第21話 世界最高の頭脳
賢人が自分に用意された、ホテルの中でも最高級だと思われる部屋に到着すると、青髪の女性従業員の格好をしたみゅーたんが話し掛けてきた。
「水地賢人様、マスターより伝言があります。
『君のことだ。開発者様を探しに、もしくは開発者様、いや、君の父親が造った世界を観に行きたいと思ってるだろう。
その為に必要な情報は本にまとめて机の引き出しの中に入れておいたよ。
ボクはこれでも優秀だからね、うっかり惚れてもいいんだよ? 』
だそうです……羨ましい(ボソッ) 」
「いやなんであいつが俺のこと知ってんだよ、気持ち悪っ!
あー、すまんすまん、悪かったからそんな睨まないでくれ、冗談だ。
あいつには了解したと伝えておいてくれ」
「はい、お伝えしました」
「……はっ?」
いくらなんでも早すぎる、賢人は余りにも意味の分からない返答に戸惑った。
「我々は全ての感覚を共有しておりますので、ノータイムで意志伝達を行うことができます。
ちなみに我々、突然変異体スライム『みゅーたん』は全世界の冒険者ギルドに紛れ込んでおりますので、御用の際は頑張ってお探しください。
あ、これは第1級秘匿情報ですので他の使徒様にも他言無用に願います」
(第1級秘匿情報!? それってつまり相当秘密にしなければならない情報ってことだよな。なんで、なんでこいつらは……!!)
賢人はこれまでずっと冷静に振る舞おうと我慢してきた。が、ここにきて突然、何か名状しがたい感情を抑えることが出来なくなった。
あるいは、ただ甘えたかったのかもしれない。彼はここまで必死に戦ってはきたが、それでも1週間前まで普通の高校生だったのだ。
「……なぁ、ずーーーっと疑問に思ってたんだが、1つ質問していいか?
なんで俺達に、特に俺にここまで厚遇するんだ? いくらなんでもおかしいだろ!
俺の父親がこの世界を造ったからか!?
大体使徒って何だよ!
ここでこんなにチヤホヤされるんなら、なんで俺達は月に飛ばされた!
なんであんなに殺された!
ふざけんな! こっちはもうずっと訳が分からなくて頭がおかしくなりそうなんだよ!
論理的な答えがあるなら答えろ! 」
みゅーたんは静かに答える。
「我々にはその質問に対する解答権限がありません。
しかし、1つだけ覚えておいてください。マスターは貴方達のことを……
はい、申し訳ありません、マスター……すみません、忘れてください」
賢人はそこでふと我に返る。
「……ああ、いや、こっちこそいきなり怒鳴ったりして悪かった。はぁ、八つ当たりなんて俺らしくもないな」
「いえ、事情は伺っております。どうぞこちらでごゆっくりお寛ぎください。
もし我々に何か御用があれば、廊下に待機しておりますので。愚痴でもなんでもお聞きします。
それでは我々はここで失礼致します」
そう言うとみゅーたんは静かに部屋を出ていった。
「あぁ、ありがとう」
賢人はそれだけ返すとベッドに倒れ込み、ジタバタした。
「うああああぁぁぁ!! 恥ずかしいいいぃぃぃ!! なーにが『論理的な答えがあるなら答えろ! 』だ! お前、ばっか、ばっかじゃねぇの!? 普通に優しく慰められるし本当最悪だわ! 」
「アハハ! 賢人がこんなに取り乱してるの初めて見た」
「どわあぁぁぁあ!!! な、な、なんでここに」
「いやいや、ここは天空迷宮都市だよ? ダンジョンマスターが迷宮を自由に移動出来るのは当然だろ?」
「あ、それもそうか……って、お前、やっぱりダンジョンマスターだっ……あれ? おかしくね? 異能って3個取ると魂が砕けて死ぬって小説に」
賢人は一瞬納得しかけるが、すぐに矛盾に気づく。
小説では『魂』という概念が存在した。詳細は省くがどんな生物でも異能を3個取得すると魂が砕け、死ぬことになっていたのだ。
それを指摘されたダフニーは困ったように微笑む。
「あー、うん。実は……ボクの本体、あ、名前はシリンガ・ブルガニスって言うんだけど、そいつはもう死にかけでね。
あ、これ特級秘匿情報だから誰にも言わないように、みゅーたんにもね。
人前には元々ボクが出てて本体は引きこもってたから、なんとか騙し騙しやってこれたんだけど、正直マズい。
今は全身仮死状態に封印して、迷宮最奥部の玉座の間で眠ってるよ。
ま、こっちはこっちでなんとかするからそれは気にすんな!」
「そ、そうか。分かった」
「あ、さっき君がみゅーたんに喚き散らしてた事だけど、明後日の夜、夕食会で話すよ。
