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第1話 月に降りたるは福音の使徒

 


 水地スイチ 賢人ケントは現在困惑していた。



 周りには、いつも通りの教室、いつも通りの面子がついさっきまでやっていたホームルームの状態で存在している……はずだ。



 そんないつも通りの状況で彼がなぜ困惑しているのかというと……



 動けない。意識は保っているのに、身体が全くと言っていいほど動かせず、声すら発することが出来ない。



 それは周りのクラスメイトや担任教師にも言えるようで……さっきまでガヤガヤと賑わっていた教室が嘘のように静まり返っている。



 賢人達がしばらくその状態で固まっていると、何者かが教室の扉を開ける音が響いた。







 やがてその姿が各々の視界に映った瞬間、彼らはまた別の意味で困惑することになった。



 絶世の美少女がそこにはいた。その姿を一言で表すなら天使、そう表現するのが適切であろう。



 キラキラと輝くロングストレートの金髪にこの世のものとは思えないほど整った顔、純白の肌のせいか長いまつ毛を持った真っ赤な瞳が際立っていた。



 胸がないのが玉に瑕だが、真っ白なワンピースっぽい服を着ている姿はもはや神々しいものを見る者全てに感じさせる。



 自分達と比べて相手が上位種であるのだと本能で納得させられる程の迫力があった。



 彼女は教室の中を見渡すとパチンと手を鳴らし、その瞬間全員の硬直が解けた。



「な、なんなんだ?」「なにが起きとんのや!」「あの人は誰?」「た、助けてくれー!」



 等といった会話があちこちで始まり、パニックになりそうなクラスメイト達が行動を起こそうとした瞬間、



「はぁ、お前ら動くな」



 と美少女が溜息と共に口に出すと、再び全員が石のように硬直した。



「話が進まん。誰か代表者、あぁ、お前でいい、お前だけ我に質問するのを許す」



 担任の教師に美少女は可愛らしい見た目にそぐわない話し方でそう言うと、どうやら彼だけが自由に話せるようになったらしい。



 教師はしばらく呆然としていたが、しばらくして正気に戻ると、



「えぇっと、そもそも貴女はどちら様で?」



「ふむ、他人に素性を聞く時は先に自らの素性を名乗るものだと思っていたが……」



「え? これは失礼しました。私の名は……」



「あぁ、別にお前の名前などどうでもいい。今のはただお前らの一般常識について確認しただけだバーカ」



「…………………」



 相手が謎現象を引き起こした謎の美少女ということで緊張しながら質問した教師に対して、まるで人をバカにする態度の美少女。



 突然の理不尽な状況の中でその主犯格? と思われる彼女の登場に皆が混乱し呆気にとられていると、



「我が名は、アイリス・サングイネア、この世界の管理者の1人であり、緊急時におけるメッセンジャーの担当をしている」



 と返ってきた。



 その内容に担任は再びフリーズしていたが、しばらくしてようやく脳内で噛み砕くと、



「今が緊急時というわけですか? 色々と聞きたいことはありますが、一先ずなにが緊急事態なのか、そのメッセージというのがなんなのかを聞いてもよろしいでしょうか?」



 と、動揺を押し殺してあくまでも冷静に質問した。



 恐らく彼は謎の不審者を刺激するわけにはいかないと考えたのだろう。



 案の定、丁寧な質問を受けた美少女は機嫌の良さそうな様子で鈴の音のような美声を発した。



「うん、いいだろう。まず、何が緊急事態かだな。


 とは言っても、お前らの居た日本、だったか? そこからこの教室が次元の歪みに巻き込まれ、こちらの世界の月面に召喚されたことを緊急事態と言わずに何というのだ?


 ……あぁ、現状の把握もできんのか。よし、外を見てみろ」



 アイリスは一方的にそう告げると、言われた内容が飲み込めずに再びフリーズした教師に対して教室の外を見るように促した。



 教師だけでなく賢人達も窓の外を見ることができるようになり、そこにはまるで昔テレビで見た月の大地のような光景が広がっていた。



 無数のクレーターが灰色一色の地面にあり、よく見ると地球に少し似ているような星も空に見つけることができた。大地はほとんど茶色一色だが……



 そして、月の荒涼とした大地の中にポツンと佇む教室と、そこに隣接する大きなドームが彼等の周りにあるのが見えた。



 皆が辺りの光景に絶句する中、彼女が再び口を開く。



「あと、メッセージだったか? これは開発者様がお前たちに対して親切にも残して下さったものだ。ありがたく聞け」



 そう言うと、手元から四角いスピーカーみたいな機械を取り出した。



 生徒達の身体が再び固まる。



『あー、こんちわー、開発…ごはっ、おぇぇ…ですですー。


 言いたいことは沢山あるだろうが大人しく聞いてねー。


 諸事情によりお前らはこの世界に召喚されましたー、はは。俺のせいですー、テヘペロ。


 というわけでお前らにはここから見えるであろう、あの美しい美しい茶色と水色の星、『ウォーターグラウンド』に住んでもらうぞー。


 剣あり魔法あり、ゴリゴリのファンタジー世界だが、別に魔王を倒せとか言わないしそもそもそんなやついないので好きにしてください。


 っと言いたいところなんだけれどもー、それじゃあ面白くないのでお前らに元の世界に帰る唯一の希望を与えてやろう、泣いて喜ぶと良い。


 俺を見つけてぶん殴った最初の奴1人だけ愛しの地球に、日本に送還してやろう、ふはは。


 それ以外には絶対に元の世界に帰る方法はないのでよろしく。


 あ、その前に人員の選定をするけど。以上、まる』



 そんなふざけた内容のメッセージが響いてきた。



(いや、それのどこが希望? ただの絶望じゃねぇか!! 1人しか帰れねぇのかよ。


 まあ、それは置いといて、こいつら普通に異世界召喚を語ってるけど、神的な何かか?


