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21話:全てを背負わされた少女たち

 地獄のような場所だった。

 或いは、『そこ』こそが地獄だったのかもしれない。


 かつて世界に存在していたという【邪神】が造ったとされる『邪神迷宮』。地下へ地下へ降りる度に、モンスターは強くなる。トラップはより悪辣になる。一人、また一人と、聖教国の精鋭はその命を散らしていく。


 そして。


 数多の犠牲の果てに、漸くシンティアは、迷宮のコアを破壊した。


 もはや誰も残っていなかった。

 それでも、【勇者】はやり遂げた。


 コアとは迷宮の奥底に設置されている球状の装置だ。迷宮の管理を自動的に行っており、これが損傷した場合、迷宮はその活動を停止させる。


 しかし。


 最後のトラップはコアにこそ仕掛けられていた。

 コアを聖剣グラムで突き刺した次の瞬間、剣を介して漆黒の瘴気がシンティアに入り込んできた。


 目が覚めると。

 彼女の【職】は【魔王】へと変化していた。




「私の【(ジョブ)】はそうして、【魔王】へと変化した。…そして、国の上層部はこの事実を隠蔽することに決めました」

 

 シンティアのそんな語りを俺は、無言で聞いていた。


 【(ジョブ)】が変化することは原則ありえない。

 ごくごくまれに、【剣士】が修練の果てに【剣王】となるように、より上位の【職】にランクアップする事例はある。


 しかし、シンティアが語った様に全くの異なる系統、しかも迷宮のトラップといった外的要因によって変化するなど歴史上ひとつもない筈だ。少なくとも俺は知らない。


 嘘だ、と叫びたかった。

 或いは、悪い夢なのだと信じたかった。


 しかし、〝ジョブ・オープン″の結果は俺に否応なく真実を伝えてくる。この肌を突きさすような重圧はこれが夢ではないことを無理やり教えてくる。


 俺は【(ジョブ)決めの儀式】の光景を何故か思い出していた。

 あれこそが、人生最悪の日なのだと、かつての俺は確信していた。


 しかし、それは間違いだった。


 友である少女が【魔王】となっていた。

 それに俺は気づけもしなかった。或いは予感していても、見て見ぬ振りをしていた。これほどの悪夢があろうか。


 俺の混沌とした胸中を知ってか知らずか、シンティアは淡々と話し続ける。


「幸い、王宮の宝物殿にはとある『魔法具』が保管されていました。その名も『(ジョブ)返りの仮面』。使用者が一つ前に得ていた【(ジョブ)】へと、変化させる効果を持ちます。本来は何の使い道もない『魔法具』です。【剣王】から【剣士】に戻りたがる者など、いないでしょう?……しかし、結果として、この仮面は私にとっては聖剣以上に価値のある代物となりました」


 シンティアはそう言いながら、床に捨てられた白色の仮面を靴で弄ぶ。

 その仮面には大きな皹が刻まれていた。


「だけど、その仮面は……」


 シンティアは頷いた。


「ええ、『(ジョブ)返りの仮面』は壊れてしまった。純粋に使用耐久を超えたというのもあるでしょうが、何よりも私自身が、【魔王】の【(ジョブ)】を抑える事を放棄したからでしょう」


