第26話 世界最高の強者
鍛錬場。それはその名の通り、冒険者達が鍛錬に励む場所である。
一見すると何の変哲も無いグラウンドの様に見えるが、ここにはユートピアの誇る、とある技術が使われていた。
「実はここ、仮想空間になってますにゃ!
ここでは他の場所と違って、攻撃されるとダメージを受けちゃうけど、ギルドに戻るとリセットされるから大丈夫なんだにゃ。
そしてそして! これは滅多に起こらないけど、もしここで人が死んじゃってもギルドで自動的に復活するんだにゃ! ……するはずにゃ」
(仮想空間ってことは、ハルスの遺産か。ってかハルスが死んでてもそのまま使えるのか? 動力源は? いやその前に)
「はずってなんだよ……」
ニアの最後の呟きに思わずツッコミをいれる賢人。慌ててニアは弁明した。
「だって今まで直接見たことにゃいんだもん!……ですもん。
大体、死ぬような攻撃をしなければいいだけにゃんだからとりあえず試験を始め……にゃ!?」
突然叫び声を上げて固まるニア。賢人達が振り返ると、そこには幼女とエルフがいた。
詳しく言えば、極めて整った顔立ちをしている白髪の幼女と、金髪にエメラルドグリーンの瞳の耳長美女が並んで歩いていた。
優雅な足取りで賢人達の元に近づいてくる彼女らに対して、
「ヒッ、『戦闘狂』に『破壊者』!?」
ニアは小声で悲鳴を上げると、涙目になりながら挙動不審な動きで相対した。
「こっ、これはこれは剣聖レナ様に大魔導師パーラピリナ様! え、え、えと、この度はぼ、冒険者ギルドに如何様なごごご用件で」
「……ん」
無表情な白髪の幼女は賢人達を指で指した。
「へっへへー! 今日はね! ギルドちょーのトコに行くついでに使徒様の試験の様子を見にきたんだよ!」
やたらテンションの高いエルフはノリノリでそう答えた。到底まともな答えではなかったが。
ニアは大量に汗を垂らしながら恐る恐る返答する。
「えー、あの、あのですにゃ、はいあのー、大変恐縮ではあるにゃのですけど、ギルドの登録試験は当然、プライバシー保持のために職員以外が立ち入るのを禁止していますにゃ。だからちょっと」
「……んんっ!」
幼女が不満げな声を上げる。既に涙目だったニアは恐怖のあまり涙を流した。頭のネコミミはペタンと閉じている。
「あれれ〜? おっかしーぞー? 一応パーラ達はギルドちょーとますたーから許可されて来たんだよー!?」
そう言って渡された紙を見ると、確かにその旨が書かれていた。
「え? えぇ? おかしいにゃ、今まで一度もこんなことは」
「……ん゛ん゛っ!!」
「ウヒィッ! あーーもーー!! わかりましたにゃ! 後でニアが怒られてもニアのせいじゃないにゃ! 勝手にすればいいですにゃ!」
幼女に負ける猫。賢人達は呆れた顔で両者を見ていた。
「突然やってきて力を見せろだ? 一体何の権利があってそんなことを」
賢人が上げた抗議の声は、ニヤニヤしたエルフに掻き消された。
「あーあ、せっかくキミ達に戦闘技術を教えてあげに来たのに、そーんなこと言っちゃうんだぁ? どうするレナ、やめちゃう?」
幼女は静かに答えた。
「……関係ない」
「はいはい、その通りでちゅねーって危な! いきなり斬りかからないでよ!」
どうやら幼女がエルフに斬りかかったようである。賢人達の目には何も見えなかったが。
彼は瞬時に思考を巡らせる。
あのおかしなエルフは戦闘技術を教えに来たと言った。
確かに自分達は戦闘技術など微塵も持っていない。ゾンビを大量に殺したとは言えそれは異能のおかげであり、1週間前まではただの高校生だったのである。
そしてこの世界で生きる為には戦闘技術は必須、そこでダフニーがまたお節介を焼いたのでは?普通の人間じゃ剣聖や大魔導師をこき使うことなど出来ないからな。
仮にそうだとすればこっちにとっても不都合はない、どころか有用である。裏が無ければ、の話ではあるが。
「なるほど、知らなかったとは言え失礼しました。俺はケント、頭の上に乗っかってるのがアリサ、横にいるのがユーカです。これからよろしくお願いします」
突然変わった賢人の態度に他の人達は呆気にとられたが、
「……ん」
幼女が一生懸命背伸びして手を差し出してきた。
賢人は一瞬固まる。
今のところ友好的に接してはいるが、この幼女に対する警戒心は初めからマックス状態だった。
何せ剣聖。しかも二つ名は『戦闘狂』である。ニアが何もされてないのに泣くほどの相手であり、斬撃が速すぎて見えない。
故に先程から寿命の消費を惜しむまでもなく、自身の周囲の時間の流れを極度に遅くしていたのだ。
こうしておけば、とりあえずの攻撃は防げるからである。
賢人は地面に膝を着けて深呼吸すると、手の周辺の時間だけを解除して小さな手を握り返す。
その手は剣聖のものとは思えないほど柔らかくぷにぷにしていた。
「……殺さないよ?」
警戒心を出しすぎたか、そう思った賢人は強張った笑顔で返した。
「怖がりでしてね。慣れるまでもうちょっとご容赦ください。それではニアさん、試験を始めましょうか」
剣聖の手を離した賢人がそう言うと、ニアはハッとした顔になって答えた。
「は、はいですにゃ。試験は魔法無しの純粋な戦闘試験、その後魔法の適性調査ですにゃ。