 チートは? チートないの?


 それにしても開発者? とか言う奴は何1人で盛り上がってんだ?


 うん? 開発者? それに管理者、アイリス、ウォーターグラウンドか。どれもどこかで聞いた覚えがあるな……)



 と賢人はどこか他人事の如く冷静に思考を巡らせる。



 そして恐らく一部を除いたその場の全員が心の中で大混乱に見舞われていた頃、それまで黙っていたアイリスがまるでいま思い出したかの様に、さらっとその日最大の衝撃発言を繰り広げてきた。



「あぁ、それではこれからお前らの数を減らす為に、ここで殺し合ってもらうぞ、人員の選定だな」



「…………は?」



「ん? なんだ? 聞こえなかったか? じゃあ、仕方ない、もう一度だけ言う。


 ……これからお前らの数を減らす為に、ここで殺し合ってもらうぞ、人員の選定だな」



「…………は?」



「…はぁ、まあ丁度良い。お前、こっちに来い」



 アイリスはそう言って窓際に居た教師を教壇の上に立たせ、生徒をそちらの方向に向かせた。



 そして徐ろに手の平を教師の頭に向けると…







 その瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()







 前列に座っていた生徒達に、ついさっきまで担任を構成していたはずの脳漿や目玉が飛び散るが、身体は未だ動かせない為にどうする事もできない。



 真っ赤に染まった教室の前方で、しかしアイリスは血塗れのままその日初めての笑みを浮かべた。



 賢人が不覚にも可愛いと感じてしまったその笑顔はすぐに消え、彼女は愛らしい顔で最悪な事を言い始めた。



「えー、今回は我が自ら手を下したが、残りはお前らでこれから殺し合うことになる。


 あぁ、何でそんな必要があるのか話してなかったか。


 これから我々はウォーターグラウンドに転移しなければならんのだが、転移魔法に人数制限があってな。転移可能なのはお前ら40人のうち、数人だ。


 それと、我が直接殺さないのは、お前らの殺しに対する適性を見るためだ。運で生き残るより、実力で生き残りたいだろ?


 じゃあ、質問がある奴は手を挙げろ」



 すると、賢人は自分の右手だけが動けるようになった事に気づく。おそらく他の生徒も同様であろう。



 しかし、先程教師が爆散したことへのショックからか、それとも今いる40人のうち数人しか生き残れないと知ったショックからか、いつもはギャーギャーとうるさい奴等もこの上なく静かで反応する様子もない。



 仕方ないな、と思いながら賢人は手を挙げる。



「うん? なんだ」



「貴女は先程転移魔法に人数制限があるとおっしゃいましたが、往復すれば良いだけの話では?」



 賢人は動作が解除されたのを確認すると、さっきの惨劇による吐き気などを微塵も表に出さず、気になっていた質問をアイリスに投げ掛ける。



  本当は生徒達を束縛している仕組みや、先生を爆散させた方法、そもそもどうして異世界召喚なんてされたのかが知りたかったが、それらについてアイリスが素直に教えてくれるとはどうしても思えなかったのだ。



 するとアイリスは、もし返り血に塗れてなかったら可憐だったのであろう笑顔を再び見せた。



「ふっ、なるほど。よく考えたな。


 どんな内容でも質問すれば素直に答えてくれると盲信する甘ちゃん共ばかりかと思っていたが、見直した。


 その質問に対する答えだが、この状況下でまあまあ的確な質問をしたことに敬意を表して真実を教えてやろうか……


 実は嘘をついた、我々はそもそも転移魔法など使えない」



「どうしてそんな嘘を?」



「そりゃあ後で殺し合いの必要性が無かったことに気づいたお前達の絶望する顔が見たかったからだが……


 バレたならもういい。実は貴様らが殺し合う事にさほどの意味は無い。余興の類なのだ。


 意味のある死の方がまだ納得できただろう。仲間や己が死ぬのは仕方がなかったのだと。犬死ではないのだと。あーあ、知らなければ幸せなまま死ねたのに、残念」



「ふっ、ふざけやがって……」



「お前達の感情など知らん。


 とりあえず今は40人中数人しか生き残れないのだという事だけが分かれば良い。


 今日はもう疲れただろう。詳しい話は明日だ。殺し合いもな。


 我は隣のドームで寝るからお前達もこの教室か隣のドームで今日くらい寛ぎたまえ。


 人生最後の日になるかもしれんからな。


 食料やトイレ、シャワーと着替えも1日分だが用意している。あ、別に今から勝手に殺し合っててもいいぞ」



 そう言うとアイリスは賢人達を置き去りにし、上機嫌のまま悠々と教室を去った。



  教室の扉が閉められた瞬間生徒達の硬直が解けたようで、つい30分前までホームルームをしていたはずの3-Aの教室のメンバーはこの地獄のような異世界召喚に巻き込まれることになったのだった。






 ーーーーその後 SIDE管理者ーーーー



「はー、緊張した。それにしても、あの演出は必要だったのか? あの衣装とか……恥ずかしい」



「うん、バッチリだよ、アイリスちゃん。だって、最初の方は、私の、【箱庭創造】の力を使ったけど、アイリスちゃんが出てきてからは、アイツ以外は、みんな、【従属支配】かかってたじゃん。


 あの人達みんなから、アイリスちゃんの方が上位者だって、認識されたはずだよ。可愛かったもんねー、アイリスちゃん」



「な……にゃんにせ……なんにせよ、上手くいって良かった」



「あら、顔、真っ赤だよ」



「うるさい!」



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