表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直し辺境伯夫人の幸福な誤算  作者: 瀬尾優梨
恋する婚約者編
15/40

子どもとふれあおう①

「……えっ? 本当に?」

「ああ。今度家族で遊びに来るそうだ。エリーザベトもそれに合わせて、城に来ることになっている」

「よかった! それじゃあ、久しぶりに皆でご飯が食べられるのね!」

「そうだな。……ああ、悪い。そろそろ行かなければ」

「ええ、いってらっしゃい」


 父を見送り、私は残っていたお茶を飲んで茶器を片づけてから、部屋を出て――


「あっ、アレクシス様」

「ああ、リーゼ。ヨナタンと話をしていたのか?」


 廊下に出たところで、アレクシス様とばったり鉢合わせした。

 今私は父の執務室から出てきたから、そう思われたんだろう。


「ええ。……あ、そうだ。アレクシス様は兄のこと、お聞きになりました?」

「リヒャルト? ……ああ、そういえば今度、妻子と一緒にこちらに戻ってくるそうだな。その話をしていたのか」


 兄の名を口にしたときのアレクシス様は一瞬顔を緩めたけれど、すぐにしゅっと引き締めなさった。


 私の兄であるリヒャルト・キルシュは現在、王城騎士団の騎士として働いている。上官の娘である義姉と結婚したのが二年前で、去年の夏に甥が生まれた。


 ……思えば、【一度目の人生】では父が冬に死に、アレクシス様も病んでしまったことで、兄は王城騎士団からリーデルシュタイン騎士団への配置換えをしてもらっていた。


 アレクシス様の乳兄弟である兄は、病んでしまったアレクシス様と――そんなアレクシス様と結婚したのに冷遇されている私のことが放っておけなくなったようで、義姉と甥っ子を残して、こっちに戻ってきた。


 兄は、アレクシス様にずけずけとものを言える数少ない人だった。

 それでも、心を病んで粗暴になってしまったアレクシス様を止めることはできなくて、私にも「僕の力不足だ。すまない、リーゼ」と何度も謝っていた……。


 でも、【二度目の人生】である今は辺境伯様もアレクシス様も父も健康で、辺境伯領も平和だ。だから、兄が急遽戻ってくる必要もなくなっていた。


「はい。お義姉(ねえ)様と甥も連れてくるそうなので、家族で食卓を囲もう、ということになったのです」

「それはいいな。俺も、久しぶりにリヒャルトと剣の稽古をしたいと思っていたし……」

「いたし?」

「まだ、リヒャルトには挨拶をしていなかった。あいつはいずれ、俺の義兄になるのだから、可愛い妹を貰い受ける許可を得なければ」

「そ、そうですね……そうですか……?」


 アレクシス様は至極真面目に言うけれど、つい首を傾げてしまった。


 確かに、私と結婚することでアレクシス様から見た兄は義兄になる。でも、兄は兄で家庭を作っているのだしそこまで過保護でもないから、「許可を得る」必要はないと思う。

 それに、連絡自体はもう行っているし、父だって了解しているし。


 ……ちなみに公衆の面前で私がプロポーズされたとき、父はあまりの出来事に仰天して、脱力してしまったらしい。


 その後、アレクシス様が自ら父の執務室に押しかけて、私を妻にしたいこと、私以外に女性を囲ったり愛人を作ったりせず、一生愛情を捧げること――などなどを熱く長く語ったそうだ。


 子どもの頃から、「リーゼの夫となる者は、俺より強くなければ認めん」と言っていた父だけど、まさにその理想の男であり主君でもあるアレクシス様の願いだからか、おっかなびっくりしつつも了承したそうだ。


