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第32話 間違えた天才の贖罪

 


 どうやらこのハイテク馬車もダフニーが賢人達に用意したものであるらしい。



 賢人はダフニーがここまで手を尽くす動機を知りたかったが、ホルクスが知ってるとも思えず断念した。



 その後も様々な製品を紹介されていき、最後に辿り着いた区画は他とは違う物々しさに溢れていた。



 重大な危険を伝える紙の貼られた幾重にも張り巡らされる金属製のドアを抜けた先には、巨大なアクリル板に覆われた機械が置かれ、その中央にはエメラルドグリーン色の欠片が置かれていた。



「これは一体……?」



 思わずそう口にした賢人に対して、先程までの態度を翻してひどく真剣な表情をしたホルクスが応える。



「これは『エメラルドスター』の人工生成を試みている実験の途中です。早くここから出ましょう」



 どこか焦った様子のホルクスに連れられ、賢人達が元の展示場に戻ると、ホッと息を吐いたホルクスがこう言った。



「いやぁ、失礼しました。あれは相当危険なものでして、前回実験が失敗した時は研究施設が半壊しましたからね……」



 賢人達は思わず絶句する。厳重に保管されているとは思ったが、まさかあの欠片がそんなに危険なものとは思えなかったからだ。



 ホルクスは説明を続ける。



「『エメラルドスター』。触れるだけで万物を癒し、少し削って死者にかければ蘇生する伝説の秘宝。


 ダフニー様はそれを人工的に再現なされようとしているのです。


 しかしながらアレは本来星々をつなぎとめる為に存在する『星間エネルギー』を無理矢理結晶化したもの。


 まだまだ安定化には程遠く、あのサイズの欠片を地上に持ち出せば小国1つなら簡単に滅ぼせましょう」



 ホルクスによると天然の『エメラルドスター』は現在のところたった2つしか確認が取れておらず、さらにその2つともある個人が所有しているのだと言う。



「聞いたことあります? 『最凶の天災』って。勝手に付けられた二つ名なんですがね。


 ダフニー様によると300年前くらいからルーン大帝国に出没してるらしいですよ。一説には天子様だとか……


 昔聞いてみた時もダフニー様はあまり口にしたくなさそうでしたね。無差別に大帝国民を殺しまわってて、皇帝ですら手出しが出来ない男らしいんですが……


 まぁ大帝国に行かなければ関係ない話なんですがね、そいつが天然物を持ってるらしいですよ」



(へぇ、興味あるな……小説にそんな設定は無かった)



