アレクシスと純粋な悪魔たち②
「待ちなさい。それは、どういうことだ?」
アレクシスが冷静に問うと、子どもたちは「だってー」と話し始める。
「この前、シスターが言っていたんだ! キスをすると、赤ちゃんができるって!」
「こういうとき、えーっと……なんて言うんだっけ?」
「もう、忘れちゃだめでしょ! こういうのを『おめでた』って言うから、あたしたちは『おめでとうございます』って言うのよ!」
「そうだった! おめでとうございます!」
「おめでとーございます!」
「待て待て」
わっと寄ってきた子どもたちにからリーゼを守るように立ちはだかるアレクシスは、咳払いをした。
「君たちは何やら勘違いをしているようだが……キスをしたから赤ちゃんができるわけではない」
「えっ、じゃあシスターは、嘘を言っていたの?」
「おれたちには、嘘をついちゃだめだって言ってるのに?」
「い、いや、シスターは嘘つきではない」
まさかシスターを巻き込むわけにはいかないからか、アレクシスは必死で弁解している。
「その……赤ちゃんを迎えるには、キス以外にも必要なものがあるんだ。まず、俺たちはまだ結婚していない」
「えー、それ、関係なくない?」
「そうだそうだ! この前ここを卒業したマリア姉ちゃんは、結婚していないのに赤ちゃんができたんだぞ!」
「ふもと街のパン屋のお兄ちゃんとキスをしたら赤ちゃんができたって言ってたわ。だから今、マリア姉ちゃんはパン屋さんで暮らしているの」
「んっ……そ、そうか」
子どもたち三人がかりで詰め寄られて、アレクシスはまごついている。
どのような強敵を前にしても決して怯むことなく果敢に立ち向かうアレクシスだが、無邪気で純粋な子どもたちには勝てないようだ。
(……そろそろ助け船を出すべきね)
顔を赤くしたり青くしたりするアレクシスを助けようと、リーゼは一歩前に出た。
「それじゃあ、私からお話をするわね」
「お姉ちゃんはゆっくりしないとだめだよ!」
「そうだそうだ! あんまり動いたら、お腹の赤ちゃんがびっくりしちゃうだろ!」
「ふふ、大丈夫よ。まだお腹に、赤ちゃんはいないから」
自分のお腹をさすりながらリーゼが言うと、子どもたちはきょとんとした。
「いないの?」
「そう。さっきアレクシス様も言ったように、私たちにはまだ必要なもの……準備することがあるの」
「えー、キスしたのに?」
「私はもう少し、アレクシス様と一緒にお仕事をしたいの。お腹が大きくなったら、こうやってみんなに会いに行くこともできなくなる。だから神様にお願いして、もうちょっと待ってくださいって言っているのよ」
子どもたちと目線を合わせるためにしゃがんだリーゼの説明を、子どもたちは真剣な表情で聞いている。
「だから私とアレクシス様は結婚して周りが落ち着いて、赤ちゃんをゆっくり育てられるようになってからもう一度キスをして、赤ちゃんがほしいですって神様にお願いするの」
「ふーん? じゃあ神様はお姉ちゃんのお願いを聞いて、ちょっと待ってくれているんだね?」
「そうよ。キスをしたら赤ちゃんができるって教えてくれたのは、シスターでしょう? そのシスターは神様にお仕えしているのだから、神様のこともよく分かっているの。そうでしょう?」
「確かに……」
「そういうことだから、もうちょっと経って……私のお腹に赤ちゃんができましたっていうお知らせが届いたらそのときに改めて、『おめでとう』って言ってくれるかしら?」
「うん、そうする!」
「ちゃんとあたしたちのところにも、教えてね!」
「もちろんよ。ねえ、アレクシス様?」
「えっ? ……ああ、もちろんだとも」
置いてけぼりになっていたアレクシスもしっかりうなずいたからか、子どもたちも納得したようだ。
「……あらあら。よく見たらあなたたち、服も手も泥だらけじゃない」
「あっ! 手、洗うの忘れてた……」
「泥は乾いたら落ちにくくなるから、すぐに洗いに行った方がいいわ」
「う、うん! 行ってくる!」
「じゃあね、アレクシス様、お姉ちゃん!」
子どもたちは手と服を洗うことに意識が向いたようで、たたっと走り去っていった。
手を振りながら三人の背中を見送っていたリーゼは立ち上がり、ふうっと息をつく。
「子どもたちは本当に、好奇心旺盛ですね。それに、自分が見知った情報をつなぎ合わせて答えを見つけようとする……賢いことです」
「……」
「アレクシス様?」
「ああ、いや、その……」
リーゼが見上げると、アレクシスは自分の口元を片手で覆って目線をそらした。
「俺は子どもたちを前にまごついていたのに、リーゼは上手に説明をするしよそに関心が向くように誘導するし……すごい、と思った」
アレクシスが言うので、あら、とリーゼは思った。
(……それはもしかすると、【一度目の人生】の記憶も関係しているかもしれないわね)
子どもを作ることも妊娠のことも何も知らないリーゼだったらアレクシスと同じように狼狽えたかもしれないが、今のリーゼには出産までは至れずともお腹に子どもができるという経験をした【一度目の人生】の記憶があるから、子どもたちの攻撃にも耐えられたのかもしれない。
リーゼはくすっと笑って、アレクシスの空いている方の手を取った。
「向かうところ敵なしのアレクシス様でも、無邪気な子どもたちには白旗を揚げるしかないのですね」
「……情けない」
「そんなことありません。狼狽えるアレクシス様は可愛かったですよ」
「俺に可愛い要素は不要だ……」
すっかり拗ねてしまったアレクシスに微笑みかけ、リーゼは今度こそ近くに誰もいないのを確認してからアレクシスの腕を引っ張り、少し体を傾がせた彼の頬に唇を押しつけた。
「……さっき子どもたちにも言ったように。結婚して落ち着いたら、神様にお願いしましょう。そしてあの子たちに今度こそ、『おめでとう』と言ってもらいましょうね」
「……リーゼ」
リーゼにキスされた頬にそっと触れたアレクシスは、どこか陶然としているかのような眼差しでリーゼを見下ろしてきた。
「どうしよう。今のリーゼが、とてつもなく可愛らしく見える。キスしていいか?」
「私としてはとても嬉しいのですが……どうやら子どもたちの声が聞こえますので」
「くっ……では今は、我慢しよう」
おそらくもうすぐここに、別の子どもたちがやってくるのだろう。アレクシスも、先ほどと同じ轍は踏みたくないだろう。
キスを我慢するアレクシスに微笑みかけ、リーゼは彼の手を握った。
「キスは……城に帰ってから、してくださいますか?」
「っ、ああ! もちろんだとも!」
途端に元気になったアレクシスはリーゼの手を優しく握り、二人足並みをそろえて歩き出した。
……きっと【二度目の人生】ではこの手が離れることがないと、リーゼは信じている。