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シュリンカー

作者: 西園良

「ねえねえ、憲一郎(けんいちろう)

 恋人の容子(ようこ)が俺にもたれながら言う。

「なに」

「私達高校生なのに、一緒に朝を迎えられてラッキーだね」

 そう、昨日はたまたま俺の両親がいなかったので、こいつは俺の家に泊まったんだったか。こいつの両親はどうなんだと思ったが、彼女が言うには、憲一郎君を信用しているから、1日くらいはオッケーとのことだ。

 俺は容子の両親に一度会ったことがある。優しいそうな夫婦だったのは覚えている。

「そうだな」

 俺が同意すると、彼女は笑いながら、頭をすりすりと俺にこすりつけてきた。甘えるなあ。まあ、俺も満更でもないんだが。

「あ、ほら、今日の占いだよ」

 容子の言葉に俺は点けていたテレビに視線を移す。どうやら、恒例の占いコーナーのようだ。

「やった。私今日3位だ」

 彼女の喜色に満ちた声に、良かったな、と声をかけておく。

「憲一郎は10位か」

 少し悲しそうな声で言いながら、俺へと目線を向けてくる。別に占いは信じていないから、そんな顔しなくても良いんだけれども。

「お前が気にすることないだろ」

「そうだけど」

「お前といるだけで幸運が舞い降りて来るんだから、何位だろうど関係ないよ」

 俺の言葉に彼女は照れ笑いをした。良いのか。自分では結構アレなことを言ってしまって、内心恥ずかしいのだが。まあ、容子が良いなら、良いのだが。



 ある日のこと。

「憲一郎。はい、これ」

 容子がコップを差し出してきた。緑の液体。緑茶か。

「そうだよ」

 彼女が俺の心を読んだかのように言葉を発した。

「何も言ってないけど」

「緑茶かどうか考えてたんだよね」

「そうだけど」

「じゃあ、いいじゃん」

 容子がニコニコと答えた。まあ、良いけれども。

「家で作ったものだよ」

「そうか。わざわざありがとな」

「いいよ」

「じゃあ、いただくわ」

 俺はコップを口につけて、飲む。緑茶の良い渋味が喉を通り過ぎる。うん、美味しい。

「うまい」

 しかし、ほんの少しだけ、緑茶の味が削られていたような気がする。いや、俺はお茶にうるさいとかではないが、それでも違和感を覚えてしまったのだ。

 なんか、容子がどんどん大きくなっていっている。比喩ではない。物理的に大きくなっている。何だ。何が起こっている。俺は内心混乱した。いや、内心どころではない。

「お、おい。容子。なんかおかしいぞ」

 俺が焦った声でそう言っても、大きくなっていく彼女は笑ったままだった。何故笑っている。疑問に思った時に彼女の巨大化が止まる。

「容子。おい、容子」

 彼女は答えない。俺は周りを見渡す。他も巨大化しているような気がする。いや、違う。俺が小さくなっているのだ。



 私の名前は佐伯。科学者である。私は研究することが好きなので、この仕事にやり甲斐を感じている。主に遺伝関連のものを中心に研究している。

「佐伯さん。例のものはできましたか」

 真剣な表情で尋ねてきたのは、最上家の娘さんである容子君だった。彼女からある物を作るように頼まれた。私は彼女の家族と懇意にしているので、容子君の頼みを無下にできない。本当はこんな物は作りたくなかった。しかし、彼女の家族を敵に回せば、私の研究人生が終わるかもしれないからな。だから、仕方がないのだ。

「できてるよ」

 心の内で言い訳をしながらも、私はある粉末の入った袋を手に取った。そして、それを容子君に渡す。彼女は無表情でそれを受け取る。これは人間をものすごく小さくする薬だ。解毒剤的なものができない限り、その人間は永遠に小さいままだ。

