二度目の人生を共に⑤
トイレ中にどこかに行ってしまったためメイドには心配されたけれど、「怪しい人影を見つけた」ということを伝えると、真剣な顔で話を聞いてくれた。
それでも、「危険なことはしないでください!」とメイドたちには叱られたし、城に戻ってから報告したら父にも大叱られした。
でも私が泣くまで叱った後、父は「よくぞ、貴重な情報を持って帰った」と私を褒め、すぐに辺境伯様のもとにも報告が行った。
そうして、私を案内役にした調査団を組み、南方に派遣することが決まった――のだけど。
「南方地方は昔、大小様々な集落があった。そこをまとめて今の都市ができたから、リーゼが見た井戸や石壁は、昔の集落の名残だろう」
「……そうですね」
「それにしても、この時季は南方地域といえど冷え込むな。リーゼ、寒くないか?」
「……お気になさらず」
「あ、今、鳥が鳴いたな。食べられるものだったら俺が仕留めて、今日の夕食にしようか?」
「……大丈夫です」
以前来たときよりも冬の色が濃くなり、枯れ草の敷き詰められた小道をさくさくと歩く。
辺境伯様は「件の場所に、騎士たちを連れて行ってくれ」ということで、私に再びアジトの場所に行くよう命じた。
こうすることで、冬に起こるはずの襲撃事件を防げるはずだから、私も護身用の細身の剣を携えて、意気揚々と出発した。
……出発する、はずだった。
今隣にいる人がいなければ。
ちら、と視線を横に向ければ、美術品かと思うほど美しい男性の横顔が。
外套のフードを被っているけれどいたずらな初冬の風がフードの裾を弄んだので、「おっと」と言いながら頭を押さえている。
その人は私を見ると、にっこりと笑った。
「大丈夫だ。リーゼのことは、俺が守る」
「……ありがとうございます」
どうやら私が仏頂面になっているのを別の意味で解釈したようだけど、私があなたに守られるのではなくて、私があなたを守る予定だ。
……何を思ったのか、この作戦にアレクシス様が同行することになった。
それはちょっと都合が悪いような……と私は反対したけれど、「より多くの者の目で確認した方がいいだろう」とアレクシス様は主張するし、父も「アレクシス様がいらっしゃるなら、リーゼも無茶をしないだろう」という結論に至るしで、こうなってしまった。
……敵の狙いの一人はアレクシス様なのだから、大人しくリーデルシュタイン城で待っていてほしいというのが私の本音だ。
でも、今の段階では「なんだかよく分からないけれど、怪しい人たちがいる」程度だ。
むしろ、領主のご子息がいるということで騎士たちもいっそう気合いを入れているし、通りがかった町の人たちからも大歓迎されるしで、私たちにとっては都合がいいことばかりだったというのが虚しい。
はあ、と何度目になるか分からないため息をつくと、隣を歩いていたアレクシス様が動きを止めた。
「リーゼ。君はここ最近、やたらため息をつくな」
「……え、えと。申し訳ありません」
「謝れと言ったわけではない。だが……俺が無理矢理付いてきたのが負担になったのかと思うと、心配になってきた」
アレクシス様はそう言って私の顔を覗き込んできたけれど……本当に、その美々しい顔で見つめないでほしい。恋に落ちてしまうから。
……アレクシス様の指摘は大正解だとはいえ、正解ですとは言えない。でもアレクシス様は非常に真っ直ぐでかつ頑固なところがあるから、適当な言い訳で見逃してくれるはずもない。
……本当に、こんな状況だというのにどきどきしてしまう自分が情けない。
でも、他の騎士たちと同じシンプルな旅装姿の襟から見える喉元とか、たくましい腕とかを見ると……【一度目の人生】で、義務とはいえこの人に何度も抱かれたのだということを思い出してしまい、とんでもなく恥ずかしくなってくる。
「そ、その……」
「ああ」
「あ、あなたが同行なさったことを、負担に思っているわけではありません。ただ……」
「ただ?」
「あの、アレクシス様はとても格好いいので、あまり近くに来られると困ってしまうのです!」
案の定アレクシス様に引く気がないので、とうとうそんな言い訳をしてしまった。
……あながち嘘ではないし、格好いいという褒め言葉は――たとえアレクシス様が私のことを好意的に思っていらっしゃらなくても――言われて悪い気持ちにはならない、はずだ、多分。
思いきって言うと、アレクシス様の気配が遠のいていった。
これで少しは落ち着いて歩ける……と思いきや。
「……っ」
「アレクシス……様……?」
「まさか君に、このようなことを言われるとは……いや、嫌ではない。少し、意外で……驚いてしまったが、嬉しい。ありがとう」
アレクシス様は整った顔にほんのりと朱を浮かべて、口元を手で覆ってそんなことをおっしゃった。
……。
……えーっと……これは、どういうこと?
なぜ周りの騎士たちが、「おお、ついにアレクシス様が!」「冬を通り越して、リーデルシュタインに春が来ますな!」なんてことを言っているの? なんでそんなにはしゃいでいるの?
私たちはしばらくの間、何も言えずに見つめあい――そして、ほぼ同時にさっと視線を逸らした。
そこの騎士、「そんな動作でさえ、息が合っていますね!」なんて言わないでくれませんか?
「で、ではそろそろ先へ行こうか」
「う、はい。ええと、もうすぐ井戸が見えてくるので……」
「了解した。リーゼも、用心するように」
うんうん、気持ちを引き締めないとね!