第20話 世界最高の洗礼
『天空迷宮都市、ユートピア。
語源は不明だが、ダンジョンマスター曰く、神様の世界の言葉で〈存在しない土地〉という意味らしい。
賢神暦350年現在、かの地はその名の格式高さに恥じることなく、人類の到達点と呼ばれるほどの発展を遂げている。
ここに現時点におけるユートピアからの公開情報をまとめておく。
永世中立都市。通称、冒険者の楽園。冒険者ギルドの本拠地。ウーバ商会の本拠地。
しかしながらダンジョンマスターがこの都市の全てを司っている。
人口は約100万人、面積は約500㎢。人口密度は約2000人/㎢。
常にウィズ迷宮の上空を移動している。
移動手段は殆ど転移魔法陣。稀に徒歩。
都市内部では一切の暴力行為は不可能である。
また街には魔道具が溢れ、住人の生活は極めて豊かである。
高層建築物は『タワー』と呼ばれるホテル以外ほとんど見当たらない。
重要な契約には全て都市から支給されるスクロールを用いるため、裁判が開かれることもほとんどない。
自他共に認める最高の都市(この場合、都市だけでなく国も含める)であるが故に全世界で通用する貨幣を発行している。
住人は殆ど全て、志願者の中から書類選考、面接を経て戦闘力の高い順に都市籍を得た冒険者である。
全世界の冒険者や騎士、傭兵の頂点がユートピア専属冒険者として活動している。
彼等が他国で犯罪を犯すと記録がギルドカードに加算される。
一定以上貯まると審議の上、都市籍が剥奪され、二度とユートピアの地を踏む事が出来なくなる。
故に彼らは品行方正となり、地上では尊敬され、同時に恐れられる存在である。
ユートピアでは祭典がよく行われ、その際1週間の飲食が無料になることでも有名である』
ーーロスト・エミューン「定例記録書」よりーー
その日、ユートピアの中心地、タワーと呼ばれる建物前の大広場は数万の群衆で溢れかえっていた。
『レディースアンドジェントルメーン!
やあ、みんな! 1年ぶりだけどボクの事は忘れちゃったかなー?
もしかしてだけどー、ボクのこと、覚えててくれた人!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!!!」」」」」
「ダフニー様がお戻りになられたぞ!!」
「よっしゃあ! お前ら今すぐ宴会の準備をしろ! 今日から1週間はタダ飯だぜ!」
ダフニーがマイクを持って呼びかけると、無数の聴衆は爆発的な歓声と万雷の拍手をもって応えた。
また、都市の至る所にはこの様子の生中継がホログラムで展開されており、都市の殆どの住人は周辺に集まっていた。
『いやぁ、みんなありがと! タワーの屋上まで届く大歓声と拍手だったよ!
本当は色々1年間のみんなの様子とか聞きたいことが沢山あるんだけど、とりあえず聞かせてくれ!
みんな、元気だったかー!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!!!」」」」」
『ありがとう! みんな元気そうで何よりだ!
そしてみんなに朗報だ! 今日からなんと!
ボクの帰還祭、そして、使徒様達の降臨祭として、1週間、いや、1ヶ月間ユートピア内での飲食代は全て無料だ!
代金は全て我々が持つ!! 』
「「「「「「「「うううううぅぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」
「1ヶ月……だと……」
「ありえん……流石の迷宮財務局も破綻するんじゃねえのか」
「使徒様? もしかして、あそこにいっぱいいるのは使徒様か?」
「す、すげぇ。予言書に載ってた使徒様ってやつか」
『おぉい! お前ら今のが一番デカい声じゃねえか!
まあ使徒様が来たんだから仕方ないかな! まさか1ヶ月の方じゃないよね?
ってそんな話はどうでもいい! そんな訳でお前ら、使徒様に会ったら出来るだけ仲良くしてくれよ!
使徒様達は大体黒髪だから分かるよな?
それじゃ、そろそろ……宴じゃあああああああ!!!!!』
「「「「「「「「うううううぅぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」
「わかってる……ダフニー様はわかってる……」
「あぁ、長話しないダフニー様、最高」
「俺……死ぬ思いしてまでここに移住できて本当に良かった」
「おら手前ら! さっさと飲みに行くぞ!!」
賢人がふとタワーの屋上からその様子を眺めると、さっきまで歓声に包まれていたタワー前大広場は、既に歴戦の戦士蔓延る戦場と化していた。
月に召喚され壮絶なデスゲームを演じた賢人達はその後、ベリスによる【転移結界】によってユートピアの中心地、タワーの屋上に飛ばされていた。ちなみにその後すぐアイリスとベリスはさらに別の場所へ飛んでいった。
話についていけず呆然とする彼等の元に、ダフニーが声をかける。
「いやー、楽しー! 時々これがボクの天職だったんじゃないかと思えてくるね」
「楽しそうで何よりだ。とりあえず聞くが、転移して最初にやることがこれか? ダフニー様 」
「当然じゃないか、彼らはボクの領民だよ? これでも慕われてる方なんだ。ね、使徒様?」
賢人が皮肉混じりに聞くも笑顔で受け流される。
「はぁ、まあいい。その使徒様ってのは何だ?」
「その話はまた後で。とりあえず皆、疲れてるでしょ?
このタワーはこんなんでもこの都市で1番の高級ホテルなんだ。
使徒様達は自由に使えることにしてるから、もし良ければここに泊まってよ。
もしボクに用事が有れば近くの従業員、あー、ここの従業員はみんな人間じゃないんだけど、そいつらに言えば行くから。
というわけでボクは忙しいからここで解散! 」
そう言い切ると、ダフニーは一瞬で消えた。
「あいつ……説明が面倒で逃げたな」
「俺達はこんなカオスな所に置いてけぼりかよ」
「仕方ないなぁ。とりあえず、みんな移動しようか」
委員長がそう促すと、賢人達はゾロゾロとタワーの中に入っていった。
「す、すっげー! こんな豪華なホテル初めて見たぞ!」
「はっ、なーにがこんなんでもこの都市で1番だ。地球でもこんなホテルねーよ」
賢人達がホテルに入ると、そこには豪華絢爛な景色が一面に広がっていた。
床は全て継ぎ跡の無い大理石でできており、その上にはフカフカで埃1つない真紅に金地をあしらった絨毯が敷き詰められている。
壁には美しい絵画や甲冑、天井には巨大なシャンデリアが色とりどりに配列されており、至る所に沢山の宝石が散りばめられている光景は見るもの全てを圧倒していた。
賢人達が物珍しげにそれらを眺めていると、いつのまにか各自の隣に従業員の格好をした女性達が現れていた。
驚愕する彼らを余所に、彼女達は同時に発声する。
「「「「「「「「「「ようこそお越しいただきました、皆様。
我々、突然変異体スライム群『みゅーたん』と申します。
皆様がタワーにご滞在の間、専属従業員として皆様のお世話をさせていただきます。
早速ですが皆様にはそれぞれの個室がマスターの御厚意により用意されておりますので、担当の者がお部屋まで案内させていただきます」」」」」」」」」」
賢人達は戸惑いながらも、彼女達と共にホテルの中を移動するのだった。