 賢人はもっと詳しく話を聞こうとホルクスに質問してみたが、どうやら全てダフニーからもたらされた情報らしい。



 仕方なく他の製品についての情報の説明を受けていると、ダフニーが奥の区画からやってくるのが見えた。



「やぁ、おまたせ! 所長は一通り説明してくれたかな?」



 所長と呼ばれたホルクスは跪いて返答した。



「はい。この度は主に製品の紹介をせよとのことでしたので難しい理論の説明は行わず、製品自体の説明に留めました。


 また、彼らに譲渡する予定の馬車型車両についても使用方法含めて全ての説明が完了しております」



 ダフニーは満足そうに頷くと、賢人達に向けて言った。



「昼も過ぎたことだし、一緒に昼ご飯でも食べよっか?」











 賢人達はダフニーに連れられてエレベーターのような機械に乗り、さらに下の階層に着いた。



 そこは研究員達の食堂のようになっており、店員から個室を案内された彼らは会話を始めた。



「さて、何か注文するかい?」



 ダフニーがそう言うも、賢人と亜里沙は渋い顔をした。



「いや、俺はいい。最近食欲が無くてな。今日は夕食会があるようだからそれで充分だ」



「私も食事は必要ないみたいだからいいよ」



 優香は愕然とした表情を浮かべる。



「えー! じゃあ注文するの私だけ!? えーと、じゃあダフニーくんのおすすめで!」



「ハハッ、よしよし。せっかく昼ご飯に誘ったのに肝心の食事を断られたんじゃあ流石のボクでも泣いちゃうところだったからね。


 まぁボクも食事は要らないんだけど」



 再び愕然とした表情を浮かべる優香に笑いながらダフニーは店員に幾らかの注文をする。



「ところで、君達の身体に起きてる異変について知りたくない?」



 ダフニーのその言葉に2人は食いついた。



「正直知りたい。食欲だけじゃない、睡眠欲も性欲もほとんど無くなってる気がする」



「私は身体も全部別のものになっちゃったからまだ分かるんだけどね。賢人のことは心配してたの」



 それにダフニーはウムウムと頷くと口を開いた。



「例えばボクの食欲が無いのは、ボクが生物じゃないからだ。ボクはただの分身だからね。


 矢野さんの身体に異常が起きてるのは、まぁ十中八九その謎の身体のせいだろう。


 ボクの予想では君はもう人間じゃない。身長30cmの時点でそりゃそうか。


 さらにその特長、そう、金髪に赤い目だ。まぁ君の場合、右眼が赤で左眼が黒だから純粋な天使族じゃないんだろうけど、それに類するナニカだと思われる。


 賢人の場合、その左眼の赤い瞳がそれらに関係してるんじゃないかな?」



 賢人は納得した。



「初めて【異能鑑定】を手に入れた時、今の身体の亜里沙が俺に左眼を渡す映像が流れてきた。


 それと……いや、何でもない」



「え? 私そんなことした記憶は無いんだけど……?」



 ダフニーは一時なにやら考え込んでいたが、1人で勝手に納得した。



「ふーん。ま、とりあえずそういうことなんだろうね。君達は最早人間とは呼べないんだ」



 ここで料理が運ばれてきたので、一旦この話は中断された。



 優香が料理を食べ終わるまではユートピアの街に関するたわいのない話をしていた彼らだったが、食べ終わった料理が片付けられるのを見計らってダフニーが再び口を開いた。



「さて、朝の話だったね。最初に1つ言っておくと、あの場で君達の話を遮ったのは保険の為だ。


 なにがキッカケでアイリスのようになるかわからないからね。


 この地下施設は神の監視から外れてるみたいだからそういう話はここでしよう」



 賢人達は静かに頷いた。



「それじゃあ本題に入ろうか。賢人はウォーターグラウンドが地球の平行世界じゃないかと予想したんだったね。


 それで概ね正解だよ」



「やっぱりか……」



「うん、とは言っても地球出身者ならウォーターグラウンドの地形を見れば気付いてもおかしくはないけど。


 ボクは350年前に地球から転生してきた転生者ってやつなんだけど……」



 ダフニーの唐突な告白に驚愕の表情を浮かべる賢人と亜里沙。なぜか優香は落ち着いていたが。



「は!? ……ちょ、ちょ、ちょっと待て。お前って転生者だったのか!?


 本当に転生者っているんだな……フィクションだけの話かと思ってた」



「いやあのさぁ、月にいた時にボクがトラックに轢かれて死んだ話したじゃん……」



「あぁ、意味がわかんなかったからスルーしてたわ。だって転生者がいるって論理的に考えておかしいじゃんよ」



 ダフニーは笑った。



「アハハ、こんな狂ったファンタジー世界で何言ってんだか……


 じゃあ話を戻すよ。当然ボクも平行世界の概念は知ってたし、ウォーターグラウンドの地形を知った時から地球との関係を調べようと手を尽くしていた。


 正直この施設を作った理由の半分くらいはこれだね。


 そしてある日、転機が訪れた。神様が地球に任務に行けって言ってね。


 ボクは当然狂喜した。だってそれまで全く地球の手掛かりが見つからなかったんだ。


 地球に行く時にボクはありったけの観測装置を持っていって、ようやくその全貌が掴めた。


 ウォーターグラウンドと地球の絶対静止空間座標がほとんど一致したんだ。


 つまりここと地球は重なっているんだよ。次元が違うからお互い見えないだけなんだ。


 ただし、僅かにズレた座標からウォーターグラウンドは約2000年後の地球と同一だと判明した。ただし平行世界のね。


 ボクがここに帰ってきた後、得られた座標と次元から地球に跳ぶ方法を考えてるんだけどね……


 エネルギーが足りない。圧倒的に。


 だから、人工『エメラルドスター』の開発が必要なんだ。


 君達が……地球に帰れる為に」



 賢人達は驚いた。ダフニーが彼らを地球に帰す為に努力し続けていたことなどこれっぽっちも知らなかったからだ。



「お前は何で……ここまで俺達の為に? クラスメイトを虐殺した俺達の敵じゃねーのかよ……一体どうして」



 ダフニーは寂しそうに笑う。



「これはボク達の贖罪だ。身勝手な理由で身勝手に君達を召喚し、殺害し、これからも利用しようとしているボク達の。


 賢人、お願いがあるんだ。この世界を……守ってくれ。そして、異能を持っている天子達を……殺してくれ(救ってくれ)



 ダフニーはそう言うと、静かに個室の扉を開いて出ていった。

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