25話:悲劇と伝説の終焉
「ハイト。このままでは埒があきません。私が魔法を放ってオルファンまでの『道』をつくります」
ゾンビ兵の一体を特技《光の刃》で斬り捨てたシンティアは、そのように俺に提案してきた。
「………」
しかし、俺はその案に即座に頷くことはできない。
「大丈夫。生き埋めにならないように加減はします」
シンティアは笑うが、俺が躊躇したのはそんな理由ではない。いや、それもあるがメインではない。
「それじゃあ、お前はゾンビ共に……!」
魔法の放った後は、誰にだって隙が産まれる。【勇者】であるシンティアだって、それは変わらない。彼女はまず間違いなく、魔法を使った後ゾンビの群れに飲まれるだろう。
その時俺はオルファンの元に向かっているため、そのフォローをすることもできない。中々首を縦に振らない俺に対し、シンティアは言う。
「ハイト。私は【勇者】です。【勇者の加護】はあらゆる攻撃を半減させます。そう簡単に死にませんよ」
確かにそうだ。
シンティア中々ならば多少の敵に飲まれようとも、大した傷を負わずに生還できるだろう。
……平時ならば。
俺はシンティアの【職】を見る。
シンティア・レインバード 職:勇者/副職:魔王
しかし、今の彼女の状態は普通ではない。
【職】を2つもった人間なんて俺は聞いたことがない。
こんな状態で人はまともに魔法が使えるのか。いや、今のシンティアの動きは普段とは変わらない。『特技』もいつも通り使えている。ならば、『魔法』だって普通に使えるのかもしれない。
だが、【加護】の方はどうだ?
【勇者の加護】、その防御力はちゃんと働いているのか。
……分からない。
試しにシンティアがゾンビの攻撃を食らってみればはっきりするのだが、もし【加護】が働かなったらどうする。ゾンビの群れがひっきりなしに襲ってくるこの状態で手傷を負えば、それだけで積みだぞ。
くそ。
そこをちゃんと確かめて来るべきだった。
焦り過ぎたか。…いや、俺たちに残された時間は余りなかった。いつシンティアが倒した神殿の兵士たちが目覚めるかは分からないし、今のシンティアの特殊性を彼らがどう受け取るか判断がつかない。
新たな魔王と認識され、拘束される可能性は十分あった。というか、かなり高い。
シンティアの【魔王】という肩書を塗りつぶすくらいの新たな功績が、早急に必要だった。だから俺はルファンを倒そうとした面もあったのだ。
……今更あれこれ考えてもしかたない、か。
既に賽は投げられた。
俺たちはオルファンと対峙し、出口はゾンビ共に塞がれている。後戻りはできない。なんとしても、【不死王】を倒すしかないのだ。
俺は決心した。
「……分かった。頼む」
「はい、いきますよ。魔法ォォォ!!」
シンティアの掌から風の砲弾が解き放たれる。
風の砲弾は社線上にいたゾンビたちを吹き飛ばしながら、オルファンまで迫る。
砲弾がオルファンに着弾するその刹那。
傍に控えていた大柄なゾンビ兵が剣を抜き、魔法を断ち切った。オルファン自体には、ダメージを与えられなかったが。
――――オルファンまで続く道が開けた。
「お願いします、ハイト」
「任せろ。俺は神童だ」
その道を俺は全力で駆け抜ける。
途中何体かのゾンビたちは起き上がり、俺の進路にはいってきたが、それら全てを切り捨てる。
「神童の道を阻むな! この木っ端どもが!」
止まることは決してしない。背後を振り返りもしない。
やがてオルファンを俺は目の前に捉え――――。
一体の大柄なゾンビ兵が門番のように俺の前に立ち塞がった。シンティアの《ワインド・ブラスト》を切り裂いた奴だ。
俺は止まることなく、大地を強く蹴る。
空中に飛び上がり、剣を鋭く横に振るう。狙いは首元。
しかし。
――――キイン!と、鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が鳴った。
「防がれた!?」
俺の首元を狙った一撃を、大柄なゾンビ兵は己の剣で見事防御して見せた。
「くそ!」
俺は空中で身を捩じらせ、そのまま回転斬りに移行する。
己の足が地に着くと同時に、前に出て突きを繰り出すがそれすらも剣で防御する。
「なんだ、こいつ!」
俺は間髪入れず再度斬りつけるが、相手の守りは難攻不落の城のように固い。毎秒数度の光速の連撃をしかけるが、その全てを上手くいなしてくる。
「動きが他のゾンビ兵たちとは全く違う!」
生前はとてつもない【職】に就いていたのだろう。下手をすれば、こいつも【勇者】だったのかもしれない。そうれほどまでのプレッシャーを俺は、このゾンビから感じた。
技量自体は俺の方が圧倒的に上だ。防御の癖も見えてきた。あと、3秒もあればこいつも倒せるはず。
しかし。
しかし。
こちらにはもう時間がないのだ!
