか叔父さんは、私の嫌がることを的確に察しているようでもあった。……偶然かもしれないけど。
「ですが、その子は……両足がないんですよね?」
「うん。それは間違いない。そして残念ながら、普通はそうした子を嫁に欲しいと望む貴族家はない。嫌な話だけど、貴族にとってメンツはなによりも大事なモノだからね。ただ、魔法使いの血が、その普通をも塗り替えてしまうほどのメリットであると考えるお方々も、いるってことさ。彼女達が軍属を受け入れたのは、その話を潰すためだったってのもあるんじゃないかな。ヒラの平民だと、既成事実を作られたら終わりだからね」
「既成、事実?」
なぜかそこで無視をやめ、叔父さんの言葉を復唱し問い質すレオ。
「わからないならそれでいいよ、レオ君。けど、覚えておくんだね、貴族が平民を自分の屋敷に監禁なり幽閉なりしてもさ、何の罪にもならないし、誰も罰してくれないんだよ?」
「……なんだって?」
「でも、だとしたら……」
「そう。ラナちゃんの場合はより、話が面倒になる。君のお父さんは貴族社会に食い込む商人だ。そして上位者が正攻法で筋を通してきたら断れないというのが、貴族社会というものだからね……通せる筋があればだけど」
つまりは、上位者が権力を笠に着て要求してきたら断れない……という話か。
「なんだよそれ、それも法とやらで決まっているのか?」
「というか、レオ君……法を自分の都合のいいように、ある程度捻じ曲げられるのがお貴族様というものなんだよ? 例えば、法は盗みを罰しているけど、現実問題、貴族が平民のモノを奪ったところで裁かれることはないからね?」
「はぁっ!?」
この辺のことは、私も承知の上のことだろうが、と前置きをし。
「侮辱罪というのがあってね、貴族は平民に、お前、俺を侮辱したからこれ没収な、って言えば、大抵のモノは倍賞金代わりに奪っていいことになってるんだよ? それが人妻でも、適齢期の娘、でもね」
「なんだよその無茶苦茶は!?」
やめてください、適齢期の娘、のところでこっちを見るの。適齢期まではまだ三年くらいあります。あるんです。
「ま、さすがに、あんまりあからさまにそんなことばかりやっていると、それはそれでメンツに傷が付くからね、王都ではあまり聞かない話だけど。地方にはそういう悪徳領主も多いと聞くね」
そうして叔父さんはまた、私の顔をじっと見る。
今は、叔父さんからは、嫌な臭いは感じないけれど、それはどこか居心地が悪くなるような視線だった。
「ま、それはともかく」
と、叔父さんは両手を上げ。
「身体が資本というなら、そのユーフォミーちゃんは冒険者失格だ。だけど彼女には魔法がある。これは極端な例だが、冒険者がまず大事にしなければいけないのは命だ。脚を失えば死ぬしかない馬とは違うってことさ。その分、命に関することには敏感になるんだ。僕もそう。だから僕のしたことは、先輩冒険者としては間違っていなかったと今でも思っている」
「はぁ!?」
「先輩冒険者としては、だよ。大人としては、間違っていたさ。冒険者としてもね。君は僕の姪っ子ちゃんの命を救ってくれたそうだね。それには感謝する。だけどね、なんでもかんでも剣で、力で解決するというのはいただけない。ヒュドラが暴走して姪っ子ちゃんが怪我したら、君は責任取れたのかい?」
「それは……」
まぁ、君はむしろ責任とってもらいたいのかな?……とでも言いたげな視線が一瞬こちらへ向く。ウザイ。そんなんじゃない。そんなんじゃないから。
「冒険者は確かに危険を冒すのが仕事だ。でも、だからこそ命が大事なんだ。そこはわかってほしい。命を張るなら、そうしなければ守りたいモノを守れない時だけにしてほしい。これは、冒険者じゃなくて、姪っ子ちゃんの叔父としての意見だよ」
「ラディ叔父様、ご厚意には感謝します。ですがレオは」「君もだ」
食い気味に、言葉を遮られる。
「……え?」
「君の魔法は危険だ。色々な意味で危険だ。僕が話していたことを聞いていたかい? 君は今ここで僕にあの魔法を見せるべきじゃなかった。なるほど、君はまだ僕という人間をよくわかっていなかった。レオ君を、殺すまではしなくても骨を折るくらいはすると思ったんだろう? それくらいの殺気なら、帯びてしまった自覚もある。僕も、君が強力な魔法使いであるとは知らなかった。だから僕も油断した。その結果、僕は死にかけたわけだけど、それをどう思う?」
「わ、私はそんな」
叔父さんの言いたいことは、つまりこうだ。
私は叔父さんを理解してなかったし、叔父さんは私を理解してなかった。
その状態で、私は叔父さんに魔法を見せるべきではなかったのだと。
レオが骨を折られるくらいなら、我慢して見ているべきだったのだと。
それは多分正しい、真っ当な大人の意見だ。私とレオが子供なのだ。
「君から見ればそう、殺す気なんか無かったよね? でも、それは君目線だからわかることで、僕にはわからない。つまり僕は、自分の姪っ子ちゃんが強力な魔法使いで、かつ短慮であり、ちょっとしたことで自分の叔父を殺せる人間である可能性を考えなかった」
私は、叔父さんが私の魔法を見て、それにどう反応するかを一切考えなかった。
まずいことになる可能性を考えなかった。
「これが僕の油断だよ」
それが私の油断であると、視線とその表情で、叔父さんは言っている。
「結果、僕は姪っ子ちゃんの性格次第で、死んでいたかもしれない状況へと追いやられてしまったわけだ。格好悪いだろう? 先輩冒険者としては正しくても、冒険者としては正しくないってのは、そういうことさ」
言いながら叔父さんは、今度はレオをじっとねめつける。
「君なら、あの魔法を、破れたかい?」
「それは……」
「わ、私はレオに危害を加えるつもりなんてっ」
「現場では何でも起きる、誰でも死ぬ」
「っ……」
「それが冒険者だ。それに備えようとしない者は簡単に死ぬ。それはとても格好悪いことだ。さっきの僕みたいにね……今もかな?」
おどけたように、口の端を歪め、両手の平を上へ向ける叔父さん。
それは、格好良い、悪いではなく、ただ私達と叔父さんの住む世界が違うということを明確に語り聞かせているかのようだった。
「今日の講義はそんなところだ。じゃ、今度こそ街へ戻ろうか。本当にね、色々落ち着いて考えてみたら良いよ。とりあえず今日のことは、全部見なかったことにする。レオ君の剣も、ラナちゃんの魔法も、全部だ。君達にはまだ、冒険者をしないという選択肢がある。ヒュドラのことは、僕が上手く話しておいてあげるから、今日はもうお家に帰りなさい。冒険者ギルドへ正規登録をする前に、ふたりでそこら辺のとこ、よくよく話し合って決めるんだよ?」
だから、やれやれと義務的に笑うその顔も、明確にこう言っていたのだろう。
ここは、君達が住める世界じゃないと思うよ?……と。