第34話 世界最高の夕食会
「今夜の夕食会は無礼講だとマスターがお決めになられました。それでは皆様ごゆっくりお寛ぎください」
タワーの最上階の1つ下にあるレストランの入り口扉の前で、みゅーたんはそう言うと一礼して扉を開ける。
どうやら今夜はレストラン全体を貸切にしているようで、普段置かれているテーブルやイスは取り払われ、立食パーティー形式になっているようだ。
豪華な料理の数々がこれでもかと大量に並べ立てられ、メイド服に身を包んだみゅーたんが30体くらいウロウロしている。恐らく料理を運んだり取り分けたり飲み物を渡したりするのであろう。
既に他の客が何人かいるらしく、仲の良さそうな感じに談笑したり料理を楽しんだりしている。
賢人はそこに知り合いを見つけた。
「あれ? ローレインさん? お久しぶりですね」
そう、例の武器屋でサンシャインドラゴンから造られた剣を買った、ボヘミン王国近衛騎士団長のローレイン・ヴァンレイヤーである。
賢人とその頭上に載っている亜里沙に気付いたローレインは笑顔を見せた。
「よう、昨日の使徒様達じゃねーか! 冒険者ギルドには登録出来たのか?」
昨日と変わらずボヘミン王国の近衛騎士団長とは思えない口調の彼の質問に賢人は苦笑いで応じる。
「ええ、なんとかね。ところで、ローレインさんがここにいるってことは……」
「ん? あ? もしかしてお前達、これが何か知らずに来たのか?」
驚愕の表情を浮かべるローレインに賢人はことも無げに返答した。
「え? ええ、まぁそうですね。もしボヘミン王国の国王陛下がいらしてるならもうちょっと心の準備をして来ましたよ」
「その割には全く動揺しているようには見えないんだが……まぁいい。
今日の夕食会は明日の三カ国会議前に開かれる歓迎パーティーだ。
そこのテーブルを陣取ってるのがバレンティアの奴らで、ここがボヘミンの奴らだな。
あの赤い髪の優しそうなお爺さんがギルファセッツ・ウーバ、26代目バレンティア都市国家群代表でウーバ商会の会長だ。
で、そこの席で肉食ってる赤褐色の髪のおっさんがボヘミン王国の28代目国王、タルジェンド・エリングその人だな。
で、その横にいる金髪のイケメンが……イテッッ! 何すんだよナンキュール」
ローレインが饒舌に話している途中で、近くに来た灰髪の男が割と本気でローレインの後頭部をぶん殴ってきた。
「貴様よもや無礼講の意味を履き違えているのではないだろうな。畏れ多くも国王陛下に対して肉食ってるおっさんとは……アホか貴様は!? これだから脳筋を近衛騎士団長にするのはやめた方が良いと何度も何度も進言したのだ! 大体貴様はいつもいつも……」
ナンキュールと呼ばれた男はローレインに割と大声で説教を始める。
(あーあ、ローレインは小声だったのにナンキュールが大声で言うから国王が気まずそうな顔で肉を下げさせちゃったじゃん、可哀想に……隣の金髪の王子っぽい人は必死に笑うの堪えてるし……)
「まぁまぁ、お二人共その辺で。せっかくのお食事ですから楽しみましょう」
賢人がそう取りなすと、ようやくローレインを解放したナンキュールが頭を下げてきた。
「うちの脳筋が大変失礼致しました。使徒様とお見受け致します。
私はナンキュール・ドグルス、ボヘミン王国北方方面軍の軍団長を務めさせていただいております。
使徒タカユキ様や使徒コノミ様、使徒アユミ様は私が責任を持って預からせていただきますので、ご安心ください」
賢人は頷く。
「ええ、よろしくお願いします。貴方は苦労人の素質があるみたいですね」
ナンキュールは苦笑いを浮かべる。
「はい、全くです」
ナンキュールは火野と話があるようなので、賢人はローレインに国王に紹介してもらうよう頼んだ。
「はー、助かったぜ。ナンキュールのやつ、地獄耳のくせに自分の声がでかくてよ。無意識に被害を拡大させてくるからな。まあ国王への紹介は任せてくれ、俺は近衛騎士団長だぜ? 」
