婚約者たちの決闘②
その後すぐに、私とアレクシス様用の模擬剣が準備された。
私の剣はいつも通り、頑丈だけど細身で軽いもの。アレクシス様の方は……大きい。
対戦のために距離を取っているけれど、それでもその刀身の長さと大きさはよく分かる。
そして、「アレクシス様と婚約者の一騎打ち」ということからか、手の空いている騎士たちがぞくぞくと集まってきた。
「やあ、リーゼ。よくあのアレクシス様が決断したなぁ」
「最初は渋られていたんですけれどね」
「あはは、そうだろうな! ……リーゼ、武運を祈る!」
「はい、ありがとうございます」
私はほとんど攻撃できないから、この試合で負傷するとしたら、私の方だ。
アレクシス様も、私に怪我を負わせることを極度に恐れてらっしゃるようだったから……気を引き締めないと。
そうして、見習い騎士が試合開始の鐘を鳴らす。
これで相手がエルマーだったら、一気に距離を詰めてくるけれど――
「……」
「……」
「……」
「……」
……困った。
アレクシス様が、動かない。
私が回避型であることは、騎士たちも知っている。
だから、「相手の攻撃を回避して、疲労して動けなくなったところで一撃入れる」という私の戦闘方法を理解している皆は、私にはあまり注意を向けない。
でも……アレクシス様はガツガツと斬り込むタイプだ。そんなアレクシス様がなかなか動こうとしないからか、騎士たちもそわそわし始めた。
……こ、これはかなり、困る。
ということは、私の方から斬り込まないといけないってこと……?
いまだにアレクシス様が動こうとしないので、私は観念して剣を手に、駆け出した。騎士たちが、わっと歓声を上げる。
「いいぞ、リーゼ!」
「リーゼ様! 華麗な一撃を見せてください!」
騎士たちからエールを送られるけれど……私が一撃を与えるのは相手がふらふらになってからだから、体力満タンでしかも長身なアレクシス様を倒すのは、まず不可能だ。
私が詰め寄っても、アレクシス様は難しい顔で立っていた。
そして、私が剣を突き出すと――ギン、とそれを弾いた。
やっぱり――すごい動きだ。
それまではだらんとしていた腕を瞬時に動かして、大剣で私の剣を防ぐ。それでもアレクシス様はどこかぼうっとした顔をしているから、これはもはや本能のなせる業なんだろう。
「アレクシス様、覚悟!」
「……ま、待ってくれ。そんなにぐいぐい来られると、俺も困る!」
「対戦中に何を言っているんですか……」
とか言いながら、アレクシス様は危なげなく私の攻撃を全て弾いた。でも、いざ攻撃しようという構えは見せるのに、はっとした様子で剣を下ろしてしまう。
……このままでは試合にならない。
「アレクシス様!」
「わ、分かっている! くそっ……リーゼの可愛い顔を見ると、動けなくなる……」
お褒めの言葉をいただけたのは嬉しいけれど、それじゃあ試合が成立しない。
「アレクシス様、本気で来てください!」
「リーゼ……」
「私は、アレクシス様の本気が見たいんです! あなたが本気で繰り出す一撃を――この剣で、受け止めたいんです!」
……そうだ。
【一度目の人生】の私は、狂乱状態のアレクシス様に斬り捨てられた。
剣の動きを目視することもできず、銀のきらめきが見えたと思ったら私は血を流して倒れていた。
あのときの私は、アレクシス様に斬られた、ということもすぐには理解できなかった。でも、それはそれで幸運だったのかもしれない。
あのような未来は起こさないと、決めた。
でも、もしかするとこの先、アレクシス様のお心が乱れる状況が生まれるかもしれない。
もし、私を賊と間違えて攻撃することがあっても。
私は【一度目の人生】のようにあっさり斬られて死にたくはない。
アレクシス様の刃を受け止め、そのお心を乱すものをも退治したい。
そのための力を、付けたい。
私の叫びに、アレクシス様の瞳が揺れた。
そして――
ガツン、とこれまでにないほど重い一撃が、剣を通して伝わってきた。
騎士たちが、興奮した声を上げている。
アレクシス様が私に、攻撃を仕掛けてきたんだ。
「アレクシス様……」
「それが君の覚悟なら……俺もそれに応えよう」
一旦私との距離を取ったアレクシス様はそう言い、剣を構えた。
……その立ち居振る舞いは、【一度目の人生】で雨の中で見た光景と、よく似ている。
でも、大丈夫。
アレクシス様の緑色の目は澄んでいて、真っ直ぐな闘志に燃えているから。
「ただ、手加減はさせてくれ。……俺はこれから、五回だけ攻撃する。それを全て流せたら君の勝ち。途中で君が剣を取り落としたりしたら、俺の勝ちだ」
「分かりました。……来てください、アレクシス様!」
こうして堂々と宣言するのが、アレクシス様らしい、とつい笑みをこぼしてしまう。
でもすぐに強烈な一撃が降ってきたため、その笑みも消さざるを得なくなった。
アレクシス様が宣言した一回目の攻撃は、真上から振りかぶられた。
事故防止用の兜は被っているけれど、回避に失敗したら脳震盪を起こしかねない。
