9話:無職 ハイト・アイオン
プロキオンの4本の腕に、黒色の魔力が集まっていく。
「《ダーク・カッター》!」
それぞれの手の平から、無数の漆黒の刃が放たれた。
一つ一つのサイズは決して大きくがないが、その数とスピードは十分な脅威だ。
しかし、たいするシンティアはプロキオンが放った魔法を、回避する素振りすらみせなかった。
ただ、淡々と迫るそれらを見据え、聖剣グラムを下方から上方に振り上げる。
『《ライトニング・ブレイク》」
聖剣グラムは、【魔法使い】が使う魔石をはめ込んだ杖のように、魔法の発動を補助する力を持つ。
グラムを媒介に、光属性の魔法が発動した。
【勇者】はあらゆる属性の魔法をまんべんなく操るが、その中でも特に光属性と雷属性の魔法に優れるとされていた。
純白の魔力の衝撃波がシンティアの前面に発生し、飛来する黒色の刃をすべて撃ち落とす。
「ほう、やりおる!」
その間に俺は【アサシン】や【忍者】の特技〝気配遮断″を使い、プロキオンに忍び寄っていた。〝気配遮断″は使用者の存在感を極限まで薄くする効果がある。
シンティアの放った《ライトニング・ブレイク》の光も、いい目くらましになった。
「な、貴様いつの間に!?」
背後から近づくが、直前で気づかれる。
俺は構わず双剣で突きを繰り出した
狙うは首。頸動脈だ。
【魔王】にはまともな攻撃は通らない。
【魔王の加護】の効果の一つに、「【勇者】以外の【職】の攻撃のダメージを半減する」というものがあるからだ。
だからこそ、この200年数多の強者がプロキオンに挑んでも、誰も彼を討ち取ることができなかった。
【勇者】だけが【魔王】に有効な攻撃を加える事ができる。故に【勇者】の【職】が皆に待望されていた側面もあるのだ。
とはいえ、首などの急所ならば、【魔王の加護】といえども、ある程度のダメージは期待できる筈。
その予想は正しかったらしく、【魔王】は身を翻して俺の攻撃を避けた。
わざわざ避けた、という事は今の斬撃は、それなりに危険だったという証だろう。
その隙に、シンティアもプロキオンに肉薄する。
「はあああ!《閃光斬》!」
「《ダーク・シルト》!」
閃光のような加速から、強烈な振り下ろし。
それをプロキオンは肩口に食らう。
鮮血が舞った。
やはりシンティアの攻撃は、プロキオンにちゃんと届く。
「ぐうううう!?吾輩が傷を!?」
「浅いか…!?」
だが、流石は200年を生きる【魔王】。
プロキオンは直前で闇魔法の障壁を展開して、《閃光斬》の威力を殺していた。
プロキオンは後方に跳躍し、距離をとる。
プロキオンは、自分に手傷を負わせたシンティアではなく、俺の方を睨んでいた。
意味が分からないものを見る困惑の色が、彼の瞳には混じっていた。
「貴様、まさか【アサシン】の類であったか!?いや、ならば何故双剣を使っている!?【アサシン】ならば、暗器を使うはず!……魔法!」
《ジョブ・オープン》は【神官】などの【職】にしか使えない筈だが…。
いや、本来の何百倍・何千倍もの時間をかければ、他職の特技も覚える事が可能だ。200年も時間があれば、それを習得する暇は十分にある、か。
「なっ!?」
プロキオンは驚愕の表情で目を見開いた。
俺の【職】を見たのだろう。しかし、そこにはこう書かれている筈だ。
ハイト・アイオン 職:
俺の【職】を示す欄は空白のままだ。
ずっと、ずっとこのままだ。
「【職】がない!まさか【職決めの儀式】を受けていないのか!?いや、そんな馬鹿な!?だったら、そのような特技を使える訳がない!」
俺は驚く魔王に向かって距離を詰める。
シンティアもそれに続いた。
俺がプロキオンの右側、シンティアが左側を担当する。
俺たちの斬撃と魔王の打撃が交錯する。
魔王は黒色の魔力を手甲のように拳に纏わせ戦っていた。
4本の腕を別々に操り、プロキオンは俺たち2人を同時に相手にする。
その戦闘法は恐らくプロキオンが200年の歳月で、独自に編み出したものだろう。長年の研鑽の重みが、その風をきる拳からは感じられた。
しかし、プロキオンに全くの隙が無いわけではない。
プロキオンは自分に明確な攻撃を加える事の出来るシンティアに注視していた。
俺の動きに構っていないわけでは決してないが、それでも優先順位としてはシンティアずっと下なのだろう。だから、俺はシンティアより先にプロキオンに攻撃を与える事が出来た。
特技〝比翼斬″を繰り出す。
狙いは胸。
別に大した傷を与えられなくても、構わない。
怯ませられればそれでいい。
この一撃を次のシンティアへと繋げるのだ。
そう、思っていたのだが。
俺にも、そしておそらくプロキオンにも予想外の事が起きた。
「が、はああああ!?」
俺の比翼斬は【魔王】の身体を難なく切り裂いたのだ。
「な!?【魔王】の吾輩に傷を!?【加護】は発動している筈!?なぜ……!?」
そうだ。
一体どうして?
