みんなで海だ!
妻が体調を崩して入院していたが、経過良好の為、退院することができた。また家族みんなで暮らせて、息子たちは大喜びだ。俺もペットとして嬉しい限りだ。
しかし、不思議な事があった。みんなで月を見ていた時に、閻魔大王様が出てきて、月を一瞬ハート形にしてくれた。後から妻は、あのオジサンと言っていたんだ。俺にしか見えないはずの閻魔大王様が妻も見えていたんだ。
俺は妻をジッーと見つめた。
妻は笑いながら、
「セイヤ、どうしたの? 私と睨めっこしたいのかな?」
俺はブルブルと首を振った。
妻は笑顔のまま続けた。
「セイヤって本当に不思議な犬だよね。家の近くで子どもたちがセイヤを見つけたんだよね。私のピアノ教室のお手伝いもしてくれるし、犬とは思えないよね」
そう、そう。という意味でワン、ワンと小さく吠えた。
「私ね、セイヤは亡くなった健一の生まれ変わりだと思うようにしているの。あなたを見ていると、本気でそう思えてくるよ。多分、月の時に居たオジサンが関係あるんだろうね。いつか真実を教えてね」
健一というのは俺の人間時代の名前だった。
俺を撫でてくれる妻の手はどこまでも暖かい。妻の言葉に対して、ウンと言えない俺がもどかしい……
「だからね、セイヤと私はこれからもずっと一緒だよ」
妻の優しさが身に染みる……
感動の真っ最中に、息子の浩二が学校から帰ってきた。
「か、め、は、め、波〜!」
いつも通り、人気アニメ主人公の必殺技を俺に見舞う。食らった俺は一応、ひっくりかえる。毎日の事だが、やっぱり面倒だな……
ほどなくして、お兄ちゃんの裕太も帰ってきた。
「ただいま〜、セイヤ可愛いね」
父親である俺の頭をナデナデする。
外は今日も暑いようだ。息子たちは、汗びっしょりだ。
「ねぇ、ママ。暑いし海に行こうよ。セイヤも連れて行こうよ」
浩二が提案している。
妻は少し考えて、
「そうだね、ピアノ教室の都合をつけて、みんなで行こうか」
俺が亡くなった以来、妻はピアノ教室を開いて息子たちを育てている。自営業なので、なかなか息子たちを遊びに連れて行ってやれなかった。
息子たちは子どもながら事情を理解しており、妻にワガママは言わないが、やっぱりガマンしていたのだろう。
息子たちは、はしゃいでいる。俺も楽しみだな。人間時代は水泳が苦手だったが、犬に転生した今なら泳げるかもしれないぜ。
その日は、天気も良くて気温も高い。海に入ると気持ち良さそうだ。浮き輪もテントも持って出発だ。
妻が海でナンパされたらどうしよう? 俺は、お箸を口で頑張って並べて文字を作った。
「ナ、ン、パ、ダ、メ」
どうかな? 分かってもらえたかな?
妻は大爆笑だ。
「セイヤ、大丈夫だよ。私の気持ちは、いままでもこれからもずっと変わらないよ」
良かった、ありがとう妻よ。ホッとしていると、妻は、
「でもね、あなたは私を守る義務があるんだから、よろしく頼むね」
ワォーン! 俺に任せてくれよ。ナンパ男は俺が吠えまくって撃退してやるぞ。
海に着くと、息子たちは浮き輪を持って海にダッシュだ。気持ち良さそうにプカプカ浮かんでいる。俺は、妻が準備してくれたテントで、妻と並んで息子たちを眺めていた。
そこにナンパ男……じゃなくてキレイなお姉さんが通りかかった。
「きゃー、可愛いワンちゃんですね。ナデナデしてもいいですか?」
「良いですよー」
妻は笑顔で答えるが、俺の顔をジッーと見ている。
俺はキレイなお姉さんが相手でも、デレデレせずにキリッとイケメンワンちゃん風にしていた。妻は笑いを堪えていた。
息子たちが海から呼んでいる。
「セイヤ、一緒に泳ごうよー」
よし、俺は犬らしく、犬かきで華麗に泳ぐぞ。
浅〜い所で短い前足を動かして、ジャブジャブと楽しむ。おー気持ち良い。俺は人間時代の最後の5年間は目が不自由だった事もあって、今回久しぶりに海に入った。
俺が息子たちと遊んでいると、テントにいる妻に話し掛ける男が2人いるではないか!
コンニャロ〜、俺は砂浜に足をとられながらも、テントに猛ダッシュした。ワン、ワン、ワン。俺は男たちに吠えまくった。
「俺の大事な妻に何しやがる!」
言葉にすればこんな感じだ。俺は勇敢に妻を守った……つもりだった。
すると、妻が厳しく、
「セイヤ、吠えたらダメよ。この人たちはピアノの会社の方たちよ。たまたま会ったから、ご挨拶してくれたのよ」
えっ、そうなの? 男たちの顔をみると、確かに我が家を時々訪ねて、ピアノの調律をしてくれる人と営業の人だ……
クゥーン、俺は申し訳なくて小さくなった。
「ハハ、良いですよ。セイヤ、またな!」
彼らは笑顔で去って行った。
俺は前足で砂浜に、
「ゴ、メ、ン、ヨ」
と書いた。
妻はニッコリして、
「セイヤは私を守ろうとしてくれたんでしょ? ありがとね〜」
俺は、照れ臭くて近くの砂浜をココ掘れワンワンしていた。
すると、砂浜の中から小さな箱が出てきた。前足でフタをどけると、何やら書かれた紙が入っている。
この紙切れが、これからの長い道のりの始まりになろうとは思わなかった……




