二度目の人生を共に⑧
謎の女性たちによる連続訪問を受けた、約十日後。
アレクシス様が帰還なさった。
「おかえりなさいませ、アレクシス様!」
「お帰りをお待ちしておりました!」
「ああ。皆、出迎え感謝する」
立派な軍馬に跨がって城門をくぐったアレクシス様を、騎士や使用人が総出で出迎える。
主人のご子息だから、というのもあるけれどそれ以上に、アレクシス様のご無事な姿を確認したい、という本音からの行動だからだろう。本当に、アレクシス様の人徳と人気っぷりが見て取れるようだ。
一方の私は、ちょっと離れたところからその様子を見ていた。
本当はもうちょっと近くに行きたかったけれど……明らかに、あの六人の女性たちも近くにいて、じっとアレクシス様を見ている。出るに出られなかった。
玄関前には辺境伯様もいらっしゃって、約一ヶ月ぶりに帰ってきた息子を出迎えた。
「よくぞ戻った、アレクシス。万事はうまくいったか?」
皆が静かになったので、辺境伯様の朗々とした声がここまで聞こえてくる。
万事はうまくいったか……ということは、アレクシス様はやっぱり、奥方を決めるために王都に行かれたんだろう。
……胸が痛いのは、気のせいだ。
「はい。ご令嬢方の屋敷を全て訪問し、事の次第を伝えて参りました。どの家からも諾の返事をいただいております」
アレクシス様ははっきりと言うけれど……うん? なんかちょっと、おかしくない?
もしアレクシス様が奥方を定められたのなら、「どの家からも諾の返事をいただいた」というのは妙な気がする。
私がそわそわとする中、アレクシス様は辺りをきょろきょろ見回して――物陰に隠れていた私にばしっと視線を定めると、「リーゼ!」と大声を上げた。
……え? 私?
え、あの、ちょっと、どうして皆、必死の形相で私の方に来るの!?
どうして私をアレクシス様の前まで連行していくのー!?
あっという間に物陰から玄関前まで引きずり出された私は、呆然とアレクシス様の顔を見るしかできない。
アレクシス様は笑顔で、視界の端に見える辺境伯様も微笑んでいるけれど……気分は、処刑台に引っ立てられた罪人だ。こんなの、公開処刑以外の何でもない。
「リーゼ、会いたかった!」
「うぇぉ、お、おかえりなさいませ、アレクシス様……」
「ああ、ただいま!」
アレクシス様は弾けんばかりの笑顔で応えると、ずかずかと私の目の前までやって来て――その場に、跪いた。
「皆も、聞いてくれ。……俺は、一生を共に過ごしたいと思える女性に巡り会えた。いや、ずっと側にいてくれた女性の魅力に改めて気づき、何度目か分からぬ恋に落ちたと表現するべきだろうか」
「……ぉ?」
訳分からん状態の私を差し置き、周りの人たちから無言の熱気が立ち上ってくる気配を感じる。
皆、目を輝かせて私を見ていて……ちょっと離れたところにいるあの六人のご令嬢たちまで、身を乗り出して私たちの方を凝視していた。
え、いや、止めてほしいのですけれど?
それにこれって、いや、まさか……?
「――リーゼ・キルシュ」
「ひゅあぃっ!?」
「どうか、俺の妻となって共にリーデルシュタインの地を守ってほしい」
……。
…………。
…………はい?
きゃあ! と誰かが黄色い声を上げたのを皮切りに、いいぞいいぞ! と誰かがはやし立て始める。
周りの観客たちは大盛り上がりだけれど、私はこのノリについて行けない。
つま、妻……私がアレクシス様の、妻に!?
「な、なぜそんなことになるのですか!?」
「俺が君を愛しているからだ」
顔を上げたアレクシス様が、美貌に真剣な色を乗せて私を見つめてくるものだから、これまでなんとかねじ伏せていた私の恋心が歓喜の悲鳴を上げて、心を揺さぶってくる。
私、私は……アレクシス様に、愛されている?
共にリーデルシュタインの地を治めたいと、願われている!?
「……そんな、はずは。だって、アレクシス様は、私のことがお嫌いなのでは……?」
「は?」
「ひえっ」
「……リーゼ。そのような大ほらを吹いたのは、どこの誰だ? 君を叱ったりはしないから、教えてくれ。その不届き者を縛り上げて妄言を吐いたことを一生後悔するくらいきつく絞めてやろう」
アレクシス様、真剣な顔で物騒なことを言わないでください。
それにそれを実現するとしたら、アレクシス様はご自分の首を絞めなければならないのですよ。
……いや、でも、今私の目の前にいるのは、【一度目の人生】のアレクシス様ではない。
あのアレクシス様はすっかり病んでいたし、私に限らず周りの人間に対しても不信感を抱いていたし……。
もしかして、もしかしなくても、こっちがアレクシス様の本音……なのだろうか?
