第33話 指輪の交換と彼女の裏切り
賢人達は個室を出るとダフニーとともにエレベーターに乗り、出口に向かった。
道中の空気は重苦しく、誰も口を開こうとはしない。
防護服を脱いで出口を抜けると、ダフニーが振り返って言った。
「さて、それじゃあこれでワクワク地下研究施設見学は終了だ。これから夕食会までの間は自由時間にするけど、君達はどうしたい?」
「そうだな……夕食会に出席する委員長や火野ともある程度事前に話をしておきたい。あとその時には出来るだけ干渉しないようにして欲しい。頼めるか?」
賢人は悩んだ末、そのように決めた。
「了解、セッティングしておこう。それじゃ、しっかり掴まっててね」
こうして一行は再びユートピアに転移した。
「それで? 話ってなんだ?」
タワーの一室に用意された会議室のような場所で、賢人、亜里沙、優香、香坂、火野の5人は一堂に会していた。
火野が発した疑問に賢人が応える。
「とりあえず2人とも集まってくれてありがとう。夕食会の前に情報交換でもどうかと思ってね」
委員長が真剣な表情で頷く。
「なるほど、確かにそれは良い案だね」
「そもそも2人とも、今日の夕食会について何か聞いてるか? どういう理由で呼ばれた?」
賢人の質問に委員長が手を挙げる。
「僕は何か紹介したい人達がいるとかどうとか。嘘は言ってなかったから本当だと思うよ」
火野も肩をすくめて言う。
「俺はまぁ、勝手にボヘミン王国の北方方面軍に派遣される使徒の代表みたいな立場にされたみてぇだからな。その顔合わせだと言われた。
あ、勘違いするなよ?別に軍属に不満がある訳じゃねーからな」
火野の異能は【身体強化】。その気になれば星ごと滅ぼせる力なのだ。強大な力と引き換えに多少の拘束は仕方ないことかも知れない。
賢人は深く納得した表情で呟いた。
「へぇ、俺の知らないところで色々と決まってんだなぁ。あ、俺と亜里沙が呼ばれたのは……なんだったっけな?
あー、確か使徒の役割とか俺達が優遇される理由とかを説明してくれるって言ってたな」
「そうなんだ……って、じゃあなんで古海さんまでここに来たの? あ、いや、別にいても良いんだけど」
委員長の言葉に優香が笑顔で応えた。
「私が来たのはね、2人と取引しようと思って! へへへっ」
その言葉に委員長は驚きの表情を浮かべ、火野は呆れた表情を見せた。
「古海さんってこんな子じゃなかったのに……」
「賢人の入れ知恵か……それで、取引って何だ?」
思わぬ反応に優香は顔を引攣らせる。
「わ、私ってアホの子だと思われてた……? ま、まぁいいや!
それでね、2人には私の異能を教えてあげる代わりに、ちょっとだけ協力してもらいたいなーって」
火野は即座に切り返した。
「意図が見えない。もっと具体的に言ってもらわないと返答しかねる。そもそも古海さんの異能を知ることでこちらに何のメリットが?」
優香はしばらくウンウンと唸っていたが、賢人が耳元で何か呟くとハッとした表情で答えた。
「まずこちらの意図としては、私の異能は強力過ぎるのでとりあえず2人と協力関係を築きたいということ!
で、口止めもしてもらいたいんだけど、その代わりに私の異能を使ってwin-winな関係を……って感じでどうでしょう、へへへ。詳しい事は言えないんだけど」
火野はなるほどと頷いた。
「ふむ、古海さんの異能は【異能具現】。名前的に考えて異能を物質化する能力か。
で、恐らく異能の内容によって出来ることが制限される、或いは多様化する。
もっとも考えられるのは物質化した異能を誰でも使えるようになるといった感じかな?」
「な、なんでそれを知って……!?」
動揺する優香に対して賢人は頭を抱えた。
「馬鹿か……あ、馬鹿だったわコイツ……」
亜里沙も小声で同調した。
「だから賢人がやった方が良いって言ったじゃない」
「ま、まあまあ、この2人相手なら万が一失敗しても大丈夫だと思ったから任せたんだ。良い経験になったろ?」
会話を聞いていた優香は泣きそうな顔で2人を見る。
委員長と火野は気まずげな表情でアイコンタクトをしていた。
火野がため息をついて言う。
「分かった分かった。お前らが俺達の異能を悪用するとも思えないしな、協力してやろう。それで? 古海さんは何が出来る?」
その瞬間パアッと顔を輝かせた優香は、饒舌に自分の異能を説明しようとして賢人に頭を叩かれた。
「俺が説明しよう。無用なトラブルを回避する為にもな」
賢人は優香の異能を、任意の物体(異能に関連した物は除く)を他者の異能行使と引き換えにしてコピーする能力だと説明した。
その物体の消滅と引き換えに持ち主は引き換えにした異能を行使出来るとも。
「なるほど……な。まぁ今はそれで納得しておいてやろう。それで、どんな形で異能を交換するつもりだ?」
火野は一瞬賢人に目を向けたが、優香に視線を移して聞いた。
「う、うん。何か希望があれば聞くけど、特に無いなら普段身に付ける物にしようと思って。指輪とか?
交換レートは異能の種類によると思うから当人で決めてね」
「なるほど、良い案だ。委員長もそれで良いか?」
「そうだね。限定的とは言え、他人の異能が使えるようになるのは莫大な利益だ。古海さん、教えてくれてありがとう」
更なる話し合いの結果、以下のように決まった。
交換レート
【時間操作】1個
=【異能鑑定】2個
=【身体強化】1個
=【念動力系】2個
=【真偽鑑定】5個
その後彼らはある程度の量の指輪を交換し(オリジナルの指輪は事前に優香が露店で購入していた)、近況報告を行った。
委員長はダフニーの迷宮業務の手伝い、火野はボヘミン王国の北方方面軍関連の仕事をしているらしい。
日が沈む頃、みゅーたんが会議室にやってきて夕食会の会場に移動すると言うので優香はそこで抜け、残りの一行は徒歩で歩き出した。
豪華な廊下を歩きながら賢人は火野に周りには聞こえないほどの小声で言う。
「さっきは助かった。お礼と言っちゃなんだが、もしお前が気付いてないんだったら1つ言っておこう」
「……? なんだ?」
「あの時、月の仮想空間にいた時、お前の近くに裏切り者がいたはずだ」
火野はほとんど表情を動かさずに答える。
「ああ、分かってる」
「そうか、ならいい」
2人はこれだけで会話を終了した。
賢人は当時の状況を振り返る。
火野達はあまりにも異様な速度でダフニー達の元にたどり着いた。
貝原も坂本達をダフニーの元まで誘導していたことを考えると……結論を出すには容易い。
火野の近くに居て尚且つ異能を持っていたのはただ1人、【究極魔導】を持つ土居このみである。
彼女は今もダフニーの仲間であったことを隠し、火野、歩美とともにボヘミン王国北方方面軍に所属しているのだった。




