騎士団のリーゼ②
すぐさま、エルマーがだっと駆けてきた。
彼は長身で細身だけど、その分瞬発力に優れているようだ。そして腕も長いので、剣を突き出すことで一気に距離を詰められる。
私はエルマーの動きをじっと見つめて剣を構えて――腰を低く落とし、振り下ろされた剣をしっかりと受け止めた。
刃先を潰された剣が鈍い音を立てて絡み合い、見習いたちがわっと沸き上がる。
「エルマーの剣を受け止めた!?」ってびっくりする声が聞こえるから、きっと多くの見習いはまず、エルマーのこの一撃で吹っ飛ばされてしまうんだろう。
私が真っ向から攻撃を受け止めたのが意外だったようだけど、エルマーはすぐに身を捻り、二撃目を繰り出した。
……でも、目が次に攻撃する方向を向くので、狙いが丸分かりだ。
私がすかさず腰を捻ってそちらに剣の刃を向けると、またエルマーの剣が受け止められる。
そのまま手首を捻って刃の向きを変えると剣先がずれ、エルマーの体がぐらりと傾いだ。
「っ……! おまえの方から攻撃してみせろ!」
「いいえ、しません。しないのが、私の戦い方です」
距離を取ったエルマーが吠えるので、私は冷静に返した。
……これが、私が騎士たちに「いやらしい」戦い方だと言われる所以。
そして、エルマーのようにガンガン打ち付けてくる騎士ほど私にとって好都合な理由だ。
最大の力で放ってきた攻撃を、私は最小の力で受け止めて、弾く。
私の動きは少なく、相手は派手に立ち回るから――一対一の勝負だとたいていの場合、相手の方が疲労して動けなくなり、そこに私がとどめでぽこんと一撃当てて勝利となるのだ。
案の定、最初のうちは果敢に斬りかかってきていたエルマーだけど、次第に息が上がってきたようだ。
疲労すると動きは鈍り、一方の私はエルマーの「次の攻撃」がどんどん読みやすくなる。
とうとうエルマーが砂地の上でずるっと滑り、片膝を突いた。
そこに私は滑るように詰め寄り――彼の足をそっと払って地面にひっくり返し、その喉元に剣先を向けた。
「そこまで! 勝者……えーと、誰だっけ? 飛び入り参加のお姉さん!」
「くっそ……!」
カンカンカンと鐘が鳴り、見習いたちが沸き上がる。
地面に転がされたエルマーは悔しそうに舌打ちして起き上がったけれど、私を見下ろす目は穏やかだった。
「……俺の、完敗です。女性だからと舐めてかかったが、この様。……敗北を認めます」
「いえ、こちらこそお手合わせしてくださり、ありがとうございました。……正直なところ、私もぎりぎりのところでした」
これはエルマーに対する慰めとかではなくて、本当のことだ。
実際、手袋の下にある私の手はぶるぶる震えている。エルマーの重い一撃を何度も受け止めたからだ。
今回はエルマーの方が先に体力切れになったけれど、さらに何回も攻撃を受けていたら手が痺れて、剣を取り落としていただろう。
そう言うとエルマーはぴくっと片眉を上げ、ふん、と鼻を鳴らした。
「……しかし、女性相手に負けたのは事実です。……より精進します。お手合わせ、ありがとうございました」
そう言ってエルマーは騎士のお辞儀をして、仲間たちの方に戻っていった。
皆も、敗者であるエルマーに対して労いの言葉を掛け、水やタオルを渡していた。
……本当に、リーデルシュタイン騎士団の人たちは、人徳に溢れている。
今はちょっと危なっかしいところのあるエルマーだけど、数年もすれば立派な騎士になるはず。
少年たちのやり取りを微笑ましく思っていた私は、模擬剣を返そうと振り返り――そこにいる人を目にして、脳みそが止まった。
砂煙の舞う、訓練場。
そこにいるはずのない人が、立っていた。
「……ア、アレクシス様……?」
「リーゼ、見ていたぞ。……相変わらず、惚れ惚れするような動きだった。さすが、俺の未来の妻だ」
アレクシス様は大きな声で言うとずっかずっかと歩いてきて、正面から私を抱きしめてきた。
え? アレクシス様、今日は書類仕事では?
私は砂っぽくて、きれいなシャツが汚れてしまいますよ?
というか、今ここでハグするのですか? 見習いたちが見ていますよ?
