第31話 秘密の研究施設
「やあ、さっきぶりだね。武器はみゅーたんに返させておこう。よし、それじゃ早速行こうか!」
賢人達が朝食を食べ終えた時、見計らったかのようにダフニーが再び現れた。
「それはいいが……どこに?」
賢人の質問にダフニーは笑って答える。
「秘密の地下研究施設だよ」
その後ダフニーのダンジョンマスターとしての能力で転移した一行は、10m四方の頑丈そうな金属製の巨大扉の前で待機していた。
地下施設と言うだけあって待機している廊下に窓は無く、灯りも見当たらないが全体的に薄暗く光っている。
「ここがその入り口だよ。ここの内部はボクでも直接転移出来ないんだ。『ポエン ヘット ロード』」
次の瞬間、大きな扉がゆっくりと左右に開いた。
「自動ドアかよ……って、おお! すげぇ!」
扉の向こう側には凄まじい光景が広がっていた。
目の前には空港の荷物検査ゲートみたいな機械が並び、その奥には壁や天井に無数の穴の空いた廊下、さらにその先にはよく分からない夥しい数のケーブルで繋がれた機械や大量の試験管、巨大な電子顕微鏡のようなものまで見ることができた。
全身に防護服のような物を着た職員らしき人々は皆真剣な眼差しでモニターをチェックしたり試験管をフリフリしている。
ファンタジーぶち壊しの近未来SF感が満載である。
「どう? 驚いたでしょ?」
ダフニーがドヤ顔で聞いてくるが、賢人に返答する余裕は無い。
「どういう……ことだ? 父さんの作った世界は……中世ヨーロッパ風ファンタジーだったはずだ。お前の書いた本を読んだ感じでもそうだったはずなんだが……」
賢人の独り言にダフニーは口を尖らせて言った。
「だから言ったじゃないか、秘密の地下研究施設だって。さあさあ、好きに見学してよ! ボク達の自慢の研究成果を! 朝の話はその後にしよう」
賢人達はダフニーに言われるがまま荷物検査ゲートで職員のチェックを受けて廊下を進む。
この廊下に空いている穴からは圧縮した特別な気体が放出されているようで、服についたホコリや細菌、ウイルスなどがほぼ完全に除去されるものだという。
さらにその先で防護服を着用してようやく賢人達は研究施設に足を踏み入れた。
「じゃあボクはこの先に少し用事があるから、えーと、適当な人を呼ぶからここの研究内容を説明してもらっててよ」
ダフニーはそう言うと近くにいた職員に誰かを呼びに行かせ、スタスタとどこかに行ってしまった。
「自由すぎるだろあいつ」
賢人がそう言うと苦笑いを浮かべた優香が応えた。
「あ、あはは……きっと忙しいんだよ」
賢人達がそんな会話をしていると、奥からメガネをかけた長身の男が走ってきた。
「はあっ……はあっ……ダフニー様! お待ちしておりま……アルェ? 誰だね君達は?」
どうやらダフニーが来たと聞いて急いで会いに来たようだった。
「あー、なんかすいません。ダフニーはさっきまでいたんですけどなんか忙しいとか言ってどっか行きました」
賢人がそう言うとその男はキッと賢人を睨みつける。
「貴様……なにダフニー様を呼び捨てにしとんじゃゴルァ!」
突然怒り出した男に賢人達は困惑する。
「えぇ……な、なんかすいません」
その後しばらくギャーギャーとダフニーの素晴らしさについて語っていた男だったが、ふと思い出したようにメガネをクイッと上げてこう切り出した。
「ところで、君達は誰だね? 先程の様子だとダフニー様の知り合いのようだが」
「あ、はい。実は俺達、なんか使徒とか言われてる感じのあれなんですけど、今日はダフニーから貴方に研究内容を説明してもらえって言わ……」
賢人が事情を説明していくにつれて男の顔面は蒼白になっていく。そして耐えきれなくなったかのように叫んだ。
「ドゥオイィィィ! ままままじですか!? マジもんのししし使徒様でいらっしゃいますでしょうか!? ももも申し訳ありませぬぅぅ! って、え? 最後なんておっしゃいました?」
賢人の言葉に土下座しそうな体勢でひれ伏した男だったが、賢人の最後の台詞を聞き直した。
「いや、だからダフニーから貴方に研究内容を説明してもらえって」
「ドウェェェ!? ダフニー様ぁぁ! 私の事をそこまで高く評価されていらっしゃるとは! ありがとうございます! ありがとうございます!」
突然明後日の方向に五体投地を始めた男を賢人達はドン引きの表情で眺めていた。
「こいつ、アレだ。ダメな奴だ。もっとまともな人がいいんだが」
賢人が小声でそう呟くと、2人も静かに頷いて同意した。
「さあさあ! 使徒様、ご案内いたしますのでこちらへどうぞぉ! ぐへっへっ!」
気持ち悪い笑みを浮かべる男に連れられて、3人は嫌々ながら奥へと進むのだった。
お互いに軽く自己紹介をした後、ホルクスと名乗ったその男は研究中のものから見せてくれると言うので順番に見て行くことになった。
細々としたよく分からない機械や製品の開発現場を見た後、研究施設の中でも一際大きな区画に入る。
「えー、今左手に見えますのが現在開発中の有人宇宙ロケットであります! この美しいフォルム! 完璧な理論! ああ……素晴らしいぃ!