君以外には、矢野さん、委員長、火野君に出席してもらおうかな。それと ……」
と、ここでダフニーは申し訳なさそうな顔で笑った。
「ボクの部下が失礼した。お詫びと言ってはなんだけど、君の質問になんでも1つ答えてあげよう。
ただし、それが答えられない質問ならボクの答えは『答えられない』で終わるものとする」
「へぇ、お前の部下の失態ってのが何かは分からないが、面白い。
そうだな……じゃあクラスメイトが持ってる異能をそれぞれ教えてくれ」
賢人がそう言うと、ダフニーは少し驚いた表情になった。
「え? そんなんで良いのかい? だって君の【異能鑑定】を使えばすぐに……」
「いいんだよ。味方かどうかも分からん奴の真偽の判別不能な情報なんてむしろ害悪ですらある。これくらいで丁度いい」
ダフニーは一瞬泣きそうな顔になるが、一瞬で元の表情に戻ったので賢人には気付けなかった。
「そっか、流石は賢人だ。良いよ、教えてあげよう」
こうしてダフニーは賢人にクラスメイトの異能についての情報を全て教え、その後別れの挨拶とともに忽然と姿を消した。
「あいつ、もうすぐ死ぬんだな……そうか、自分がもうすぐ死ぬから後継者を選んだって訳か。
……ふん、まあいい、本でも読むか」
賢人はダフニーが死ぬ、しかも魂が砕かれて死ぬことに何も感じなかった訳では無かったが、とりあえず放置して彼の書いたという本を探すことにした。
「ふーん、これね。 かなり分厚いなぁ。」
本にはこの世界の地図や世界情勢、人族などの生物や魔物とその領域、魔法やギルドについて等、様々なことが書かれており、その内の大半は賢人が小説で知らなかった知識であった。
「ま、あれは書きかけだったからな。現に小説ではユートピアなんて都市存在しなかったし。
よし! 悔しいが今はこれに載ってる情報を信じるしかない。さっさとこれからの行動を決めて亜里沙と優香を呼ぼう」
それから小1時間、賢人は本の前で悩み続けた。
〜〜〜迷宮内執務室〜〜〜
「それじゃ、ボヘミン王国、バレンティア都市国家群に関しては特に問題は無かったんだね? 」
「はい。しかしマスター、先程申し上げた通り、ボヘミン王国の北方、ルーン大帝国の軍事活動が活発化しています。
また、これはまだ不確定情報なのですが、王子達の後継争いでボヘミン貴族の中に内乱を企てる者がいるようです。
さらに、バレンティア都市国家群の南方ではアリサ教を名乗る新興教団が大幅に活動領域を拡大し続けております。
こちらはまだ表層化している訳ではありませんが、後々不和の種になるかと」
「分かってるよ。とりあえずボヘミン王とバレンティア総市長は明後日の夕食会と明々後日の会議には出れるんだろ。さっさと連絡してこい」
「はい、マスター。ところで、1つ気になる情報が。
ベリス様がハルス様の死体を運んだそうなのですが、途中で跡形もなく消滅したらしいのです。
何かご存知でしょうか?」
「ん? なんだそれ、知らないなぁ。ってか、死体とかどうでも良いじゃん」
「はっ、かしこまりました。
あれっ? そういえばマスター、本体にはいつ戻られるのですか?
いつもなら我々の前ではシリンガ様のお姿になられますのに」
「あ? ボクは今忙しいの! そんなことしてるヒマ無いんだってば!」
「大変申し訳ございませんでした、マスター。どうかお許しを」
「いいよ、もう。あ、でもさっきお前、賢人に精神魔法使ったね。それについては厳罰を与える。次使ったらもうお前は切り捨てるからな」
「ひあっ、も、申し訳ありませんでした! マスターの悪口にどうしても我慢できず……」
「はぁー、そうだな。じゃあ、みゅーたんに命じる。これから一生賢人の起こす行動に便宜を図れ。ただし絶対に気付かれるな」
「仰せのままに、マイマスター」
「はい! じゃあ堅苦しい話は終わり!
それよりアレだ、どうせ賢人のことだから明日には街に出掛けるだろう。
冒険者ギルドにも登録しに行くだろうから、ちょっとサプライズプレゼントをあげよっか。一緒に考えようぜ、みゅーたん!」
「はいっ、マスター!」
「私は一体なんのためにここにいるの?」
「んー? そうだなー、サユリちゃんはボクのお膝の上に座って仕事を見ててもらおうかな。もしかしたら手伝ってもらう日が来るかも知れないからね」
「ん、わかったなの」
「ぼ、僕はどうすればいい? 」
「委員長はボクの迷宮操作システムの勉強だ。難しいぞー、なにせボクは世界最高の頭脳を持って生まれたんだからね」




