二度目の人生を共に⑦
十分な手柄を持ち帰ったことで、私たちは皆から感謝された。
領内にならず者たちが集まり、リーデルシュタイン辺境伯家の者の命を狙っていた――ということが判明したので、辺境伯様もこれ以降警備を強化する方針を立てられたそうだ。これで、【一度目の人生】のときよりも安全になったはずだ。
そして――アレクシス様は事後報告だけを終えると、すぐに王都に行ってしまわれた。
何のご用事だろうか、と思って父に尋ねたけれど、なぜか渋い顔で口を濁された。
それじゃあ、ということで使用人たちから聞き取り調査をした結果、「アレクシス様は、婚約者候補の女性たちに会いに行かれるそうです」との情報を得た。
……。
……そっか、そうだよね。
襲撃事件を防げたのだから、アレクシス様は昔の通り優しい貴公子のまま。いよいよ、身を固める準備に入られたんだろう。
使用人曰く、辺境伯領で悪事を企んでいた者たちを成敗したことで、アレクシス様の評判が上がったそうだ。
当然、婚約者候補の女性たちもいっそう熱を上げるだろうし……辺境伯領に戻ってきたアレクシス様が美しい女性を伴っている可能性も高いだろう、と皆噂していた。
でも、私がアレクシス様にほのかな想いを寄せていると知っている一部の人だけは、気遣うような眼差しを送ってきた。
父も……さすがにアレクシス様に恋していると言ったことはないけれど、だいたいのことは察しているはずだ。私の問いをはぐらかしたのも、そのためだろう。
大丈夫、私は気にしない。
気にしないように、頑張る。
アレクシス様が美しいご令嬢を連れて帰ったら、精一杯祝福する。
婚約披露式や結婚式にもちゃんと出席して――それから、引退する。
だから、大丈夫。
……と思っていたけれど。
「失礼。あなたが、リーゼ・キルシュ?」
「……は、はい」
「そう。……」
「……」
「では、ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう」
私は、いきなり目の前に現れて私をじっくり見て、それから去っていった女性の背中を見送り、ついため息をこぼしてしまった。
……質素なドレス姿の見知らぬ女性たちに声を掛けられて観察されるのは、実はこれで五回目だ。
女性たちは一般市民に身をやつしているつもりなのだろうけれど、全然隠せていない。私が見ても、上流貴族階級のお嬢様だと分かる方々ばかりだ。
アレクシス様が辺境伯領を離れて半月ほど経過したけれど、なぜか私は二日置きくらいに女性たちに声を掛けられていた。
もしかしなくても、彼女たちはアレクシス様の婚約者候補ではないか。
アレクシス様の幼なじみという厄介な立ち位置である私の噂を聞いて、「この泥臭い女狐が!」と罵声を浴びせに来たのでは、と身構えた。
でも彼女らは私に挨拶をしてじっくり観察するくらいで、それ以上何も言ってこなかった。
それはそれで不気味だけれど、絡まれずに済んでいるのは幸運だ。
でも……これは一体、どういうことなんだろう?
疑問を積み重ねた私は六人目の女性に同じような反応をされたため、とうとう思いきって尋ねることにした。
「あの、お嬢様。お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「何? ……い、いえ、わたくしはお嬢様などではなくってよ! 平民の女よ!」
申し訳ないけれど、そのような言葉遣いをする平民の女性は見たことがない。
「いえ、実は最近、あなたのような方に声を掛けられることが多くて。心当たりもないので、不安になっておりまして」
心当たりはなくもないけれど相手の真意が分からないので、とぼけさせてもらった。
すると女性はさっと開いた扇子――明らかに値打ち品だ――で口元を覆って、「まあ」と声を上げた。
「わたくし以外にも、同じことをする方が……?」
「ええ。あなたで六人目です」
「そ、そうですの。いえ、お気になさらず」
「は、はい……」
「ただ……わたくしから一つだけ、言いたいことがございます」
女性はずいっと私との距離を詰めた。高級な香水の香りがふわんと漂う。
「……あなた、リーデルシュタイン辺境伯家子息でありシェルツ子爵でもあられるアレクシス様の幼なじみで、家臣でもある……ということでよろしくて?」
「は、はい。騎士団長の娘で、リーデルシュタイン城の経理補佐を担当しております」
「そう。……では、主君の命令には絶対に従うのよね?」
「……その、つもりです」
「よろしい」
なぜか女性は満足そうに笑い、さら、と扇子をはためかせた。
「その言葉が聞けたなら、十分だわ。……わたくし、もうしばらくこちらに滞在する予定ですので、どうぞよしなに」
「かしこまりました。ごゆっくりお過ごしください」
そうしてドレスの裾を靡かせながら去っていった女性を見送り――私は、どくどくと脈打つ胸元に手を宛てがった。
分からない。全然分からない。
あの人は……いや、あの人以前の五人のご令嬢も含め、何のおつもりなんだろう……?