【魔王の加護】は【勇者】以外の【職】の攻撃のダメージを半減する筈なのに…。
……【勇者】以外の【職】の攻撃?
まさか。
何の【職】を持っていない俺は、【魔王の加護】の適用範囲外なのか?
「やはり……」
俺の耳はシンティアのその呟きをちゃんと拾った。
シンティアは結果を予測していたようだ。
……、だったら、先に言えよ。
不確定要素で自信が持てなかったのかもしれないけれど、事前情報があるとないとじゃ、えらい違いがあるぞ。
まあ、いい。
小言は後でいくらでも言える。
この戦い、勝てるぞ。
俺たちはプロキオンの身体に次々と傷をつけていく。
元々俺の獲物は手数に優れる双剣だ。勝敗を決するような重い一撃こそ加えられていないが、俺たちは着実にプロキオンを追い詰めていた。
しかし、そこで【魔王】が意地を見せた。
「吾輩を、この【魔王】プロキオンを舐めるなあァァッッ!!」
プロキオンは咆哮しながら、自分の左側の腕を大きく払った。
「くううッ!」
シンティアはその攻撃を聖剣グラムでガードするが、数メートルほど後ろに後退してしまう。
俺は一対一でプロキオンに向き合う事になる。
しかし、
大ぶりな攻撃は明確な隙を生むぞ、プロキオン。
【剣士】系の【職】の特技の一つを俺は繰り出す。
「〝竜閃突き″!」
俺の放った強烈な突きを、プロキオンは腕の一本を犠牲にすることで防御する。
剣はプロキオンの二の腕に深々と刺さった。
「ぬ、抜けない……!」
俺の剣はプロキオンの盛り上がった筋肉によって、動かせなくなった。
間髪入れずプロキオンは俺の腕をつかむ。とてつもない握力だ。とても振りほどけそうにない。
「ふははは!捕まえたぞ!」
腕の一つは俺の〝竜閃突き″を食らって、使用不可能だ。
もう一本も俺を腕を掴んでいるため、自由には動かせないだろう。
だが、それでも。
奴にはまだ2本の腕が残っている……!
