第29話 世界最高の幸運
ニアがギルド長室のドアをノックすると、入室を許可する男の声が聞こえた。
ニアはドアを開け……ようとして、ドアが内側に倒れた。
「えぇ……このドア朝までは普通だったのにゃ……」
賢人達が仕方なくドアを踏み越えて中に入ると、金髪の堅苦しそうな男がソファーの横に立っていた。
「ケント様、アリサ様、ユーカ様、剣聖レナ、大魔導師パーラピリナ、ようこそおいでくださった。ユートピアの27代目ギルド長、ロスト・エミューンと申します。どうぞここにお掛けください。ニアは人数分の紅茶を持ってきなさい」
やがて全員が席に着き紅茶の用意が終わると、ロストはニアを下がらせ口火を切った。
「さて、登録試験の結果はいかがでしたかな?」
賢人は苦い表情で答えた。
「えぇ、俺と亜里沙は合格したんですが、優香が戦闘試験で落ちまして。ギルド長のお力でなんとかなりませんかね?」
するとロストは意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「それは重畳。いえ、お気を悪くしないでもらいたい。ケント様、私と取引しませんか?」
「ま、内容によりますね」
ロストは当然とばかりに頷く。
「それはそうだ。取引というのは、我々から貴方がたに『特殊なギルドカード』を渡してユーカ様の冒険者活動を認める代わりに、今回ケント様の身に起きた事故を口外しないでいただきたいということです。
今回の件は冒険者ギルドとしても不都合な汚点になりかねませんのでね」
(なるほど、確かにそれはそうだ。
『特殊なギルドカード』の中身にもよるが良い取引なん……まてよ?
『特殊なギルドカード』って言うくらいだ、俺達にそのギルドカードを渡す計画は前からあったんじゃないか?
なんか恩を着せようとしてるがこれは詭弁だろ)
「ええ、それじゃ今回の話は無かったことに」
そう言うと賢人は立ち上がり、傍の2人も釣られて立ち上がった。
賢人達の様子に対して明らかにロストの顔色が変わる。
「ま、待っていただきたい。『特殊なギルドカード』の中身も説明していないのに、その判断は早計なのでは?」
勝ったな、そう賢人は確信する。この慌てぶりは間違いない、この取引は何としてでも行わねばならない類のものなのだろう。
「はぁ……ギルド長、俺達がガキだと思って舐めすぎではないですかね?
大体、貴方からは誠意が感じられない。故意なのか過失なのかは知らないが、人を殺しかけといてその態度はないでしょう。
ニアのやったことはギルド長である貴方の責任だ。せめて俺に対する謝罪くらいはしたらどうですか?」
賢人のこの言葉に対してロストは顔を歪めた。
「グッ……その通りですね、謝罪します。大変申し訳ありませんでした」
賢人はニヤリと笑った。
「はい、謝罪を受け入れます。それで? 取引の内容は何でしたっけ?」
賢人はわざと聞き直した。取引内容を見直せということだ。
「……はい。取引内容としましては、貴方がたに『特殊なギルドカード』を進呈し全員の冒険者活動を認める上、冒険者ギルド全体からも貴方がたの活動に便宜を図りましょう。
その代わりに、今回の失態は口外しないようにお願いしたい」
ロストは顔を苦々しげに歪めながらもそう言った。
「ほうほう、『特殊なギルドカード』とは一体何なのでしょう。あと便宜の具体的内容も」
ロストは全てを諦めたような表情で説明する。
「はい、普通のユートピアが発行するギルドカードは『名前』『種族』『ランク』『犯罪度数』が記され、基本的に変更はギルドでのみ行われます。
当然本人自らの変更は出来ない。
しかし3人にお渡しするギルドカードは全てを本人の自由に書き換えることが出来ます。
我々は『ジョーカー』と呼んでますがね。
これを持ってるのはバレンティア都市国家群とユートピア、ボヘミン王国全体でも十数人ですよ。
そして便宜の内容ですが、貴方がたが冒険者ギルドを訪れた際、このカードを職員に見せればVIP待遇が受けられます。
場所によって待遇の内容は変わりますが、悪いようにはならないと思います」
ここでパーラピリナが口を挟んだ。
「へぇー、ケチケチなギルド長にしては随分弾んだねぇ」
ロストはパーラピリナの顔を睨みつけ、彼女は肩をすくめて再び黙った。
「いかがでしょうか、ケント様」
賢人は悩む。いくらか怪しげなところはあるが、メリットは確かに多い。
ギルドカードは身分証明として使われるほど不正のしようがないことで有名だ。
それが自由に書き換えられるとは……日本で言えば公認で履歴書や身分証明書が書き換え放題みたいなもんである。
「何か隠してることとか無いですよね? 『ジョーカー』持ちには何か特殊な義務があったりするんじゃないですか?」
「ええ、まぁ悪用しないようにとかそのくらいですかね、こちらとしては」
(こちらとしては? こちらじゃないところで面倒があるってことか?
