第10話 重力の支配者は産声を上げる
《異能争奪戦》3日目
賢人は夜中にゾンビを狩りながら思考を巡らせていた。
「あの時はダフニーの罠に嵌ったのかと思ってたが、冷静に考えるとそれは無いな。殺そうと思えば奴等いつでも俺を殺せたし。
むしろ能力者の保護が目的か? そうすれば辻褄は合うな。いや、死にかけたけど」
流石の賢人もまさか寝惚けたハルスのせいで死にかけたとは夢にも思っていない。
そのまま暫くゾンビを狩っていると、誰かがタワーから降りてきた。
「ん? 星谷さんか、どうした?」
「……お願いがある。本当は2人共、異能、持ってるんでしょ」
賢人は一瞬で戦闘態勢に入り歩美に殺気を放ったが、すぐに自然体に戻った。
「口封じに殺されるとは思わなかったのか?」
「……その時は仕方ないから」
賢人は歩美には悪意が無さそうだと直感的に感じとっていた。
それでも最大限の注意を払いつつ質問を続ける。
「まぁ、いい。それで? 頼みとは何だ? 注意して口を開けよ」
「……私に……異能を取得させて欲しい」
「理由は?」
「……クラスメイトを殺したくない」
賢人は鼻で笑った。
「はっ、そんなのみんな同じだ。そんな理由じゃ」
「……異能を取得するの、危険なんでしょ」
それが分かっているならば何故異能を欲しがるのか、と賢人は怪訝な表情を浮かべた。
「…………何が言いたい」
「……みんなを危険な目に合わせたくない」
歩美の目は真剣そのものだった。
「逆に聞くが、何故お前がわざわざ危険な目に合う必要がある」
「……私は止められなかった……こんなことになるとは思わなかった」
「ちょっと待て。何の話だ?」
「……召喚される前の日……ダフニーくんと貝原くんが話してるのを見た」
次の瞬間、賢人は目を見開き歩美の元に移動して彼女の口を手で塞いだ。
「……む〜む〜」
「黙れ。奴等に聞かれてる可能性が……ってもう遅いか。済まない、俺の責任だ」
賢人は彼女の口から手を離した。
「あ〜、クソッ! お前はもう奴等に殺される可能性がある。異能を渡すしかなくなったじゃねぇか!」
「……ごめん」
「いや、こっちも悪かった。それで、何を聞いた?」
「……召喚された後、ダフニーくんが貝原くんと夏川さんの安全と異能を保証する代わりに、貝原くんはダフニーくんの協力者になるって……
その時は何の話をしてるのか分からなかった」
賢人は思わず天を仰いだ。
「貝原はバカだからな。バカがバカなりに生き残れる方法を必死に考えて選択せざるを得なかったんだろう。
多分、夏川さんの為に。
問題はどうやってそれを信じさせたかだが、異能が地球でも使えると見て間違い無さそうだな……
わかった、【重力操作】を与えよう。出来るだけ強力な奴じゃないとダフニー達に殺される可能性があるからな」
賢人は必死に貯めたポイントの殆どを使ってポイント授受器で彼女に【重力操作】に必要なポイントを渡した。
「……ありがとう……これからはこの命、貴方のために使う」
「はぁ。あぁ、そうしてくれ。あと、古海さんが異能を持っていることは、奴等にはバレてるだろうが、クラスメイト達には知られたくない。
協力してくれるか?」
賢人は疲れた顔でそう言った。
「……わかった」
そう言うと歩美はタワーに戻って行こうとしたが、賢人が歩美の背中に向けて、
「お前の命を危険に晒したお詫びとダフニーに関する情報料と言っちゃなんだが、【重力操作】の使い方、明日教えてやるよ。なんで知ってるかは聞くな」
「……ありがとう」
ちょっとだけ嬉しそうな顔で歩美は戻っていった。
夜が明けて賢人がタワーの展望台に登ると、二人は寝ていた。
優香の寝相が悪く、何故か寝た時に入った布団(歩美がポイントを消費して注文)から飛び出して歩美の身体にしがみついて寝ていた。
「古海さん、起きて」
「……ん……? んぅ?……ハッ!? な、な、なんで、寝顔、寝顔みるなぁ!」
「いや、そんな真っ赤になって怒らなくても。ちょっといい? 話したいことがある」
賢人は歩美が起きないように優香の耳に顔を近づけて小声で話す。
「ひゃっ……わかったから、わかったから離れて!」
優香は更に真っ赤になった顔で、小声で叫びながら展望台の階段へ向かった。
「な、なんかごめん。まずは報告がある。
星谷さんが【重力操作】を取得した。それと、俺の秘密についての一部も教えた。
あぁ、悪いが、理由は言えない」
「ん、わかった。でも歩美ちゃんの能力は私に教えてもいいの?」
「あぁ、大丈夫だ。古海さんの能力以外はバレても大した問題は起きない。自衛も出来るしな。