まずい。
そう思ったときには、遅かった
プロキオンの右側に生えた2本の腕が闇色に輝く。
「《ダークネス・イクスプロ―ジョン》!!」
「っ!魔法〝フレイム・ブラスト″ォ!」
咄嗟に俺も、プロキオンに掴まれていない自由なほうの腕で、魔法を発動した。俺が今発動できる中では、最高の威力を持つ魔法。
闇色の爆発と炎の砲弾が、近距離で激突する。
闇と炎が混じり合った爆発、それにプロキオンの身体が飲み込まれるのを俺は見た。プロキオンが飲み込まれるという事は、そのすぐ近くにいる俺の身体も飲み込まれるという事だった。
そして、俺の身体は面白いくらいに吹っ飛んだ。
何度か地面を跳ねて、そのたびに勢いよく身体を打つ。
しかし、痛みはこれっぽっちも感じなかった。
それだけが唯一の救いだった。
「そんな、嘘、です。私の英雄が……!」
耳の良い俺は、最後に振るえるシンティアの呟きを聞いた気がした。
そして、
何も聞こえなくなった。
何も見えなくなった。
最後には身体の感覚も消えていった。
――――自分が死を迎えようとしていることを、俺は理解した。
◆
相打ち、か。
まあ、上出来な方だろう。
少なくとも、『無職』の俺にしては大金星な終わり方だ。
これまでの俺の人生の光景が、走馬灯のように流れていく。
『どうして、こんな気味の悪い子をひきとたんだろう』
……おいおい。
よりによって、最初がこれか。
これは、アレだな。
赤ん坊の俺をひきとり、育ててくれたおばさんの言葉だな。
俺の家族は俺が生まれてすぐに、事故で死んでしまったらしい。よって、俺は親戚のおばさんの家で暮らすことになった。おばさんは、俺が特技や魔法を次々覚える事を喜んではくれなかった。不気味がっていた。
『やっとこの家からいなくなってくれるんだね。せいせいするよ』
育った家から追いだされるように、俺はエリュシオン学園に入学した。勿論、身寄りもない俺をひきとって育ててくれたことには感謝している。しかし、それ以上の感情はとても抱けない。
まあ、いい。
次だ、次。
『まさか、何の【職】も得られないなんて』
『この学園の恥だわ。所詮は卑しい平民ね』
『堕ちた神童か。ふん、無様なものだ。あんな男の下に着こうなどと考えていた自分が恥ずかしい』
……これは、件の手のひら返しだろう。いい加減にしてくれ。
折角の走馬灯なんだ、いい記憶を流してくれよ。
まあ、いいさ。
この程度では何も思わない。
問題は全くない。
いや、本当に。
強がりではなく、心の底から俺はそう思う。
そうだ。
俺は誰に愛されなくとも、構わなかった。
誰も側にいなくても、この世界をたった一人で生きていけた。
何故なら。
俺には創造神ノルンがついていたのだから。
――――神童。
神の、童。
その称号とこの才能は、俺にとって福音であり神の愛の証だった。
だれよりも才能のある俺は、きっと誰よりも創造神ノルンに愛されている。そして、ノルンの導きのまま、誰よりも凄い【職】を授かる。
そう思っていた。
そう信じていた。
それだけを支えに、前に進んできた。全てを置き去りして。
だけど。
なのに。
どうして、どうして。
どうして……!
俺に何も言ってはくれないかったのですか。
俺に【職】を授けてはくれなかったのですか。
――――神よ!
◆
貴族連中の手の平返しだとか、シンティアが【勇者】に選ばれただとか。
そんなことはどうでもいい。
だけど、創造神ノルンに【職】を授けられかったこと。
それだけは認められなかった。
未だ見たこともない両親の影、その温もりを俺は神に求めた。
ナイフのような他人の悪意も、友のように常に寄り添う孤独も、耐えることができた。俺の頑張りを、天におわす創造神ノルンは必ず見てくれている。
その証拠こそが俺の才能だ。
それさえあれば、生きていけた。
しかし、【職決めの儀式】で俺は【職】を得られなかった。
それまでの人生全てが否定された気がした。
別に死ぬつもりはなかった。
だが、確かに生きる糧は失われた。
【職】を授けて貰えないのなら、神が俺を見捨てたのなら。
――――誰も俺を見てくれないのなら。
生きている意味は、無いだろう。
本当に、どちらでも良かったのだ。
この戦いで死のうが、生きようが。
そうやって。
俺はやってくる人生の終わりを無感情に迎えようとして。
ふと、疑問に思う。
そもそも、どうして俺はまだ生きている。迎えが来るのが遅過ぎやしないか。
いつまでたっても、何故死なない?
むしろ、聴力は回復している。
今こうしている間にも激しい戦闘の音が……。
戦闘の音?