「憲一郎君だっけ。それを彼に飲ませるんだよね」

 私は事前にそのように聞いていた。

「はい」

「彼は知っているのかな」

 多分知らないのだろうと予想しつつ、尋ねる。

「いえ。知りません」

 やっぱり。

「彼のことが好きなんだよね。なのに、それで良いのかい」

「はい、憲一郎は望んでいるに決まってます」

 憲一郎君の人間性は知らないが、常識的に考えて、普通の男性は望まないはずだが。まあ、私は彼女に逆らえないから、これ以上は止めない。

「そうか。使い方は察しはつくと思うけど、飲み物に溶かして飲ませてくれ」

「ええ、予想はできてました」

「ほんの少し飲み具合に違和感が出てくるかもしれないが、疑われない程度だから、気にしなくていい。彼は飲み物の味にうるさかったら、話は別かもしれないけど」

「味にうるさくないから、大丈夫です。それに、憲一郎が私の入れたものを吐き出すなんてありえません」

 さっきから、変に自信がある気がする。というか、彼女の表情がほとんど変わらないのだけれども、容子君はクールな女の子なのか、それとも、私に対してこんな感じなのか。

「分かった」

「はい。では、失礼します」

 彼女は立ち上がると、そう言う。

「これからも、ご家族とよろしく頼む」

「はい」

 容子君が立ち去って行く。

 憲一郎君、ご愁傷さま。



「お茶の中にある薬を混ぜたの」

「ある薬」

 なんとなく予想はつくが、尋ねる。

「そうなった憲一郎には分かると思うけど、小さくする薬だよ」

「馬鹿な」

 そんな薬がこの世にあるわけないだろう。

「でも、実際なってるよね」

 笑ったまま、容子が心を読んだかのように指摘する。痛いところを突いてくる。まあ、仮にそんなものがあるとして、なんでそんなものを飲ませたんだ。

「どうして小さくした」

 俺の怒りの籠もった声を意に介さずに彼女は答える。

「あなたを愛してるから」

 恍惚した表情で意味不明なことを言い出した。

「いや、好きならこんなことしないはずだが」

「好きだよ。愛してる」

「じゃあ、好きなのに、なんで小さくした」

「あなたが私を捨てないからずっと心配だったの」

 彼女は笑いながら、語り続ける。

「そうなった憲一郎はもう元に戻れない。あなたは私がいないと生きていけない。私なしじゃ、何もできない。大丈夫。私がずっと一緒にいるから」

 異常なことを語り続けた容子に俺は恐怖した。熊や殺人鬼に会ったみたいな恐怖が全身を駆け巡る。

「俺はずっとこのサイズのままか」

 どうしても聞いておかなくてはならないことを聞いた。俺が望んでいる答えは得られないのだろうけれども。

「そうだよ」

 彼女は即答した。ショックだが、少なくとも今は受け入れなければならないか。

「分かった」

「ずっと一緒にいてくれるの」

「ああ」

「ありがとう」

 そう言って、彼女は俺を優しく摑むと、顔のところまで持ってきた。高い。下が怖い。さらに、彼女の美しい顔がものすごく大きく見える。容子の口が動く。

「好きだよ。愛してる」



 容子のご両親は俺が小さくなることを知っていて、了承済みだったらしい。優しそうな両親だと思ったけれども、親も異常だったことを理解して、がっかりした。

 ちなみに、俺の両親も喜んでいた。

「容子ちゃん一家なら、生涯安泰だ」

 容子ちゃんも良い子だしな、と補足した。いや、良い子は人間を小さくしたりしないと思う。生涯かは分からないが、安泰なのは間違っていないかもしれないけれども。要するに、俺の両親もまともではなかったというわけだ。比較的まともだと思っていた俺の見る目がなかったというのか。というか、俺の周りはアレな人間しかいないのか。



「お待たせ、憲一郎」

 声がした方を見上げてみると、スクールブレザーの制服を着た容子がいた。相変わらず巨人にしか見えない。しかし、彼女が可愛いことには変わらない。褒めてほしそうにそわそわしている気がするしな。

「容子。今日も可愛いな」

「ありがと」

 彼女は満面の笑みで感謝をした。

 もうこのサイズ差には慣れてしまった俺がいる。ちなみに、俺は今容子の家で暮らしている。というか、ここでしか暮らせない。俺の両親は容子に世話をしてもらうことを望んでいるからな。俺の世話をしてくれないわけなんだ。

