第23話 地上最強の魔物
「お、おいおい、どうなってんだこりゃ。使徒様ってそんなに偉い方々だってのか」
VIP席に通された賢人達の隣に座ったローレインは引き攣った表情でそう言ったが、賢人達も当然何も知らない。
「いやーイマイチよく分かんないんです。俺らは勝手にこの世界に連れてこられただけなんで。使徒ってなんなんですかね? 副会長さんは何かご存知で?」
賢人は丁度お茶を運んできたトリエスに聞いたが、彼は静かに首を横に振った。
「いえいえ、私ごときが使徒様についてあれこれ申せることはございません。ダフニー様に直接お聞きになる方がよろしいかと。何せ彼は天子様で御座いますからな」
「天子? 天使じゃなくて?」
「はい、天使様は人間の上位種族、天子様は神からの寵愛を受けた元人間のことです。その点を考えると、使徒様方は天子様でもいらっしゃいますな」
「なぜその2つの名称を使い分ける必要があるんです? どちらも同じなら使徒なんて言葉いらないでしょう」
「ええ、使徒様は天子様とは違い、我々の聖書、その中の予言の中に登場する方々。天子様が乱れ、彼らでは解決出来ないであろう困難が訪れる時、使徒様がやってくる、と解釈されております。私にはそれくらいのことしか分かりません」
「そ、そうなんですか」
賢人は考えることを放棄した。宗教は非論理的だから苦手なのだ。
もっとも、この世界では神、もしくはそれに準じる何かが実在するため、宗教からもヒントがあるかも知れないと賢人はすぐに思い直したが。
「あ、そうそう、本日は4名様とも新しい武器を新調しにいらしたのでしたな。まず、ローレイン様にはこちらを用意させていただきました」
そう言うとトリエスは真っ白な大剣を運び込んできた。
「こちらは地上最強のランク10魔物、サンシャインドラゴンの成龍、そのツノを削り出して造りました。銘は『晴龍剣』と言います」
「ふ、ふおお! ふおお! ドラゴン! ふおお! 」
「どうしよう2人とも、ローレインさんが壊れてしまったぞ」
「きれーな剣だねー」
「なんかキラキラしてるし。物語の主人公が持ってるっぽい剣だね、賢人くん」
「いやなんで俺に振るし。要らんし。別に要らんし」
「こちらの剣、当然ながら斬れ味は抜群、更に魔法効果もいくつか付いております。〈自己再生〉、〈自己成長〉、〈起死回生〉ですね」
「……!!! ふおお!! ふおお!!」
「ヤバい、主人公っぽい、ヤバい」
「めっちゃ欲しがってるじゃん」
「ちなみに値段は黒金貨10枚です」
「ふおお!! ふお……あ、チェンジで」
「えぇ、断るんですか……ローレインさん、黒金貨10枚ってどれくらいの金額なんです? 」
賢人は突然ローレインが正気に戻ったので黒金貨の価値を聞いてみた。
「黒金貨10枚……そうだな、俺があと5人いて、25年くらい近衛騎士団長として働き続けたらいけるんじゃねえかな……あ、いや待てよ……魔物を毎日死ぬ気で殺戮すればなんとか5年くらいで……」
「ヤバいヤバい、ローレインさーん、戻ってきて下さーい、ってかやっぱり無理じゃないですか! 」
「はぁ、そうなんだよなぁ。無理かぁ、これ逃したら多分もう一生手に入らないってのに」
「ほっほっほ、ローレイン様は身分がしっかりしていらっしゃる方なので、分割払いでもお受け致しますよ?」
「ほ、ほんとか、いやほんとですか!」
「ええ、勿論。手数料は頂きますが、毎年白金貨30枚の35年払いで如何でしょう」
「毎年白金貨30枚か……年収の4倍くらいあるな……ああっ! この剣使って魔物を倒せばいけるんじゃねえか!? よし、買った! ふおお!!! すげぇ! すまん君たち、俺はこれからこの相棒と遊びに行ってくるわ!! サンシャインドラゴン倒してくれてありがとうレナ団長!」