「もちろんだとも。……ああ、柄にもなく緊張する。まさか俺はリヒャルトに、『おまえのような者に妹はやらん!』と言われるのだろうか」

「言いません、言いませんって。びっくりはするでしょうが、そんなことは言いませんよ」

「分からないだろう! こうなれば、俺は全身全霊をかけてリーゼを守るという誓いの証しとして、ノルドラド山の山賊を一人で駆逐してくるべきだろうか……」

「危険なので、行くなら騎士団を率いてから行ってください」


 確かにノルドラド山を住み処とする山賊の被害に関する嘆願書が来ているけれど、兄への手土産として山賊の首を持っていかないでいただきたい。

 アレクシス様なら実際にやりかねないのが、怖いところだ。


「兄のことなら、大丈夫ですよ。いつものアレクシス様らしく堂々となさっていれば十分です」

「そうか? ……というか、リーゼから見た俺はいつも、堂々としているのか?」

「ええ、とても」

「……。……そうか」


 アレクシス様は呟くと、私に背を向けた。


「少し、体を動かしたい気分になった。素振りをしてくる」

「かしこまりました。……あの、ちなみに書類仕事などは?」

「終わらせた。休憩時間に茶でも飲もうと思ったが、やめた。リヒャルトに会う日に備え、俺はもっと堂々たる男になってくる」

「さ、さようですか……」


 なんというか……ちょっと、意外かも。


 過去の私は、物陰からアレクシス様のお姿を見るだけだった。それが【一度目の人生】では急に結婚ということになって、物理的距離は近いけれど心の距離は遠く離れている結婚生活を送ってきた。


 だから……知らなかった。

 アレクシス様って、結構……可愛らしい面もおありなんだ、ということを。











 兄一家が帰ってくるという知らせが来た、約半月後。


 リーデルシュタインの大地が春の盛りを迎えた頃、兄たちの乗った馬車が城門をくぐった。

 普段は郊外にある屋敷で暮らしている母もわざわざ出てきて、家族三人で出迎えることにした。


「ただいま、父上、母上、リーゼ」

「お久しぶりです、皆様」

「よく戻ってきた、リヒャルト。ようこそいらっしゃった、レナーテさん」

「おかえりなさい。……あらあら、レナーテさんとエトムントも元気そうで、よかったわ」

「おかえり、兄さん。お義姉様もお元気そうで何よりです」


 馬車から兄、続いて兄嫁が降りてきた。ちなみに甥っ子であるエトムントを抱っこしているのは母親である義姉ではなくて、兄だった。

 ごく自然な感じに息子を抱っこしているから、きっと王都でも積極的に子育てに参加しているんだろう。


 兄はよく、「若い頃のヨナタンにそっくりだ」と言われるほどの父似で、おっとりと優しそうな顔立ちをしている。

 物腰も柔らかくて人当たりもいいので、義姉は夜会で出会った兄の、そんな柔和なところに惹かれたそうだ。


 ……【一度目の人生】では兄がリーデルシュタイン騎士団に所属変更したので、妻子とは離ればなれにならざるを得ない状況になっていた。


 義姉からは、「あなたは気にしなくていいから、アレクシス様に寄り添って差し上げて」というお手紙をいただいていたけれど……何もできない自分の無力さが、本当に恨めしかった。


 そんな義姉だけど、家族で幸せに暮らしている現在はとても健康そうだ。兄とお似合いの優しくておっとりした美しい人で、私のことも「リーゼさん」と可愛がってくれている。


 そんな義姉はそそっと私の方に寄ってきて、耳打ちしてきた。


「夫から聞きました。……シェルツ子爵とご結婚なさるということで」

「そうなのです。……自分でもびっくりです」

「ええ、そうでしょうね。……今はしれっとしている夫ですが実は、あなたとシェルツ子爵が婚約するというお手紙を受け取ったときは放心して、しばらく口から魂が出ていたのですよ」

「ええっ」

「こ、こら、レナーテ! リーゼにそんなことを教えなくていい!」


 耳ざとく聞きつけたらしい兄がくわっと言ったからか、それまではすやすやと寝ていたエトムントがぐずり始めた。


 義姉はくすくすと笑うと兄からエトムントを受け取り、慣れた様子であやし始めた。


「ほうら、大丈夫よ、エッティ。お父様は、ちょーっとだけ恥ずかしいことを暴露されて、びっくりしちゃっただけですからね」

「それは……いや、うん、もうそれでいいよ」


 兄はがっくりと肩を落としてから、私を見た。

 父と同じ色の目が私を見て……くしゃり、と笑った。


「……まさかおまえが、アレクシス様に求婚されるなんて思ってもいなかったよ。でも、おまえならアレクシス様をよく支えられると――僕は思っている。婚約おめでとう、リーゼ」

「兄さん……ありがとう。私、頑張るね」


 兄の言葉は単純に嬉しいけれど……それ以上に、身の引き締まる思いがした。


【一度目の人生】での私は、兄の願いに応えられなかった。でも今は、なんとかいい感じに物事を進められている。


 私は、アレクシス様を支えたい。

 もう、アレクシス様にあんな思いをさせたくないから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