アレクシスのおねだり②
そして、アレクシス様は無事にノルドラド山の山賊を討伐して帰還なさった。
アレクシス様は基本的にご自分が敵の中に飛びこんでいくタイプだけど、指揮官としての能力にも長けてらっしゃる。
今回の場合は山賊のアジトが複数あったそうだけど、アレクシス様の指示でまず一つ目のアジトを潰したら、数名だけわざと逃がして次のアジトまで誘導させ、また潰す。また次のアジトを……という感じで殲滅していったそうだ。
山岳地帯で相手に地の利がある中、アレクシス様がうまく騎士たちを動かしたおかげで、こちらの被害は最小限に留められたという。
負傷者はいるけれど、死者は一人もいない。
山一つを占領している山賊討伐作戦の結果としては、上々だそうだ。
……さて、昼前に帰還したアレクシス様たちは辺境伯様への報告や今後の領内警備についての打ち合わせ、報告書の作成などを行った。
私は経理の仕事をしながら様子を窺っていたけれど……夕方に、アレクシス様の従者の一人が伝言を持ってきた。
『夕食の前に、話したいことがある。俺の部屋に来てくれ』
……経理室の壁際でこっそりそれを読んだ私はそれ以降、緊張しすぎてなかなか仕事に手が付かなかった。
私の事情を察したらしい例の同僚が気を利かせて、早退させてくれたけれど……部屋に戻ってからも、なかなか心は落ち着かない。
いや、まさかだとは思うけれど……本当に「味見」云々言いだしたりしないよね!?
びくびくしながら着替えて、日が沈みかけた頃にアレクシス様の部屋に向かう。戦帰りのアレクシス様は明日から数日間、公務をなさらないとのことだ。
ドアをノックすると、すぐにアレクシス様が開けてくださった。
「すまないな、リーゼ。よく来てくれた」
「……いえ」
すぐに部屋に通されたけれど……もう、この時点で嫌な予感がしている。
なぜなら、私をソファに座らせて向かいに腰を下ろしたアレクシス様が、既にほんのりと顔を赤らめているからだ。
いや、まさかの、えっ。
本当に、されるの? 味見を?
「……」
「……その、リーゼ。俺は宣言したとおり、ノルドラド山の山賊を討伐してきた」
「は、はい。アレクシス様のご帰還を、心よりお待ちしておりました……」
本当は色々と気になっていて「心より」待っていたわけではないけれどそれは言わず、定型文で済ませておいた。
アレクシス様は頷くと、こほん、と調子を整えるように咳払いをした。
「それで……出立の前に言ったと思うが。リーゼから、褒美をもらいたい」
「……わ、私で差し出せるものでしたら……内容にもよりますが……喜んで……」
「待ってくれ。そんな、とんでもないものではないし……ほしいのは、金や物などではない。リーゼさえいてくれればもらえるものだ」
アレクシス様は私を安心させるためにそう言ったのかもしれないけれど、いっそう「味見」である確率が高まるだけだった。
なおも私が緊張で体を固くしていると、アレクシス様は深呼吸して――口を開いた。
「リ、リーゼ!」
「はいっ!」
「ひっ、膝枕、というものをしてくれないか!」
「……。……はい?」
その後、お茶を飲みながら話を聞いたところ。
アレクシス様は、新婚の騎士――まさにあの、経理の同僚の旦那さんだ――と世間話をしていて、「妻に膝枕をしてもらうのが最近の喜びだ」ということを聞かされたそうだ。
膝枕、という単語をこれまで聞いたことがなかったようで、アレクシス様は詳しく聞き出し――是非とも自分も婚約者の膝枕を享受したい、と思うようになったそうだ。
「彼曰く、膝枕をしてもらうと柔らかくて、よい匂いがして、しかも……どういう意味かは分からないが、とても眺めがよいとのことだった。そういうことで、羨ましくなった」
アレクシス様は、真面目な顔で語ってらっしゃる。
……うん、まあ、アレクシス様もその騎士も男の人だし、そういう話をするものなんだよね……多分。
ただし、柔らかさと匂いはともかく、眺めというのは――おそらく同僚は胸が大きいから、そういう意味で旦那さんは言ったのだろう。
だから、私ではよい眺めは提供できそうにない。それだけは了承してもらいたい。
でも、まあ、膝枕くらいなら、それほど緊張しなくていいだろう。
というか、命懸けで山賊退治をした褒美が膝枕なんてささやかすぎて逆に、これでいいのか、と思ってしまう。いや、だからといって「味見」は困るけれど。
そういうことなので私は膝枕を了解して、すぐに実行することになった。
アレクシス様曰く騎士は自邸のソファで膝枕をしてもらったそうだけど、残念ながらこの部屋でそれをすると長身なアレクシス様の脚がソファからはみ出てしまう。
そのため、私たちはアレクシス様の寝室に移動した。
……うん、今回は膝枕をするだけだし、大丈夫!