「あと少しなんだ!」
俺は叫びながら、剣を振るう。ついに剣の切っ先がゾンビ兵の首元を捉えた。頭と胴体が分かたれる。ゾンビ兵が倒れた先にいたのは、ボロ衣をもとった色白の青年。
「【不死王】オルファン!!」
俺はオルファンに向かって駆けだす。
正確には、駆けだそうと、した。
がくんと、俺の身体が揺れる。
俺は足元を見た。一体のゾンビが俺の足首を掴んでいた。
最初の一体を皮切りに、次々とゾンビたちは俺に襲い掛かってくる。
俺はそれらを撃退しようとするが、やがて押し倒され背中から倒れる。
離れた場所で孤軍奮闘するシンティアと目が合った。
「ハイト!?……ッ!しまっ!?」
俺に気を取られたのだろう。
シンティアも俺と同じようにゾンビの群れに飲まれていく。
「シン、ティア!?」
彼女の名を叫ぶと同時に肩口に鈍い痛みが奔る。ゾンビに噛みつかれたのだ。奴らは俺を囲み、次々と覆いかぶさってきた。
「……まだだ!俺は、まだ!」
あと、少し。
ほんの僅かな距離にオルファンがいるんだ。
俺はオルファンに向かって手を伸ばす。
すると、突然。
ゾンビの動きが止まった。
俺に群がる奴らだけじゃない。この地下空間にいるオルファンを含む全てのゾンビたちの動きが完全に停止していた。
「――――いま、だっ!」
耳に届くのはシンティアよりも少し低い少女の声。
「ラル……!?どうしてここに!?」
ラルが出入り口の所に立っていた。彼女は動きが停止したゾンビの間を縫うように歩いてくる。
恐らく、彼女の肉体が魂が、少しずつ結界と同化していっているのだろう。その痛みに耐えるためか、顔を歪ませている。
俺は理解した。
ゾンビたちの動きが停止したこの現象、これは結界の力をラルが行使しているのだろう。
―――本当に、ごめんなさい。ラル。私たちの可愛い娘。私は悲劇を無くしたかったのに、結局新たな悲劇を生み出し続けただけでした。
耳元で声が囁いた。
それは結界そのものから音を発しているようであった。
「ハイト! 母さんを、祖母を、皆を、開放してやってくれ!……っ!?」
己の身体と魂が削れる痛みに耐えきれなくなったのか、ラルの身体が揺れた。ラルの近くにいるゾンビたちの何体かが、結界の拘束を脱し彼女に襲い掛かる。
「させるかぁぁ!ラル様は私が守る!」
シンティアは己に覆いかぶさっているゾンビの群れを吹き飛ばし、ラルの元に駆け付けた。そしてラルに迫るゾンビたちを蹴散らしていく。
「ハイト、長くはもたない。早く……!頼む」
結界にオルファンの力が対抗しているのだろう。ゾンビの何体かの身体がプルプルと震え始めた。その数は少しずつ増えている。時間はそう残されていない。
――――私たちは待っていました。オルファンを、私たちを終わらせてくれる存在を。この悲劇を壊してくれる方を。
――――そんな人はもう現れないと思っていたけれど。500年の時を超えて、ようやく貴方は来てくれた。
――――それも私たちの娘を救うために。ゆえにこそ私たちも今、最後の力を振り絞りましょう。
――――大丈夫。貴方なら必ず彼を倒せます。
さあ、お立ちなさい。
「「――――――――ハイ、トォォオオオおッッ!」」
シンティアとラル。
そして500年の間に散っていった【巫女】の人々たち。
彼女らに背を押され、
「お、おお、おおおおおおおおおおッッ!!!!」
咆哮と共に俺は立ち上がる。
体中にしがみついたゾンビ共を引きずりながら俺は進む。
オルファンの元へ。
500年続いてきた悲劇の連鎖を断ち切るために。
「ガ、アァァァァァァァァァ!!!!」
オルファンもまた結界の拘束を振りほどき、腰の剣を抜いて俺に向かってきた。
その剣技は確かな修練を伺えさせた。【加護】によるものではない。彼の剣技にはどこか歪で癖がある。
近接系の戦闘職を得られなかった者が、自身の才能と血のにじむような努力の果てに漸く手に入れた、そんな剣技だった。
言葉も理性を失って尚、まだ身体にこびりついた【不死王】と呼ばれた男の夢の残骸がそこにはあった。彼がどんな【職】を目指して修練を積んでいたのか、俺には分かってしまう。
つまり、彼の振るう剣は型は違えど俺のそれによく似ていた。
なりたいものになれなかった残骸のような俺たちは、血で染まった大地の底で剣を振り続ける。
こんな所には辿り着きたくなかった筈だ。
【巫女】たちも。
【不死王】だって。
何度目かの剣戟の後。
終わりはやがて訪れる。
オルファンの繰り出した突きを避け、俺は彼の胸元を切り裂いた。
そのまま腕を落して武器を奪い、首を撥ねる。
空中でさかさまになったオルファンの首と目が合う。
彼はなお戦意を失わず俺を睨みつけてくるが。
「………もう、いいだろう?」
俺がそう言うと、オルファンは少しだけ驚いたような顔をした、気がする。それは彼が見せた初めての人間らしい表情だったのかもしれない。
オルファンはそして目を閉じた。そのまま彼の頭は地面に落下する。首のない身体は立ったままぴくりとも動かない。
「ジョブ……オープン」
俺は祈るように、その特技を使った。
反応はなかった。
その意味することは一つ。
今ここに、屍の王は、自らもようやく屍となれたのだった。
次の話で今章は完結です。
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