ジェボーヌの森にて
ジェボーヌの森
それは広大な森だった。
広大というだけで、特に変わったものはない、極々普通で、何の変哲も無い森だった。
強いて特徴を挙げるとするなら、その広さ故に、他の森より多くの魔物や種族が共存している事だろう。森は、そこに住む生命達に、毎日のように豊かな風と穏やかな時を流していた。
今は午後1時。
森の住人達にとって昼寝の時間だ。
そんな時間に一人、ぽつぽつと歩く者がいた。
4、5頭身程の体躯に、大きく尖った鼻と耳。ゴツゴツとした緑色の肌。
それはゴブリンだった。
彼の名はゲイン・フェマール
この森の東ゴブリン族の一員だ。
絵画鑑賞が何よりの趣味の変わったゴブリンで、自分の巣に絵画をいくつも置いてある。
好きなものは果物。嫌いなものは虫。
そんな彼は特殊命令執行者というゴブリンの中でも、役職をもつゴブリンだ。
仕事の内容は、東ゴブリン族を統べる長老ラングから、報酬と引き換えに内密で重要な任務を受けて遂行することだ。
任務をキッチリ遂行する手腕と、長老の信頼がなければ任されない役職で、仲間のゴブリン達からもてはやされていた。
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自分自身、この役職に誇りを持ったことは一度もない。むしろ報酬に貰える絵画さえなければすぐにでも辞めたいくらいだった。
理由は簡単。長老の任務がロクでもないものばかりだから。
ゲインの、今まで受けた任務の内訳は、手を出した女に相手がいて、揉めてるから何とかしてくれという任務が5割。
二股かけたら修羅場になったから何とかしてくれという任務が5割。といった具合だった。
長老は手が早く、女関係がめちゃくちゃなので、それに関していつも助けを必要としていた。
そこで特別命令執行者という役割をつくり、
要領の良いゲインが目をつけられたのだ。
つまるところ特別命令執行者とは、長老個人のクソみたいな問題を解決しなきゃいけない者のことだった。
先程、その長老から、手紙を持ってくる伝書鳥を通じて呼び出しを受けたため、長老のいる洞窟に行かなければいけなかった。せっかくの昼寝の時間を台無しにされて、気分は悪かったが、立場上行かなければならないので、渋々洞窟へと進んでいた。
ほんとついてない日だ。
少し気持ちを良くするために今まで集めた絵画のコレクションを思い出す。
絵画というものは良いものだ。いつも得体の知れない何かに心を揺さぶられる。その感覚がたまらない。実に崇高で壮大な…
ふけっていると知らないうちに足を止めていた。
少し慌てて洞窟へ向かう。あまり遅れ過ぎると長老が女に、恨みのあまり殺されてるかもしれないと思ったので急ぐことにした。あんな長老だが、死なれたら気分の良いものではない。
森は、想像してる修羅場とは正反対に静かでのどかで、優しい空気に満ちていた。
……洞窟に入る
洞窟は一本道になっている。道の両端の壁に規則的に並べられた小さなろうそく達が唯一の明かりだった。いや、明かりと呼ぶには少し心許無い中途半端な明るさだった。通路を少し進んで長老の部屋の正面に着いた。深呼吸してから冷たい木製の扉を開けて部屋の中に入る。
部屋は通路とは違い、この洞窟には似合わないオレンジ色の巨大なシャンデリアによって非常に明るかった。様々な工芸品があちこち無造作に置かれた奇妙な空間の中央に、巨大なイスと小さなイスが向かい合わせで置いてあった。
巨大なイスに何者かが座っている。
「よく来てくれたなゲイン!ちょっと遅かった気はするが、とりあえずそこのちっさいイスに座ってくれ。」
突然、無駄に広いこの部屋で大きな声が響いた。
長老ラング・ウィルサ。ゴブリン族の身の丈に合わない巨大なイスに座り、体中に派手で不気味な装飾をばら撒いたその独特の風亭は、彼がただ者ではない事をよく表していた。
彼は、この森の、北、中央、東、西、南と5つあるゴブリン族の東の最高責任者。
彼の最大の特徴は狡猾さ。悪知恵の働き具合で彼に敵うものはいないだろう。それで長老まで成り上がったと言っても過言ではない。昔は苦労したらしいが、彼の昔を知る者はいない。
表向きは、皆のことをよく考える良い長老を装い、裏ではとことん女にだらしなかった。
そんな彼はかなり若い。歳を食ってるのは食ってるが、まだ現役で女と遊べる歳の長老は、どこのゴブリン族を見てもラングだけだろう。
長老の指示通り、イスに座ろうと不気味な部屋を歩いた。
まだ歩いてる最中、なんの前置きもなくラングは話し始める。
「良いか、これはお前にしか頼めない重要な重要な任務だ。今回のはもしかしたらお前に命の危険があるかも知れん。まず…」
「長老様……今度はそんなヤバイ女性に手を出したんですか…?」
長老の前まで来てイスに座るなり、思わず口を挟んでしまった。
「違う。女の問題じゃねえ」
「じゃあどんな女性に手を…」
「女の問題じゃねえっつってんだろ」
思わずは?という顔をしてしまった。じゃあ何でこいつは俺を呼び出したのか。
「私がいつもそんなくだらない事でお前みたいな優秀な駒…優秀な男を使うと思うか?今回のはマジのやつだぜ。」
くだらない自覚はあったんだと思いながら、口には出さず、長老の話をまじめに聞く姿勢に入る。それより長老の問題が女じゃなければ、自分の命に危険があるかもと言われた事が何なのか、気になってしょうがなかった。
「まあ良い、話そう。」
ラングは咳払いをし、改めて視線を真っ直ぐに向けると、話し始めた。
長老の口から初めて聞いた、この森に関わる重要な任務だった。
初投稿です。
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