そう言うとローレインは何者かに感謝の祈りを捧げた。
「お買い上げありがとうございます、ローレイン様。またのお越しをお待ちしております」
こうして『晴龍剣』を手に入れたローレインは意気揚々と店を飛び出して行ったのだった。
「……これローレインさん死んだんじゃねーかな」
「ほっほっほ、きっと大丈夫ですよ。我々もきちんと払えるギリギリを見繕っておりますので」
「え、えげつねぇ」
「け、賢人、私達全然お金もってないけど大丈夫かな……」
「しっ、大丈夫だってば。すいません、俺達にもおすすめの武器とかありますかね?」
賢人がそう言うとトリエスは眉をひそめた。
「今の会話をお聞きするに、ケント様方はお金をお持ちではないご様子ですが、武器を見て一体何をなさるおつもりですかな?」
「それについては黙秘させてもらってもいいですか? 貴方を信用するにはまだ付き合いが浅い。何処から情報が漏れるか分かったものではないんでね」
「なるほど、となると何か特殊な、そう例えば、コピー能力などをお持ちなのですかな?」
賢人はその瞬間トリエスを殺すか迷った。
が、すぐにユートピア内での暴力行為が出来ないことを思い出し、どこかに連れ出して殺してもその後がキツそうなのでやめた。
「さぁどうかな、だったらどうする?」
「今私を殺すかお迷いになったと言うことは……いえ、これ以上はやめておきましょう。
そして貴方が私を殺さなかったのは賢明な判断です。
私だって貴方がたの秘密の一端を勝手に暴いてしまった。えぇ、商人失格ですね。
そして今、私は今後貴方達に殺されない保険が欲しくなってきました。ほら、切れるカードが出来ましたね?
それでは商談をしましょうか」
そう言うとトリエスは静かに微笑んだ。
それに対して、賢人は思わず顔を引攣らせる。
(このジジイ、お金がないのを漏らしたのも異能がバレたのも殺気に気付かれたのも全部こっちの不手際だってのに、亜里沙達に悟られないように超分かりづらくフォローしやがった!
クソッ、これでジジイに借りが出来ちまったじゃねーか、なーにが商人失格だこの野郎!)
「ええ、そうですね。とは言っても、こちらはトリエスさんに色々とご教授いただくばかりの身ですし、つい先日まではただの学生だったんです。
ここは回りくどいやり方をせずに、はっきりとした提案をお願いしたいですね」
「そうですか……回りくどい商談が商売の醍醐味なんですがねぇ。ではまず確認ですが、貴方がたの要求はなんですかな?」
「俺達3人に合ったウーバ商会が持つ最高の武器の確認、出来れば1日貸し出してもらえるとありがたいですが、まあこれだけです」
「ほう……それならばこちらの提示する対価は、貸し出す武器の品質及び形状の維持、返却はオリジナルを返却すること、複製した武器の流通の禁止、私が紹介する武器を除くウーバ商会の取り扱う1つ当たり金貨2枚を超える高価な物の複製の禁止、こちらがもつ貴方がたの複製能力の情報を私が秘匿する代わりに貴方がたは私の命を狙わない、そして最後に、とある人物を匿って貰いたい」
(ほら出た、絶対最後のやつを条件に付けたかっただけだろコイツ。後は複製禁止ってやつもか)
賢人は再び引き攣った笑顔を浮かべつつも答える。
「ええ、まあ、最後の部分以外は全部要求を飲みましょう。ですがその最後の部分についてはもう少し説明を願えますか?」
「ええ、もちろんそのつもりですよ」
そうトリエスは返答すると、誰もいないのに部屋を見回して説明を始めた。
「私どもの商会で現在働いている、いえ、匿っていると言ってもいい、カイという14才の男の子が居ます。
彼はその、ワケありでして……実は彼、ダフニー様のご子孫様なんです」
