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やり直し辺境伯夫人の幸福な誤算  作者: 瀬尾優梨
恋する婚約者編
20/40

婚約者たちの決闘③

 私とアレクシス様が対戦をして引き分けになったという噂は、すぐに城内に広まった。


 父は「怪我はしていないか!?」と心配してきた一方で、辺境伯様は「もしアレクシスが嫌なことをしたら、思う存分叩きのめしなさい」とアドバイスしてくださった。


 ……よほどのことがない限り、私がアレクシス様を叩きのめすことはないだろうけど、【一度目の人生】での出来事を踏まえて、これからも精進していきたいところだ。


 ……ただし。


「ほら、リーゼ。口を開けて?」

「……」

「おいしいだろう? さあ、次はどれが食べたい? どれもとてもおいしそうだな」

「……そっちの、緑色のケーキをお願いします」

「これだな!」


 今、私はなぜかアレクシス様に給餌される形でティータイムのお菓子を食べていた。


 訓練場で試合をした後、私たちはそれぞれ湯を浴びたりメイドからマッサージされたりして、疲れを取った。


 アレクシス様は「リーゼのマッサージなら俺がする」と申し出たけれど、熟練のメイドに「そんなことをして、リーゼ様のお体に触れて興奮したらどうなさるのですか!」と一喝されたことで引き下がった。

 彼女は辺境伯様が若い頃から城で働いていて、アレクシス様でさえ頭が上がらないそうだ。


 でもアレクシス様は私を構うことを諦められなかったようで、夕方のティータイムでは「リーゼは手が痺れているだろうから、俺が取ってあげる」と主張した。


 確かに試合直後は手が痺れたけれど、お湯に浸かってマッサージもしてもらったから、フォークを持つくらいなんてことない。現にさっきまで、書類仕事のためにペンを取っていたくらいだ。


 それでもなお主張なさるから私の方が折れて、いわゆる「あーん」をしてもらうことになった。

 どういうことだろう、と思いながらも、アレクシス様がとても楽しそうなのでいいことにした。


 アレクシス様は向かいの席に座る私が食べたいケーキを切り分けて、フォークで口元に運んでくれた。

 さすがに紅茶を飲むのは自分でしたけれど、その間もアレクシス様は柔らかい微笑みを浮かべて私を見ていた。


「……あの」

「どうした? 次はどれを食べたいんだ?」

「いえ、私ではなくて。アレクシス様も、どれか召し上がってください」

「む、そう言われても……俺はこうして、君がおいしそうにケーキを食べる姿を見られるだけで胸がいっぱいになるし、糖分も十分補給できている」

「そ、そうですか……」


 たとえ私がおいしそうに食べていても、その姿を見ただけで空腹感は満たされないし、ましてや糖分補給なんてできるわけないと思うけれど。


 それでもなおアレクシス様は細やかに気を遣ってくださり、ご自分が食べることは疎かになってしまっている。


 ……よし、それじゃあ。


「では、先ほどの緑色のを」

「リーゼはこの味が気に入ったのだな」

「はい。……ああ、いえ、私ではなく、それをご自身のお口に」

「え?」


 すぐにフォークを私の方に向けてきたアレクシス様は、ぽかんとしたようだ。


「だって、アレクシス様は私の世話ばかりで、全然召し上がっていませんし」

「それは、君の姿を見ているだけで十分だからだと言ったではないか。それに、君の手が痺れたのは俺のせいである」

「そうだとしても、私一人ではこの量を食べきれません。……それに、おいしいものは好きな人と一緒に分かちあいたいじゃないですか」


 同じものを食べて、おいしいと思う。

 そうすればきっと、おいしさも幸せも倍以上に膨らむはずだ。


 私の指摘に、アレクシス様ははっと目を丸くした。

 そして、フォークの先にある緑色のケーキに視線を落として――ふ、と苦笑をこぼした。


「これは、一本取られたな。確かに、リーゼの言うとおりだ」

「分かってくれました?」

「ああ。では、これは俺がいただこう。……せっかくだから、この皿に載ったケーキの中で、お互いが一番美味だと思うものを勧めあわないか?」

「ふふ、それ、いいですね。自分が一番おいしいと思うものを、相手と分かちあえるのですね」

「ああ。……今日の試合で分かったが。俺はリーゼを守りたいし――いざとなったらあの廃屋での戦闘のように、リーゼの力を借りたいとも思っている」


 アレクシス様は緑色のケーキの刺さったフォークを一旦皿に置いて、穏やかな眼差しで私を見てきた。


「困難は一緒に乗り越え、幸福は分かちあい、君と並んで歩いていく。……そういう関係でありたいと、俺は思っている」

「……」


 アレクシス様と並んで……歩く。

 それは、私にとってはもったいなすぎるお言葉。


【一度目の人生】でもそうだったように、多くの貴族の夫妻は夫の後を妻がついていくものだ。

 夫の目線の先には未来が、妻の目線の先には夫がいる。それが当たり前だ。


 でも、今のアレクシス様は別の形を提案してくださった。

 アレクシス様だけが前を見て、私がアレクシス様の背中を見るのではなくて……一緒に並んで、同じものを見るという形を。


「……私も、そう思っています」


 私も、あなたと一緒に歩きたい。

 たとえ、この先に何があったとしても。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 数日間お腹を壊していたはずなのに すごく健啖!
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