二度目の人生を共に⑥
さて、私は井戸から崩れた石壁と道を辿っていき、再び――違う、三度、あのアジトまでやって来た。
「これは……中で、活動する者の気配がある」
「突撃しますか、アレクシス様」
「ああ、突撃しよう」
決断早い! そんなところがアレクシス様の魅力なんだけどね!
……でも確かに、ここでじっと待っているから吉というわけでもない。
いつ突撃しても、「襲撃犯を雇ったのはデュルファー男爵である」ということはこのアジト内だけでは判明しない。
だから……今が、好機だ。
「皆、剣を抜け。……リーゼはここで待っていろ」
「いえ、私も行きます」
「リーゼ」
「私は、人を殺すためではなくて自分の身を守るためのものとして剣術を学びました。……私の剣では相手に傷を与えられなくても、最低限身を守ることはできます」
父から譲ってもらった剣を鞘から抜きながら、私はアレクシス様に言った。
父は、兄にも私にも剣術を教えてくれた。でも、男である兄と違って私には、人を傷つけるための方法を教えてくれなかった。
『リーゼ。おまえは、人を殺す方法は知らなくていい。自分を、そして自分の大切な人を守るための技だけを学びなさい』
父に続き、兄も言っていた。
『女の子に武術は不要、だとは思わない。でも、僕とリーゼでは得意なことやできることが違う。リーゼはリーゼにできる形で、戦えばいい』
……私には騎士たちのような腕力はないし、私に扱える剣も細身で軽いものだけ。
でも、足手まといにはならない。
それにもし、アレクシス様を狙う者がいても……守ってみせる。
アレクシス様は私を見ると何度かまばたきして、そして微笑んで頷いてくださった。
「……分かった。では、リーゼ・キルシュ。俺の背中を守ってくれるか?」
「……! は、はい! お任せください、アレクシス様!」
……ああ、やっぱり私は、アレクシス様のことが好きだ。
好きだから守りたいし、好きだから……身の程をわきまえて、あなたの幸せを祈りたいと思っている。
先に騎士たちが突撃して、遅れて私たちもアジトの方に向かった。
敵の数は……十人近い。
騎士たちが私たちの前に立ちはだかるけれど、粗末な身なりの敵も既に武器を構えているし、アレクシス様を見て「あいつ、アレクシス・フェルマーだ!」と標的を定めた。
「リーゼ、死ぬなよ!」
「はい!」
敵が、一斉に襲いかかってくる。
【一度目の人生】の情報では……彼らは、元盗賊だ。といっても元々ひとつの盗賊団だったわけではなくて、ソロで活動していた者たちを男爵が集めて、辺境伯一行襲撃隊を作り上げたんだ。
そう、武器を手にした盗賊といえど、相手は連携が取れているわけではない。
それに元々は、雪で足の鈍った騎士たちを襲撃するよう指示を受けているのだから、想定外の場所での――しかも予定よりずっと早いタイミングでの急襲に耐えられるはずもない。
一人、二人、と騎士たちが盗賊を倒し、床に蹴倒していく。
アレクシス様も負けじと剣を振るい、盗賊が持っていた半月刀を叩き落とし、みぞおちに強烈な拳の一撃を食らわせて壁際まで吹っ飛ばした。アレクシス様、結構武闘派なんだよね。
私もアレクシス様の背後を陣取って、辺境伯子息の首を取ろうとする者たちを牽制する。
派手に動けない分、相手の動きをじっと見て身構える。半月刀を振りかぶってきても焦らず、その一撃を剣で受け止めた。
ギン、という鈍い鋼の音と、重い一撃が手を痺れさせるけれど、負けない。
そのまますっと剣を滑らせて身を捻ることで相手はバランスを崩して、半月刀がすかっと宙を掻く。
大きな体が傾いだところで脛を蹴り飛ばして転がしたらアレクシス様がそいつを蹴倒し、悲鳴を上げながらごろごろ転がっていった。
「上出来だ、リーゼ!」
「ありがとうございます! ……っ! アレクシス様、横!」
「むっ……!」
アレクシス様が髪を掻き上げた隙に、剣を持った敵が左側から突撃してきた。
すぐに私はアレクシス様の横に回り、剣の一撃を受け止めた――けど、これは、かなり重い――!
「くっ……!」
「リーゼ、下がれ!」
押し負ける、と覚悟した直後、アレクシス様の一閃が敵の剣を吹っ飛ばし、次いで顔面への右手拳、腹部への左拳と決まり、敵は「ぎょへっ!」のような悲鳴を上げて仰向けに倒れた。見ると、鼻血を出して気絶していた。
「……まったく。リーゼを押し倒そうなんぞ、百万年早い」
「あ、アレクシス様! すみません、お手数をお掛けして……!」
剣を収めたアレクシス様を振り返り見ると、騎士たちに指示を出していたアレクシス様は私を見て、ふっと微笑んだ。
さっきまで盗賊を殴り飛ばしていたとは同じ人とは思えない、優しい笑顔だ。
「君が無事なら、それでいい。……よし、これで全員倒したな。すぐに縛り上げて、可能な限り情報を吐かせよ」
「はっ!」
「後のことは我々がいたしますので、アレクシス様はリーゼ様と一緒に、外でお休みください」
「ああ、そうさせてもらう」
「えっ? いいのですか?」
何か手伝おうと思っていた私は思わず辺りを見回したけれど、手際よく盗賊たちを縛り上げながら皆は、「どうぞどうぞ」「むしろ、早く出て行ってください」と促してきた。
……そうしていると、横から伸びてきた手が私の手を掴んで、ぐいっと引き上げた。
「アレクシス様?」
「……手が、汚れているな。服にも泥が……」
「あ、はい。さっき倒れそうになったので……アレクシス様、なぜその人を蹴飛ばしているのですか?」
「なんとなくだ。それより、この場は皆に任せて俺たちは外に出よう」
アレクシス様は鼻血を出して倒れている盗賊をげしっと蹴り飛ばした後、私に笑みを向けて私の手を引いた。
……なんだか色々気になることはあるけれどひとまず、襲撃犯たちを捕まえるという当初の目的は達成できたみたいだ。