第17話 神の介入によりて神へ至らんとす
賢人がふと目を覚ますと、5日前に見た祭壇の部屋に居た。
生き残った賢人以外の17人は各自周りを見渡して死体の山に呆然としたり無表情だったり笑みを浮かべたりしていたが、部屋は痛いくらいの静寂に包まれていた。
そして部屋の中央では神々しい美少女、アイリスがもう1人の少女、ハルスの亡骸を抱いて静かに泣いていた。
美しい絵画のワンシーンの様な光景に呆気にとられた彼らだったが、突然の叫び声に我に返ることとなる。
叫び声の正体は……賢人であった。
彼はクラスメイト達の死体の山に驚いた訳でも、腐り始めていた亜里沙だった物を見て号哭したわけでもない。
左眼が激痛に苛まれていたのだ。
「あ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!! 」
賢人は自分の左目がナニカに抜き取られ、全く新しいナニカが左目に取り付けられるのを感じた。
賢人は視る。その神の瞳で。ダフニーに【記憶操作】と言う賢人の知らない異能を与えたモノの正体を。
賢人は視る。その神の瞳で。この瞳が誰に与えられた物なのかを。
賢人は視る。その神の瞳で。生者に漂う濃密な生命エネルギーを。
激痛が収まって周りの視線を一身に浴びながらも賢人は呆然と固まっていた。
「もしかして……今になって【異能鑑定】が使えるようになったの!? 」
ダフニーが驚きの声を挙げるが賢人はそれに反応すら出来なかった。
(なんで……俺が。
なんで……アイリスによく似た知らない女が俺に瞳を。
しかも小説じゃ、生命エネルギーなんて見えなかった筈だぞ!? )
「……賢人 」
今度は賢人を含む全員が驚愕の表情を浮かべ、賢人を呼んだ声の主を振り返った。
そこで更なる混乱が彼らを襲う。
彼らが驚いたのは死んだ筈の亜里沙の声が聞こえたからであり、続けて混乱したのは彼女が知らない、少なくとも賢人を除いた全員にとっては知らない女性だったからだ。
そう、賢人に神の瞳を授けた彼女である。
身長が30cmくらいの彼女は涙を浮かべながら賢人に抱き着いた。
「あり…さ? 」
「ゔん! よがっだ! いぎがえれだ!……ぐすっ。絶対に死んだと思ってたのに」
賢人はしばらくの間衝撃の連続で思考停止していたが、なんとか頭をフル回転させると
「どういう……どういう経緯で生き返った?」
「それがね、あんまり思い出せないの。
死んだと思った瞬間どこかに連れていかれた感じがして……誰かに会った気もするけど思い出せない。
気付いたらここに居たの。賢人はなにか知ってる?」
「……知らない。何も知らないけど、とりあえず亜里沙が生きてるだけで良かった……ぐすっ……ホントに……」
2人はしばらく喜び抱き合っていたが、周りの視線に気づくと気恥ずかし気に少し離れた。
「うん……そのー、良かったね? ところで確認なんだけど、矢野さんで合ってる?」
途端にダフニーを警戒して賢人の後ろに隠れる亜里沙。
「べーだ! 私とか他の人達を殺すような人達には教えませーん」
「アッハッハ、嫌われちゃったなぁ」
当然のように問答を拒否され、ダフニーは苦笑して引き下がった。
「ま、いいや。計画に支障は無い。
ほら、アイリスも泣き止んで。ハルスが死ぬことは分かってたことだろう?
そこら辺に捨てとけ。後でここにいっぱい転がってる肉の山と一緒に処理しとくから」
ダフニーがそう言うと、それまで黙って椅子に座っていた面々が怒りの形相で声を挙げようとするが
「ぐすっ……全員黙れ」
そうアイリスが言った瞬間、彼女と亜里沙とダフニーを除く全員が声を出すことが出来なくなった。
賢人は視る。そして思い出す。彼女の異能の1つ、【従属支配】を。
(『自分よりも立場が弱いと思っている生物に対して、自分の言動に従わせることができる』だったか。
確かに最初の登場シーンを見れば刷り込める…か)
今の自分は【時間操作】、そして【異能鑑定】がある。
賢人はそう考えることで自分の方がアイリスより立場が上だと再認識した。
「んんっ、あーあー、よし声出た」
アイリスは一瞬驚いて賢人を見たが、すぐにいつもの無表情に戻る。
彼女はハルスの死体を丁寧に床に降ろすと静かに話し始めた。
「とりあえず生き残った諸君、おめでとう。
貴様等はこれでウォーターグラウンドへの通行が許可された。
これから移動を始めるが、その前にしばらくこのドームで休ませてやろう。
……水地賢人と矢野亜里沙はこれから我についてこい」
アイリスはそう言うと部屋を出ていったので2人は慌ててついていった。
「さて、貴様等は一体何をどこまで知っている」
アイリスは自室と思われる豪華絢爛な部屋にあるイスに座ると、そう口火を切った。
「何をどこまで……とは? 」
「そうだな、我も些か動揺していた様だ。質問を変えよう。
貴様は、いや貴様等は何だ?
水地賢人が開発者様の息子だというのはまだいい。
矢野亜里沙は、いや、矢野亜里沙だった貴様は何なのだ?
何故私に似ている? 天使族、或いは神族に転生? いやしかし……」
「うーん、そんなこと言われても……」
「しかし貴様にはさっき【従属支配】が効かなかったではないか!
貴様は我に対して本能的に上位種だと認識していたのだ、いや、もはや歴とした上位種になったのかも知れんな。
これからは敬語でお話しいたしましょうか、アリサ様?……あっ!?」
アイリスは自嘲気な笑みを浮かべて亜里沙に皮肉を言った時、何かに気が付き顔を強張らせた。
みるみる彼女の顔は青褪め、ブルブル震え始めたかと思うと突然涙を流しながら亜里沙の足下に跪いて、自らの頭を地面が割れるほど勢い良く叩きつけた。
「も、もしかして、あ、貴女様は、伝説上の女神、アリサ様ではいらっしゃいませんでしょうか?
私、アイリス・サングイネアは貴女様の御降臨を心よりお待ち申し上げて御座いました。
貴女様にお造りいただいたこの命、貴女様のた……ピーーー……記憶を消去……ピーーー……再起動……
んぅ? うーん、えーと、あなたたちはだーれ?」
アイリスの突然の奇行に暫し固まっていた2人だが、彼女の発言が突然途切れ、謎の機械音がアイリスの口から発せられて記憶が無くなったことが分かると、さらに混乱することになった。
「な……何が起きた。記憶が……消されたのか?
何で? 何に?
小説じゃ天使族や神族なんて出てこなかっただろうが、クソッ!」
「び、びっくりした。賢人、この世界はやっぱり小説の世界じゃないんだよ。
小説に限りなく似せた別の世界……なのかな?」
「そう、だな。これからは迂闊に神には触れない方向でいた方が良さそうだ。
無理なフラグ立ってるけどな、アリサ様? 」
「ちょっと! 気を付けてよ、ホントに。賢人が記憶を無くしたら私だって悲しむんだから」
頰を膨らませた亜里沙を賢人は抱きしめ、へばり付いてこようとするアイリスと手を繋ぎながら他の人達の元へ向かった。