6話:神童と呼ばれた男
俺はおもむろに、レックスの身体の傍に転がっていた双剣を手に取った。装飾は少なく見た目こそ武骨だ。が、きちんと磨かれ手入れの行き届いていることが分かる良い剣だった。初めて触れるが、良く手になじんだ。
ああ、素晴らしい剣だ。
おまけに双剣というのがいい。
俺は両利きだからな。
学生時代も、両手でよく剣を扱っていた。若しくは片手で本を読みながら、もう片方で剣を振ったりしていた。
感を取り戻すため、試しに振ってみる。
ブオンブオン。
違うな。
ブン、ブン。
惜しい。
ヒュン。
これだ。
「まともに剣を振ったのは学園を卒業して以来だが、何だかんだ身体は覚えているもんだな。もう、感覚を取り戻してきた。流石、俺。才に溢れてる」
言いながらマンティコアに向かって俺は歩き出す。
倒れた【双剣王】レックスを守るように、前に出た。
シンティアは手を出そうとはしなかった。
俺とマンティコアの戦いを見守るつもりらしい。
なるほど。
この神童ハイト・アイオンが2年間の空白で何処まで衰えたのか。
それを見極める腹積もりなんだな。良いだろう。
マンティコアが先に動いた。
その腕を振るい、俺を叩き潰そうとしてくる。
それを俺は左右に転がって回避する。
マンティコアは蠍の尾も動かした。
俺を貫くつもりなのだ。
矢のように勢いよく放たれた、点の攻撃。
それを双剣で捌く。
次いで、横からはたく様にやってきたマンティコアの腕は、後方に飛びのくことで避ける。俺は『無職』なため、【加護】で身体能力が上昇していない。この巨体から繰り出す威力を、そのまま受け止めるのは危険すぎる。
「大丈夫、なのか?奴は?」
「ええ、あの程度。彼には問題ありません」
「あの程度?確かに【魔王】に比べるべくもないが……。マンティコアは討伐にはA級以上の冒険者数人が必要だといわれるモンスターだぞ?」
ラルとシンティアの会話が耳に届いた。
俺は耳が良い。そのせいで、学生時代も聞く必要のない影口を何度も聞く羽目になった。
「ええ。分かっています。ですが、それでも大丈夫ですよ」
シンティアの声には焦りも不安も全く感じられなかった。
相変わらず、シンティアは俺に多大な期待をかけてくる。
他の奴なら、潰れてしまうだろう。
「なにせ彼は『神童』にして」
俺はマンティコアの攻撃を避け続ける。
そして、ようやくその巨体の内側に潜り込んだ。
「“ワインド・テンペスト”」
魔法を使う。
それは先ほど【魔法使い】が使用したそれと、同名の魔法。
しかし、現れた結果は全く異なる。
竜巻はマンティコアの眼を潰す、どころではなかった。
その上方に向かう風は、マンティコアの巨体を打ちあげた。
当然だが、魔法が同じでも使用者が異なればその威力は異なる。俺の方があの【魔法使い】より優れている。それだけだった。
「“比翼斬”」
空に上がったマンティコアを追いかけるように、俺も大地を蹴った。
2本の剣でマンティコアの腹を切り裂く。鮮血が舞う。
そのまま、剣を逆手に持ち替えた。
先に落下したマンティコアの顔に叩き込まれたのは、【魔法剣士】の特技。だが、魔法の側面もある。この【職】の特徴は特技と魔法の融合だ。
「“フレイム・エッジ”」
双剣を炎が包み込む。
そのまま重力に従って俺は落下し、マンティコアの脳天に灼熱の刃を打ち込む。虫の息のマンティコアは避ける事はできなかった。
「----私の英雄ですから」
シンティアそう言うと、脳髄を焼かれたマンティコアは完全に沈黙した。
◆
俺がマンティコアを倒す光景を見たラルが困惑の声をあげる。
小声でシンティアに尋ねてはいるが、俺にもばっちり聞こえているぞ。
「シンティア、奴が何の【職】も持っていないというのは本当なのか?奴は、魔法と特技を確かに使っていたぞ?」
「ええ、誠です。…彼は学生時代から、【職決めの儀式】を受ける前からこうでした。あらゆる特技、あらゆる魔法を観察し模倣し昇華し、完成させていた。飛びぬけている…では済まないでしょう」
魔法も特技も、対応する【職】なしには得られない。
それはこの世界の常識で、おおむね間違っていない。
だが、正しいわけでもない。
正確には言えば、『対応する【職】を得ていない状態で魔法や特技を習得するには、現実的ではない労力が必要となる』だ。
エリュシオン学園で、俺はそう学んだ。
聖都は【職】に関する研究で恐らく世界で先端を走っている。
恐らくだが、【職】ごとに得られる【加護】の効果の一つに、対応する魔法・特技を習得しやすくなる、といったものがあるだろう。或いは逆に習得にしにくくなる効果もあるのかもな。
聖都で昔こんな実験があったそうだ。