まぁ『天罰』の関係で実証実験が行えないので全く上手くいってませんがね」
賢人達は驚く。この世界の科学技術の度合いからして、有人宇宙ロケットなどオーバーテクノロジー以外の何物でもない。
まぁそれを言ったらここの設備全てがそうなのだが。
「『天罰』? ってなんですか?」
聞き覚えのない単語が出てきたので賢人はホルクスに質問した。
「あぁ、知らなかったのなら是非覚えておいていただきたい。
この世界では、基本的に高度な科学魔法技術の発明や発見が認められていないのです。
もしそれを為してしまったら……天からの落雷によってここへ転移されてしまい、子孫共々一生外の世界には出られません。
私の先祖も天罰を受けてここに来たそうです」
ホルクスは悔しそうな表情で呟く。
「私どもの見解では、蒸気機関以上の発明や画期的な魔法技術開発、新しい呪文の発見をしてしまい、それを一定以上の人に流布すると『天罰』が下るものだと推定しております。
私のご先祖様も確か、治癒術に関する画期的な新手法を開発したみたいで。知恵の神が人類の発展を阻害してくるとは……全く嘆かわしいものだ……」
とんでもない新事実に驚く亜里沙と優香とは違い、賢人は一人納得していた。
(どうして遥か昔に作られた父さんの世界の文明が停滞し続けていたのか疑問だったが、そういうことだったんだな。
先祖が天罰を受けたってことはホルクスはここで生まれ育ったってことなんだろう。
だがどうしてここに転移させるんだ?何か理由があるはずだ)
「どうして貴方がたは滅ぼされず、ここに転移させられるんです?」
賢人の質問に軽く頷いたホルクスはこう答えた。
「昔は問答無用で滅ぼされていたようです。
300年ほど前にダフニー様が知恵の神と交渉してこの地下施設にだけ高度な技術を使用することを認めてもらったらしいですなぁ。
人類に壊滅的な損害が与えられるのを防ぐ為に。
だから確かそういう時は高度な技術を使っても『天罰』は下らないらしいですよ?」
(なるほど、だからこいつはダフニーを尊敬してんだな。ダフニーがいなきゃ死んでるもんな)
「あ、あとダフニー様に確認したことがあるんですが、天子様は高度な技術を用いてもそれを他者に広めても『天罰』が下らないそうです。
ズルいですよねぇ、ってか身をもって確かめるダフニー様マジパネェっすわ。
だから恐らく使徒様も大丈夫だと思いますよ。
そもそも使徒様の役割を考えると……いえ、これはダフニー様から仰られることでしょう」
(ほぉ……やっぱり俺らは異世界チート使えるのか。まぁ使えなかったら犠牲者続出するのは目に見えてるしな。使徒の役割? そういやトリエスも何か言ってたな。後でダフニーに聞こう)
それからも研究内容に関するホルクスの説明は続き、完成品の展示エリアに入った。
「はい、まずはこの人工衛星! なんとこれ、既に打ち上げ済みなんですね。一基だけですが。
ダフニー様が直々に打ち上げたので『天罰』も下りませんでした。
これは現在、魔法技術と併用して精密な地図の作成や位置特定技術、天気の予測などに使われてます。天体の観測とかもやってますね」
ホルクスはそう言うと、人工衛星を利用して作った地図(ダフニーからもらった本に載っていた地図と同じだった)や小型発信器と受信器、ホログラム映像として出てくる気象予測映像用機械などを紹介してくれた。
なんと魔法技術を使うことで部分的に地球の技術までを上回っている。
「あとはこれらを利用してですね、馬車型のハイテク宿泊車両も作ってみました! ドュフフ、男のロマンってやつですよぉ」
そう言ったホルクスが見せてくれたのはデカい馬車だった。
中に入ってみると、さっき見た気象予測映像の機械や小型発信器と受信器の他に、謎の携帯電話っぽい機械と液晶画面があった。
「ええ、こちらの対になってる機械は超長距離音声伝達器と言いまして、かなり遠くの距離離れていても音声を相互に伝達できる機械でございます。
理論上はウォーターグラウンド全土で問題なく使えるかと。
そしてこの画面にはですね、先程の人工衛星から魔物だと判別された生物の位置情報がここに現れるわけでございます。
魔物は特殊な魔力をもっているのでそれをから簡単に判別可能なんですねぇ。これである程度の魔物の強さも分かります。
ここのコードに受信器を繋げれば小型発信器の位置情報も表示出来ますよ」
そして彼は衝撃の発言を繰り広げた。
「これは貴方がたの為に用意した馬車でございます」