 シンティアは自嘲するように笑いながら、『職返りの仮面』を踏み抜いた。仮面は砕け散った。それを見ながら、俺は尋ねる。


「……お前は何をしようとしているんだ?」


 【魔王】が神殿の者たちを次々と襲いながら、『封印塔』を目指す。


 碌な想像はできなかった。

 数日前に殺した 【魔王】の目的を俺は思い出す。


「知れた事。結界を破壊して、【不死王】オルファンを復活させます」


 まるで、明日の天気の話をするような、そんな軽い調子でシンティアは告げる。かつての『屍大戦』を再び起こすつもりなのだと、彼女は簡単に告白した。


「どうして…。どうしてそうなるんだ?」

「簡単ですよ。ラル様は優しい方だ。私たちが止めても、聞くことは決してないでしょう。【巫女】の使命に準じようとするはず。……だから、【巫女】の存在理由を壊す」


 だから、結界を壊す。

 だから、オルファンを復活させる。


 とある少女は命を懸けて、世界を守ろうとした。

 それを知った別の少女は、世界を壊して少女を救おうとした。


 今回の話は、ただそれだけの事。

 それだけのことだけど、その結果訪れる未来は、想像すらもしたくない。


「……人が死ぬんだぞ。沢山の人がッッ!?」


「ええ、わかっていますよ」


 でもね、ハイト。とシンティアは俺に語りかけた。


「――――こんな世界、続けさせる価値がありますか?」


 その瞳は極大の憎悪で濡れていた。

 いつもと変わらないヘーゼル色の瞳。


 だけど、そんな色を俺は知らなかった


「たった一人の少女に全てを押し付けて、この世界の平穏は守られている。おかしいでしょう?ふざけている……!」


 シンティアはそこで、息を吸い込んだ。

 そして叫ぶ。

 この世界の歪みを、糾弾するように。ありったけの憎悪と絶望を詰め込んで。


「そしてッ!誰も彼もが【職】に縛られて!生きる意味すらも、どこかの誰かに決定されて!それに反すればバク病で死に至る!」


 この世界では【職】が全てだ。

 誰もが【職】に縛られて生きている。


 人の人生における成功も失敗も。

 或いは、生と死さえも。


 此処にはいない誰かに、天におわす創造神に委ねられている。


「ラル様は【職】を得たばかりに、世界の運命を背負わされた。逃げる事すら許されず、ただ断頭台への道を歩ませらた!……貴方は【職】を得られなかったばかりに、全てを奪われた。あらゆる人々は、貴方を見捨てた!……それを決めたのは、才能でも運ですらない!何処かの誰かが!神とよばれる不遜な輩が勝手に決定したことだ!」


 シンティアはそこで視線を上へと移した。


 この穢れきった大地から、目を逸らすように。

 或いは、天上に座す神に唾を吐きかけるように。


「酷い、酷い世界でしょう!ここは!だから、きっと、こんな世界なんてなくていい!」


 両手を掲げて世界への呪詛を吐く。

 シンティアはそうして視線を元の位置に戻した。

 

 そんな彼女を見て、俺ははっとした。

 とある事実に気づいたからだ。


 泣きそうだった。


 それは何の感情に由来するものだろう。

 怒りか、悲しみか、哀れか、怒りか。

 それすらも定かでなく、そも何処の誰に向けたものなのかすらも不明だ。


 それでも、俺の唇は勝手に動いた。

 

「――なあ。シンティア。その感情は、その怒りは、本当にお前のものなのか?」



「ずっと、ずっと疑問だった。【魔王】がどうして皆人類に敵対するのか。そりゃ、元々禄でもない奴が選ばれてるってのも理由の一つだろう。だけど、一人くらい人類に味方する奴がいてもおかしくないんじゃないか。俺は頭の片隅でそう考えていた。もしかしたら『人を傷つけなければいけない』なんて【役割(ロール)】もあるのかもしれないけど……」


 それに対する、一つの回答を俺は今得た。

 それは【魔王】ついてだけではなく、この世界の根底を揺るがす仮説だ。


「きっと。人の心は【(ジョブ)】の影響を受けるんだ。【魔王】はどんな形であれ、人類に敵対せずにはいられない。そういう風に思考を誘導されている」


 或いは【魔王】だけでなく、他の【職】に関しても多少の思考の誘導はあるのかもしれない。

 

 この世界では【剣士】は剣士らしく。

 【魔法使い】は魔法使いらしく。

 【勇者】は勇者らしく。

 そして【魔王】は魔王らしく。


 そう振舞うように、そう生きるように強要される。

 それ以外の生き方は許されないし、それ以外の生きる意味などありはしない。



「何の根拠があって……!」

「お前が証拠だ、シンティア。お前こそが!確かに俺は、お前のことを全然わかってない。お前がそんな苦しみを背負っているなって、微塵も気づきやしなかった。だけどな」


 それでも。


「たった一つだけ、俺にも分かることがある。それはシンティア・レインバードがとてつもなく優しい奴だってことだ!本当なこんなことをする奴じゃないってことだ!こんな事ができる奴じゃないってことだ!」