「ブフォオ!!! え、マジっすか!? アイツ子供いたの!?」
賢人達にとって今日1番の衝撃である。
「えっ? 彼からお聞きになってないので?」
「いや聞いてるも何もアイツ1週間前くらいまで俺らと一緒に高校通ってましたけどぉぉおお!?」
「いえ、そのコウコウというのが何かは分かりませんが、彼が結婚したのは確か340年前くらいですよ? というか子供ではなく子孫です。しかも直系の子孫はもうカイしか残っていないのですよ」
「ふーん、それで、何故そのカイとか言う奴は匿われているんですか? どー考えても厄介事の匂いしかしないんですが?」
「それは……カイ様を人質にとってしまえば、迷宮を、いえ、世界の半分以上を手に入れることができると考える輩が大勢いるからです。
何せ迷宮主は実質バレンティア、ユートピア、ボヘミンを支配しているようなものですから。
本当はずっとこの地で、ユートピアで安全に過ごしてもらいたかった。
現に彼の祖父母、父母ともにユートピアの外の地で何者かに殺されているんです。
しかしダフニー様が仰られたんです、貴方がたになら彼を任せられると。
ここからは商人としてではなく1人の老人としてお頼み申し上げます、どうかあの子を、カイ坊を、どうか……」
トリエスはそう言うと涙ながらに頭を下げた。
(えぇー、正直面倒くさすぎる。大体男とかその時点で無いわ、どうせ亜里沙とか優香とかをイヤラシイ目で観るんだろ! やっぱこのジジイも商人失格だわ、はぁー武器欲しかったけど諦)
「賢人、助けてあげようよ」
亜里沙が澄んだ赤い瞳で賢人を見つめている!
(めようかと思ったがやっぱやめた! カイとか言う奴も暫くならパーティーに入れても大丈夫だろ!ウンウン、俺が見張っとけば問題無いな! ついでに守ってやるか! 仕方ない奴だなぁカイは、全く)
「賢人くん、反応変わり過ぎ……」
「優香、俺の心を読むと荒むからやめとけ。さて、トリエスさん、顔を上げてください。
我々が必ずカイを守りますのでご安心ください」
賢人はニッコリした! トリエスは顔を引攣らせた!
「荒むって何が……いえ、はい、どうかよろしくお願い致します。
それでは契約成立ということで文書に認めたスクロールをお持ち致しますので、お三方はしばらくご寛ぎください」
そう言うとトリエスは静かに部屋を退室した。
〜〜〜〜トリエスinウーバ商会執務室〜〜〜〜
彼は今、珍しい事に机の上に両手を載せて項垂れていた。
「はぁ、何なのだあのバケモノは。ゴミ捨てみたいな感覚ですぐ人を殺そうとしたり頭下げて頼んでるのに平気で切り捨てようとしたり、人の心があんのかあの男は! 平和な世界から来たんじゃないのかよ!
怖いわ! 普通に怖いわ! いい歳して漏らしそうになったわ! まぁ最近尿漏れが……ってそんな話はどうでもいい、おい! 誰かおらんか!」
「はい! トリエスさま! カイです、入ってもよろしいでしょうか」
「カイ坊か、入ってきなさい。少し話があるんじゃが、良いかな? あ、その前にこの商会にある最高の刀、杖、ナイフをしっかりと調べていくつかここに持ってきなさい」
「はい! 承知いたしました!」
カイが居なくなったところで1人の老人は溜め息をつく。
「はぁ、それにしても、ケント様の能力はコピー能力ではないのか!? 何故ユートピアで私を殺せる!? 彼も迷宮を操れるのか!?
あぁ、そう言えば他の2人も能力者だったな… とすると、特定は出来んな……まぁ能力の見当がついただけでも僥倖か。
ああ、本当にあんな奴のところにカイ坊を預けて良かったんですか、ダフニー様」
盛大な勘違いをしているトリエスに対して、ダフニーからの返答はもちろん無かった。




