織田信長の死後
とうとう、織田信長が亡くなった。誰もが知る歴史上のスターと一緒に濃い数年間を過ごした。俺は心の中に穴が空いた気分だった。
有難いことに、住職様が気に掛けてくれて散歩に連れていってくれたり、優しくしてくれる。
「ヤスケ、やっぱり信長様が亡くなって寂しいのか。しかし、あの荒くれ者の信長様がお前にだけは心を開いたんじゃな。不思議な犬よのう」
俺だって最初は、織田信長という男が怖かった。だって、歴史で習っていたのは冷徹で情け容赦ない姿だった。
その男が俺を可愛がってくれて、更に本能寺の変以降は、仏門に入ってしまったんだ。妻と裕太と浩二に会えなくなった寂しさを薄めてくれたのは織田信長だったんだ。
でも、家族を思い出さない日はなかった。夜空に浮かぶ月を見ながら、家族に思いを馳せていた。
400年以上昔にタイムスリップしたまま、この世界の犬として生きていかなければならないのか。できることなら、また家族に会いたいなぁ……
ワォーンと月に向かって吠えていると、住職様が、
「ヤスケ、実はな、信長様から頼まれていたんじゃよ。お前は、本当はこの時代の犬ではないらしいのう」
織田信長は、俺の名前が本当はセイヤである事を知っていたのだ。
住職様は笑顔で、
「信長様はご自分の命が長くないと分かってからお前を気にしていたよ。ヤスケを待っている人がいると思うから、会わせてやって欲しいと言われていたんじゃ」
「信長様は、お前がただの犬ではないことを分かっていたようじゃた。私もお前を見ていたら信長様と同じ気持ちになったんじゃ」
「昨日、閻魔大王と名乗る方が突然現れたよ。お前を迎えに来ると言っていた」
閻魔大王様がこの時代に来たのか! そーいえば、何年も会っていなかったな。俺を迎えに来てくれるのか!
「よー、セイヤ。随分と久しぶりだな。元気か?」
見覚えのあるオジサンが、俺が見ている月から飛び出して来た!
閻魔大王様じゃないですか! 本能寺で風前のともし火だった俺と織田信長が助かったのは、あなたが戦国時代に送ってくださった友達ワンちゃんのおかげでした。ありがとうございました。
「違うぞ。セイヤが必死で頑張ったからじゃよ。本能寺でのお前の姿を見ていたら、ちょっとだけアシストしたくなったんじゃ」
「それに、織田信長があのような人物に変わったのは、お前と出会ったからじゃな。しかし、歴史を変えるワケにはいかないから、織田信長はあくまでも本能寺で死んで、その後は名前を改めて僧侶にしたんじゃ」
そうなのか! 全ては閻魔大王様の導きによるものだったのか。
「現代で、海難事故に遭ったお前の息子、裕太を助ける為にはワシの一存だけでは無理なんじゃ。あの世会議の委員を納得させるだけの功績が必要なんじゃ」
「だから、お前に難しい課題を与えたんじゃ。本能寺の変で討たれるはずの織田信長を救えとな。まぁ、少しだけズルして助っ人を使ったけどな。内緒にしておけよ」
長い間、分からなかったパズルが解けた。何故、あんな無茶な指令を与えられたのか。
そう言えば、織田信長は死後どうなったのだろう。死んだら、閻魔大王様の所を必ず通るはずだ。人間として死んだ俺がそうだったように……
閻魔大王様はニッコリして、
「現世での非道ぶりを考えれば、織田信長は地獄行きなんじゃが、執行猶予がついたんじゃ。本能寺の変以降の行いが考慮されたんじゃ。あの世で品行方正にしておれば、地獄に行かなくても済むぞ」
おー、良かった。地獄行きにするには可哀想な男だったから。
閻魔大王様は続けて、
「織田信長はセイヤに感謝しておったぞ。お前と出会ってから、少しだけ人間の心を取り戻せたと言っていたよ」
織田信長……死してもなお、俺を想ってくれたのか。俺は月に向かって吠えた。織田信長に聞こえるように……
「織田信長は、ワシに土下座して頼むんじゃよ。セイヤをどうか元の世界に戻してやって下さいってな。そのためなら自分は地獄に行かされてもいいとまで言ったんじゃよ」
「流石にワシも心を打たれてしまった。あの世会議の委員に直談判して、お前を元の世界に戻す許可をもらったんじゃよ」
織田信長よ、アンタは情に厚くて、カッコ良すぎるよ! バカヤロー、アンタはもっと非道な男じゃなかったのかよ!
住職様が、俺の背中を撫でて、
「信長様の想いが通じて良かった。ヤスケ……じゃなくてセイヤが元の世界に帰ってしまったら、私も寂しくなるけど、達者で暮らせよ」
本能寺の変以降、俺と織田信長を支えてくれたのは住職様だった。住職様がいなければ、俺は生きられなかった。
住職様は俺をしっかりとギューしてくれた。
閻魔大王様が力強く言った。
「じゃあ、セイヤ行くぞ」
俺と閻魔大王様は月の中に消えた。
こうして、400年以上昔へのタイムスリップが、完全に終わったんだ。




