二度目の人生を共に④
皆が幸せになる未来を掴むべく、私は秋のうちに少しずつ行動を起こしていった。
まずは、「南方地域の秋祭りに参加したい」という理由を見つけて、旅行に行く許可を取った。
仕事ではなくて個人的な旅行扱いだから護衛をぞろぞろ連れて行かなくて済むし、あっちに行けば自由に行動できる。
……父は「リーゼが一人で出掛けるなんて……」と渋っていたけれど、辺境伯様が説得してくださった。「リーゼも年頃なのだから、一人でしたいこともあるだろう」ということで。
ありがとうございます、辺境伯様!
必ず、御身を助けるべく働きます!
領地外や王都への旅行ならともかく行き先はリーデルシュタイン領内、それに主要な道を使っていくと約束したので、女一人旅でもとやかく言われることはない。
私の実家であるキルシュ家の使用人やメイドは連れて行くけれど、彼らならなんとか撒けるはず。
そういうことで私は準備を整えて、南方地方の秋祭りに出掛けることになった……けれど。
「ああ、リーゼ。これから出発だったか」
「あ、アレクシス様!?」
外出用の服に着替えて馬車に荷詰め作業をしていると、なんとアレクシス様がいらっしゃった。
アレクシス様は辺境伯子息だけど、辺境伯様の二つ目の爵位を既に名乗っていて、シェルツ子爵としてお仕事をなさっている。
今日は子爵として、来客の接待をなさる予定で――私はその間にこっそり出発できるはずだと睨んでいたんだけど?
「アレクシス様、お客様はよろしいのですか?」
「さっき連絡が入って、馬車の調子が悪いからもう半刻ほど遅れるということだった。だから、リーゼを見送りたくて」
そう言ってアレクシス様は柔和に微笑むものだから、私の胸がどきどきと高鳴ってくる。
来客接待のために、アレクシス様は柔らかな金髪をまとめていて、服装もすっきりとしたシャツとスラックス、ベストという格好だった。
でも、リーデルシュタイン騎士団の一員でもあるアレクシス様は、質素な格好をしていても惚れ惚れするほどお美しい。
ベストの胸元は筋肉でぱつんぱつんだし、腕も太い。それでいながら王子様のように甘いマスクで微笑むものだから、せっかく蓋をして押し込んでいた私の恋心がぐずってしまう。
……だから、無礼だとは分かっていても私は視線を逸らして、アレクシス様の美貌を直視しないようにした。
「……そうでしたか。でも、お見送りは不要です。仕事ではなくて、個人的な旅行ですし」
「知っているとも。だが、個人的な旅行に行くから見送ってはならない、という法律はないだろう」
「ないですけど……」
「俺が君を見送りたいと思ったんだ。……無事で行ってくるんだよ、リーゼ」
アレクシス様の声が、思ったよりも近い場所から聞こえる。
あれ、と思って顔を上げると――あら不思議。そこには、満面の笑みで私を見下ろすアレクシス様のご尊顔が。
ああ……ああ……【一度目の人生】では結婚後、一度も見られなかった笑顔が、こんな間近で見られるなんて……。
恋心がギャンギャン騒ぎ立てるのを抑える気力もなくてぼうっとしていると、アレクシス様は微笑んで私の左手を取り、ちゅ、と手の甲にキスを落とした。
……えっ? 手の甲への、キス!?
「ア、レクシス様!?」
「無事で行ってくるように、のおまじないだ」
「う、は……はい、ありがとう……ございます……。お土産、買って帰ります……」
「ありがとう。でも俺にとっては、リーゼが無事に笑顔で帰ってくるだけで十分な土産になる」
ああああ! この方は、なんてことを!
王国内では侯爵とも肩を並べる権威を持つ辺境伯家のご子息として育ったアレクシス様は、たとえ相手がいけ好かない相手だろうと女性には礼儀を尽くして、紳士的に接する。
アレクシス様は子どもの頃は私を可愛がってくれて、手を握ったり抱きしめたり頭を撫でたり、頬にキスしてくれたりした。
でもある程度の年になってからは、私の方から距離を取っていたから……こんなスキンシップを取ってくるなんて、予期していなかった!
「わ、分かりました……あの、そろそろ行ってきます……」
「ああ、いってらっしゃい」
頭の中が大混乱状態の私とは対照的に、アレクシス様は悠然と笑って手を離した。
ふらふらしながらきびすを返して、荷物運びを完了させた使用人たちのもとへ向かう。
「そ、そろそろ出発するわね」
「かしこまりました。……お嬢様、顔が真っ赤ですよ」
「放っておいて……」
本当に、放っておいてほしい。
それから、高鳴る私の心臓。
これは叶わない恋と分かっているのだから、早く鎮まってほしい。
南方地方への旅行自体は、計画通りに進んだ。
秋祭りにも参加してダンスや歌を楽しんだし、皆へのお土産も買った。
……でも、本当の目的はここからだ。
リーデルシュタイン城に戻る途中、【一度目の人生】でアジトの場所を確認した付近に差し掛かったところで、私はトイレに行きたくなったことを使用人たちに告げた。
男性の使用人や御者はその場に残して、メイドだけを連れて茂みの奥に行く。ある程度行ったところでメイドにも待つよう指示して――すぐに、【一度目の人生】で辿った道を探った。
辺境伯夫人になってから一度、私もアジト跡地に行ったことがある。
あのときの季節は春の終わりで今は秋だから木々の色合いとかは違うけれど、途中にかつて使われていた井戸や崩れた石壁とかがあったのが印象的だから、それを目印にできた。
井戸……見つかった。【一度目の人生】で見たのと同じ。その先に、半分崩れている石垣。
そして、さらにその先に――
「……っ!」
思わず漏れそうになった悲鳴を呑み込み、私は木の陰からそこを見た。
廃屋を利用した、アジト。私が【一度目の人生】で見たときはアレクシス様に破壊された後だったけれど、まだ家屋らしい形状を残したそれが、ある。
そして、窓ガラスの嵌まらない窓にはちらちらと人影が見えていて……ドアの前にも、大きな足跡がいくつもあった。
どくん、と心臓が鳴る。
激しく脈打つ心臓を抱え、私は来た道を戻りながら浅い呼吸を繰り返していた。
やっぱり、あった。【一度目の人生】でも存在していたアジト。
それから……そこで身を潜めている者たちの存在。
今は秋の終わりだけど、このままではもう数ヶ月もせずにこの付近は雪に染まり、襲撃事件が発生する。
止めなくちゃ。
私が、あの悲劇を止めるんだ――!