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やり直し辺境伯夫人の幸福な誤算  作者: 瀬尾優梨
難局に立ち向かう婚約者たち編
22/40

過去を乗り越えて②

 デュルファー男爵には、奥方と子ども三人がいる。

 ただし今回の訪問はいとこである辺境伯様と内政の相談をするという目的だったので、使用人と護衛だけはぞろぞろと引きつれているけれど、ご家族の姿はなかった。


【一度目の人生】では男爵を始めとして、同じく辺境伯夫人の座を狙っていたという男爵夫人もアレクシス様に首を落とされ、ほぼ無関係の子どもたちも胸を貫かれて絶命したということだった。


 だから、今回は……男爵と夫人にはほどほどに痛い思いをしてもらえればいいけれど、子どもたちには平穏な未来が約束されればと思う。


 さて、私はいつもの仕事用ドレスや運動着ではなくて、メイドと同じエプロンドレスと三角巾という姿で給仕の手伝いをしていた。


 私は料理や裁縫はそれほど得意ではないけれど、力はあるしそれなりに器用な方なので、たんと料理の盛られた大皿を運んだり使用済みの食器を流しに運んだりという方面で活躍できた。


 最初のうちは、厨房の料理人やメイドたちに「リーゼ様の手を煩わせるなんて……」と恐縮されたけれど、メイドたちがうんうん言いながら運ぶ荷物を私がひょいっと持ち上げたことで、すっかり頼ってくれるようになった。


 ……明日はちょっと節々が痛くなるかもしれないけれど、頼られたり喜ばれたりするのは嬉しい。


 それに――こうして動いていると予想通り、男爵の姿を遠目ながらに見ることができた。


 デュルファー男爵は辺境伯様とはいとこの関係だけれど、あまり似ていない。

 若い頃から騎士として父たちと一緒に訓練してきた辺境伯様はがっしりとした体を持っているけれど、男爵はひょろっとしていて背も低い。


 おまけに使用人たちへの対応も冷たいらしく、別室で休憩している男爵家の使用人たちが愚痴っていた……と、メイドが教えてくれた。


 辺境伯様と男爵、そしてそこにアレクシス様も加えた三人での晩餐を終えると、アレクシス様以外の二人は書斎に移動して内政の相談をすることになった。

 二人で大丈夫かな……と思ったけれど、そこに父たちも同席するらしいので、まずは皆の腕前を信頼したい。


「では男爵、こちらへ」

「うむ」


 私たちが廊下に整列して頭を下げる前を、辺境伯様と男爵が通っていく。


 辺境伯様が私たちを見て「皆も、ご苦労だった」と声を掛けてくださる一方で、男爵はじろじろと不躾な目で見てくる。


 しかも……男爵がじっくり見るのは若くて華やかな雰囲気のメイドだけで、男性使用人やベテランの使用人、素朴な雰囲気のメイドはスルーされていた。


 ちなみに、どきどきしながら様子を見ていた私は、一瞬だけ目が留まったけれど――すぐに興味なさそうに逸らされた。


 ……長時間見られなくてよかった、と思う反面、男爵の中での私の評価が分かるようで、ちょっと腹立たしくもあった。


 辺境伯様たちが去っていったことで、ひとまずこの場は解散となった。まだ皿洗いや掃除などは残っているけれど、さすがに私はここまででいいと言われた。


「リーゼ」


 まずはメイド服からいつものドレスに着替えをしよう、と思いながら廊下を歩いていると、愛しい人の声がした。廊下の行く先で、ちょいちょいと手招きする手も見える。


「アレクシス様」

「手伝いありがとう。お疲れ様」

「アレクシス様こそ、お疲れ様でした」


 廊下を曲がった先にいらっしゃったアレクシス様が腕を広げたので、遠慮しつつその胸元に体を寄せる。


 今のアレクシス様は晩餐会用の、豪華な服を着ていた。細かな刺繍入りのジャケットなので、頬を当てると少しだけぼこぼことしている。


「……すみません、アレクシス様。私、仕事着のままで……」

「気にしなくていい。それに……メイドのお仕着せというのも、なかなか似合っているな」


 抱擁を解いたアレクシス様はそう言って、しげしげと私の姿を見てきた。

 いつもは一つに結っている髪も、給仕の手伝いをするのできつめの団子にして三角巾の中に隠れるようにしているから、印象も違って見えるのかも。


「メイドの格好、似合っていますか? おかえりなさいませ、旦那様。お風呂にしますか? ……なーんて?」

「うっ……やめてくれ、リーゼ。それは、俺にはあまりにも破壊力が強すぎる……」


 呻きながら本当に胸元を押さえているし、耳もほんのり赤い。


 だから……いつもならこんなことしないけれど、さっき男爵と視線が合ったこともあってアレクシス様が恋しくなっていたからか、私はついつい続けてしまった。


「どうかなさいましたか、旦那様? まあ、お顔が赤いようですが……お熱でもあるのでしょうか?」

「やめなさい」


 アレクシス様は低い声で言うと、額に手を伸ばそうとした私の手を掴み、くるんと体の向きを変えて私を廊下の壁に押しつけた。


 あれ、と思ったときには既に遅く、私は右手を拘束され、顔の左の壁に手を突いたアレクシス様によって、追いつめられていた。


 廊下の暗がりの中、灯りを受けてほんのり妖しくアレクシス様が照らされ、しかもその顔が迫ってきたので……どきどきしてきた。


「ア、アレクシス様……?」

「やめるように、言っただろう? それに従わなかったメイドが悪い」

「そ、そうですよね……申し訳ありません、ご不快な思いを……」

「不快ではない。だが、俺も時には我慢の限界に達しそうになる。……そうなると、こうして君の力では逃げられなくなる。そのことを、よく覚えておきなさい」

「か、かしこまりました……」

「いい子だ」


 アレクシス様はそう言うとそれまでの色っぽい表情を引っ込めて、ふっと笑った。

 そして私の額にちょんとキスをして右手を私の三角巾の中に差し込み、髪を団子にしている紐を解いてしまった。


「あっ……」


 ふわり、と肩に流れた髪を掬い、それに軽く口づけたアレクシス様が微笑んだ。


「さあ、メイドの時間はおしまいだ。……この後、時間はあるか? よければ、俺の婚約者としてもう少し一緒に――」

「……おや?」


 耳元で聞こえるアレクシス様の声を潰すように、掠れた声が遠くから聞こえた。

 アレクシス様と同時にそちらを見ると――そこには、細身の中年男性の姿があった。


 ――どうして、ここに?

 さっき、辺境伯様と一緒に執務室に上がったはずじゃ……?

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