「……アレクシス様が、私を、愛して……?」
「ああ、子どもの頃からずっと、愛おしいと思っていた。だが……この前の争乱で、分かった。俺は、俺の背中を守り共に戦ってくれる君だから、妻に迎えたい。この先に何があろうと、君が側にいれば俺はどこまでも強くなれるし、どのような強敵にも立ち向かえる。君となら、幸せになれる」
アレクシス様の言葉に、私は目を見開いてしまう。
……リーデルシュタイン領は、隣国に接している。
内乱の絶えない隣国からは亡命者だけでなく、ならず者が乗り込んでくることもあるから――辺境伯領一族は、強くなければならない。
アレクシス様は、剣を手にできる私を求めてくださった。
身分も美貌も爵位もない私だけど……私だからこそ、必要としてくださっている……?
それは……とても、嬉しい。
私はずっと、アレクシス様のお役に立ちたかったから。
……でも、それはそれ、これはこれ、だ!
「し、しかしアレクシス様には、婚約者候補のご令嬢が……」
「ああ、彼女らなら全員断りをしてきた」
「ええっ!?」
「そのために一ヶ月、王都にいたんだ。……騎士爵の娘を娶りたいと申し出ると、怪訝な顔をされることもあった。だが皆に、南方地域でリーゼと共闘したことを告げると、納得いただけた。剣術を嗜む健康な女性だと、次期辺境伯との相性もよかろう、とな」
「……」
「……どうやら数名の令嬢は、リーゼの様子を見るためにここにいらしているようだが、皆、俺と君との結婚に賛成してくださった」
「……」
……そ、それじゃああのご令嬢方は、「アレクシス様の奥方になる女性は、どんな人かしら」という気持ちでいらっしゃっていたの……?
賛成してくださっていたということは、奪うつもりも私を詰るつもりもなくて、本当にただ単に私の観察のために……。
ちら、と遠くを見ると、さっきよりも近くまで迫ってきていた令嬢方が大きく頷いた。
中にはぐっと拳を固めて、「頑張れ!」とエールを送ってくる方もいらっしゃって……。
「リーゼ」
「……」
「君が俺のことを少しでも好きでいてくれるのなら、頷いてほしい。……俺と結婚してくれませんか?」
アレクシス様が、切なそうな――それでいてはっきりとした情熱を秘めた眼差しで、私を見上げてくる。
私は、私は……この眼差しに、弱かった。
いつでも凛としているあなたのことが、【一度目の人生】のときから……ずっと、大好きだった。
アレクシス様は、私と一緒なら幸せになれるとおっしゃった。
それなら。アレクシス様を幸せにしたいと思う、私がするべき返事は……。
「……はい」
「……! リーゼ、ああ、ありがとう!」
アレクシス様が立ち上がって私をぎゅうっと抱きしめると同時に、周りの人たちも大歓声を上げた。
おめでとうございます、アレクシス様、リーゼ様、という大喝采の中、誰が持ってきたのか分からないけれど笛や太鼓が鳴らされ、拍手が巻き起こる。
……満足そうに笑う辺境伯様の隣に、いつの間にか父が立っていた。
出遅れたらしい父は怪訝そうな顔で辺境伯様に何事か尋ね――返事を聞くなり、ころんとその場に倒れてしまった。
「あ……」
「リーゼ、今は俺だけを見ていてくれ」
どうやらアレクシス様は自分の背後で騎士団長が倒れ込んだことに気づいていないようで、私の頬を片手で押さえ、とろりと甘い言葉と眼差しを送ってきた。
……父は騎士たちに抱えられていったし、周りも歓迎ムードだし……私も、なんだかんだ言って嬉しいし。
「アレクシス様」
「ああ」
「……私、幸せになります」
【一度目の人生】では誰もが辛い思いをしたのだから、今回は皆が幸せになれる道を模索したい。
人生をやり直していることは、アレクシス様にも言えないけれど……でも、これからはアレクシス様も一緒に、幸せへの道を考えてくれるはず。
こんなつもりではなかったけれど、【二度目の人生】での私は、私たちにしかできないやり方で幸せになれる――と思っている。