「じゃあ、行こっか」

 彼女はそう言いながら、俺を優しく摑むと、そのまま制服の胸ポケットに入れた。暗いな。

 胸ポケットや腹のポケットに入れられての登校にはもうすっかり馴染んでしまった。

「行ってきまーす」

 容子は両親にそう言ったのだった。


 彼女の家は学校の比較的近くにある。だから、彼女は徒歩通学をしている。俺はそうでもなかったのだが、こうなってからは容子と一緒の徒歩で学校で通っていることになる。まあ、俺は歩いていないから、一緒の徒歩という表現はおかしいのだが。

「容子。おっはよ」

「おはよう。Aちゃん」

 この声は容子の友達のAさんだ。俺自身は彼女とは顔は知っているが、話したことはほとんどない知り合いになる。ちなみに、俺が小さくなっていることは俺と容子の両親以外は知らないはずだ。俺自身が確かめたわけではないけれども、知っていたら、もっと大騒ぎになっているだろうからな。

「そういえば、Aちゃんは彼氏いたっけ」

「ううん。いない」

「そっか。見つかるといいね」

「あんがと。あーあ、白馬に乗った素敵な男が彼氏だったらなあ。そうしたら、白馬に乗って迎えに来て欲しい」

「夢見すぎじゃない」

 容子の少し呆れた声が聞こえてくる。

「理想なんだから、いいじゃん。んじゃ、容子は彼にどんなことして欲しいの」

「ポケットサイズまで小さくなって、胸ポケットやお腹のポケットに入れて持ち歩きたい」

「えー、なにそれ。引くかも」

 言葉通りAさんはどん引いた声を出していた。

「てか、理想ってレベルじゃなく、非現実的」

「言ってみたかっただけだよ」

「そういや、容子の彼氏行方不明とか聞いたけど」

「そうだね。心配だよ」

 心底心配していそうな声が容子の口から出た。演技うまい。というか、白々しいすぎ。


 放課後の学校の帰り。

 俺は容子の制服の腹ポケットに入っている。

「憲一郎。好き」

 いきなり彼女が言い出した。

「憲一郎。大好き」

 まただ。さっきから1人言を言っているが、周囲に人がいないのだろう。

「ねえ、憲一郎。何か喋って」

 予想した通りだった。

「周りに人いないんだな」

「あ、喋ってくれた。うん」

「なるほど。で、さっきから聞いてる俺が恥ずかしいんだけど」

「良いじゃん」

 顔は見えないが、彼女の声色は喜色に満ちている。

「憲一郎。愛してる」

 容子の愛の言葉に俺は嫌な気がしないのだった。



 ある日の夜。俺は現在テレビを見ている。やっぱ、テレビの画面もめっちゃ巨大に見えるな。今更だけれども。スマホは自力で操作できないし、本をめくることもできない。無理すれば、できなくないかもだが、それはできないも等しい。画面内の政治家が謝罪しているのを見ていると、容子から声をかけられる。

「憲一郎。お風呂入ろっか」

「分かった」

 俺の応答を聞きながら、彼女はテレビを消す。そして、俺を優しく掴むと、そのままバスルームへ直行した。


 就寝前。

「友達の女の子が『あざとい女見てたら、イラッとする』って言ってたよ」

 容子がそう話す。

「そうか」

「憲一郎はどう思う」

「なんとも言えないなあ」

「ふわふわした回答だね」

 彼女は不満そうな顔をしている。

「好きな場合と苦手な場合があるかな」

「あんま変わってないよ」

 なるほど。俺があざとい女子が好きかどうか気になっているんだな。可愛い。

「あざとい関係なく、容子のことは好きだよ」

 これは本心だ。

「ありがとう」

 容子の頬が朱に染まる。うん。やっぱ可愛い。

「私もあなたのこと愛してる。誰よりも」

「ああ」

「じゃあ、そろそろ寝よ」

「そうだな」

 俺の肯定にパジャマを着た彼女は俺を優しく摑むと、そのまま容子のベッドに置いてくれた。俺はそのまま仰向けに寝る。彼女の大きな気配が同じベッドからした。

「憲一郎。お休み」

「おやすみ。容子」

 それから、しばらくして、彼女の寝息が聞こえてくる。

 小さくされた時は愛情が冷めかけていたが、今は前と同じくらいに彼女に対する愛情が復活している。この性格自体は不便だけれども、慣れたら、全然問題なくなっている。彼女の容子と一緒にいれるのだから、もう不満なんかあるわけがない。

 容子。愛している。

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