待て、どういうことだ。
次は視界が回復して――。
「どう、して」
見えた光景に唖然として、俺は呟いた。
「ふははははは!あの男、やりおったわ!素晴らしいな、褒めてやる!しかし、惜しかった!」
「プロキオォォン!……ウル様!治療はまだ終わらないのですか!」
「もう少し待て!全力でやっている!」
「く、このままではっ……!」
倒せて、いなかったのか。
プロキオンは重傷を負いながら、それでも生きていた。いや、傷を負ったことで、逆に闘争本能に火が付いたのか。先ほど以上の嬉々とした笑みを浮かべて、シンティアと対峙している。
そして。
俺は瞳を上に向ける。
倒れた俺に覆いかぶさるように一人の少女がすぐ横に座っていた。俺の腹に手を当てている。緑色の暖かな燐光が俺の腹を包んでいた。回復魔法だろう。
俺が中々死ななかったのは、彼女が治療してくれたお陰だったのか。
しかし、
「なにを、やってるんだ?アンタ…、結界からでて…。危険だ、にげろ」
俺は口から血を零しながら掠れた声で言う。
ラルは俺を治療するために、安全な結界の外に出ていた。
動けない俺を囮にして、逃げれば良かったのだ。
なのに、どうして。
「馬鹿か!お前をおいていけるわけがないだろう!」
怒鳴るような口調。
だが、ラルの目じりにはとめどない涙が溜まっていた。
彼女は、本気で俺に死んでほしくないと思っていた。
そして、それはシンティアも同じだった。
俺とラルの盾になろうと、彼女は無理な戦いを続けていた。
避けるべき攻撃も、俺たちが後ろに居れば避ける事は許されない。自分の身体を盾にして防ぐしかない。彼女の白い衣装は、真っ赤に染まっていた。
…おい。
……おい。
誰だ?
誰も俺を見てくれないなんてほざいた馬鹿野郎は。
少なくとも。
ここには、俺の為に命を張っている少女が2人もいるじゃないか。
いや、彼女たちだけじゃない。
そうだ。
この数日の間だけでも、沢山の人が俺に様々な言葉をかけてくれた。
俺を心配してくれた。見てくれた。その言葉は全部俺の内にある。
俺は【魔王】との戦いの直前、どうして教会に足を運んだのか。
『何かお悩みがあるのですか?』
『神に何かを問いたげだ』
そうだ。
俺は神に問いたかった。
―――なぜ俺を愛するのを止めたのか、と。
その答えが、今の俺には分かる
いや。
【職決めの儀】を終えた日から、もうずっとずっと前から、俺は答えが分かっていた。
――――創造神ノルンは俺の事など最初から見ていなかった。
それが答え。
それが真実。
この才能は神に愛されたが故ではなかった。
ただ、運がいいだけだった。俺は、偶々才能に愛されただけの子供だった。
だけど。
神は見てくれなくとも、俺には、側にいてくれる人がいる。
今、その事にようやく気付けた。
『不満があっても、それでも、やっていくしかないんですよ』
そうだ、やっていくしかない。
俺は【職】を得られなかった。
創造神ノルンは俺を見てはいなかった。
この胸に空洞が開いたような喪失感を、俺は障害抱えて生きていくのだろう。
それでも。
それでも、今は……!
この2人を守れる力さえあれば十分だ。嘘偽りなく、心の底からそう思う。
『気張れよー、坊主』
ああ、分かっているよ、爺さん。
さあ、立ち上がれ。
今、立たなければいつ立つ…!
軋む身体に力を籠める。ごぽごぽと身体の色々な所から、真っ赤な液体が零れるのが分かった。
だけど、今は気にするな。
2人に戦わせて、自分だけ寝たままなんてことはできないだろう。
身体の横に一緒に吹っ飛ばされていた双剣を俺は掴む。
ふいに、視界が眩しくなった。
夜が明けたのだ。冷たい世界に光が差しこむ。
その爛爛と輝く朝日を浴びながら、俺は立ち上がった。
「ハイト…!」
プロキオンは感心した風に俺の事を見る。
「ほう、その傷で立つか。何かしらの【加護】を受けてる様子はないが……、貴様何者だ?」
【魔王】の問いに、俺は答える。
「――――『無職』のハイト・アイオン」
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