騎士団のリーゼ①
私はリーデルシュタイン城の経理補佐――つまり事務担当だ。
でも、だからといって四六時中部屋に籠もっているわけではないし、がっつりインドア派というわけでもない。
体を動かすのは好きな方だし、剣術や馬術も嗜みとして身につけている。特に書類仕事ばかりして体が凝り固まったときには運動も兼ねて、騎士たちと一緒に打ち合ったりしていた。
……ただしかつての私は、はっきりとした下心を抱えていた。
それはもちろん、騎士団に行けばアレクシス様に会えるかもしれない、という願いだ。
彼と結ばれることなんてない、と諦めていた頃は、それでもいいからお姿を見たくて、「体を動かしたいから」ということを口実にして騎士団に行くこともあった。
もちろんいつもアレクシス様に会えるわけではなくて、むしろハズレの日の方が多かった。
それでも……見習い騎士の少年たちと一緒に練習試合をしながら、私は遠くで特訓をするアレクシス様の背中を見ていた。
勇猛果敢に打ち合ったり、部下たちを指揮したりする姿を見て、運動後以外の理由で胸が高鳴りっぱなしになっていたものだ。
……でもそれは、過去の話。
「お邪魔します」
「ああ、リーゼか。今日はアレクシス様はいないのだが……いいのか?」
「いいのです。……むしろ、いらっしゃらないと踏んで来ましたので」
運動着に着替えた私が剣を手に騎士団詰め所に行くと、大柄な中年男性が迎えてくれた。彼は父の同期で、今では騎士団長である父の右腕として活躍している。
……【一度目の人生】の襲撃事件では、彼も犠牲になった。
馬車道を塞ぐ雪を除こうとしていたので剣を持っていなくて、あっさり首を刎ねられてしまった――と、生き残った騎士が教えてくれた。
そんな彼もあの冬を無事に越え、こうして生きている。冬の終わりに娘さんが出産した際にも駆けつけて初孫を腕に抱くことができた、って涙を流していた。
【一度目の人生】では、父親の死にショックを受けた娘さんが体調を崩して、お腹の子が育たなくなってしまったと聞いていたから……本当に、よかった。
そんな彼は私の繊細な諸事情にも気が付いていて、「アレクシス様のことは好きだけれど、ちょっと恥ずかしい」という気持ちも汲んでくれた。
だから私がこそっと正直な気持ちを言っても微笑み、「そういうこともあるよな」と理解してくれた。
「今日も見習いと稽古するか?」
「はい。……冬に入団試験があったそうですが、今年はなかなか骨のある少年たちが多いようですね」
「ああ、そうなんだよ。間違いなく、アレクシス様……とリーゼが活躍した影響だな」
男性に言われて、私は苦笑をこぼした。
ゲルタ王国の国境を守るリーデルシュタイン辺境伯騎士団は、騎士の育成にも熱心だ。
見習いたちの中には成長してからもリーデルシュタインに残る者もいれば、私の兄のように王城騎士団からスカウトされてそちらに行く者もいる。
元々リーデルシュタインの騎士たちの士気は高くて、訓練にも熱心な人が多い。でも、私も経理として諸事務を行ったこの前の入団試験の倍率は、これまでにないほどだった。
しかも志願者たちの熱意も高くて、「アレクシス様に憧れて参りました!」という若者の多いこと。
貴族のお坊ちゃんであり子爵でもあるアレクシス様が自ら、ならず者退治をしたというのがよほど響いたようで何よりだ。
……私のことは案内人その一として放っておいてくれればいい。
詰め所の控え室に荷物を置いて、訓練所に向かう。まだ季節は初春で朝は肌寒いけれど、昼になるとそれなりの気温になる。
騎士たちも、上着を脱いで薄手のシャツ一枚で打ち合っていたり――暑がりの人だと上半身裸で特訓していたりする。
ちなみに私はこういう光景に見慣れているし、実家でもよく父や兄が上半身裸でうろうろしていたので、下さえ穿いてくれていれば平気だ。
……まあ、【一度目の人生】ではアレクシス様と夫婦として色々したけれど……それはそれ、これはこれ、だ!
リーデルシュタイン騎士団は最前線で戦うことが多いこともあり、女性の入団は受け付けていない。
でも、私のように騎士にはならなくても護身として剣術を身につけたい、運動したい、という人は多いので、そういう人でも気楽に出入りできるようになっている。今見る限りでも、ちらほらと女性の姿が見えた。
さて、この冬に入団した若い騎士見習いと手合わせでもしようかな。
私は基本的に、「避けて、かわす」戦法を採る。
騎士の練習相手としてはいい意味で「いやらしい」タイプだから、手合わせ相手として結構好評だ。
ちょうど少年たちが模擬試合を始めるようで、相手を探している様子だったので、そちらに向かった。
「こんにちは! 私も参加してもいいでしょうか?」
「……え? なぜ女性が?」
「だめですよ。女性はあっちで訓練してください」
私が挨拶すると、まだ十代半ばだろう少年たちは困った顔になって、一般女性が剣の素振りをしている方を示してきた。
どうやら彼らは私のことを、運動がてら飛びこみ参加したお嬢さんだと思っているようだ。
「いえ、私はたびたびこちらで試合に参加してきたので。遠慮なさらずかかってきてくださって結構ですよ」
「……へえ。それなら、俺が行きますよ」
なおもまごまごする少年たちの中から進み出たのは、すらっとした体躯の見習い騎士。
ここにいる見習いたちの中では一番背が高くて、ツンと澄ましたような表情をしている。
騎士ということだけど文官っぽい雰囲気があって、きちっと撫でつけた黒髪と緑色の鋭い目が特徴的だ。
「申し訳ありませんが、俺たちもお遊びで騎士になったわけではないので。やるとなったら本気で参ります」
「ええ、そうしてください」
むしろ、本気で来てくれた方が私としては好都合だ。
すぐに他の見習いたちが場所を空けて、私と黒髪の少年に模擬剣を渡してくれた……けれど。
「ごめんなさい。もう少し細身で、刀身が短いものを貸してくださらないでしょうか?」
「えっ、いいですけど……あいつ、エルマーっていうんですが、女性だからって手加減しませんよ」
「分かっています。……私は、こちらの方が得意なのです」
心配そうに教えてくれた少年に笑みを向けて、新たに渡された細い模擬剣を手の中で転がす。
……うん、これくらいがいい。
私が細い剣を手に立つと、エルマーはふん、と鼻を鳴らしたようだ。
「そんなおもちゃのような短剣で挑むなんて……怪我をしても知りませんよ?」
「大丈夫です。……この戦いで怪我をする者は、絶対に出ませんので」
私が言い、エルマーが不審そうに眉根を寄せたところで――見習い騎士が、始めの鐘を鳴らした。