それで、昨日の返事を聞きたいんだけど」
赤い顔で俯いた優香は小さな声で言った。
「……うん、いいよ。し、仕方ないから一心同体になってあげる!……し、仕方なくだよ! 仕方なく」
「いや、そんな連呼しなくても分かったから」
呆れた顔で優香は呟いた。
「……分かってないじゃんか」
「もう、そんなに拗ねるなよ、低血圧か?」
「うっさい、バカ……それで、昨日言ってたこと、教えてくれるの?」
「あぁ勿論だ。でも、覚悟して聞いて欲しい。一度聞けば後戻りは出来ないし、誰かに漏らせば俺もお前も狙われる可能性が高い。それでも良いのか?」
「いい。それでこそ一心同体でしょ?」
即答だった。
「まずはその決断に、感謝する。ありがとう」
「お礼を言いたいのはこっちもだし。あのままだったら多分私はゾンビに殺されるか、悪い人に簡単に騙されて利用されてた」
「ふっ、俺が騙してるのかもしれないぞ」
「その時は私の見る目が無かったと思って諦める」
「本当にありがとう……それじゃあ、本題に入ろうか」
賢人はこの世界にそっくりの小説を知っていること、その作者が自分の父親であり、開発者とは恐らく彼のことであることを話す。
そして……スパイがダフニーであることや、彼等の目的が能力者の保護であろうことも。
そして異能【異能具現】の使い方、他の能力者に隠さねばならない理由も話した。
「……………………」
しばらくの間、優香は衝撃で言葉を発することが出来なかった。
「信じられないだろうけど」
「信じる! 辻褄は全部合うし。それにしても、賢人くんってこんなに頭良かったんだね、知らなかった」
「いや、きっと火野とかも同じ結論を出してんじゃないのかな。アイツの方がもっと推理出来てる可能性もあり得る」
「そ、そうなんだ。文武両道の鑑とは聞いてたけど……」
「ま、そんな話はどうでもいいさ。古海さん、これから俺達は一心同体だ。宜しく頼む」
賢人は右手を差し出したが、
「……優香」
「えっ?」
「優香って呼んで! 一心同体なんでしょ? 他人行儀はダメ!」
「わ、わかったよ、優香」
「えへへへへ〜」
賢人の手をとる優香の顔はデレデレに緩んでいた。
「それじゃ、星谷さんを起こしてC3地区に向かおう。今日か明日中には着きたいからな」
「りょうかい〜、えへへ」
スキップしながら優香は歩美を起こし、3人は準備を整えることにした。
彼女達の準備を待つ間、賢人は生贄の場所の情報を、1000ポイントを対価に手に入れた。
C3地区だった。
「やっす! まあ、一般人用の情報だからそんなもんか。
それにしても予想通りだったな。ダフニーならそこに居座るだろう。生贄を殺す人間まで選定してんじゃねぇか?」
2人の準備も終わったので、3人は出発した。
道中、せっかくなので、賢人は歩美に【重力操作】の基本的な使い方や、制約について語った。
「【重力操作】は相当強力な部類の異能だが、その分制約は厳しい、とは言っても、殆どの異能はそうなんだけど。
【重力操作】の制約は、『操る重力の強さに比例して、そして距離の2乗に比例して寿命を消費する』だ。
つまり力が強いほど、発動距離が長いほど寿命を削ることになる。
だから現実世界に戻ったら、出来るだけ異能は使うな。
ふっ、怖がらなくてもいいさ。この空間では睡眠以外の生理現象が固定、つまり寿命も固定だ。その分の対価は【箱庭創造】側に請求される。
だから安心して練習するといい」
賢人の言葉に優香が反応する。
「え? それって大丈夫なの? ハルスって女の子に殺されたりしない?」
「いや、多分大丈夫だ。
奴等の目的は能力者の保護だし、ハルスはそれ込みでこの条件に設定したんだろうな。
普通の人間は異能の制約なんて知らないから使っちゃうだろうことも奴等は分かってた筈だし。
ハルスが自分から志願したのか、上の人間から指示されたのかは分からんが」
「……わかった」
そして道を歩きながら歩美が【重力操作】の使い方を練習し、空を飛びながらゾンビを一瞬でペシャンコに出来るようになった頃、D1地区で高津 則幸、鶴田 友美の2人と出会った。
2人は1日目、溢れ出てくるゾンビから逃げて来たビルの中でたまたま居合わせたらしい。
そして今日、ゾンビをぶっ殺しながら道を歩く俺達を見つけて追いかけてきたようだ。
2人は俺達が生贄のいるC3地区に行くことを話すと、同行を願い出た。
賢人達3人は承諾し、総勢5人でC3地区を目指すことになったが、時間の関係でC5地区で野宿することになった。
こうして賢人達の3日目は終わった。