数十メートル先のデート
妻が体調を崩して入院中、お隣さんの田中さん家で、裕太と浩二とついでに犬の俺も泊めていただいた。
俺は、妻が心配であまり眠れなかった。田中さんが息子たちを朝7時に起こしてくれた。息子たちと俺で散歩に出掛けた。いつもは妻も一緒なんだが、君は居ない……
弟の浩二は、朝から元気だった。
「お兄ちゃん、昨日はママが心配でなかなか眠れなかったよ」
お前は、ママーって寝言を発しながらも、いつも通り豪快なイビキをかいて爆睡していたじゃないか……
兄の裕太は、
「浩二は寝てたじゃないか。僕は布団に入って最初は、あまり寝られなかったよ。だからね、セイヤとお月様を眺めながら、ママの事を考えていたんだよ」
昨夜、俺と裕太は並んで満月を見ていたんだ。
「そしたら、まんまるのお月様がだんだんママの顔に見えてきたんだ」
おー、そう言えば裕太は、なかなかのロマンチストなんだ。ちなみに、裕太は小学生だが、彼女もいるらしい。流石は俺の息子だ。
「僕は、お月様にお話してみたんだよ。僕たち頑張るから、ママも病院で頑張ってね、早く会いたいよ〜ってね」
ふむふむ、裕太らしい優しいストーリーだ。して、続きはどうなる? 俺は横で歩きながら、聞き耳を立てた。
「そしたらね、お月様が一瞬、ちょっとだけハートの形になったんだよ。ホントだよ」
まさかその展開とは予想していなかった。でも、裕太が言うように、きっとお月様はハートになったんだろう。
「えぇ〜、お兄ちゃんホントなの?」
当たり前だが、浩二は疑っている。しかし、裕太も負けなかった。
「じゃあ、学校から帰ったらママのお見舞いに行こう。そこでママに聞いてみよう。お月様がちょっとだけハートになる事があるよねって」
裕太よ、お前はカワイイ子だなぁ。このロマンチストぶりは妻譲りだろうか。
妻が入院している病院は田中さん家のすぐ近くにある。息子たちは、下校後にお見舞いに行く事になった。しかし、俺は犬だから、病院には行けないよな、俺も妻に会いたいな……
しょんぼりしている俺を見て裕太が、
「セイヤもママに会いたいのかな?」
俺は、無理だと分かっていたけど、ワォーンと返事した。
浩二も分かってくれたようだ。
「お兄ちゃん、セイヤも連れて行ってあげようよ。セイヤもママに会えなくて寂しいはずだよ」
裕太はう〜ん、と考えてから、
「じゃあ、こうしよう。病院の隣に確か公園があった。ママの病室の窓から見える位置にセイヤを繋いでおこう。ママに窓際に来てもらったら、セイヤからママが見えるかもしれない」
裕太は天才に違いない! そうすれば、病院に入らなくても、妻を一目見る事ができる!
俺は、嬉しくなって、小躍りしてしまった。
「お兄ちゃん、セイヤ嬉しそうだよ。良かった!」
浩二も一緒に踊ってくれた。
息子たちが学校から帰ってくるのが待ち遠しいな。俺はソワソワしながら待っていた。
「か、め、は、め、波!」
浩二が叫びながら帰ってきた。お気に入りアニメのキャラクターの必殺技だ。ワォーン! 俺は一応、食らってひっくり帰るのが日課だ。食らってあげないとションボリしてしまう。面倒だが……
「ただいま〜」
裕太は穏やかに帰ってきた。俺が玄関まで迎えに行くと、抱っこしてくれる。これも日課だ。
田中さんも息子たちに優しく接してくれる。ありがたいな。
「おばちゃん、僕たちママの病院にお見舞いに行きたいんだ。セイヤは病院の隣の公園で繋いでおくから、連れて行ってもいい?」
田中さんは笑顔で、
「そうだね、ママも裕太と浩二に会えたら、すぐに元気になるね。車に気をつけて行っておいで」
息子たちは大喜びで、俺も一緒に出掛けた。
「浩二、ママにかめはめ波したらダメだよ」
裕太が指導している。しっかりしたお兄ちゃんになってきた。
俺は予定通り、隣の公園で病室の窓が見える位置に繋がれた。妻が見えたらいいな。
息子たちは、折り鶴を持って病院に入っていった。妻に渡すために一生懸命作っていた。
きっと今頃、妻は息子たちの訪問を喜んでいるだろう。俺は想像しながら、公園で待っていた。と、その時、病室の窓際に人影が見えた。
妻だ! 間違いない! んっ? 妻にしては少しふくよかだな。よーく見ると別人だった……
それにしても、閻魔大王様に感謝だな。俺は人間時代の最後の5年は視力を失っていた。犬に生まれ変わった時に閻魔大王様が視力を与えてくれたおかげで再び見えるようになった。
また、人影が現れた。今後はそれらしい感じがするぞ。横に2人の男の子がいる。裕太と浩二だ。と、言うことは……
人影は今度こそ間違いなく妻だ!
俺は存在をアピールすべくワン、ワン吠えた。妻はキョロキョロしている。俺はここだよ!
妻は俺を見つけてくれた。手を振ってくれている! 俺も全力でシッポを振った。公園からは、少し離れているが、笑顔を見せてくれているし、体調は悪くなさそうだ。一安心だ。
数十メール先の妻とのデートだ。言葉は交わせなくても、俺が犬でも、素敵なデートができた。それだけでも俺は幸せだった。