「……えっ? アレクシス様と……リーゼ、様!?」
「嘘だろ!? あの人、リーゼ様だったのか!?」
「エルマー、おまえとんでもない方とやっちまったな!?」
周りで、見習いたちが騒いでいる。
首だけを捻ってそちらを見ると――騒ぐ見習いたちの中で、エルマーが呆然とこちらを見る視線とぶつかった。
さっきまで手に持っていたらしい水入りの革袋が地面に落ちて、せっかくの水分が地面に奪われてしまっている。
……まあ、あえて私も名乗らなかったからね。でも騎士団の人にも、「あなたがリーゼ様だと分かると見習いは皆逃げてしまうでしょうから、名乗らなくていいですよ」と言われていたし……。
アレクシス様は私をぎゅぎゅっと抱きしめた後、解放してくださった。
そして見習いたちの方を見て――エルマーのところで視線を止めた。
「そこの、黒髪の……名前は何だ?」
「エルマーのことですか?」
「それだ。エルマー」
「は、はいいっ!?」
名を呼ばれて、さっき私と戦っているときは強気だった彼は真っ青な顔で震えながら進み出て、そのままスライディングするかのような勢いで土下座した。
「待て、そんなことをしろとは言っていない。立て」
「はっ! 申し訳ありません、アレクシス様! 知らなかったとはいえ、リーゼ様と試合をするなんて……」
「待て、謝罪をしろとも言っていない。おまえはもう少し落ち着け」
「はっ!!」
「……先ほどの打ち合いを見ていたが、なかなかの腕前だ。騎士たちでさえリーゼの相手には毎度手こずり、疲労困憊になる前にと白旗を揚げる者もいるくらいなのだが……おまえは最後まで諦めずに戦った」
「……」
「どのような相手だろうと、どのような窮地に陥ろうと、諦めずに戦い抜くこと。……それこそ、リーデルシュタインの騎士が目指すべき目標の一つだ。今後も仲間と共に切磋琢磨し、精進せよ」
「……は、はいっ! アレクシス様のお言葉の通りに!」
一瞬虚を衝かれた様子だったけれど、エルマーはアレクシス様に叱咤激励されたのだと分かったようで、元気よく言うとお辞儀をした。
そして、私の方にも姿勢を正して頭を下げてから、仲間たちのもとに戻っていった。
「……よい少年だ。おそらく彼は将来、かなり昇格できるだろう」
「分かるのですか?」
「なんとなく、な。……まあ、彼が俺の期待に添うような成長ができるなら、の話だが」
アレクシス様はふっと笑った後、私の手をそっと取った。
「……震えているな。君は手が小さいのだから、エルマーの攻撃を十三回も受けて相当痺れただろう」
「数えてらっしゃったのですね」
「まあな。……皆には、リーゼに対して過保護すぎるのはよくないと言われるし、俺も君を信頼していないわけではないが……やはり、心配でな」
アレクシス様が眉根を寄せて言うので、私は微笑んでその大きな手をぎゅっと握った。
「心配してくださり、ありがとうございます。……でも私、やっぱり剣術は磨いておきたいです」
「ああ、もちろん、君の行動を制限するつもりはない。ただ……できればこれからは、騎士団に来る日は俺に一報入れてほしい」
「なぜですか?」
並んで歩きながら問うと、なぜかアレクシス様は少しショックを受けたように私を見下ろしてきた。
「な、なぜとは……もちろん、君のことが心配だからで」
「でもそうすると、アレクシス様はお仕事を中断したり予定を変えたりして、騎士団に来てしまうのではないですか?」
「そ、そうだな」
「……あの、ちなみに今日は……お仕事は、終わっているのですか?」
「……。……終わっていない」
「まあ」
「窓から偶然、リーゼが運動服姿で騎士団に行くのが見えて……抜けてきた」
まるで叱られた子どものようにしょんぼりとして言うものだから、私は思わず噴き出してしまった。
きっと今頃、アレクシス様の補佐がぷりぷりしながら待っていることだろう。
「それじゃあ、お説教間違いなしですか?」
「間違いなしだろうな……」
「……」
「……ええと、リーゼ。ではこれからは事後報告でいいから、騎士と試合をしたときなどは教えてくれ。それでいいか?」
「はい、そうさせてもらいます」
私も今回は、アレクシス様が見ているとは思っていなかったので思いっきり動けたけれど、もし見られていると思ったらぎこちなくなってしまうだろう。
お互いにとってそっちの方がいいだろうということで、ここで約束しておくことにした。
「それじゃあ……叱られに行きますか」
「……リーゼは部屋に戻るのだろう?」
「いえ、今回はご一緒しますね」
「……はは。リーゼがいてくれるなら、俺も堂々たる態度で説教を受けられそうだ」
「いえ、抜け出したことに関しては反省してくださいね……」




