婚約者たちの決闘①
「あっ、リーゼ様!」
「リーゼ様のお越しだ! 全員、整列!」
「ああ、わざわざいいですよ。皆、訓練中ですし、活動を続けてください」
剣を手にした運動着姿の私が訓練場に姿を見せると、見習い騎士たちが一斉に集まってこようとした。
その気持ちには嬉しく思いながらも申し訳ないので丁重に断ると、皆お辞儀をしてから元の位置に戻ってくれた。
だんだん夏が近づいて、気温も上がってきている今日この頃。訓練中は負傷を防ぐために革鎧を着て長袖のシャツと長ズボンを着用している騎士たちだけど、休憩中は汗まみれの服を脱いで伸びていた。
上半身裸でくつろいでいる騎士たちもいて、彼らの中には私を見ると「きゃあっ!?」と悲鳴を上げて体を隠す者もいる。
いいえ、下さえ穿いてくださればいいので、気にしないでください、と言うと納得してもらえた。
今日も私は、見習いたちと一緒に運動しに来ていた。
ここ数日、お腹の調子がよくなくて仕事以外では布団に潜り込んで唸っていた。その分体がなまっていて節々も痛いから、凝り固まった体をほぐすために剣を振るおうと考えたのだ。
「皆、こんにちは。訓練頑張っていますか?」
「あ、どうも、リーゼ様!」
「おかげさまで、ばっちりです!」
私が向かったのは、見習いの中でも一番の若手たちのグループ。彼らの中にはエルマーもいて、木のベンチに座って模擬剣を磨いていた彼も私を見て立ち上がり、お辞儀をしてきた。
初めてエルマーと対戦したあの日から、二ヶ月ほど経つ。彼は元々同期の中でも身体能力に優れていたけれど、最近めきめき才能を伸ばしているようだ。
リーデルシュタイン騎士団では半年に一度――春と秋に、昇格試験が行われる。これで合格を重ねると少しずつランクが上がり、見習いもいずれ卒業できる。
新人騎士が見習いを返上するまでは、試験で三回合格する必要があり――つまり最速でも、一年半掛かる。
なお、アレクシス様は見事一年半で卒業していて、私の兄は一回分の試験のときに病気で休んだから二年掛かったけれど、受験回数は最少の三回で終わらせている。
エルマーは、一年半で合格できるだろう、と噂されている。リーデルシュタイン騎士団の中でも複数の隊があり、それぞれの隊長もエルマーを自分たちのもとに引き入れようと考えているとか。
エルマーのことは、アレクシス様も高く評価している。
しかもアレクシス様曰く、「彼はプライドが高くて若干我が儘なところがあったが、リーゼにやられたことで反省して、かなり真面目になったようだ」とのことだ。
そんな彼のもとに向かい、私は腰に下げている剣をとんとんと叩いた。
「エルマー、もしよかったらまた後で、私と試合してくれませんか?」
「……。……ありがたいお申し出ですが、また後日にしていただけたら」
「そう? ごめんなさい、今日は忙しかったのですね」
「……いえ、忙しくはないのですが……ああやってじっと見られながらあなたと訓練するのは、非常にやりにくいので……」
そう言ってエルマーがちらっと私の背後に視線を向けたので、私もそちらを見る。
視線の先にいらっしゃるのは、騎士団の制服姿のアレクシス様。
今日は騎士団の指揮をしにいらしていて、「リーゼも来るのなら、俺も様子を見る」とおっしゃったんだ。
そんなアレクシス様の顔までは私の距離からは見えないけれど、腕を組んでじっとこっちを見ているのは分かる。軽く手を振ると、アレクシス様も小さく右手を挙げてくださった。
「……そういうことですね。分かりました、では、またの機会に……」
「あ、そうだ! 俺、ずーっと気になっていたことがあるんですよ!」
私とエルマーの間に入ってきたのは、エルマーの同期である見習い騎士。
彼は同期の中でもかなり小柄で、十代半ばということだけれど若干落ち着きがないところがある。それでも騎士の卵としては将来有望株で、聞き分けがよくて素直なので皆から愛されている。
彼は元々大きい目をさらに丸くして、私を見上げてきている。
「あのですね! もしアレクシス様とリーゼ様が対戦したら、どっちが勝つんですか!?」
「え……ええ?」
「お、おい! 滅多なことを言うんじゃない!」
「でもさー、エルマーたちだって言ってるし、皆気になってんだろー?」
エルマーに背中を叩かれても少年はけろっとしていて、期待に満ちた目で私を見てきた。
私とアレクシス様が……対戦?
「それは、考えたこともなかったです……」
「あ、そうなんですね! 俺、お二人が訓練するところを見てみたいなぁ、って……」
「馬鹿っ! お二人は次期辺境伯夫妻で、婚約者同士だぞ! 婚約者で対戦してどうなるんだ!」
「えー、でもアレクシス様だって、訓練中は相手の身分も立場も関係ないっておっしゃってるじゃん!」
仲間たちに小突かれながらも、少年は折れる気はないみたいだ。
でも……私もちょっとだけ、気になる。
【一度目の人生】での私は、アレクシス様に斬られて絶命した――と思う。
私たちが戦った経験はその一度のみだし、そのときも私は身重で手ぶら、斬られたことさえ分からない状況だったから、勝負をしたとは言えない。
わちゃわちゃする見習いたちに背を向けて、私はアレクシス様のもとへ向かった。
「リーゼ。今日は誰と対戦するのだ?」
「それなのですが。見習いから、私とアレクシス様が対戦したらどうなるのか、と問われまして」
「そうか。…………うん?」
「考えてみれば私、父や兄とは訓練したことがありますが、アレクシス様とはしたことがないですよね。あなたの背中をお守りしたことはありますが、実際あなたと剣を交えたらどうなるのか、と思いまして」
「……。……そ、そんなことをしろと……?」
アレクシス様は普段の余裕たっぷりの表情を失い、おどおどしたように私を見てきた。
「そんなこと、と言われましても。せっかくですので、一緒に訓練してくれませんか? 初めてのあなたとの訓練、私も頑張ります」
「だ、だが君が攻撃を避けそこなったら、俺が君を傷つけることになるだろう!」
「大丈夫ですよ。私は回避が得意なので、負傷するとしても打ち身や擦り傷くらいです」
「だがその傷を俺が負わせたとなると、俺は……!」
アレクシス様が大げさに慌て始めたので……私も、ちょっと反省した。
確かに、この試合で怪我をするとしたらアレクシス様ではなくて私だ。能力的に考えても私が勝利することはまずあり得なくて、よくて引き分けだ。
私の方は、「自分がアレクシス様を攻撃することはない」と分かっているから提案できたけれど……アレクシス様からすると、そうではない。
「……それもそうですね。申し訳ありません、無茶なことを申しました」
「……」
「では、私はあちらに戻ります。アレクシス様も、よろしければ……」
「……リーゼッ!」
見習いたちの方を手で示したら、その手をがっしりと掴まれた。
手の平で私の手首を余裕で一周したアレクシス様は、しばらくの沈黙の後、思いきった様子で口を開いた。
「……前言撤回する。お、俺と、稽古をしてくれ!」
「アレク――」
「君と俺の初めてを、ここでさせてくれ!」
発言の内容自体は間違っていないけれど、もうちょっと言葉を足すか変更するかしてほしかった。