でも、この攻撃ならかわしやすい。
たんっと後ろに跳んで、攻撃をかわす。狙いを外したアレクシス様の剣が、地面にめり込んだ。
二回目は、横薙ぎ。
これは剣を地面と垂直に構えることで攻撃を受け止め、そのまま体を捻ることで敵のバランスを崩すことができる。
アレクシス様も私の攻撃スタイルを把握済みなので、転んだりすることなく体勢を立て直した。
三回目は、突き。これも受け止めようがないので横に跳んでかわす。
最後まで敵の動きから目を離さないことで、連続した四回目の薙ぎ払い攻撃も受け止められた。
騎士たちが、いっそう盛り上がっている。
次の五回目で、決着が付くからだ。
これまでの攻撃は、二回はかわして二回を受け止めている。
まともに力をぶつけられたのはそれだけだけど……何しろ、アレクシス様は大柄で力も強いから、一撃がとてつもなく重い。現に既に、手が痺れてきている。
びりびりする手で剣を握り直し、私はアレクシス様の動きをじっと見つめる。
私と距離を取ったアレクシス様は、私に背を向けて――首を捻ってこちらを見てきた。
――この、動きは。
【一度目の人生】で私を斬ったときと同じ、振り向き様による斬り捨て攻撃だ。剣の動きは派手で、受け止めやすい。
ただしアレクシス様が全力で振りかぶったこの攻撃で、騎士たちが持っていた模擬剣が折れるのを何度も見たことがある。それに、防御に失敗した場合は肩から腰にかけてざっくり斬られることになる。
……そう、【一度目の人生】の私のように。
どくん、と私の中で、【一度目の人生】の私が悲鳴を上げている。
やめて、怖い、と訴えている。
……でも、大丈夫。
私は、強くなりたい。
強くなって、アレクシス様をお守りしたい。
【一度目の人生】でできなかった分も強くなって……乗り越えたい。
私は身を低くして、剣を斜めに構えた。急所である首や心臓だけは守れるように、腕で身を庇う。
アレクシス様が私の予想通り、斜めに斬り捨てる攻撃を放ってきた。
ギン、と細い剣と大剣が絡み合い――そして、鈍い音を立てて私の剣が折れた。
「あっ――」
声を上げたのは、私とアレクシス様のどちらだったのか。
でも私もアレクシス様も動きを止めたりしなかった。
アレクシス様は剣を構え、私も折れた剣を手にしたまま――
二人、ほぼ同時に剣の先を相手の首筋にかざした。
しゃがむ姿勢になっている私は、身を屈めているアレクシス様の左の首筋に剣の折れた部分を向け、アレクシス様は私を見下ろすような姿勢で私の左肩付近に大剣を向けている。
しん、と訓練場に沈黙が落ちた。
そして――カンカンカン、とけたたましく試合終了の鐘が鳴らされた。
「これは……互角か!?」
「アレクシス様はリーゼ様の剣を折り、リーゼ様はアレクシス様の攻撃全てから身を守った――」
「引き分け! 引き分けだ!」
騎士たちが盛り上がっている。いつもなら引き分け試合となると皆、不満そうにするものだけど、今回は全員が興奮したように声を上げていた。
引き分け……その言葉が身に染みこんだ途端、私は剣を取り落としてしまった。
でも、膝から力が抜けて倒れそうになった体は、アレクシス様に難なく受け止められた。
「っと。……リーゼ、見事な試合だった」
「アレクシス様こそ。最後まで攻撃の手を止めないでくださり、ありがとうございました」
「君の願いだからな。引き分けというのも、非常に納得のいく結果だ」
アレクシス様は微笑むと、駆けつけてきた見習いたちに二振りの剣を渡すと、ひょいと私を抱え上げた。
……え?
一瞬のことで何が何やらだけど……私、アレクシス様に横抱きにされている?
「え、あ、あの! 待って、下ろしてください!」
「だめだ。……俺の馬鹿力攻撃を何回も受けて、手も痺れているし疲れただろう。無理をしてはいけない」
「た、確かに手は痺れてますけど……私、汗臭いですよ!」
「そんなことない。リーゼはいつもいい匂いがするし、こうして抱きしめているといっそう甘い香りを近くで感じられる」
ついさっきまでは真剣な顔で斬り込んできたアレクシス様が、とろけそうなほど甘い表情で同じくらい甘ったるい言葉を吐いてきた。
おかげで、それまでは楽しそうに騒いでいた騎士たちもしんと静かになり、もじもじし始めた。
ベテラン騎士はともかく、まだ十代そこそこの見習いたちは恥ずかしそうに目を逸らしている。
「さあ、一緒に休憩所に行こう。体が疲れているなら俺が揉みほぐすし、汗を掻いたことが気になるのなら――」
「……」
「……い、いや、それはまだ早いな。すまない」
ご自分で言っておきながら照れた様子で、アレクシス様は視線を逸らすと私を抱えてすたすた歩き始めた。
……何を考えて、何が「まだ早い」なのか、知りたいけれど知りたくないような。
でもアレクシス様に抱きしめられるのは嫌ではないので、私は皆の視線を感じながらもアレクシス様の腕に甘えて、休憩所まで連れて行かれたのだった。




