26話:そして彼らは
オルファンを倒した後、ゾンビ兵たちは糸の切れた人形のように、うんともすんとも動かなくなった。只の屍に戻るのだろう。
バチリ!と静電気が奔ったような音が鳴る。
「なんだ?」
俺は訝しむが、すぐに答えを理解した。空間を満たしていた結界が解けたのだ。ゴゴゴ、と地響きがなる。次いで、パラパラと、天上から塵やら埃やらが落ちてきた。
「これ、まずいんじゃ……」
ゾンビの山から這い出てきたシンティアが顔を青ざめながら言う。
「崩れるぞ!」
ラルが叫んだ。俺たちは一目散に地上を目指して階段を駆け上る。俺たちが階段を上り切るのと、地下が崩落するのは殆ど同時だった。
「はあ……。はあ…。ギリギリだったな。……あー疲れた」
俺はその場に大の字になって倒れる。精も根も尽きた。暫く何もしたくない。しかし、現実という奴は俺のそんな心情をこれっぽっちも考慮してはくれないらしい。
外が慌ただしくなってきた。
ラルが封印塔の窓から外の様子を伺う。
「なんだ? 騎士団?」
「今更どうしたんだ。援軍にしては遅すぎるぞ」
俺は呆れたようにぼやく。
「違います。きっと私を捉えに来たんでしょう」
ああ、そうだった。
シンティアは魔王の【職】に引っ張られて、神殿の人々を襲ったんだった。幸い死者はいなかったようだが。
彼女から逃れた神官が近隣の村々に助けを求めたのだろう。確認する為、俺も窓に寄る。思わず顔を顰めた。総勢数十人ほどの騎士団が神官の先導の元、神殿内に入ってくるのが見えたからだ。
「随分と大所帯だな。近くの村や町から急遽集めてきたにしては、装備も整い過ぎてないか? 近くでモンスターでも出てたのか?」
シンティアが俺たちに笑いかける。
「大丈夫ですよ。貴女方はオルファンを倒した功労者です。滅多な扱いは受けないでしょう」
「……お前はどうなんだ? 私たちは確かに英雄と迎え入れられるかもしれない。だが、今のお前の口ぶりはまるで――――」
「私ですか。……責任はとらなければいけないでしょう」
神殿の人々を襲った責任。オルファンを復活させようとした責任。【魔王】となってしまった責任。
俺は顎に手を当てて、思案する。答えは2秒で出た。
「シンティア」
「はい?」
「2人で逃げるか!」
「はいっっ!?」
「おい、私はのけものか? 嫌だぞ、そういうのは」
ラルが少し不機嫌そうに割って入る。
「いや、ラルはそこはここに居ろよ。別にそこまで付き合う必要はない」
「言ってくれるな。当然断る」
「きつい旅になるぞ。多分」
「いいさ。こっちは元々死ぬつもりでこの神殿にいたんだ。生きてるだけで儲けものだ。それとも、私がいちゃ迷惑か? 足手纏いというなら考えるけどな」
「まさか。俺は神童だ。一人、荷物が増えたところで何も感じないよ」
「……足手纏いの所は否定しないのか」
「俺と比べたら誰だってそうなる。別にお前が劣ってる訳じゃない。申し訳ない! 才能に溢れてて!」
「殴りたい。……お前そんな奴だったか?」
「はは、俺は元々こんなだよ。むしろ今までが本調子じゃなかったんだ。色々あって自信を無くし気味だったらしい。だけど、もう大丈夫だ!」
「私は前の方が好きだな……」
「お、告白か。悪い、まだ身を固めるつもりはないんだ」
「もう黙れよ、お前…」
ラルは頭が痛いのか、こめかみに手を当てて唸っていた。
そんな俺たちの様子を見て、シンティアは小さく笑った。
「調子戻ってきましたね。そうでした。貴方はいつだって自信満々で、少しずれていて、他人には理解できない突拍子の無い言動をしていました」
「褒めてるのか、それ」
「? ええ、勿論」
さいで。
「ハイト。貴方は戦ってくれるのですか? 私のために。【魔王】である私のために」
「俺は無職だ。【職】なんて知った事か」
「国にだって、世界にだって勝てると?」
俺はニヤリと笑って聞き返す。
「俺は?」
「貴方は神童で……。私の、私たちの英雄です」
「そうだ。だったら勝てるさ。国にでも。世界にでも。何だったら、神にだって」