【剣士】の【職】を持っていない者、確か【農民】に【剣士】の基本特技である《岩石斬り》を覚えさせようとした。【農民】は約10年間もの修行の末に、《岩石斬り》にようやく成功した。ちなみに【剣士】は一日で覚える事ができるだろう。
労力と結果がとてもじゃないが、見合っていない。
しかし、これがこの世界での一般的な常識なのだろう。
だから、誰も魔法や特技を自由に覚える事はできない。
「【職】を得る前に、才ある子どもが特技や魔法を使用する例は稀に聞くが…」
ラルが言うその例にしたって、基本中の基本をできるようになるだけだ。
俺は、端的にいって例外だった。
子供の時からこうだった。
大人が繰り出す特技や魔法。
それがとても綺麗だったから、自分もやってみた。
すると、成功した。
大抵のやつは見ればできたし、難しい特技や魔法でも数日練習すれば自分のものできた。
だからこそ、俺はこう言われたのだ。
ーーーー神童、と。
「すげえ、あいつ。マンティコアを!?」
「やった、助かった!」
「【双剣王】でも歯が立たなかったていうのに!」
「あいつ、何の【職】だ!?」
「多分、あの特技は【魔法剣士】だ。…《比翼斬》は使えない筈だけど」
マンティコアが倒されたことにより、人々は歓声をあげる。
そして、口々に俺の【職】を予想し始めた。
……悪いが【職】なんて持ってない。
無職だよ、この野郎。
マンティコアの亡骸から離れると、ラルが話しかけてきた。
「ハイト。すまなかった。お前は強い。神童と呼ばれるだけの力。この眼で確かに見た」
「ありがとうございます」
「だが、死なないでくれ。無理はするな。甘いかもしれないが、私は誰にも死んでほしくない」
「……善処はします」
「それと、敬語はいらん。堅苦しいのは嫌いなんだ。それに、私は大層な身分でもない」
そうか。
ラルがそういうなら、それに従おう。
だけど、
「大層な身分だろう?【不死王】オルファンを封印する【巫女】だ。下手すりゃ、王族よりも価値があるぞ」
俺のその言葉にラルは鼻を鳴らした。
「そうでもない。…つい最近まで、私は自分が【巫女】であることなんて知らなかったしな」
「そうなのか?」
そこの話に好奇心が湧かないと言えば、嘘になるがそれはまた今度にしよう。
「ん、どうした?シンティア」
横のシンティアが空を見つめていた。
珍しい形の雲でも見つけたのか?
そんな事を考えていると、シンティアはふいに腰をかがめ、大地を蹴った。
砂ぼこりが舞う。
口に入ってむせた。
ビギニンに建造されたどの建物よりも、高く飛んだシンティアは空中で何かを掴んで、地上に落りてきた。なんだ、この身体能力。思わず目を見開いて驚いてしまったぞ。これが【勇者】か。
というか、何を掴んできたんだ。
鳥?
いや、違うな。
こいつは―――、
「プロキオンの使い魔です。あのマンティコアも奴の差し金でしょう。恐らく隠れる私たちを炙り出すのが目的です。きっと、この一帯の主要な街、全てにモンスターが放たれているのでしょう」
大きな一つ目を持った蝙蝠のようなモンスターだった。
【魔王】プロキオンはモンスターを操る特異な魔法を持つらしい。姿かたちと並んで有名な話だ。
ちなみに、【加護】と魔法・特技の違いが分かりにくいと言う奴が偶にいるが、判別方法は簡単だ。意識せずとも常に発動しているのが【加護】で、魔力・気力を消費して使うのが魔法と特技である。
「――――その通りだ。見つけたぞ、【勇者】」
蝙蝠型のモンスターから、地響きのような低い声が聞こえてきた。
シンティアはモンスターを睨みつける。正確には、モンスターを操るプロキオンを睨みつける。
「聞け、【魔王】プロキオン。このように、モンスターを放つのは無駄だ。私たちは逃げも隠れもしない。ここより東に、今はもう忘れられた砦がある。そこで明朝、貴様を待っている。…【勇者】であるこのシンティア・レインバードと我が英雄が貴様を討つ。200年の生の終わりを噛みしめろ」
「ほう、吠えたな【勇者】。よかろう、貴様の誘いに乗ってやろう。…吾輩が放ったマンティコアを屠ったそこの若者、なにやら特殊な事情を持つようだ。久々の骨のある相手、今から胸が高鳴るわ」
【魔王】の言葉を聞き終わると同時に、シンティアは魔法を使った。モンスターが燃えていく。
……掴んだまま燃やしてるけど、熱くないのか?
明らかにシンティアの手も火にあたってるが。
いや、シンティアは燃えていない。
火は彼女の手を包むだけで、燃やしはしなかった。どうやら『特定の【職業】以外から食らうダメージを全て半減する』という【勇者の加護】の逸話は本当だったようだ。
さて、と。
シンティアとラルが俺を見てきた。
俺は頷き、言った。
「勝つぞ」
明朝。
『無職』の俺は【魔王】に挑む。