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第35話 世界唯一の神話

 


 ダフニーの登場によりどこか気まずげな乾杯を終えた一同はしかし、しばらくすると次第に話し始めた。



 賢人とギルファセッツが談笑しているとダフニーが手を振りながらやってくる。



「やっほー、お? ギル、最近また老けたねぇ」



 ギルファセッツは恭しく頭を下げる。



「1年ぶりでございます。ダフニー様は相変わらずお元気そうで羨ましいですな」



 その言葉に思わず苦笑いする賢人とダフニーだったが、幸い誰にも気付かれることはなかった。



「今日は本当は心置きなく料理を楽しんで欲しかったんだけど、うちの賢人がどうしても使徒について知りたいって泣き喚くもんだからさぁ。ギル、こいつに昔話をしてやってよ」



「全く……ダフニー様の方が長生きでしょうに。かしこまりました、少し長くなるかも知れませんが。有名な神話ですよ。


『遙か昔、此の星ウォーターグラウンドには強大な野生と脆弱な人間があった。


 人は言葉も満足に話せず文明も無かった。


 豊かな生活を享受していたのは輪廻の女神アリサが遣わした天使達のみ。


 脆弱な人間に出来るのは獰猛な野生に怯えることだけであった。


 ある日、バレンティアという土地に1柱の神が舞い降りた。


 名を賢神という。


 賢き神は異界の人間を呼び出し、彼の発案を元に此の星の全てを変えられた。


 大部分の人間は魔法を使える人族に、人並み外れた力を持つ人間は鬼族やドワーフに、野生哺乳類の一部は人間と融合し獣人に。


 そして変化を拒んだ者達は脆弱なまま変化し、いつしか彼らはエルフと呼ばれた。


 変化を受け入れた者達には賢神自ら知恵を授けた。


 言語、土木技術、政治、経済、宗教、そして魔法。


 また彼は、エルフに対するせめてもの慈悲としてより強力な魔法の力を授けた。


 エルフはこれを受け入れた。


 しかし予期せぬ苦難も訪れた。


 野生の生物がより強く、より凶暴になったのだ。


 吸血コウモリは吸血鬼に、オオトカゲ鳥はドラゴンに、大猪はオークに、コビトモドキはゴブリンに変化し、知能も上がった。


 しかしそれでも、人は文明を持ち、彼らに対抗することが出来るようになったのだ。


 賢神は天使や異界の人間を通じて天子をつくり、特別な能力を付与した。


 天子は天孫をつくり、天孫には国を運営する義務を付与した』


 これがウォーターグラウンドの創世だとバレンティア地方に伝わっております。


 世界の管理者は天子、国家の長は天孫とよばれ、天子には特別な能力と権威、天孫には下位の権威が神の名の下に与えられました。


 そして『使徒』というのは、ダフニー様の親友でもございました、冒険者ギルド初代ギルド長『大賢者』キー・エミューン様によって書かれた最期の書記に残された預言の中に載っていた単語でございます。


『大災厄、輪廻の檻を解決せんが為、神は使徒を遣わす。神の使徒が月に舞い降りし後、使徒は存在せぬ地へと下る。此の地の下では魔が溢れ、此の地の上では星が降る。しかし此れは、動乱の幕開けに過ぎぬ』


 と。


 そして貴方がたは超常の力を携え月の大地へと舞い降り、ユートピアへといらっしゃった。


 端的に言えば、貴方がたは世界の希望なのでございます」



 興奮気味に喋り終えたギルファセッツは真剣な表情で話を聞いていた賢人達に跪き、祈りを捧げる。



「……なるほど、話は分かりました。その、予言とやらを信じるのなら、これからユートピアの地下からは魔物が溢れ、空からは星が降ると。


 さらに俺達は大災厄、輪廻の檻ってやつまで解決する必要があるわけですね?」



 賢人は頭を捻りながら言葉を紡ぐ。



(い、意味が分からん。わざわざ俺達が呼ばれたってことは既存の天子達じゃ解決不能な問題ってことか? それなら異世界人達が俺らを持ち上げるのも分かるな。


 それにしてもユートピアに関する問題はまぁいいとして、大災厄と輪廻の檻が全く想像つかん。巨大な隕石が落ちることが大災厄ってんなら話は分かるが、違ったらもっとヤバいな。覚えておこう)



「その通りでございます。ですので我々三ヵ国は貴方がたを出来る限り尊重し、もてなすことで合意しているという訳なのです」



 ギルファセッツはそう言うとダフニーをちらりと見て言った。



「貴方がたが自由に活動出来るように、ダフニー様が便宜を図っていらっしゃると思います。もちろん私やボヘミン王も最大限協力させていただきますが」



 具体的な使徒達への今後の扱いについては明日の会議で決めることになっているようで、今日のところは食事を楽しんでくれとダフニーとギルファセッツに言われた賢人達は素直に歓談に勤しむことにしたのだった。

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