根拠もない、空虚な自信だろう。しかし、それでも構わない。
きっと俺はこの世界でただ一人、なりたい自分になれる存在だ。彼女を救えるような、そんな自分になってみせよう。
バタバタと数十の足音が聞こえた。
封印塔に騎士たちがなだれ込んできたのだ。神官がシンティアを指さして、怯えたように叫ぶ。
「あ、あの女だ!あの勇者が突然暴れだして俺たちを!」
「【魔王】だ!本当に【魔王】の【職】を持っているぞ!」
「しかし……同時に【勇者】の【職】も持っている? どういうことだ」
「知るか。【魔王】は人類の敵なんだ! 幸い今は弱ってるみたいだぞ!」
「もしかしたら、今の俺たちにも殺れるんじゃ……」
「今は千載一遇の機会だ!新たな【魔王】をここで討ち取るぞ!」
はは、どいつもこいつも好き勝手言ってくれるじゃないか。俺はシンティアを庇うように一歩前に出る。
「【不死王】オルファンは俺が殺した。神官なら少しくらいは分かるだろう? オルファンと結界の気配がもう感じ取れないことに」
神官がはっとした顔をつくる。
「つまり俺はこの国、いや世界にとっての英雄ってわけだ。大抵の望みは叶えてくれるよな? 何、多くは望まない。俺たちが欲しいのは、ただ自由だけだ」
戦わずに済むなら、それが一番だ。有無を言わさず【魔王】として処刑される、そんな状況を回避できれば十分だ。
しかし、騎士のリーダー格らしき男のせいで、俺のそんな目論見はご破算となる。
「…お前はハイト・アイオン!?」
ん、なんでこいつは俺の名前を知ってるんだ?
どこかで見たことある様な、顔だが。
「誰だ? お前?」
「貴様! 忘れたとは言わせんぞ!」
「……ああ、思い出した。サニーバッド家の次男、ハルク……だったか?」
学生時代、アリシアを虐めていた貴族の一人だ。俺がぶっ飛ばした奴でもある。
「そうさ! は、ははははは! 無様だなあ! ハイトォ!?……こいつは【魔王】の手先だ! 皆のものかかれ!」
「おいおい、少しくらいは話を聞いてくれよ?」
「はははは! 黙れ! やっと馬脚を露したな! シンティア・レインバード! そして、ハイト・アイオン! 何故貴様がここにいるのかは分からないが……。今はどうでもいい! 漸く私は貴様に勝てる!」
剣呑に輝く長剣を俺たちに突き付け、ハルクは高らかに笑う。
「それが本音かよ」
俺はため息を吐いた。
「なんだ、こいつ…職が!? ない!?」
騎士の一人が俺の【職】を見たのだろう。驚愕を露にする。
「おい、こいつが本当にオルファンを倒したのか!? 本当に刃を向けていいのか!?」
「糞! 役に立たない奴ら目が! 《五月雨斬り》!」
迫る無数の刃。剣が分裂したかとも見紛う、隙間のない剣の網。
それらを紙一重でかわし、俺は剣の腹をハルクの鳩尾に叩き込む。
「が、あ!?」
しかし鎧の上だ。ハルクは怯みさえしたものの、俺を睨みつけ、再度剣を振るおうとする。その瞳には敵意が燃えており、先ほどの剣筋と合わせて、こいつは俺を殺すまでは止まらないだろうと、確信させるには十分だった。
俺は手刀を首筋に放つ。
トン――――と軽やかな音が神殿内に響いて、ハルクの意識は刈り取られた。
じろり、と騎士たちを睨む。
彼らは一瞬たじろぐが、各々剣を抜き始めた。
「まあ、いいか。お前らを倒した方が、道を譲って貰うより早くカタが付きそうだ」
立ち塞がる騎士たちを相手に、さあ、笑え。
不安を、恐怖を覆い隠せ。
なりたい自分に、彼女たちを救える自分を思い描け。
「さあ、行くぞ」
この先は何処に繋がっているのだろう。
分からない。
そもそも。
何処かにたどり着けるのかも不明だ。
それでも俺は進み続けるだろう。
神に与えられた道ではない、俺が選んだ俺の道を。
2章はこれで終わりです。
続きの構想もあるにはあるのですが、ひとまずここで完結にしておこうと思います。
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