ここまで頼りない騎士団長がいるだろうかと賢人は思う。何せさっきから国王が恨みのこもった目線をローレインに向けてくるのだ。
「陛下! この黒髪の少年が使徒ケント様で、頭の上のちっこいのが使徒アリサ様でございます」
賢人は国王が頭を抱えるのを横目に見ながら軽く頭を下げる。
「紹介に預かりました、ケントと申します。」
頭の上のアリサも、アリサですと言ってペコリとお辞儀をした。
申し訳なさそうな顔の国王が応じる。
「おお、これはこれはご丁寧に。私は28代目ボヘミン王国国王、タルジェンド・エリングでございます。使徒様に直接お目にかかれて光栄でありますな。
御二方、近衛騎士団長ローレインの失言をどうかお許しいただきたい」
賢人と亜里沙は軽く応じる。
「ええ、彼の人柄は大体わかってますし、こちらは全然構いませんよ。ところで……そちらの方は?」
すると国王の隣にいた賢人と同じくらいの年の金髪イケメンが恭しく頭を下げた。
「お初にお目にかかります。私はサンジェイド・エリング。ボヘミン王国の第1王子でございます」
やはりかと賢人は思ったが、どうしても確認したいことがあった。
「しかしながら、その、お2人の髪の色が違うと言いますか……」
途端に苦々しげな顔になる親子。そこはそっくりなんだなと賢人は思った。
「はい、息子は正真正銘ワシの子なのですが、どうやら先祖返りのようで……」
「我々には天使様の血が混ざっておりますので、ごく稀に両親共に金髪でないのに子供が金髪になることがあるのです。
しかしその歴史をよく知らぬ民からは在らぬ疑いをかけられる事も多く……」
どうやら現在ややこしい問題が起きているらしい。
「あぁ、くだらん政治の話はもうやめだ。詳しい話は明日行われる筈ですので、ケント様方も我らと共に料理を楽しみましょう」
国王がそう言ったので賢人達は彼らと共に料理を楽しんだ。
近衛の人達とも自己紹介をしたりたわいのない話をした後、賢人と亜里沙はギルファセッツに挨拶に行くと言って一旦輪を抜けた。
「俺はこれからギルファセッツさんのところに行くけど亜里沙はどうする?」
賢人がそう聞くと亜里沙もついていくと言うので、2人はギルファセッツの元へ向かった。
「はじめまして、使徒のケントと申します。
先日はウーバ商会の最高位の待遇状をトリエスさんからいただきました。ギルファセッツさん、ありがとうございます」
亜里沙もアリサですと言ってペコリとお辞儀をした。
優しそうな笑みを浮かべたギルファセッツはうんうんと頷く。
「こちらこそ使徒様と縁を繋ぐことが出来て嬉しく思います。申し遅れましたが、ワシの名はギルファセッツ・ウーバ。しがない商会の商会長をしております」
ギルファセッツが更に言葉を継ごうとした時、会場の最前方に配置されていたみゅーたんの音楽隊50人くらいが美しい音楽を奏で始める。
それに即座に反応して跪いたのはのはボヘミン王国とバレンティア都市国家群の面々だった。
なんと国王や商会長まで跪いている。
賢人達がポカーンとしていると、ニッコニコの笑顔で舞台の裏からやってきたダフニーが、舞台の中央に置かれていた玉座っぽい椅子に座って言った。
「やあ、みんな楽しんでる? ってあれ? そう言えば今日って無礼講って言ってなかったっけ」
その瞬間立ち上がる面々。それでも顔は下げたままだったが。
「……まあいいか。ほらほら! 今日はせっかく夕食会開いたんだからもっとみんなでワイワイいこーぜ! はい、みんなの平和を祈ってカンパーイ!」
その瞬間みゅーたんが各自の元に現れ、いつの間にか全員の手元にはワインのグラスを持たされていた。
「「「「「か、かんぱーい……」」」」」
相変わらず自由なやつだなと思いながら賢人はワインを飲み、初めての味に渋い顔をした。