私はアレクシス様の許可を取ってから、きれいに整えられたベッドに腰を下ろした。
「では、アレクシス様。靴を脱いで、私の膝に頭を載せる形で寝転がってください」
「う、うむ。了解した」
膝枕のおねだりをするときはわりと饒舌だったアレクシス様だけど、いざするとなったからか、顔を赤らめてもじもじしていた。
でも観念したようで、ブーツを脱ぎ、私の膝の上に頭を載せるように仰向けになった。
アレクシス様の顔をこんな形で見下ろすのは、珍しい、と思ったけれど――
「……すまない、リーゼ。これでは首が痛くなりそうだ」
「ごめんなさい。私、結構太ももにお肉が付いているので……」
「そ、それは悪いことではない! 少し俺には高すぎるだけで、ふわふわしているしいい匂いもする! 最高だ!」
フォローのつもりなのだろうけれど、ここまで言われると恥ずかしい。
仰向けだと私の太ももの厚みのせいでアレクシス様が首を痛めそうなので、横向きになっていただくことにした。
もちろん、私に背中を向ける形で。
「……どうですか?」
「高さは、ちょうどいい。だが……これでは、リーゼの姿が一切見えない」
「そ、それはそうですが……」
アレクシス様の視線の先には寝室の壁があるだけだから、気持ちはよく分かる。
分かるけど……反対側を向けば、アレクシス様の顔が私の下腹の方を向くことになるし……それはさすがに、ちょっと恥ずかしいような……。
でも、討伐を頑張ったアレクシス様への「褒美」なんだし……。
「……分かりました。では、お顔をこちらに」
「ああ。……やはりこちらの方が、安心するな」
緊張する私とは逆に、体をごろんと回転させて私のお腹の方に顔を向けたアレクシス様は、安心しきった声を上げている。
……アレクシス様は約十日間の遠征を終えて、今日帰ってきたばかりだ。
当然疲れているだろうし、横になったら眠くなるだろう。
「アレクシス様。いい感じに位置を調節したら、そのままお休みになっていいですよ」
「……いいのか? このままの姿勢だと、リーゼが苦しくないか?」
「私は座っているのとほぼ同じなので、大丈夫ですよ。夕食までまだ時間がありますし、それまでゆっくりなさってください」
そう言ってアレクシス様の額に掛かる前髪をそっと払うと、アレクシス様は安心したように眉を垂らして、目を閉じた。
「……そうさせてもらう。ありがとう、リーゼ。おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
そうして何度か髪を撫でていると、すぐに静かな寝息が聞こえてきた。やっぱり、かなり疲れてらっしゃったんだろう。
すうすうと眠るアレクシス様の髪を撫で、目を細める。
私はこれからもこうして、私にできる形でアレクシス様に安らぎを提供したい。
騎士として、次期辺境伯として、皆の前では凛としていて敵に対しては勇猛果敢に戦うこの方が心穏やかに眠れる場所を、私が提供していきたかった。
結局そのままアレクシス様は夕食の時間までぐっすり眠られた。
目覚めたアレクシス様はとてもすっきりなさっていて、私を優しく抱きしめてくださった。
「リーゼの膝枕、最高だった。また討伐作戦を終えたら、褒美としてやってくれないか?」
「もう……そんな危険なことを毎度なさらなくても、お願いしてくださったらしますから」
「本当か! ありがとう!」
ぱっと顔を明るくするアレクシス様がなんだか可愛らしくて……勇気を出して膝枕をしてよかった、と思えた。
「……そうだ! いつかお返しに、俺もリーゼに膝枕をしよう!」
「それは遠慮します」
だってアレクシス様の膝、絶対硬いし。
アレクシスのおねだり
おしまい




