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今度こそ幸せに①

本編よりも一年ほど後の話

 去年の秋に婚約した私とアレクシス様は約一年後、ゲルタ王国王都にある大聖堂で結婚式を挙げることになった。


 普通、ゲルタ王国の上位貴族は王都で挙式することになっている。例外はそれこそ、【一度目の人生】の時のようなどうしても、という事情くらいだ。


 国境付近を守るリーデルシュタイン辺境伯家もそれに倣い、私たちはやけに装飾が多くて重い正装姿で王都の大聖堂に行き、厳かな式を挙げた。


 この式では、基本的に参列者はいない。

 新郎新婦以外で聖堂内にいるのは、聖職者だけだ。


 この式は色々なしきたりが多くて、誓いの言葉や式典中の一挙一動など、全てが最初から決まっている。


 笑顔は一切見せず、神の御前で一生涯の愛を誓い、サインをする。

 その他、色はきれいだけどとてもおいしいとは言えないワインを飲んだり、司教様に錫杖で肩や背中を叩かれたり。

 他にも、太ももが()りそうな姿勢をキープさせてアレクシス様と一緒にポーズを取ったり――一連の儀式の感想を言うと、「疲れた」としか言いようがない。


 そういうわけで、疲れるだけで楽しいとか幸せだとかという感情を抱く暇もなかった結婚式だけど――これはあくまでも、前半戦にすぎない。


 王都の大聖堂で式を挙げた私たちはすぐ、馬車に乗ってリーデルシュタイン領に戻る。

 すると――堅牢な城はお祝いムード一色に染まっていて、門をくぐった私たちは集まっていた使用人や騎士、各地方代表の領民たちに迎えられた。


「ご結婚おめでとうございます、アレクシス様、リーゼ様!」

「お帰りを、心よりお待ちしておりました!」


 彼らが手にしているのは、リーデルシュタイン辺境伯家の家紋入りの旗や、花を盛った籠、色とりどりのハンカチなど。

 あっという間に馬車は出迎えの人々に囲まれてしまったので、私たちは顔を見あわせて苦笑をこぼした。


「大歓迎ですね」

「ああ。……皆、俺たちの結婚をこれほどまで祝ってくれているのだな。さあ、皆に顔を見せよう」

「はい。……ちょっとだけ、緊張します」

「はは、それもそうかもな。……俺の奥さんになったリーゼを皆に紹介できるなんて、本当に嬉しい」


 アレクシス様はそう言うと私の左手を取りちゅっと指先にキスをして、御者に馬車のドアを開けるよう指示した。


 ドアを開けると、皆の歓声がいっそう大きくなった。

 紳士の嗜みとして先にアレクシス様が馬車を降り、私の手を取ってくださった。

 秋の陽光が眩しくて少し目を細めてしまったけれど、すぐに皆の笑顔が視界に入って、ついアレクシス様の手をぎゅっと握ってしまう。


 私たちは大聖堂での結婚式により、シェルツ子爵夫妻になった。

 これまでは「騎士団長の娘」「次期辺境伯の婚約者」というだけでただの平民だった私が、今、貴族の妻として皆の前に立っている。


 アレクシス様と並んで歩きながら、皆の祝福の言葉に手を振って応える。

 本当は皆に一言ずつお礼を言いたかったけれど、「気持ちは分かるがそこまでしていたら、喉が嗄れてしまう」とアレクシス様に言われていたんだ。


 そうして向かった先、城の正面玄関前に立っていらっしゃるのは、辺境伯様と私の父。

 父の背後には母と、王都から駆けつけてくれた兄夫婦の姿もあった。


「よくぞ、無事に式を挙げて戻ってきた、アレクシス、リーゼ」

「はい。ただ今戻りました、父上」

「皆様のご支援を受けて、アレクシス様の妻として神にお認めいただけました」


 辺境伯様の言葉にアレクシス様と私が応えると、辺境伯様は大きく頷いた。


「こうして、夫婦となったおまえたちを迎えることができて、私も嬉しく思う。……さて、既に城では式の準備を進めている。おまえたちは長旅で疲れただろうから一日休みなさい。当初の予定通り明日、式を行う予定だ」

