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不思議の国に招かれず。

作者: でこかく

 白い兎は言いました。


「かえれ、帰れ、汚らわしい。ここはお前が迷い込むべき場所ではない」


 するとアリスは言いました。


「どうして? 私はアリスだよ? アリスは、不思議の国に行かなくちゃいけないの。迷い込まなきゃいけないの」


 白い兎は言いました。


「お前は穴を通れやしない、お前は穴を落ちれやしない。何を食べても大きくならず、何を飲んでも小さくなれない」


 けれど、とアリスは言いました。


「私はこんなに華奢なんだよ? 私はこんなに軽いんだよ? フワリと広がるスカートだって、扉を開く、金の鍵だって持ってるよ?」


 それでもだめだよ。と今度は、アヒルやドードー、鷲の子たちが叫びました。


「それでもそれでも、君はここには入れない! 君は持ってきちゃいけない物を、あってはいけないモノを持ち込んでいるんだ」


 なんなのさ、とアリスは問いました。


「どうして持ってちゃいけないの? どうしてあっちゃいけないの? 無理だよ、これは置いていけない。これが無ければ、私がワタシでなくなっちゃう」


 だがしかし。と、尾話の長いネズミが遮りました。


「それが無ければ入れてやろう、それが無ければ招いてやろう。心が無垢な可愛いアリス、どうか身体も無垢におなりよ?」


 地面を見つめ、アリスは答えました。


「だってそれは、とても痛いよ? だってそれは、とても辛いよ? 私はそんなの耐えられない。痛いものから逃げ出すために、私はここに入りたいのに」


 クスリクスリと、蝶になった芋虫や綺麗な花たちが笑います。


「それじゃあダメだ入れない、いくら可愛くったって許されない」


「こちらにおいで? こちらにおいで? きっとこちらは気持ち良い。あなたが感じたことの無い良さを、私たちなら上げられる」


「トロリと甘くて、ペロリとすぐに平らげちゃう。そんな気持ち良さが、ここにはあるのよ?」


 それを聞いたアリスは、ぎゅっと服を掴みました。


「ならどうやって棄てればいいの? 分からないよ、解からないよ。私は真似をしているだけ。どうやったら、偽物が本物になれるんだろう?」


 だって君はアリスだろ? と、帽子屋と三月兎が怒りました。


「ならば君なら出来るはずさ。そうだ、ならばこうしよう。僕らのお茶会に参加しよう、お茶と御茶をたらふく飲んで、ケーキとケイキを貪ろう」


「狂ったようにここで過ごせば、いつかはきっと失くしているさ。だって僕らはとっくに無くしてしまったよ? だからこうしてここにいる。だからこうして狂えてる」


 ついでにネムリネズミが起きてきて、アリスを睨んであくびをひとつ。


「惨めな惨めな醜いアリス、夢と現を行ったり来たり。あまり往復し過ぎると、そのうちどちらにも行けなくなるゾ?」


「だからこっちにしちゃいなよ」


「だからこっちにしてしまえ」


「君はここしか、選べない」


 ポロポロ涙を零し、アリスは大きく叫びました。


「そうよ、私はここしかないの! だから入れて! ここに入れて!! なんでもします。痛いのもちょっぴりなら我慢しますから、早く私をここに入れて!!」


 ならば決まりだ! と、赤の女王が雄叫びを上げました。


「処刑だ処刑だ! すぐにアリスを弾劾せよ! 裁判なぞ慈悲に等しい。そんなものは与えない、今すぐギロチンを用意しろぉッ!!」


 何処からともなくトランプたちが現れて、えんやえんやと大工作業。あっという間にギロチン台の出来上がり。


「さぁアリス、さぁさぁアリス! 貴様の罪を洗い流せ、貴様のソレを切り落とせ!! きる、切る、斬る、キルきるきルきるきるキルキル奇ルKILLぁァッ!!」


 いつの間にかアリスは、跪かされ、台にぽっかりと空いた穴へ押し込まれていました。頭だけでなく全身を、腰の辺りまでスッポリと。


「なぜ?なぜ何故ナゼ女王サマ!? なぜ裁判をしてくれないの、なぜクロッケーをさせてくれないの? チェスは? 白の女王は? 赤と白のナイトは、ハンプティダンプティはッ!?」


 そうアリスは泣き叫びますが、誰も助けにはきやしません。来るわけがないのです、だってこれが「この」アリスの終わり方。来れるはずのない場所に、無理やり入り込もうとした末路。


 アリスは刃が落ちると同時に、夢からも、現からも拒絶されることでしょう。可哀相なアリス、哀れなアリス、どうしようもないアリス。せめて静かに、何も無い世界をたゆたうといい。




「はい、おしまい」




 そう誰かが呟くと、落ちてアリスをふたつにするはずだったギロチンが、泡となって消えた。


 ユラリとシッポを軽く流せば、溢れかえっていたトランプたちは枯れ葉となって飛んでいった。


 くしゃみをすれば赤の女王はすり潰され、顔を洗えばそのほかの観客たちは霧となって、辺りを真っ白に染め上げた。


「毎回毎回、君には入れないと言っているのに何故ここまで来てしまうのだろう。「資格」は無いが「素質」はある、そういうことなのかな」


 そう言ったのは、気味の悪い縞模様をしたチェシャ猫でした。


「だが、「資格」が無い以上は出て行ってもらうよ。無駄だとはおもうが、もう二度と来ないでくれ? 僕も、そうそう暇ではないんだ」


 チェシャ猫はアリスを後ろ足で蹴り上げると、キシキシと不機嫌そうに笑い、去っていった。


 蹴り上げられたアリスは、ゆっくりと、しかしグングンと空へ浮かんでいく。雲をつき抜け、夜を越え、星を通り越し、やがて見えたのは、朝日の差し込む小さなベッドだった。





 寝癖の酷い頭をぐいぐい撫でながら、私は身を起こした。

 フゥ、と何度目か分からない起き抜けの溜め息を吐く。またダメだった。なぜ、私はあそこに受け入れて貰えないのだろう。


 今見てきた夢のことを、いつも枕元に置いてある夢日記につらつらと書き記していく。すでに使い切った日記帳の数は20冊を越えているが、これを書かなくていい日はまだ訪れない。これは、失敗した夢を記録するためのものなのだから。


 私がアリスになれる日はいつやってくるのだろう。いつになれば、私は偽物から本物になれるのだろう。そう思いながらも、気だるい脚をベッドから降ろし、私はパジャマを脱いだ。


 掛けてある制服を見ると、いつもうんざりする。なぜこんなのを着なくちゃいけないんだろうか、あっちのほうが可愛くて素敵なのに……。


 真っ黒な上着に袖を通すと、今度はズボンを履いていく。鏡の前に立てば、そこには見知った顔の男の子が一人佇む。

 ジッと私と視線を絡め、私はボソリと呟いた。




「『僕』は、アリスなのに」




要らないそれとは「アレ」です。

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