まずは戦闘試験。戦闘試験が始まると、受験者の周囲に結界が張られ、その中で魔物が攻撃を仕掛けてきますにゃ。本物ですからきちんと倒してくださいにゃ。
魔物は結界から出にゃいですけど、受験者が結界から出たり殺されたりしたら失格ですにゃ。それではケント様からお願いしますにゃ」
賢人は頷くと頭の上の亜里沙を優香の頭に載せ、鍛錬場の中央に移動した。
ニアからは木剣を渡される。
「準備はいいですかにゃ? それじゃ、スタート!」
その瞬間、賢人の周囲に結界が張られ、その内側に変な生物が現れた。
見た目は真っ黒な毛並みの巨大なオオカミっぽいが、口からはマグマみたいなのが落ち続けている。
ニアは呆然と呟いた。
「あ、あれー、おかしいにゃ、本当はランク3のフォレストウルフが出るはずにゃのにランク8のデスファイアーウルフが出てきちゃったにゃ」
暫し唖然としていた賢人は思わず叫んだ。
「出てきちゃったにゃ、じゃねーよバカか!? なんで素人相手にデスファイアーとかヤバそうなオオカミ召喚するんだよ!」
とは言ってもどうしようもない。
殺されても大丈夫……大丈夫? とは言え、賢人だって死にたくない。そこで彼は事前に渡されていた木剣を……
「木剣!? おいおい待て待て待て待て!? おかしーだろーが! 木剣ってなんだそりゃ!?」
「あわわわ、間違えて模擬戦用の木剣渡しちゃったにゃ。本当は普通に鉄の剣だにゃ」
ニアは呆然と木剣を眺めた。
「アホかお前は! ってヤバいヤバいめっちゃ来てるめっちゃ来てる! おいどうすんだこれ!」
「えー、そのまま倒してくださいにゃ」
ニアは呆然と答えた。
「ふざけんなぁぁああああ!!」
賢人は助けを求めることを諦め、マグマを撒き散らしながらやってくるデスファイアーウルフに向き合う。
(怖えぇ、怖えが悩んでるヒマはねぇ。こうなりゃ【時間操作】を使うしかねぇな。いくぞ!)
次の瞬間、周りの時間が止まった、否、賢人が自分と自分の接触部分の時間を速めたのだ。
賢人は迅速な動きでデスファイアーウルフの元に向かうと、暫し逡巡する。
(木剣だぞ? どこに刺せば殺せる? 胴体じゃ無理だ、多分燃える。うん、右目から脳に向けて差し込もう)
賢人はデスファイアーウルフの右目からズブズブと木剣を差し込める。一応脳をぐちゃぐちゃした後木剣を引き抜き、結界ギリギリまで逃げて時間を元に戻した。
「グオ? キャイン!? グオオオォォォオオンンン!!? 」
デスファイアーウルフが口から大量のマグマを撒き散らす前に、賢人はその魔物の肉体の時間だけを速め、その周りの時間を極限まで遅くした。そして数瞬後、賢人が時間を元に戻した瞬間デスファイアーウルフは灰になった。
周りからは賢人が瞬間移動し、デスファイアーウルフが突然灰になった様にしか見えなかったであろう。
静まり返る鍛錬場に幼女の声が響く。
「……んふふっ」
驚くべきことに、剣聖には常人の数万倍の速さで動く賢人がギリギリ見えていた。当然反応は出来ないが。
(良い、良いね、これが彼の切り札。ああっ、はああっ、殺せるかなぁ?)
恍惚の表情を浮かべる幼女をドン引きしながら眺めるエルフも内心、驚愕しており、
(ん〜、あれはムリ! 私でもこの子は殺しきれないかもなぁ。ってか、どうやって魔物を灰にしたのよ! 転移も使ってるし意味分からん!)
こちらも物騒なことを考えていた。
「え、えー? はい、多分これでケント様は合格です。だから許してくださいお願いしますまだニアは死にたくないですごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
呆然とした表情のまま賢人に合格を言い渡すニアだったが、彼がニアを睨むとスライディング土下座を決めた。
賢人はニッコリ笑いながらニアに近づく。
「ニアさん、顔を上げてください」
ニアは嬉しそうな表情で顔を上げた。
「ケント様……」
「本当に死んでも復活するのか実験しましょっか」
「えっ?」
次の瞬間、賢人は木剣をニアの右目に突き刺した。
「あ゛あ゛っ」
木剣は脳まで到達していたらしく、ニアはビクンビクンと痙攣すると次第に動かなくなった。
そして搔き消えるようにニアの身体は消滅した。
「あははっ! いい感じに狂ってるじゃんあの子! つまんない依頼だと思ったけど、なかなか楽しめそうだわ」
「お褒めにあずかり光栄ですよ、えーと、パーラピリナさん?」
そんな風に賢人達が談笑していると、ネコミミが鍛錬場の入り口で覗いているのを見つけた。
「……? 何やってるんですか、ニアさん? 次は魔法適性の調査ですよね?」
ネコミミはにげた!
「ありゃ? どっかいっちゃった。呼びに行こうかな」
賢人がそう言うと、引き攣った顔で事態を見守っていた優香が答えた。
「うん、あのね、賢人くんが行っても余計こじれちゃうと思うから私が行くよ」
「そうか、まぁ優香がそう言うならそうなんだろうな。ちょっと怖がらせすぎたか?」
それに賢人の頭の上に載った亜里沙が答える。
「ちょっと怖がらせるどころか殺してたからね? まあ自業自得だと思わなくもないけど」
亜里沙は賢人のやり方がやり過ぎだとは思ったが、ニアの自業自得だとも思っていた。
「ま、優香ならなんとかしてくれるだろ」
ニアを追いかける優香を見ながら賢人はそう呟いたのだった。