「その程度の根拠で何を言うのですか!?」


 そもそも。

 シンティアの様子は仮面が割れた瞬間からおかしくなった。心変わり、では済まされないレベルで、だ。他者の誘導を明らかに受けている。


 いや、もしかすると、それは俺の願望なのかもしれない。

 だけど、確かな事が一つだけある。


 それは、


「その涙はなんだ!?答えてみろ、シンティア!?」


 シンティアの目元からはとめどない涙が溢れていた。

 彼女はそこで自分の顔に手を当てた。

 

「な……!?どうして、どうして私は泣いて……」

「本当はしたくないんだろう。こんな事。だったら、もうやめよう。シンティア」

 

 彼女は泣いていた。


 これから、己が犯すであろう過ち、その結果に恐怖し、涙していた。優しい彼女は、心の奥底では、こんなことは望んでいなかった。それだけは確かだった。


 動揺するシンティアに俺は畳みかける。


「それにな、シンティア。お前はラルを守るために、オルファンを復活させるなんて言ってるが……【不死王】が蘇った世界で、彼女が生きていけると思うのか」


 戦乱に巻き込まれて死ぬかもしれない。

 或いは、【不死王】復活の責任をとらされて処断されるかもしれない。


 どちらにせよ、シンティアが築く未来に、ラルの幸せはあり得ないだろう。


「お前のやっていることはラルの命を救うどころか、それを奪う行為なんだよ」


 そして、

 その程度の事に本来シンティアが気づかないなんて筈はあり得ない。


 だというのに、シンティアはたった今、その矛盾に気づいたように狼狽し始めた。

 

「……ち、違う。私はラル様を守るために……救うために…!」


 両手で顔を覆い、小さく首を振りながら、彼女はぶつぶつと呟く。


「そうだ、ハイト!貴方は強い。きっと貴方ならラル様を守ってくれるはずだ。オルファンが復活しても、あの方だけなら守ってくれるはずだ。だから、お願いですよ。ハイト。私を見逃してください。そして、どうかラル様と生きて……。二人で…、二人だけで何処までも逃げ続けて」


 懇願するようにシンティアは言う。

 

 それを前にして、俺は一度だけ、瞳を閉じた。

 それは覚悟を決めるための、儀式のようなものだ。


 そして。

 瞼を開く。世界を見つめる。


 そこにいたのはたった一人の少女。

 

 世界と【職】に翻弄される、全てを背負わされた悲しい少女だ。


 あらゆる恐怖は、迷いは、塵も残さず霧散した。

 それを凌駕する感情が湧いてきた。


「なあ、シンティア」


 だから。


「お前は世界を壊そうというんだな。ラルの為に」


 俺は、シンティア・レインバードと正面から向き合う。

 真っすぐと彼女の目を見つめ返す。

 

「だったら、猶更俺はお前を止めてみせる。俺はお前に世界を壊させはしない」


 俺の言葉にシンティアは、目を僅かに見開いた。予想外の結果に驚いているのか、或いは予想通りの結果に悲しんでいるのか。そこまでは分からない。


 ただ、彼女はその後、一瞬泣き笑いのような表情をつくりながら、俯いた。

 そして、顔を上げる。


「……いいでしょう」


 その瞳には血のように赤い光が灯っていた。

 身体から噴き出す黒色の魔力が暴風となって、俺の身体に叩きつけられる。


「我が名は【魔王】シンティア。世界を憎み、故にこそ世界の意志を代行する者。全てを背負わされた彼女の為に、全てを破壊する者」


 どんな尊い理想も、その【職】の前では、歪んだ残骸へとなり果てる。


 それが【魔王】。

 それこそが【魔王】。


 だけど、俺はそんな事実は許容しない。認めてなるものか。


 シンティアは、背負った聖剣グラムを引き抜いた。

 純白から漆黒へと変化した刀身を、俺に突きつける。


「ハイト・アイオン!貴方の覚悟を!力を!この世界で生きる意味を!この私に示して見せろ!」


 その言葉はかつてプロキオンが俺に投げかけた言葉。

 あの時の俺は、動揺して僅かの間動くことができなかった。


 しかし、今は違う。

 確かな闘志を胸に燃やして、一歩踏み出す。


 ――この世界で生きる意味を、俺は漸く見つけた気がするから。



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