はぁ、だがどうやら俺らに『ジョーカー』を持たせるのは既定路線みたいだし、ここら辺が妥協点か)
「ま、良いでしょう。その契約で構いません」
賢人のその言葉で、ようやくロストに笑顔が戻った。
「ありがとうございます。それじゃ、契約のスクロールで正式な契約を結びましょう」
こうして無事に契約は交わされた。
「ところで……」
一息ついて賢人がぬるくなった紅茶を飲み終えた頃、ロストはレナとパーラピリナを見ながら口を開いた。
「お2人は彼らに例の件を伝えたので?」
「……ん、少し」
「ちょびっとだけねー! だから今からちゃんと説明する!」
パーラピリナはそう言うと賢人達に向きなおり、話し始めた。
「鍛錬場でも言ったと思うけどこれからしばらくの間、私とレナちゃんが3人に戦い方とか魔法とかについて教えてあげるんだよー!
だから君達は感謝して習いなさい。いやー、世界最強の剣聖に剣を習い世界最高の大魔導師に魔法を習うなんて、君達は世界で1番幸運だよね! 」
賢人達は素直に肯定した。
(この世界を旅するのに、亜里沙や優香を守る力は必要だ。こればかりはダフニーに感謝すべきだな)
その後の話し合いの結果、3日後から特訓を始めることになった。
話も大体終え賢人達が宿に帰ろうとした時、ロストが彼らに話しかける。それはいつもの無表情ではない、真剣な表情だった。
「貴方がたがユートピアの冒険者となるならば、出来れば帰る前にギルドの屋上に登りなさい」
ギルド長と別れた一行は、言葉通りに屋上へ向かった。
「何があるんですかね?」
賢人がレナやパーラピリナに聞くも、
「……ん、行けばわかる」
「うーん、そうだね!」
とはぐらかされた。
一行が屋上に着くと、そこには一面に大量の石板が差し込まれ、びっしりと名前が彫られていた。
「これは……?」
「……お墓。冒険者の」
「ダフニー様は湿っぽいのはやだーって言いながらも毎日ここにいらっしゃってるみたいでね。
ほら、あのベンチが彼の特等席みたいになってんの。
ユートピアの冒険者が死ぬたびに名前も彫ってくださるんだよ」
賢人にはギルド長がわざわざこれを見せようとした意味が分からなかった。
「ギルド長はなんでわざわざこれを見せようと?」
「……ん、死んでほしくないから」
「そだねー、冒険者ってのは常に死と隣り合わせ。ここに来るような冒険者はベテランしかいないから分かってるはずだけど君達は違うでしょ? 」
なるほどと納得した賢人達はしばらくの間、風に吹かれながらこの光景を眺め続けていた。
(俺は……いや、俺達は地球に帰るまでこんなところで死ねない。絶対に生き残ってみせる。守ってみせる)