「はい、ありがとうございます」

「よろしくお願いします」


 ……そう。

 ゲルタ王国貴族にとっての「結婚式」は、ここからが本番だ。


 王都の大聖堂で夫婦がお堅い式を挙げている間、領地では後半戦の準備を進める。

 こちらは特に形式とかが決まっているわけではなくて、たいていの貴族は自分たちの好きな形でパーティーを開いたり、楽団を呼んだりする。


 神と国に認められる式を終えたら、今度は領民や家族から祝福される式に移行する。

 こちらの方が、私たちにとっての結婚式のメインだと言ってもいいくらいだ。


 この後半の「結婚式」には、事前に私たちの方からあれこれ提案をしたし手配もしたけれど、準備を進めるのは領地に残っている家族や使用人たちだ。


 だから私たちは挨拶を終えるとすぐに湯を浴びて着替えをし、少し早めに夕食を食べて休むことになった。


 ……のだけど。


「……あ、あの。アレクシス様」

「どうした?」


 寝る前のお茶を飲んでいる間、私は思いきってアレクシス様に尋ねることにした。


 今の私たちは、寝間着の上にガウンを一枚羽織っただけという、今すぐにでも寝られるような格好だ。

 お茶を飲んだら、それぞれの寝室に上がることになっている。


 ……そう。

「私たちの」寝室ではなくて、「それぞれの」寝室だ。


「……さっき、メイドから聞きました。私は今夜、アレクシス様とは別の部屋で寝るのですね」


 私が尋ねると、アレクシス様は数秒停止した。

 そして、「……あー」と唸り、持っていたカップをテーブルに置いた。


「……そうだな。そういうことにしているんだ」

「……一緒のベッドでは、寝られないのですか?」


 思わず、そう尋ねてしまった。


 王都で式を挙げるまでの道中に利用した宿では、「まだ結婚していないから」という理由で、別の部屋で休んだ。

 でも式を挙げてからここに戻ってくるまでの間は、二部屋取る必要もないということで、ダブルベッドのある部屋で一緒に泊まった。


 アレクシス様と一緒に寝ること自体は、デュルファー男爵を警戒していた頃に経験済みだ。

 ……とはいえさすがに旅の途中に立ち寄った宿であれこれするつもりはなかったから、暗黙の了解で「寝るだけ」にしていた。


 でも、寝る前にアレクシス様と視線を交わしたとき、ふとその緑色の湖面に小さな炎が宿っているように見えたり、キスをしたときの唇がびっくりするほど熱かったりして、どきどきしてしまった。


 今は旅の宿だから何もないだけで……城に帰ったら、「もっと別のこと」をするんだろう、という予感を抱いていた。


 だから、せっかく結婚して城に戻ったのに別室で寝ると聞いて……正直、ショックだった。


 アレクシス様は私の表情に気づいたようで、はっとした様子で私の手を取った。


「リーゼ、誤解しないでほしい。俺は、君と一緒に寝るのが嫌だから寝室を分けさせたのではない」

「……。……では、明日に備えてゆっくり寝て、英気を養うためですか?」

「ん……それもあるな。それもあるから……」


 アレクシス様は少し口ごもった末に、頬をほんのり赤らめた。


「……君を寝室に呼ぶと……抑えが効かなくなりそうなんだ。明日が休みならともかく、皆が準備してくれた式に参加しなければならないし……。リーゼと一緒に寝ると本当に冗談抜きで、明日君が立てないほど抱き潰してしまう自覚がある。だから、今夜だけは別室の方がいいと考えたんだ」

「……」

「すまない。こういうことも、早めに言っておくべきだったな……」

「い、いえ、そんなことありません」


 慌てて首を横に振りながら――自分の体中がかっかと熱くなっていることに気づく。


 アレクシス様は、あえて寝室を分けることになさった。

 そうしないと……その……我慢できずに私を抱いて、そのまま歯止めが利かなくなって、明日私が式に参加できなくなるかもしれないから……。


 それくらい、私は愛されている。

 私は……アレクシス様にとって、そういう対象(・・・・・・)で、そういう想い(・・・・・・)で見られている。


「……わ、私も、明日の式は元気いっぱいで参加したいですし……やることを全部終えて、翌日のことを考えなくてもいいときに、あなたに……抱いてもらいたいです」

「んんっ……! そ、そうか。分かってくれたなら、よかった」

「ご配慮、ありがとうございます。……明日、素敵な式にしましょうね」

「……ああ、もちろんだ。一生の思い出になる、最高の式にしよう」


 私が言い切ったからか少し慌てた様子のアレクシス様だったけれどすぐに立ち直って、優しく微笑むと私を抱き寄せてくれた。


 ……ああ、なんだか本当に……幸せだな。

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