婚約者たちの決闘③
私とアレクシス様が対戦をして引き分けになったという噂は、すぐに城内に広まった。
父は「怪我はしていないか!?」と心配してきた一方で、辺境伯様は「もしアレクシスが嫌なことをしたら、思う存分叩きのめしなさい」とアドバイスしてくださった。
……よほどのことがない限り、私がアレクシス様を叩きのめすことはないだろうけど、【一度目の人生】での出来事を踏まえて、これからも精進していきたいところだ。
……ただし。
「ほら、リーゼ。口を開けて?」
「……」
「おいしいだろう? さあ、次はどれが食べたい? どれもとてもおいしそうだな」
「……そっちの、緑色のケーキをお願いします」
「これだな!」
今、私はなぜかアレクシス様に給餌される形でティータイムのお菓子を食べていた。
訓練場で試合をした後、私たちはそれぞれ湯を浴びたりメイドからマッサージされたりして、疲れを取った。
アレクシス様は「リーゼのマッサージなら俺がする」と申し出たけれど、熟練のメイドに「そんなことをして、リーゼ様のお体に触れて興奮したらどうなさるのですか!」と一喝されたことで引き下がった。
彼女は辺境伯様が若い頃から城で働いていて、アレクシス様でさえ頭が上がらないそうだ。
でもアレクシス様は私を構うことを諦められなかったようで、夕方のティータイムでは「リーゼは手が痺れているだろうから、俺が取ってあげる」と主張した。
確かに試合直後は手が痺れたけれど、お湯に浸かってマッサージもしてもらったから、フォークを持つくらいなんてことない。現にさっきまで、書類仕事のためにペンを取っていたくらいだ。
それでもなお主張なさるから私の方が折れて、いわゆる「あーん」をしてもらうことになった。
どういうことだろう、と思いながらも、アレクシス様がとても楽しそうなのでいいことにした。
アレクシス様は向かいの席に座る私が食べたいケーキを切り分けて、フォークで口元に運んでくれた。
さすがに紅茶を飲むのは自分でしたけれど、その間もアレクシス様は柔らかい微笑みを浮かべて私を見ていた。
「……あの」
「どうした? 次はどれを食べたいんだ?」
「いえ、私ではなくて。アレクシス様も、どれか召し上がってください」
「む、そう言われても……俺はこうして、君がおいしそうにケーキを食べる姿を見られるだけで胸がいっぱいになるし、糖分も十分補給できている」
「そ、そうですか……」
たとえ私がおいしそうに食べていても、その姿を見ただけで空腹感は満たされないし、ましてや糖分補給なんてできるわけないと思うけれど。
それでもなおアレクシス様は細やかに気を遣ってくださり、ご自分が食べることは疎かになってしまっている。
……よし、それじゃあ。
「では、先ほどの緑色のを」
「リーゼはこの味が気に入ったのだな」
「はい。……ああ、いえ、私ではなく、それをご自身のお口に」
「え?」
すぐにフォークを私の方に向けてきたアレクシス様は、ぽかんとしたようだ。
「だって、アレクシス様は私の世話ばかりで、全然召し上がっていませんし」
「それは、君の姿を見ているだけで十分だからだと言ったではないか。それに、君の手が痺れたのは俺のせいである」
「そうだとしても、私一人ではこの量を食べきれません。……それに、おいしいものは好きな人と一緒に分かちあいたいじゃないですか」
同じものを食べて、おいしいと思う。
そうすればきっと、おいしさも幸せも倍以上に膨らむはずだ。
私の指摘に、アレクシス様ははっと目を丸くした。
そして、フォークの先にある緑色のケーキに視線を落として――ふ、と苦笑をこぼした。
「これは、一本取られたな。確かに、リーゼの言うとおりだ」
「分かってくれました?」
「ああ。では、これは俺がいただこう。……せっかくだから、この皿に載ったケーキの中で、お互いが一番美味だと思うものを勧めあわないか?」
「ふふ、それ、いいですね。自分が一番おいしいと思うものを、相手と分かちあえるのですね」
「ああ。……今日の試合で分かったが。俺はリーゼを守りたいし――いざとなったらあの廃屋での戦闘のように、リーゼの力を借りたいとも思っている」
アレクシス様は緑色のケーキの刺さったフォークを一旦皿に置いて、穏やかな眼差しで私を見てきた。
「困難は一緒に乗り越え、幸福は分かちあい、君と並んで歩いていく。……そういう関係でありたいと、俺は思っている」
「……」
アレクシス様と並んで……歩く。
それは、私にとってはもったいなすぎるお言葉。
【一度目の人生】でもそうだったように、多くの貴族の夫妻は夫の後を妻がついていくものだ。
夫の目線の先には未来が、妻の目線の先には夫がいる。それが当たり前だ。
でも、今のアレクシス様は別の形を提案してくださった。
アレクシス様だけが前を見て、私がアレクシス様の背中を見るのではなくて……一緒に並んで、同じものを見るという形を。
「……私も、そう思っています」
私も、あなたと一緒に歩きたい。
たとえ、この先に何があったとしても。




